第百九十五話
彼は急いでその雪を払い落とす。
中から白い霜が付着した妹が出てきた。
彼は眼に涙を浮かべながらその霜を取ろうとする。
だけど霜はもうすっかり彼女の顔に貼り付いて取ることは出来なかった。
「……冗談止せよ。嘘だろ。ミチカ」
彼は彼女を強く抱きしめる。
「合鍵使えって言っただろ」
彼は涙を浮かべながら彼女の霜がついた頬に顔を寄せる。
「これが合鍵だぞ! 合鍵!」
彼はそう掌の鍵を彼女に見せる様にして言う。
それから涙をぬぐった。
「……もう覚えることもできない」
そう唇を震わしてポケットから紙に包んだ何かを取り出す。
「ほらケーキ。すごい美味しんだぞ。食えよ。お前のために持って帰ってきたんだぞ……」
そう彼はクリームの乗ったスボンジを彼女の小さな口につける。
だけどその小さな唇が動くことは無かった。
「ミチカ。ほら食えよ。兄ちゃん貴族の家でもらってきたんだぞ。……それにもう苛めないでくれってお兄ちゃん頼んでやったぞ。良かったなこれで馬鹿にされない。これで幸せに……」
もう彼はそれ以上言葉を続けられなかった。彼の瞳から涙が何粒も落ちた。
彼の手に握られていたケーキももうぐちゃぐちゃになっている。
「あ、あ、俺は一体何のために。ミチカ……」
彼は彼女を抱きしめ静かに泣いた。
愛した人を失ったつらさを想うと胸の深い所が痛んだ。




