第百七十六話
頬をはたかれた。
そこを急いで触る。鱗じゃない。
私に戻ったのか。
「ねえ! 今私、がさついた鱗の怖い竜じゃなくてぴちぴちの可愛い魔法使いですか?」
「……え、ええ、まぁ」
兵士は可哀想にという顔で私を見る。
どれくらい時間が経ったんだろう。
「大丈夫でしたか。急に倒れ込んだので」
「私が倒れてどれくらい経ちました?」
「え? どれくらい? 二、三秒も経ってないような」
私は視線を竜に向ける。
まだ上空を飛んでいる。
また竜の声が胸に響く。
『人間にはがっかりさせられ通しだ。愚かで優しさも無くて自己中心的……。あれから何百年も生きたがお前の様な友達は出来なかった』
「ヴァルディングス」
私は唇を震わせる。
『お前といた時が私の人生の最良の時だった。一緒に遊んで、一緒に夢を見て、一緒に暮らしたあの日々を』
竜は翼をたたむ。そのまま地面に向かって急降下した。
『私は絶対わすれない』
一直線に皇帝の軍の前まで降りていく。
『心の暖かさを教えてくれてありがとう。楽しい思い出をありがとう。ハンス。……今その恩を返すぞ』
竜は地面の間際まで来ると体を広げた。四本の脚がしっかり大地に着く。降りてきた速度の衝撃で地面に亀裂が入った。
『お前の子孫を守ることで』
竜が咆哮をあげる。誰もが耳を抑えている。こんなに離れていても耳が痛いんだ。目の前の軍勢は鼓膜が破れたんじゃないか。精鋭の騎馬軍団ですらひるんでいるのがわかる。馬が倒れだして陣形が乱れている。
竜は翼を広げ大きく首を上にあげて息を吸った。
それから一気に下に戻し火炎を吐いた。私の何百倍も大きな炎だ。
その赤い炎が一瞬で軍団を包み込んだ。
丘の上からみたら地面が黒くなったようにしかみえない。
だけど今千人近い騎馬兵が一瞬で焼死したんだ。
こめかみから汗が流れた。それが首筋を伝ってく。
こんな生き物に勝てるのか私たちは?
そう炎の赤色が焼きついた瞳で思った。




