第百七十五話
「おいおい俺が若くなくなったからってそんな顔すんなよ」
そうハンスは言う。
「人間はお前らと違って老いるのが早いんだ」
彼は溜め息を吐く。
「身体が朽ちると精神力まで腐るとはな」
彼は咳き込みながら言う。
「こればっかりは経験してなかったから予測が立てられなかったよ」
彼は笑う。
「理想は子供たちに引き継がせる。だから許してくれ。俺が弱くなっていくのを」
そう痰がからんだ咳をする。
彼はまた書き物に戻った。
そうか人間は寿命が短いんだ。
その中に喜びも悲しみも詰まっているんだ。
竜とは違う。
『……もう私は必要ないのか?』
その言葉に彼はゆっくり考える顔をする。
それから重たそうに口を開いた。
「ああ。そうだな」
今のところはな、そう付け加えたけど本心はわかった。
もう必要ないんだ。
きっと人間だったら、
こんな時に泣きたいと思うんだろな。
その夜私は翼を広げた。彼と一緒に造った場所よ。さようなら。
想い出が一杯ありすぎてここから離れるのはつらかった。
だから見ない様にして翼を動かす。
ああ。どうして他の竜が人間と交わらないかわかったよ。
きっと別れがつらすぎるからだ。
そんなことを想い夜の月に跳ぶ。雲も無いのに翼がひどく重かった。




