第百七十三話
雲を突き抜けた。
やっと翼が軽い。
広がる雲海を見下ろす。
「駆け抜けてきたなヴァルディングス。余はやっと皇帝になれたぞ」
そう彼は両手を広げて風を受ける。
『良かったな』
荒地ばっかりの広大な領地の皇帝だけど。
『こんな大事な日に臣下と一緒にいなくていいのか?』
「む。嫌なこと思い出させるなよ。でもなこの日だけはお前と空を飛ぶと決めてたんだ」
翼を動かすと強く風を感じる。
ハンスは興奮した様子で口を開き地上を掌で示す。
「見ろ! 俺の帝国だ! どこまでも続く広大な帝国だ!」
『山と荒地しかないぞ……』
「ああもう。水を差すなよ。男の浪漫だろうが」
そう彼は残念そうに言いつつも笑う。
「豊かになるのはこれからだ! 俺はここに理想の国を造るんだ。誰も傷つかず、誰もが夢を見れて、誰にでも機会が平等な理想の国だ。形式的な意味じゃないぞ。本当の意味でだ!」
『理想論もいいところだな。その一つでもいいから具体案を出して欲しいものだ』
そう白けた眼で飛ぶ。
「ああもう! わからん奴だな! そう思うってのが大事なんじゃないか! 俺は頭が悪い。だがお前を含めたくさんの優秀な奴らが集まってくれる」
彼は微笑む。
「みんなで考えればきっと上手くいくさ」
そんな考えで大丈夫かね。
そう思ったが黙って翼を動かした。
この大事な日に時間を空けてくれたのが嬉しかったから。
この幸せがずっと続くと思ってた。
ずっと一緒にいられると思ってた。




