第百六十九話
ハンスはいつもその場所で釣りをしていた。
私も水を飲みによくここに来るようになった。
水飲み場は他にもあったが。
こいつと話すのは楽しかった。
馬鹿だが優しい男だった。
嫌になったらいつでも来るのを止めれば良いんだ。
そういう安心感も手伝って私は足繁くこの場所に通った。
嫌になることなんてなかった。
毎日が楽しかった。
「ふーん竜って戦いが嫌いなんだな」
そう彼が私の首の上で寝転びながら言う。
『嫌いというよりきっと怖いんだろうな』
「こんなでっかい図体してるくせに。何怖いことあるよ。ぷぷー」
彼は私の大きな首をぺちんと叩く。
首をひねって池に落としてやろうかと思った。
『弓や剣が怖いんじゃない。多数の人間の悪意って言うんだろうか。たくさんの人間に憎まれるのが怖いんだ』
「竜って意外と神経質なんだな」
そう彼は空を見ながら言う。
「でもなんとなく気持ちわかるな」
彼はつづける。
「誰だって愛されたいからな。たくさんの人に嫌われるのが怖い気持ちもわかる。案外、一番怖いことかもな……」
その言葉になんだか心が落ち着いてしまう。
『だから私は孤独なのかもな。嫌われるのが怖くて同じ竜とも仲良くできない。友なんていない。人間なんてなおさらだ。二百年の孤独さ。水を飲んで。魚を食べて。洞窟にひきこもるだけの毎日だった」
だからだろうか。
だからこの男の傍にいると落ち着くんだろうか。
本当は寂しかったのか。
彼は私の首に手を置いて身を起こす。
「良い所があるから、役に立つから友達。弱い所があるからもう友達じゃない。……そんなんじゃないだろ?」
そう彼は微笑む。
「相手の弱い所も含めて愛してやるのが本当の友達だ。俺はお前の弱い所も好きだぞ。怖がりの所も好きだ」
そう頭をぽんぽんと叩く。
「ほら二百年の孤独が終わっただろ? もう俺達は友達だ」
ぐぅぅと嬉しさで唸り声がもれてしまう。
しかし奴は気付かないはずだ。
これはただの唸り声だ。
恥ずかしくて瞳を閉じると体全体に風を感じた。その風を受けてると何かが変わる様な気がした。




