第百六十八話
「……ひどいと思わないか? 兵千人で陥落させてこいって言うんだぜ」
男はまた魚を釣り上げて言う。いったい何匹釣ってるんだこの男は。
「五千はいる砦をだぞ。父上も何考えてんのかな」
また魚が糸で浮かべられる。
『……イベニアの王子か』
「そっ六番目のな」
『そこで私の力を借りたいってわけだな。人間の考える事は浅はか……』
「違う」
その男は迷いのない瞳で言った。
澄んだ瞳だ。
「これは純粋な現実逃避だ」
堂々と最低な宣言。
「無心で釣りをしてたらたまたまお前が来た。だから下心があるとすればお前の方だろ。なぜなら俺の方が先にいたんだからな」
わけがわからない。
人間は本当に理解するのが難しいな。
いやこいつが底抜けの馬鹿なのか。
「ほら食えよ」
そう彼は釣りを止め外套をひるがえした。
それから魚の山を指差す。
「水と一緒に食ったって魚の美味さはわからんぞ」
少し戸惑った。でも勇気をだしてみる。一口だった。
『……なるほど』
顎を何度か動かす。
『こうして食べると魚は美味いんだな』
その言葉に男は眼を細めて笑う。
その男は籐の籠と釣竿を持って森の方へ歩いていく。
「俺はハンスだ。ヴァルディングス! 覚えておけよ! 将来偉大になる男の名を!」
そう小柄な男は冗談めいて笑った。




