第百六十二話
「眠れないのか?」
「ジャンこそ」
私が布団の中でもぞもぞ寝返りをしていたから気付いたのかな。
「散歩にでも行くか?」
彼らしくない言葉だと思った。だけど私は黙って頷く。
暫くしてそれじゃわかんないかと思った。
「行く」
そう声に出して答えた。
夜のウェルトミッド草原。
蒼い月に照らされてた草を風が撫でていく。
初陣の時を思い出す。
帝国の方を見ると夜の闇に灯りが浮かんでる。帝都の光。
私が歓迎された城。私に優しくしてくれた人達がいる場所。
「これが最後の戦いになるかもしれんな」
彼は草原を眺めながら呟く。
「帝都さえ落とせばもう灰騎士も魔法使いも出番はなくなるだろう」
彼は微笑む。
「お前もソルセルリーに帰れる」
彼の顔が蒼い月の光で照らされていた。
「……だから優しさを失うな」
その言葉に私は彼の方を見る。風で黒い髪も揺れる。
「これからもお前は生きていくんだ。絶対に」
彼はつづける。
「どんなに強くなっても偉くなっても」
彼は私の瞳を見る。
「心を失っては意味が無い」
私は黙って彼の話を聞く。
「楽しいことも無くなるし美味い料理を食べても味がしなくなる。不愉快に眉をひそめるだけの毎日だ。明るい未来も想像できなくなる」
私が黙っていると彼は笑う。
「俺がそうだった。お前と会うまではな」
その言葉に瞳が大きくなる。
「毎日死んでも良いと思ってた。瞬間的にしか物事を考えられなくて。葡萄酒で身体をぼろぼろにしたこともある。生きる意味を見つけられなかったんだ」
彼は白い息を吐く。
「だけどお前は違った。弱くても馬鹿でも。精一杯人生を生きていた。最初は正直わずらわしかったよ」
ちょっとむかついたけど雰囲気的に怒れなかったので頷く。
「怒ったり、笑ったり、泣いたり、感情豊かなお前が本当に羨ましかった。迫害されてるくせにみんなから馬鹿にされてる立場のくせに。俺が持っていない豊かな心を持っていた」
彼は瞬きをする。
「だからそんなお前が心を失っていくのが俺は耐えられないんだ」
また風が吹く。それが私の頬の熱を奪う。
「俺が好きなのは……」
私はその唇を掌で止める。
「ありがとう。凄い伝わった」
そう笑って残った手を胸にやる。
「でも言わないで」
嬉しさで涙すら流れてしまう。
「そのつづきの言葉のために私今度の戦い頑張るから」
しゃっくりまじりの涙が出てしまう。
「心を壊さない様に頑張るから」
きっとこれから信じられないくらいひどい未来が私を待っている。
だけど愛してくれる人がいるだけで。
愛の期待があるだけで私はきっとどこまでも頑張れる気がするんだ。




