第百三十九話
「そんな顔で私の料理食べないでよー」
そうルシエさんは台所で困ったように笑う。
「うっだってだって」
すっかり涙腺の弱くなった私は山羊の乳で煮込まれた粥を食べる。
「私ってなんなんだろうと思って」
ジャンも同じ料理を食べながら何言ってんだこいつって顔をする。
「ルシエさんの働き場所も潰しちゃったし」
そう匙を咥えながら眼を擦る。
「十年近く頑張ってきた研究成果も灰にさせちゃった」
その言葉にジャンも少し悲しそうな顔をする。
「良いんだよ。そんなのは」
そうルシエさんも机に料理に手をつけた。
「生きてるだけで良かった」
そう彼女も粥を食べる。
「確かに頑張ってきたことが報われないのはつらいよ」
彼女はそれでも微笑む。
「でもさ。充分努力してきたことで心を磨かさせてもらったとも思うんだ」
彼女は匙に息をかけ粥を覚ます。湯気が散った。
「こんなに頑張ったんだから、きっと他の事でも頑張れるって。挑戦してきたことに後悔なんて無いよ」
そう明るく振る舞う彼女の言葉に余計に胸が痛む。
そんなこと思ってないくせに。
九年も頑張ったこと諦めきれるの?
「『毒を知らなきゃ薬も作れない』」
そう彼女を匙を咥えたまま微笑む。
「誰の言葉ですか?」
そうジャンが訊く。
「私!」
そうルシエさんが歯を出して笑う。
まあそうだろうなと思った。
「つらい経験をしたから誰かの悲しみにも共感できる」
彼女は匙をぺらぺらと揺らして言う。
「そう思えば嫌なこともそんな悪い面ばかりじゃないでしょ? 同じ様な人に会ったらきっと助けてあげられるようになるよ」
彼女は微笑む。
偉いな前向きなんだ。
だけどやっぱり無理してる言葉だと思った。
何故か彼女の肩が震える。
「それに私はまだ二十七。まだまだこれからだ。絶対自分の夢を諦めたりしないぞ。三十になっても四十になっても五十になってもどんなに齢をとっても。負け犬って言われても、終わってるって言われても……」
彼女の瞳から涙がぽろぽろと落ちた
「自分が本当にやりたかったことを絶対諦めたりなんかしないよ」
本音ってどうしてこうわかっちゃうんだろ。
根拠も理屈も無いのにこう人の心を動かす。
ただ私が感傷的なだけなのかもしれない。
普通の人間なら鼻で笑えると思う。
でもなんだろうこういう泥臭さっていうんだろうか。
報われない努力に挑戦しようとする姿勢っていうんだろうか。
そういう所にひどく共感してしまうんだ。
最近涙もろくなっていけないな。
明日聖都に向かう前に今晩は一杯ルシエさんとお話しよう。
今日お別れだからやっぱり寂しい。
そう思うと塩分と水分が欲しくてなって粥を無理やり口に運んだ。




