第百三十六話
小川を越えた。
もう海だ。
訓練場には血の海が広がっていた。
血だるまって言葉が脳裏に浮かぶ。
赤を纏ったもう何だかわからない物ばかりが転がってる。
「おえっぇ」
ルシエさんが口元に手をやる。
白い液体が指の隙間からこぼれてる。
苦しそうに身体を曲げていた。
これが正常な反応だ。
しかしもう私は顔もそむけないし瞳もぶらさない。
冷静に状況を確認する。
もうあらかた戦いは終わったようだ。
息を乱してる人間が七,八人いる。
もう血塗れで致命傷を負ってるかどうかすら分からない。
まだ生きてるってことだけが確かだ。
どれがジャンかすら見分けがつかない。
好きな人なら見つけられるとも思ったけど無理だった。
そんな運命的な直観なんてあるはずない。
特にこの異常な世界の中では。
血塗れの世界。
床も壁も天井も人間もみんな血に塗れてる。
「ま、魔法使いさん」
さっき聞いた声がする。でも声量が全然違う。
さつきはもっと暑苦しい声だったのに。
「あ、あなたの大切な人は守りましたよ……」
そう彼は双剣を握りしめながら言う。
鈍く光る剣は朽ち欠けてボロボロだ。
「そ、そこです」
そう震える腕で死体の山を指差す。
「会ってあげてください……」
私は彼の言葉に頷く。
死体の山の中で呼吸する男がいた。仰向けになって細い息をしている。
「……ジャン」
私が足を踏み入れると血の池から飛沫が小さく跳ねた。




