第百三十話
「ジャン様」
そう暗闇で見えないが誰かの声が聞える。
「……お取込み中でしたか」
「いいさ。飼い犬の調教をしてだけだ」
彼は革の手袋をはめ直す。
「……もうわかったころだろう」
彼はそう言って靴をよける。
「お前らは手筈通りに侵入しろ。……それから」
彼は眉間に指をやる。
「魔法使いが一人囚われている。可能であれば救出してやってくれ。地下牢。紫の髪の女だ」
「はっ!」
そう威勢の良い返事が聞えると人の気配は消えた。
森の囁きがまた聞える。
「……ジャン」
そう私はローブについた泥を落としながら声をかける。
「戦いたくなかったら戦わなくてもかまわない」
彼は剣の状態を確認しながら言う。
「だがルシエさんを助けたいんだろ?」
なるほどそういう説得ね。私はしかめ面で頷く。
「誰かが戦ってるのに自分は何もせず利益や正義だけ享受するのもまた卑怯な話じゃないか」
私は唇を一文字にしてうつむく。何も言えない。
「積極的に人を殺せとはいわん。そういうのは覚悟の出来た俺達にまかせておけ」
私はその言葉に顔を上げる。
「勘違いするなよ。俺達は俺達の正義に納得した上で行動している。戦争という異常な状況だ。誰かが手を汚さなければならん。傍観者に俺の正義は否定させない。……それに戦争が終われば責めを負う覚悟だってできている」
そう彼は遠い目で言った。
「お前にもお前の信念があるんだろ?」
彼は私を見つめる。
「だったら戦いの中で見せてみろ」
そう彼は挑発する様に言う。
私も唇に笑みを浮かべる。まだお腹が痛かったけど。
「望むところ」
そう痛んだ腹で声を出す。
それから月に照らされた冬の城を見た。




