第百二十四話
「わしはこうして偉くなっても怖いんだよ……」
彼は顔を両手でおさえる。
「自分を越える者の存在がな」
ルシエさんはまだうつむいたまま動かない。
「わしが裏切に裏切りを積み重ねてきた人間だからなあ」
彼は感慨深そうに自分の皺を伸ばす。
「どうも人間と言うのが信用できないんだ」
彼はそう濁った眼で呟く。
「本当は山賊や追剥に見せかけてさっさと殺してもよかったんだ。いざとなればその方法を取るつもりだった。」
しかしわしはどうも神経質な人間でね。そうかれは頭を掻く。
「自分の眼と耳でお前が本当に知識を残していないか確認したかった」
彼は独りで何度も頷く。
「しかしお前は勘の良い魔法使い。下心のある人間を頻繁に使者に立てたら計画がとん挫する怖れがあった。……それは一度目と二度目の使者の報告で予想がついた」
そう彼は髭をなでながら鋭い眼でつづけた。
「だから旅人を利用した」
その言葉に私の瞳が大きくなる。
「特に女の方は世間の汚れに染まってない印象だったからな。きっとお前を説得できると思ったよ」
彼は高笑いをして彼女の紫の髪を手でぐしゃぐしゃに崩す。
「非道だと思うかね? 教国と帝国という強大な勢力に囲まれた領主が中立を保つにはな。わしぐらい権謀術数に長けてないとだめなんだよ。だから民衆もわしを選んだ。字も読めない馬鹿どもだがな。知識を開放しても何の成長もない永遠の奴隷達だ!」
そう彼はルシエさんの紫の髪に革靴をのせ大きな口を開けて笑う。
「……言いたいことはそれだけ?」
聞きなれたかすれた声が響いた。
「ん? うっ! うぉああ!」
彼の革靴から白い煙が上がる。彼は急いで革紐を外す。こんなに急いで靴を脱ごうする人をはじめてみた。紫色の泡と一緒に彼の靴がどんどん変色していく。
彼女の周りの絨毯も同じように変色していく。
臣下達も驚きの声をあげ後ずさりする。
「こんなに怒ったのは久しぶり」
そう彼女は身体の周りに毒を含んだ紫の泡を浮かべる。




