第百二十二話
毒の魔法使いが出仕したのだ。
彼女は紫の髪を揺らしながら凛とした面持ちで赤い絨毯を歩く。
「ルシエ・セドゥただ今参上しました」
そう彼女は領主の前で膝をついた。
「おお来てくれたかルシエさん」
「はっ! 浅才の身なれど……」
「よいよいそんなのは!」
彼は彼女の腕に手を添え身体を起こす。
「退屈だからなあ」
そう周りに冗談を言う。
会場にいた臣下達も笑う。
彼も舌を出してお茶目な顔をする。
「わしも元々は流れ者。だから礼儀も知らん!」
どっと笑いが起こる。彼女も嬉しそうな顔をしていた。
良かったルシエさん。なんだか受け入れてもらえそうな雰囲気だ。
「おお! そうだ例のものを見せてくれ」
彼は思い出した様に言う。
ルシエさんも頷きローブからおずおずと書物を取り出す。
「ほー大作だな。一、二、三、なにもっとある!? お主のローブどうなっとるんだ? ちょっと中を見せてくれ!」
やだー領主様と周りが笑う。
変態領主だ。なんだかクルスさんを思い出す。
そう窓に浮かぶ夜空の星を眺めた。
笑顔の彼が見える。
「ほー全部で七冊か。むむむ。知識の集大成だな。これを編纂するのには一体どれほどの歳月を必要とするのだ」
彼女は頷く。
「十八歳から独自で研究をはじめましたのでおよそ九年程ですね。もう一度書けと言われてもきっと出来ないでしょう。それほど魂を打ち込みました。……青春も。紙も決して安いものではないので頑張ってお金を集めて……」
「そうだろな。そうだろな!」
彼は本当に理解を示す様に頷く。
「お主にとってはこの本は言葉で言い表されない程大切なものなのだろう。お主の眼をみれば分かる。複製本を作る金や時間さえ犠牲にして更に知識を磨こうとしたのだな」
彼女は頷く。
「そうか。君にとってこれは何だ?」
ルシエさんはその言葉に黙る。
きっと過去それに今までしてきた努力を思い返してるんだろう。
「……私の、」
彼女の唇が震える。
「青春で、努力の結晶で、全てです」
その言葉に会場は静まり返った。
一生をかけてそのことだけを努力してきた人間の言葉の重み。
根拠なんかなくても人の心を動かしてる。
拍手を鳴らそうとして手を押さえた人間すらいた。
領主も目元を押さえて鼻を鳴らす。
「ぐすっ。今の時代にこんな愚直な人間がいるとは……。素晴らしい。お主、弟子は?」
「おりません」
その言葉に領主の口元が笑った。
「そうかこれで本当に全部なんだね? もう後は全部君の頭の中だけなんだね?」
「はい」
答えちゃ駄目だという言葉が喉まで出かかった。
「それは本当に良かった……」
彼は指を鳴らす。そして腕に抱えていた本を床に落とした。
「燃やせ」
「はっ!」
二人の兵士が鍋に入った燃えたぎる石炭をぶちまけた。
「いやっ! 止めて! 嘘!」
彼女は赤く燃える石炭をどけようとする。
だけど当然無理だった。
彼女は何十万という自分が連ねた文字が燃えていくのをただ呆然と眺めていた。自分の今までしてきたことが全て灰になってゆく。ルシエさんはどんな気持ちでその炎を眺めていたんだろう。
「さ。次は処刑だな」
そう領主は次はデザートだなというぐらい簡単な調子で言った。
彼らが平然とした態度を示す度に私の怒りは抑えられなくなっていく。
紫の光が走った。




