知識の探求者編 おわり
「自分が本当にしたいことね……」
彼女はかすれた声で言う。
「なるほど! 二人の意見は聞かせてもらいました」
彼女は煙草を灰皿で消す。
「城に出仕します。卑しい身の私にここまで領主様が礼を尽くしてくれたのですから。私もその礼に応えましょう」
「助かります」
そう二人は簡単にやりとりする。
止められなかった。結局ジャンの勝ちだ。
相手の真意を見抜けたんだから当然か。
あいつ性格悪いけどそういうのは得意だからな。
なんか溜め息がでそう。
ルシエさんが微笑みながら私に寄る。
それから頭を撫でた。
「あなたのおかげよ。決意ができた」
私はちょっと意味がわからなかった。
だけど彼女の優しさはわかる。大人だもんな。
「慰めてくれるんですね」
彼女は首を横に振った。
「彼の言葉だけじゃ私は城に行こうと思わなかったわ」
ルシエさんは私の両肩に手を添える。
「……本当はね。ずっと城に行きたかったの。だけど勇気が無かった」
彼女はつづける。
「魔法使いだからいじめられるんじゃないかって。一緒に働く人が私を傷つけないかなって。みんなの期待に応えられないんじゃないかって」
ルシエさんは何故か少しだけ視線を外す。
「それに、自分の研究にも自信が無かったの……」
彼女の震えが肩から伝わった。
「だから独りで、誰にも責められない環境で、研究をつづけてた。誰にも見られなきゃ私の世界を守れるから。褒めるのも欠点を見つけるのも自分……。でも、それじゃ、それじゃ」
彼女は私を抱きしめる。
「それじゃ意味ないんだよね」
彼女が泣いてるのがわかった。
「独りの世界にこもってるだけじゃ何も変わらない」
ルシエさんは続ける。
「わかってる、わかってたのに自分を変えられない私が本当に嫌だった」
彼女は艶のある紫の髪をかきあげる。
「大人になったらひとりぼっちはなくなると思ってたのに……」
ルシエさんはえづく。
「何年たっても子供の頃に抱いてた孤独をひきずってる」
彼女は静かに涙を流す。
なんだか不思議な感じがした。
大人も泣くんだ。
「自分のして欲しいことを言う人には人生で何人も会ってきたけど」
彼女はまた強く私を抱く。
「私のしたいことを応援してくれる人には初めてあったなあ」
彼女は本当に嬉しそうな声で言った。
彼女の荷造りを手伝う。
麻紐が大活躍だ。
私たちは女同士で話す。
ジャンはもうこの女同士の会話に巻きこまれたくないのか、もくもくと馬に荷物を積んでいく。
「彼が好きなの?」
私は顔を赤くする。
「言ったでしょ勘が良いって。それにそういうのって端からみてたらわかるものよ。当人同士は隠してるつもりでも」
確かにそうかもしれないなと思った。
「嘘が上手な彼で大変ね」
「そうなんですよ」
心をかきまわされるって言うか不安になるって言うか。
そう私はぶつぶつとルシエさんに愚痴を吐く。
「でも私は本当の言葉の方が心動かされるなー」
「でもそんなのわかります?」
「わかるよ」
そう彼女ははっきり言った。
紫の髪をかきあげて彼女は微笑む。
「私が心動かされたのはあなたの言葉だったもん」
そう歯を見せて笑う。
その笑顔に私もつられて笑ってしまった。
「さてと長いひきこもり生活ともお別れかー」
そう思うと名残惜しいなと彼女は広くなった部屋を眺める。
「大丈夫ですか?」
彼女は背を伸ばしながら笑う。
「大丈夫。私はもともと素材は一級品。それに自分が納得できないことはしたくなかっただけ。今の私には迷いはないぞー。もう十分わがままの限界に挑戦した」
そう彼女は冗談気に言って頬を叩く。
それから窓を開ける。冬の空気が入ってきた。
「……逃げるのは今日で終わり」
そう彼女は決意を秘めた瞳で城の方を見る。
「でもルシエさん。そこまでわがままでいられるのは、ちょっと尊敬します。……私も少しだけやってみたい。でも自分の生き方を貫くって凄いですね」
私がそう言うと彼女は自信に満ちた声で答えた。
「それが私なの」
そう彼女は冷えた風で紫の髪をなびかせる。
それから今まで見た中で一番素敵な笑顔で微笑んだ。




