第百八話
「お嬢ちゃん。本が好きなの?」
そう司書の御爺さんが微笑む。
「えっはい好きですね」
私も微笑んで答える。それから周囲を見回す。
「……でもこんなに本のある場所に来たのは初めてです」
そう建物一杯に広がる本の棚を眺める。
「歴代の領主の方針でね。『知識』は誰にでも解放されてるんだよ」
それから老人はちょっとまっててねと木椅子から立ち上がる。
「今お茶を淹れてあげよう」
私は集めた古い本を机に広げる。
暫くすると御爺さんが戻ってきた。震えた手で陶器のカップを机に二つ置く。
「焦げ水だ。飲んだことないだろう? 苦いが中々旨い」
私は黒い液体を見る。
「素敵な香りですね」
私はそれに口をつけた。苦さが舌に広がる。でも美味しい。
「村から来たのかい? 寒かっただろう」
「ええ」
「しかし本を解放したところで読める人間がいないんだから、仕様が無い気もするんじゃがね。そういえば御嬢さんは随分、簡単そうに字を読むね。高い教育を受けた人間なのかい?」
「え?」
表情が固まる。やばい。
「あー。えっとそうですねー。」
ジャンの凄さを思い知る。
彼に救いを求めようと思ったが遠くの棚で本の背を眺めていた。
唾を飲む。
「あ、愛人の子で……」
「愛人?」
「そっそうです。貴族の妾の子なんです。それでも父が、お父様が愛を示すためにわ、私に教育を授けてくれたんです。家で正妻の子達と同じ様に本を読むことが許されました。それで字が読めるんです。字が読めるんです私」
最後同じことを繰り返してしまった。
視線に耐えられなくてわーっと泣き出す演技をする。
感情の勢いだけでごまかそうとする。なんて程度の低い嘘なんだ。子供か。
指の隙間からちらっと御爺さんを見る。苦しかったか?
「……可哀想に苦労したんだね」
そう潤んだ瞳で眼鏡を外した。お菓子もあるんだよと彼はまた席を立つ。
良い人で助かった。
ホントにごめんなさい御爺さん。
アマリアさんもごめんなさい。貴方の思い出を勝手に使って変な話をしました。
しかしこれで情報を集めることが出来る。
そう私は古い薄茶色の紙を指でめくり始めた。




