第百三話
石鹸を泡立てる。
細かい泡を顔につけ指で擦っていく。
こんなんでいいのかな。
洗面器の水で落とすけど意外と泡切れが悪い。
なるほど泡を落とした水も石鹸水に変わっちゃうんだ。
これじゃいつまでたっても顔がかぴかぴのままだ。
「うージャン。布取ってー。それーそこのー」
彼は呆れた様に宿屋のベッドから腰をあげ私に布を渡す。
「何やってんだお前?」
「帝国で覚えてさ。さっきベリューブックの露店で買ってきたの」
水がもっと必要だということはわかった。
鏡の前で笑おうとすると顔が硬い。
「だってこれから旅立つんだからさ。清潔感を保てるものが必要でしょ」
そう宿屋の窓を開け放つ。久しぶりの爽やかな青空。朝陽が眩しい。
「なんでそんな陽気なんだお前。結構、危険な任務なんだぞ」
「平気だよ」
彼は何を根拠に言ってんだって顔をして額に手をやる。
「だって私を守ってくれるんでしょ」
そう満面の笑みで彼の発言を蒸し返す。
やっぱり男の人なんだな。彼は自分が言った大切な言葉を繰り返されてなんだか恥ずかしそうだった。その困った顔も愛おしかった。
これからもっと彼のいろんな顔を見ていけるんだ。
「……ああ。そうだな守ってやるよ。だから」
「だから?」
「俺からもう勝手に離れるな」
私も眼を細めて微笑み頷く。
恥ずかしいから視線を外し窓の外を見る。手すりに指を置く。
嬉しさで震えた息を吐くと眼の前に冬の青い空が広がった。




