第百二話
「クルス、ジャン」
そう黒騎士は彼らの名前を呼びかける。
「……そうだ。一人俺の蹴りでのびてるんだったな」
さっきから妙に静かだと思ったんだよーと彼の頬を叩く。
赤髪の騎士は飛び起きるとすぐ剣を探す。
「……くそっ! 俺はまだ戦えるぞ!」
黒騎士は彼を安心させる様に声をかける。
「もう終わったよ」
お前たちの守ろうとした魔法使いは無事だと彼は優しい声で説明した。
「痛かったか?」
そうゴーディさんは彼らの傷を気遣う。
彼らは眉をひそめて自分たちの傷口を触る。
黒騎士も頷く。
「そうだろうな。……ジャン、クルス」
彼は本当に感慨深い様子で息を吐く。
「何年ぶりだったかなお前らに会ったのは。あの頃はまだ鼻ったれたな剣士だったなお前たち」
彼は昔を思い出す様な顔をする。
「本当に立派な騎士になった。剣の腕だけじゃなく心が強くなった。あの弱っちくて自分のことしか考えられなかったお前らが、誰かのために戦おうとしてる姿に俺は感動したぞ」
彼はハンカチを取り出し鼻をかむ。
二人はそんなことはなかったでしょと言う。
「何を言いやがる。自分の強さ。自分がどう見られるかしか考えてなかっただろーお前ら! 街の酒屋の女の子に好かれるかどうかがお前らの最大の関心事だったくせに」
そう黒騎士はばんばんと二人の背を叩く。
「……それがやっと誰かのために戦おうと思える様になったんだな。ホントに成長したよ。俺の言ったことを守ってくれてたのか?」
そう彼が不安気に訊くと二人は頷く。
黒騎士は笑う。
「自分のためだけに求める強さは意外と頭打ちが早い。案外、簡単に満足しちまうし、一人だけ幸せになったって虚しさが胸を占めてくるからな」
そう彼は二人の騎士の肩を強く持つ。
「誰かのために戦うから幾らでも人は強くなれるんだ」
黒騎士はにかっと笑う。
「……ゴーディさんそればっかりですね」
「おおよ。信念ってのはずっと曲げないもんだぜ」
彼に抱かれた灰騎士二人もその言葉に笑う。
「まあその誰かを見つけるのが一番難しいんだがな。でも、お前らは大切な人間が見つかったんだろ?」
二人は子供みたいに頷く。
「じゃあその人間をちゃんと守ってやれ。金より名誉より地位を得た人間より、心を守れる人間が一番偉大なんだ。優しさは人に繋がっていくからな。それを子供達に伝えてやってくれ。男は子供を産めるわけじゃない。だから代わりに生き様を残すんだ」
クルスさんがちょっと戸惑った様に呟く。
「そんな立派に生きられますかね。俺達簡単にゴーディさんにやられちまいましたし。……しかも素手で」
彼はまた笑いながら赤い髪の男の背中を叩く。
「大丈夫だ。それに俺はもう三十八だぞ。体力的にはもう限界だ。このまま剣士を続けられると思う程楽観的な人間じゃないよ」
彼はまた若い二人を抱き寄せる。
「これからはお前たちの時代だ。絶対強くなれる。後は経験だけだ。お前らはまだ自分の才能に気付いてない。自分をもっと信じれよ。お前らの種が花開くのを老人になった俺に見せてくれ。そしたら俺が言うからよ。俺の教え子なんだって。大丈夫だ。絶対俺以上の剣士になれる。時間は一杯あるんだろ?」
その言葉に二人は震える。
心の底から自分以外の人を応援できる人。
強いわけだ。精神性からして全然違う。
嘘なのかもしれないけどそう信じさせてくれる人だ。
こんな若者を応援できる大人になりたいな。
年下が悩んでるのを馬鹿にして悦に浸るんじゃなく共感して応援できる人に。
「……先生っ!」
そうクルスさんが黒騎士の胸に飛び込む。
「いやいや先生じゃないからね。先輩だからね。もっと言えば上司だからね」
そう青春学生気分に浸っているクルスさんの頭を撫でながら彼は私に微笑みかける。
「ごめんね? 怖かった?」
「はい。すっごく。食事中あんまり水分取ってなくて良かったです」
彼は大きな口を開けて笑う。
「いやー。素手で君らを本気にさせるのは難しかったよー。中途半端な真似じゃあいつらがうるさいからな」
そう彼は広場の奥にある草叢に眼をやった。少しだけ鋭い眼だった。




