第九十九話
剣が私の首筋手前で止まる。
半分になった剣が落ちた音が広場に響く。
「おー。間に合ったなあ」
クルスさんとジャンが息を切らして剣を構えていた。
黒騎士の剣線を遮った。二本の剣。
クルスさんの剣は完全に真っ二つにされている。
ジャンの刀身にはひびが入っていた。
一振りで二本の剣を破壊したんだ。
私は言葉を失ってしまった。
それから床に転がった剣先を見る。
なんて腕力だ。しかも片腕で。
実際に戦っている二人は私ほど驚いていなかった。
知っていたんだ。
この男が強いということを。
「なんか二人して動きが良くなったなあ」
「……本気で殺そうと思ってましたからね」
「ん?」
クルスさんが乱れた息で言うと無精髭の男は眉を上げる。
「俺達と違って彼女のこと本気で殺そうと思ってた」
彼はなるほどと頷き口を開く。
「『俺達を本気で殺すつもりだったら素手での奇襲なんかじゃなく最初から剣が抜かれてたはずだ』『ゴーディさんは可愛い後輩の僕たちを殺したくないんだ』」
彼は煙草を指に持ちかえて痰がからまった様な笑い声をあげる。
「まあ確かにな。本当に殺そうと思ったら」
煙を燻らせながら私たちを見る。
「二、三秒で首無し人間達との晩餐会だったかもなあ。……俺腹減ってたんだよ。さっさとメシを食いたいって気持ちもあった。魔法使いの前にあった鶏肉美味そうだったし。そういう選択もありだったかもな」
私の脇から冷たい汗が流れた。
彼は天気の話でもするかのように続ける。
「お前らの考え方は正解だよ。本当に命懸けの戦いをするつもりなら誰だって一瞬で終わらせたい。そっちの方が遥かに危険が少ないからな」
そう彼は微笑みながら近づいてくる。
黒い光が見えた。
気づいたらクルスさんの腹に蹴りが決まっている。
全く見えなかった。
私は馬鹿みたいに立って前髪に風を受けただけだ。
「ただそれはこちらを傷つける可能性がある相手と戦う場合だ」
彼の拳が握られたのが見える。
それがジャンの頬に振り抜かれた。
彼は首を強く横に振らされた。衝撃で唇をとがらせ血を吐く。
「おいおいお前ら人間の基本的な性質を知らんわけじゃないだろう?」
そう彼は煙草を燻らせて笑う。
「人間は自分より弱い奴にはどこまでも残虐になれるんだよ」
そう彼は笑みを浮かべながら拳を鳴らし私に近づいてくる。
もう恐怖でいっそのこと殺して欲しいと思った。




