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STAGE 2 「誘導」第三部

この物語には残酷なシーンが含まれています。

 吹き荒れる突風の最中で、のっそりと進む黒い影が見えた。風の向きに反発して進んでいるためか、時折うずくまっては風の収まり具合を確かめて、またゆっくりと進む。天敵から身を守るような仕草は滑稽だが、その影が必死になって荒れ狂う環境の中を行き来している姿を見れば息をのむような光景でもある。影の形は吹雪みたいな砂嵐で人なのか機会なのかはっきり区別のつかない。一方は縦に、もう一方は横に細く延び、その二つの交わりは下に向かって大きくカーブしている。一見足首まであるブーツか何かに見えるが、一人での動く一本足なんぞ奇々怪々の言葉一つでは済まされない。ゆったりであるが、動き続けている以上動物として見るしかなさそうだ。

 その途端、先程より強烈な突風が影に向かって襲いかかって来た。柔らかい砂は一気に宙に巻き上げられ、影に覆いかぶさるように飛んでくる。流石にまいったのか、縦に伸びた影の一部がすとんと地面に下がった。成程、胴体の半分は自由に上げ下げできるような仕組みになっているのだろう。風がひと段落するとまた影の一部がのっそりと起き上がり、再び動き出すのだからずいぶんと器用な動物に思える。だが、それは少し誤った解釈だった。

 風の勢いが少し治まると今度は影の正体が少しずつぼんやりとだが、見え始めてきた。電波を受け付けないテレビジョンの画面に映るあの砂嵐の感覚が薄れ、フィルムの伸びた古いビデオテープを再生した時みたいな景色で、一つの動物は二つの生命体に分離した。これも驚くべきことだが、見間違えと取ればその通りであり、元々二つの物体だったと言えば当然だと言わざる得ない。

 それでも大きい方を引きずり、周囲を見渡しながら警戒を怠らないもう一方を見れば、やや穏やかな雰囲気に見えなくなった。ぐったりしている巨体の「何か」は死体のように見えて、それを運ぶもう一方の「何か」はそれを処理するために躍起になって隠し場所を探しているように見える。先程の、生きるために動いていた「影」が、負い目を感じて「逃げるもの」へと転落した。

 景色はさらにはっきりと映し出してきた。“四本足では歩かない”生物は、死体の両脇を抱えるようにして引きずって後ろ向きに歩いている。

 ヒトだ。引きずられている方はとても大きく、引きずってる方はその半分の大きさだ。だが、とてもじゃないが釣り合いが取れていない。あれではどちらとも体力の消耗が著しく低下する一方だ。

 「もう少しだよ・・・・」

 小さい方がなにもいないほうへ小さく呟いた。黒い大きなニット帽を目深に被り、顔を見せないようにしている。分厚い服装に風に撒かれないよう肌が出ている場所には何重にも布を巻いて保護している。姿形ではよく分からないが、声の質で男だと分かる。それに幾分か若い。

 「―・・・・・・・・・」

 「あとちょっとなんだ・・・・・・。そしたら、見えてくるよ・・・・・・」

 「―・・・・・・・・・」

 大きい方は何も語ろうとも答えようともしなかった。いや、元々喋る方が無理な注文でもあった。片方の男の子と違って、体中をミイラのように布でぐるぐる巻きにされているからだ。先ほどから身動き一つしないのもこのためである。

 男との子が引っ張っていたのはロープではなくそのミイラのような体からはみ出た布の一部を持ち、引きずっていた。長い間その状態を保ち続けたためか、見るも無残にボロボロになっていて、いつ切れてもおかしくない。無論、男の子はそんなことに気もくれず濛々と吹き荒れる枯れ果てた大地をたった一人で縦断してきたのだろう。ミイラは語らずともその巻いてある布がそう示してくれた。

 一行は少し小高い砂丘に辿り着いた。照りつける真紅の太陽から、少しだけ避けることが出来る影が出来上がっている。男の子はそれを一目見ると、急ぐように日陰に滑り込んだ。日中の温度は計り知れなほど高熱になる。フライパンの上を行く時間も歩き続けたような感覚に陥ってた彼にとってはまさに地獄に仏。丁寧にミイラまで影に入れると、自分もゆっくりと腰を下ろし、冷えきった地面に寝そべるように座った。

 「危なかったなぁ。あとちょっとで布に火が付く所だった」

 腕や足首に巻いた粗末なぼろ布を小さな手でさすりながら安堵の表情を浮かべる。自分の命をこの荒地から守る最低限の保護膜シールドだ。大事にしないとこの高温の中ではいつ発火したなんて気付かないまま焼け死ぬことだってあるからだ。

 しばらくして男の子は布から手を離した。日陰の場所で近くに砂地が無いか手の届く範囲で探る。

 あった。黒くて、少し柔らかい地面の一帯を手のひらで感じ取った。静かにその場所へうつ伏せになり、ゆっくりと口を近づける。一瞬ひやりとした感触があるものの、日の下で熱く火照った体はその冷気を吸い取るように吸収した。唇に当たる湿った砂がとても愛おしい。すすってみたい衝動に駆られるも、男の子はまたゆっくりとその場から起き上がった。

 いくら瑞々しさを保っていても危険であるのには変わりは無い。さっと腕に巻いた布で口元を拭うと、すっかり置いてけぼりにされた方割れのほうへもどった。

 「ただいま」

 「―・・・・・・・・・・・」

 声にならない「お帰り」が男の子には聞こえたような気がして、見えない顔で二コリと笑った。布の切れ端を手に取り、砂丘を横切ってまた日のあたり、荒々しい風の吹く場所へと戻った。風が吹くのに、砂で目の前もちっとも見えないのに、男の子はさっきと変わらず少しずつ前へ進んでいく。

 「もう少しだよ・・・・・・」

 そんな言葉を繰り返しつぶやきながら。






 ゼラは何とかギリギリ人が詰め込めるスペースをもつ岩の割れ目を見つけた。山脈の一部が、強風によって崩れ、ひとりでに下山してくるのはマレな事ではない。地表でこれほどの風が起きているのだから、山頂付近の風速をそう簡単に舐めてかかれない。大半の山のてっぺんは剃ったようにとんがった頂上など拝められなくなり、第一分厚い紅雲に覆われているため山頂など到底見える影もないのだ。

 一見重そうだと勘違いしていたフリックの体重はそれほどでもなかった。かといって無理に持ち上げることは彼は絶対しなかったが、ある程度余裕をもってこの避難場所を見つけることができた。フリックを奥の方に詰めた後、急激に疲労感が体中に溜まった。それもそのはず、夜明けから昼ごろまでぶっ続けではないにしろ、ほぼ休むことなく体力を消耗し続けていたからだ。

 「はっ・・・はっ・・・・、そうだ。連絡だな・・・・」

 血の巡りが急速に高まったまま、ゼラは無意識のうちに次の行動に移った。バッテリーがまだ余裕の内に連絡を入れてさえすれば、無駄は消費は体力だけで十分だと、彼は思い立った。

 スイッチを切り替え、ギルとの通信可能な範囲を電子マップで探る。ここでは岩に囲まれているせいか、マップも通信もうまく入らない。仕方なく外に出ようとした時、後ろから声が聞こえた。とっさに振り向く。フリックの上半分の顔が彼の身体からひょっこりと出てきた。ゼラが付けていたマスクが少しだけ見えた。彼に少しだけの配慮でもしたのだろう。

 「ここは・・・・?」

 「随分と遅い御目覚めだなデカブツ。もう少し早く気が付いていれば俺がこんな疲労感を味わう羽目になるなんてこと、なかったのにな」

 「お前がここまで・・・・、俺を運んだのか?」

 「なんだ。置いてってよかったのか?」

 耳に取り付けた通信機器を軽くたたきながら、ゼラはぶっきらぼうに言った。顔は反対側、外の方を向いている。外の状況を確認しているのか、単に顔を合わせないようにしているかもしれない。

 「いや、違うさ。礼を言いたい。有難う」

 狭い場所で岩肌に体が当たりながらフリックは上体を起こし、静かに顔を下げた。パラパラと岩壁が削れた音がして、ゼラ振り返る。

 「よせよ、俺がやったんじゃない。礼ならギルにしろ。俺は関係ない」

 睨みを利かせるようにゼラは眼光を光らせフリックを見た。でもそんなもの屁とも思わない素振りをフリックは言葉でいい返した。

 「なら、あんたが彼に伝えればいい。それなら関係などどうなろうと知らないんだろ?ゼラ」

 「チッ」とフリックに聞こえるようにゼラが舌打ちをした時に彼の耳元で突然雑音が入りこんできた。ゼラは目の色を変えると外に飛び出し、よく聞き取れるように数メートル、岩から離れた。しばらくして相棒の声が聞こえるようになると通信出力を最大にした。

 「―どうだゼラ。いいねぐらは見つかったか?!」

 「当たり前だ。お前からの返事をまだかまだかと首を長くして待っていたほどだからなぁ!!」

 「―そうか、そっちの安全は確認した」

 「そっちはどうだ?えらく通信の状態が悪いんだが・・・」

 少しの間の後、ギルの返事が返ってきた。

 「―いや、そんな傾向はみられないし逆にそっちからの音声が聞きづらい」

 「なに・・・・・・?!」

 ゼラはとっさにあたりを見回す。避難場所である岩からは離れているからそう状況が悪いわけではないと彼は思った。もしかしたらこれより大きな岩が近くにあって、たんに見えないだけかもしれない。ゼラはそう思い、意味のない考え事を切り捨てることにした。

 「地形の関係で、通信状況が少し不安定なだけだろう。あまり気にすることは無かった。それで、みんなは集まったのか?」

 今度は少し長い間。ゼラはその間通信状態のせいで返信が遅れているに違いないと思っていた。ギルのことだ。強化人である彼なら必ず、全員の遺体を回収できた筈だと信じていた。だが、次に帰ってきた言葉はゼラの期待を大きく崩す返答だった。

 「―いや・・・・・、できなかった」

 ―“できなかった”?

 「何故だ?」

 当然、その言葉が自然で出てきた。疑うことはしなかった。信頼している仲間だからこそ、ちゃんとした理由を聞きたかった。だから、次に続く言葉も彼は信じることができた。

 「―仲間が倒れていた場所に死体が無かった・・・・。すでに何者かが運び去っていた形跡がある」

 「なん・・・だと?」

 思わず握り拳を作り、力を込めた。怒りが再び彼の体力を呼び戻そうとしていた。

 「俺も注意深く探ってみたところ、まだ真新しい“奴らの”足跡があった。かなり、危険な状態だ」

 「クソッ!!あいつ等、索敵範囲を一気に広げやがったな!!」

 「―いや、そうじゃない」

 「なに?!」

 「―足跡の数からしてどうも単体で動いているものと思われる。たぶん偵察か巡回中で見つかったんだと俺は考えるんだが」

 「だからと言って、あいつらそう簡単に見逃すはずがない。死体を持ってかれた以上、俺達の素性はもう明るみに出ることは時間の問題だ・・・。」

 「―そうだな・・・・・・・・」

 ゼラは空を仰ぐ。日が沈むまでまだ時間があった。紅い空により一層濃い味を出した枠に見える円が、彼を背にして傾きかけている。

 「ギル、あのデカブツが起きた」

 ゼラはここで何故か話題を変えた。

 「―フリックの事か?」

 「そうだ。どうすればいい?」

 「―容体が悪化していなければ何もしなくてもいいが・・・」

 「そういう意味じゃない」

 ゼラは思った。真剣に考えているのだろうが・・・。そして考えよりも口が先に動く。

 「―じゃ、なんだ?」

 「あいつの後始末だ。」

 「―なんの冗談だ・・・・・・」

 呆れた様な声がゼラの耳に届いた。

 「―ゼラ、まさかもう殺したとかじゃないだろうな?」

 「もしそうなら・・・・・。どうする?」

 「―・・・・・・・・・・・・」

 長い沈黙に二人はとらわれた。時折聞こえてくるギルの呼吸音で、今の状態がどのようだなんてゼラがわかる訳がないのに、じっと待っていた。ただ時間が過ぎていけばいいと考えているのか、ゼラは何も言わずその場に突っ立っていた。

 気づくことさえ出来ればよかったのだと彼は思った。奴がどうなってしまっただという結果さえ必要なかった。答えを聞かせてもらうだけでよかったのだ。

 だが「―俺に下手な芝居は必要ない。サッサと合流するぞ」と聞こえた時、ゼラは笑いをこらえるしかなかった。ああ、やっぱりそうか。何もそんなに期待しなくても、もくてきえはでたじゃないか。

 「―どうした?」

 「いや、なにも・・・・・。もう遅いかも知れんが傍受されたかも知れない。ここで切る」

 「―分かった。気をつけろ、こっちも背後を取られた感じだ」

 本当か?それはますますいい感じに仕上がった。声に出せない感情が次々に沸き出てくる。苦悶の表情を浮かべ、ゼラ必死に感情の高鳴りを抑えていた。

 「じゃあ、切るぞ・・・・・」

 ブツッ。

 ゼラの前に黒い巨大な影が浮かび上がった。砂煙に巻かれて、今まで視界に入っていなかったが晴れてようやくその姿を現す。日によってゼラの影がその巨大な影の足元に届いている。随分と前からそこに佇んでいたせいか、四本の脚は砂に埋もれるほど見えなくなっていた。

 懐かしむようにその影を見上げて、ゼラは満足した顔を浮かべにこう呟した。「時間通りだな・・・・・・・」

 これから来る「答え」は既に見つけていた。





 私があの方と再びお会いするのは時間に換算しても分からないくらいだ。前より肌は一層痩せこけて、あの淡水色の瞳をもった目も少し霞んで見える。櫛で梳かした様な栗色の毛並みの良さに形の整った繊細な顔立ちは変わっていないけど、どこかはつらつとした感じを受けないのは何故だろうか?たぶん、長い間外気に触れ続けたために心身ともに疲れ切っているのではないだろうか。そう思わせるように身にまとっている服装もどこか存在を薄くする作用を発しているように思える。だとしたら、こんな所で見ていられない。

 私はそう思うと、この狭い空間から抜け出してあの方の下へと歩み寄った。

 「本当に時間通りに来てくれるとは・・・・、助かるよ」

 近くに来た早々、あの方がそう言った。この声を聞くのも随分と懐かしい。体内で何かがしびれる感じがした。きっと私が正直な証拠だろう。

 「いえ、私としてはこのような危険なふるまいをなされたことにたいして日々、心の痛むこ思いを募らせるばかりでした・・・。本当にお帰りになってよかったです」

 そう言って私は深々と頭を下げる。あの方がいない日々など、本当に気が狂っても仕方なった。それでも、必ず帰ってくることを信じていた。だから、今ここであの方の姿を見れて本当に良かった、うれしい限りだ。

 「ああ、私も久々の帰宅だ。懐かしくも思う。それで・・・、中は前と変わった様子はあるか?」

 「いえ、なにもかも以前とまったく同じ様子でございます。」

 「そうか、少しは様変わりするのかと期待したんだがな・・・・・」

 「とんでもございません。皆、時間が止まったように主人の帰りを待ちわびてるようです」

 確かに様変わりなどしていなかった。あの方がいつの間にかいなくなっても、内部の混乱が起きないようにちょっとした仕掛けを施しておいたのだ。それは簡単なシステムで鮮明に理解できるほどの単純さではあったが、そこに辿り着くことさえもはや困難だった。私が仕掛けたトラップなどあの方にとって赤子の手をひねる程度のレベルでも、周りに住まうモノはそんな事さえできないと言う。やはりあの方は偉大だ。そして私もあの方に使われること、それが一番喜ばしいことだ。

 「それで・・・・、随分と大きなお出迎えだな。どこで拾って来た?」

 「先程その付近をうろついておりましたので、少々強引ではありましたが・・・」

 頭をゆっくりとあげて私はその質問に正しく答えた。このやり取りもまた懐かしい。だけど、

 「盗んだのか?」という反応に私は戸惑うしかなかった。

 「・・・・申し訳ございません。ご不満でありましたら私の不注意です・・。お望みならばすぐに廃棄いたします・・・・」

 あの方の機嫌はまるで風の吹く向きのように過敏に変化する。私はあの方の怒りをあらわにする姿を見たくはなかった。恐ろしいのではなく、純粋に見たくないからだ。

 「いや、不満など言ったものではないが、私が頼んでおいた奴らのモノはこれとは違うのか?」

 「いえ・・・。それは存じませんが・・・・。何かやってはいけないことをしてしまったでしょうか?」

 恐る恐る、あの方の表情を伺ってみた。先ほど見た表情とまるで変わらない。凛と整った姿勢で上を見上げるあの方の眼に私の姿が入ってないことに気付かず、次の言葉に驚いてしまった。

 「綺麗なものだな・・・・」

 「えっ?!」

 「少しおぞましいものも感じさせるが、まるで生きたものを模った様に綺麗な形をしている。奴らが使うにはもったいない代物だ」

 私は何を期待していたのだろう。

 「私もそう思います。色鮮やかで、とてもヒトを殺める道具には見えません・・・・」

 口に出してはいけなかっただろうか?いや、それはもう遅い判断でしかない。あの方がそうとらえれば私はここで終わるだけなのだから。

 「これに名前かなにかあるのか?」

 「さあ・・・・。乗っていたモノも何と言っていたかよく思い出せません」

 あの方の反応が薄いせいか、私は気を許したように答えた。それでも、あの方からの体裁さえ来ない。本当にお疲れなのだろうか?

 「乗り心地も試してみたいが、時間もあまりない。先に帰るとしよう」

 「何かお運びするものはございますか?」

 「ああ、一つある。ちょっと大きいから手間取るかもしれないけど頼むよ」

 「承知いたしました。」

 「ここで待っていてくれすぐ戻る」

 「何かお手伝いすることはございますか?」

 「心配する必要はないよ」といってあの方は視界の悪い砂塵の中に入っていった。しばらくした後、私は踵を返すように先程のっていたあの巨大な道具に再び乗ることにした。大きな目玉で目標をとらえ、機敏に目標を粉砕する鋭いドリル。不安定な体勢さえ軽々と働いてくれそうな頑丈にできた長い両足。

 こんな醜いものにどれほどの美学やセンスがあるなんて私には分らない。無理やりつなげた様な連結部分や無造作に外に露出した動力供給の太いケーブルがそれを言わんばかりに現われている。それでもあの方の意見なのだ。私の思考や立場が入る余地などない。それを承知でここまで来たのではないか。私は気合を入れなおすように頭をふるふると左右に振ると、長い脚先をつかんで巨大な道具の上へと昇っていった。

 掴み難いことに文句は無いのだが、操縦席に乗るために足場の一つないことには作った誰かさんに不満の意図でももらしたいものだ。とも言ってはおられず、最後には跳躍して操縦席の取っ手にしがみつくしかなかった。両腕で自分の体重を引っ張り上げ、のそのそとした動きでまた狭い場所へと舞い戻って来た。

 狭い空間は人を安心させる。私も人であるが、限りなく人と言われればそうではない。形だけが周り認識をヒトとして認知してくれる程度だ。この施しもあの方がしてくださっとこを細かく言う必要もない。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 主電源を入れて、道具の全体が活動状態になるまで少し待った。座席の下から唸り声をあげる動力部の振動に体を小さく揺らしながら、あの方の事を少し思い返してみた。何かを見つけてきたような雰囲気を持っていたけど、何か変なものでも取ってきたのだろうか?この巨大な道具を見たとき、変った事を言った感じが全く同じだった。

 操縦席の前方が明るく照らされた。四方に設置されている薄型の出力パネルが一斉に息吹を吹きかけられ再び動き始めた。パネル上に映る白い文字がどこかへ運ばれるように下に流され訳の分からない処理を一から行っている。時々何かを忘れてしまったようにぴたりと止まるとまた動き出す。不規則な配列。数字や記号の合わさった何行にもわたる意味のない言葉の数々。すべてこの道具が動き出すために必要な下準備だ。

 後ろ側にある小さなパネルから、すっと文字だけの列が正面右側のパネルに入り込んだ。空中を泳ぐようにして空間を行き来する文字はとても不思議な感覚に酔わせてくれる。パネル同士で文と文の交換、入れ違いや割り込み改行を重ね着々と動き出す準備に入っていく。もう少しだ。

 「―聞こえるか?」

 タイミングを待っていたかのようにあの方からこちらに通信が入ってきた。まさか、これの通信手段も分かっていたとは思いもしなかった。私は急いで受信可能な状態に入り組んだ装置を切り替えて、あの方との交信を始めた。

 「はい。問題ありません」

 「―雑音もあまりないとみるとついさっきのノイズの原因はこれだったか・・・・」

 あの方は何か理解したのか独り言のように呟いた。それに私は「申し訳ありません」としかいう事が出来なかった。

 「―いや、一つの疑問が解けてよかったよ。誤った答えが出るのはあまり宜しくない」

 「準備が整いましたでしょうか?」ととっさに聞き返した。パネルの一つが著しく光沢を落とし暗くなった後、点滅するように繰り返し光り方が変化した。

 「―ああ。こちらに来てくれ。まっすぐだ」

 「大きなものでしたら私がお運びしますが・・・・」

 「―そんなに大したものじゃない。少し大人しくしてほしいからその機械を利用しようと思ってね」

 そんなことをわざわざあの方に煩わせる必要ないと思い「それでしたら私が、」と言って外に出る準備をした。しかし、あの方それを分かっていたようにすぐに返事が返ってきた。

 「―必要ない。そこにいて大人しくしていてくれ」

 ピリピリと周りの空気が冷気で凍りつくような響きが襲ってきた。

 私はその声を聞いた途端、体をビクンと震わせ固まった。冷たい声が電波を通してここまで伝わってきたような感じがし、私はその言葉通りその場から出ないようにした。

 「―そうだ。それでいいんだ。私が出したかった答えを壊したくないだろう?」

 「承知して・・・・・・おります」

 声を押し殺し、かろうじて答えて、私は両腕を使い座席のシートに背中を思いっきりへばりつかせた。背中の肉がぎりぎりと潰されて痛みを知らせる信号部が悲鳴を上げた。限界が来ると急に肩の力がねけて腕に自由が戻った。手のひらに汗が滲み、ジトリとした熱気を帯びている。密室なのでなおさらだ。

 「―駄目じゃないか。間違いを答えては」

 その声を聞いた瞬間急に冷汗に変わり果てた。寒気を覚え、がむしゃらに身体を縮こませた。

 「申し訳・・・・・ありません」

 「―忘れてないだろう?」

 「は・・・・・い」

 それ以上声が出なかった。左手が勝手に動き、口をふさいでしまったからだ。呼吸は出来るが、口は固まった様にぴたりと閉じてしまった。急にあの方が恐ろしくなりとっさに目を閉じてその場から避けようとした。

 「―そのままの状態でいるんだ。分かったな、もう何も答える必要などないからなぁ・・・・・・」

 暗闇の中あの方の声だけが体中をなめまわしたような感じに囚われた。ここにいないの確かにそう感じた。きっと帰った後も、あの方は前と変わらず私に接してくれるはずだ。そう考えると少し気が楽になった。涙も出てきた。また、別の思いもでてきた。ずっと寂しかったのは私なのだ。それをあの方は気づいてあんなこと言ったんだ。これが終われば全部元通りになるんだ。

 そう思っていないと私の身体は壊れそうでとても怖かった。



 ―ここで倒れてからいくら時間が経過しただろう。

 目を開けば変わらない空間がそこに漂っていた。均等に設置された透明状の柱。床にいやというほど張り巡らされたコードやパイプ類の数々。その先はものも言わない暗闇だけが続いている。それが目前に広がっていた。変わりもしない、動きもしない、崩れもしない景色。

 視界を下に向けた。髪の毛から滴る奇妙な液体の雫もそろそろ切れ切れになり、すぐ下の床一帯に水たまりになっていた。水たまりに自分の顔が映る。暗く陰鬱な顔。ここが暗いのだけが原因じゃなく、自分の顔から生気が失われたように見えた。その方が正しかったかも知れない。視界は再び元の位置へと戻った。

 先程と変わらない暗い空間。裸で寒かったのに今そう感じないのは、体温調節がうまくいったのかここの空調設備が息を吹き返したのかどちらかにすぎない。可能性としてここが暖かくなったことはまずあり得ない。ひとまず身体の調子が少しだけ良くなったと考えていいだろう。

話の内容がばらばらになってしまいました。

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