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STAGE 2 「誘導」第二部

この作品にはわずかに残酷なシーンが含まれています

 

  「しかし・・・・、酷い格好だな」

 フリックの格好をまじまじと見つめながら、両手首を細いロープで縛られ拘束されたギルは呟いた。巨漢のフリックの全身を分厚いコートだけが肌に張り付くようにして身につけている。コートの所々には今までの戦闘の最中で負った無数の焦げた跡が見られた。それでも穴の一つも空かないそのコートに、ギルは強い疑念を感じた。

 「ふん・・・。他に身にまとうものが、これ以外なかったからな」

 その事にフリックはゼラの手首にロープを巻き終えた時に答えた。ロープの出所はゼラの腰巾着に入っていた特殊複合材樹脂で生成された近代的なワイヤーと言ってもいい。ロープの直径は僅か5ミリ以内に収まっていて、伸縮可能なのは勿論のこと大人3人分を釣り上げても切れないといったタフな面も兼ね備えている。極性に優れているため通信用のワイヤとしても活用でき、武器としても使用できる。しかし、常温状態で使用しない限りは粘土のように脆いという欠点があるため、現代の環境では一般的に普及まで至らない。

 この地域でさえ異常な気象状態と不安定な気圧圏内の中では、全く使い物にならないのだ。

 それにしてもこのフリック、随分と強く縛ったものだ。一応縄抜けの要領を試してみたものの、手首の肉にグイグイを食いこむ。どうやら、無理に外れない仕組みでも心得ていたのだろうか?だとしたら、相当な危険リスクを犯した為、記憶を奪われたとも取れる。いずれにしても、この男に全て話すのは控えておく方がいいだろう。

 ギルはフリックの全身をもう一度見た。

 コートの下が全裸というのは少し気が引ける気もするが、こちらが黙っていれば変な気でも起こさないだろう。特に目立った傷も、ましてや不具合のありそうな体つきはしていない。至って健康体だった。不思議に思い、ギルはフリックに聞いてみる。

 「記憶がないと気づいたのは、いつからなんだ?」

 「分からない・・・・。とにかく目が覚めたら・・・・・・こうだ。お前たちこそ何故だか分からないか?」

 「それはこっちが聞きたいほうだよ・・・」

 今度はゼラがうんざりしたように呟いた。「頼むからこれ外してくれロープが擦れて痛いんだ」と付け加えながら。

 「それは無理な相談だ。お前たちがまだ危険な存在だからな、そう簡単に拘束は解けない」

 ―そりゃお前の方だろ・・・・

 二人とも、そう思いながらやれやれといった表情を浮かべる。可笑しいのかも知れないのだが、つい数分前まではお互いの生死を賭けた殺し合いをしている殺伐した雰囲気とは、程遠い調子抜けの状況に変わってしまっているからだ。こうも簡単に場の空気を変えるほどフリックの周りのオーラといったものに何も言えなかった。

 「で、どうすりゃこれを外してくれるんだっけ?」

 「心配するな、事の運び方で状況は変わるさ。もしもの場合、お前たちのどちらかを利用するぐらいだろう」

 ―困ったな・・・・

 ギルはそのこと聞いてさらにうんざりすることになった。仲間の安否もまだ確認できていない上に、そろそろ「アレ」が出てくる時期だ。こんな所で胡坐をかいて拘束状態のままいれば、それこそ奴らの思うつぼ。あっという間に灰にされるか、利用されるまで体を遊ばれる羽目になる。それだけは、何としても避けたかった。

 一刻も事を終わらせたいと思い、ギルはゼラにアイコンタクトを出す。さすがにこの常用だとゼラもの冷静なのか瞬時に判断し、こちらの作戦に乗ってくれた。後はこの大男フリックがうまく流されるように、手を加えればいい。

 「フリック、それならお前の目が覚めた場所に連れて行け」

 ギルはそれに自信があった。

 「何?」

 フリックがギルの方を向く。

 「俺なら、あんたのいた場所が何なのか、そしてそれがどんな所だったかは、俺が見ればわかる。それならばフリック、あんたの記憶がどこで失ったかも分かるはずだ」

 「何を根拠に言っている?」

 予想通りにフリックはそう反応した。

 「根拠は・・・・あるさ」

 次にゼラが口を開いた。

 「こいつは・・・・、ギルは強化人だからな」

 「強化人?何だそれは?」

 「簡単にいえば『記録の容れ物』と言えばいいだろう。つまり・・・・、俺はニンゲンじゃない」




 ―何を、何を言っているんだ・・・・・?

 フリックの精神は再び自分の体へと舞い戻っていた。時間に換算すれば突進状態から今まで、自分とは違う「何か」が、喋り、答え、動いていた。そして今、バトンパスしたように自己感覚が突如戻ってきたのだ。目の前を見れば自分を殺そうとしていた二人。何故かは分からないが、二人とも両腕を縛られ、拘束されていた。

 「何だ、いったいお前たちは・・・・何なんだ?」

 後ずさりをしながらフリックは、二人を見ながら呟く。息が苦しくなる。目まいが再び襲いかかってくる。

 ―“まただ”。またあの時と同じような事が・・・・

 早く此処から逃げたかった。しかし逃げ切れたとしても、「アレ」は執念深く付きまとって来る筈だ。あの液体のように身体の中に沁み込み、少しずつ宿主を喰いつぶしながらいずれは支配下における立場へと自分は変わってしまう。だから逃げ出したかった。それすらできなかった。また、思い出して来たように襲いかかって来た。

 「ううっ・・・・!!」

 「・・・・!!」

 「おい!!どうしたフリック!!」

 一人の男が叫んだ。いや、それさえ確認できない・・・。

 「・・・・・・・!!」

 ギルとゼラも何かがおかしいと思い、フリックに向かって叫んだ。それでもフリックは苦しむように唸り続け、よろよろとその場から後ずさりし続ける。やがて、何かを見つけたようにカッと目を開いて思いっきり空を仰いだ。

 「誰だ・・・・誰なんだ!!」

 また視界がぐるぐるを回りだした。吐き気を催し、思わず口に手を当てる。吐瀉は出るとこは無く、消えることない気持ち悪さが肺の辺りで疼き続けた。やがて呼吸をすることも困難になり、その次にはフリックは気を失ったようにその場に崩れた。

 とっさに二人が支えに行くが、なんせ倒れた本人に両手を縛られていたため、上手く支え切ることもできず、フリックの自重に押され、3人ともいっぺんに倒れた。

 地面が一瞬だけ振動したように揺れて、続いて硬い地面の感触をギルは受ける。痛かった。

 「おい!!フリック、おい!!」

 フリックの下敷きになっていたギルが大急ぎで抜け出し、うつ伏せのままのフリックに声を掛けた。だが糸の切れた人形のようにぴくりとも動かず、固まったままの状態だった。

 砂煙が巻き上がり、咳き込む様子も見せないギルは突然起こった出来事に驚くしかなかった。

 「どういう・・・・ことだ?」

  ギルに続いてゼラがやっとのことで、フリックの下から這い出てきた。巨漢のフリックの下敷きにされては、流石のゼラもまいっていた。「ふう、」と息をついた後、後ろにバランスと取るようにしてその場に座り込んだ。

 胡坐をかきたかったが、両腕がこの状態では非常事態に対応できないと判断したらしい。ゼラはめったにしない立膝の座りをした。ギルはそんなゼラの安否を確認すると、フリックの顔に近づき耳を当てた。

 聴力を倍増して、息があるかどうかを一応確認する。意識がないものの、呼吸は僅かながらにしているようだ。ヒュー、ヒュー、と微かな気道の動きの音を聞き取り、ギルはゆっくりと顔を上げた。

 「命に別条にない」

 「いったい何が起きたんだ?ギル」

 大の字にぶっ倒れたフリックの姿を見下ろし、ゼラはギルに尋ねた。

 「さあな、記憶喪失による精神的外傷ストレスの影響にしては・・・・、異常な行動だ。それに・・・・」

 頭を抱えるようにして、ギルは附に落ちないことにいら立ちを覚えた。こんな事も解決できないとは途方も無い阿呆かも知れないな。

 「それに・・・・、なんだ?」

 「症状が起きる前とさっきまでの言葉の使いよう、それに行動も異常だ・・・・」

 ちらりとフリックに目をやるギル。顔は固まったようにうつ伏せのまま、横に向こうとはしない。呼吸が苦しいのもこのため何のだが今の状態では本当に手の施しようも無かった。足蹴りでもして、体ごと動かそうかと考えもしたが、これ以上外部から接触は身体にどれだけのダメージを被るかは予測できなかった。

 状態を維持すしか今は何もできないことに、表面で冷静に保つギルは、ある筈の無い腸が煮えくりかえるほど自分の無力さに怒り満ちあふれ、思わずこめかみにしわを寄せた。

 「どういうことだ?」

 「分からん・・・・。医学的なところは、俺も専門外だ」

 「何?!お前それでも強化人か?」

 今更みたいにゼラは大げさに驚いた。ときどき思うのだがこの男、周りの空気を読めないことに対して、見ている方が愕然としてしまう存在に値するんじゃないかとひどくマイナス的な思考に走るしかないのはどうしたものだろう。突然現れては途端にぶっ倒れて気を失う、目の前の大男フリックもそうだが、今の時代について行くかの威勢の無さに個人の存在が無駄になる気がした。

 まあ、多分。こんな風に捉える自分も情けないのだが・・・・。

 「いくら強化人でも『役割』と『範囲』が限られている・・・・。お前たちには前に説明したはずだが、ちゃんと聞いてなかったのか?」

 これを何回説明しただろうか?あいつの耳に膿でも出るぐらい口酸っぱく言った言葉をゼラ、は流れるように受け流す。こんな調子がいつまでも続く訳が無いのを知っていながら、どうしてこうなのだろう。長い人生というか、これまで多くのニンゲン達と接してきた時間の中、答えの見つからない疑問だ。

 それでも、ギルはその無駄に時間を使う。それが存在する“証”となり、“経験”に繋がるなら、強化人たちは「役目」を終えるまでこの形を保ち続ける必要性があるからだ。

 「あー。そうだったな・・・・。じゃあ、こいつはほっといて俺達は帰るか」

 またこいつは・・・・。そう思いながら、ギルは彼との無駄なやり取りを続ける。

 「冗談でも殴ってやりたいところだよ。とりあえず、コイツを切ろう」

 逃げる気はさらさらないが、ずっとこのままの状態はここでは危ない。確かに自分たちも他人から見れば随分、身の危険を感じさせる風格が漂っているかもしれないが、自分たち以上に此処はヤバい奴がごまんと潜んでいる。だからいつまでも自由の効かない制限された行動では、野獣の前の餌同然の立場となったままということだ。

 ギルは素早く立ち上がると、フリックが自分から奪い取った銃を脚を使って器用に拾い上げる。強化人である彼にとってこんな芸当は造作も無いことだが、縛られるぐらいならあまり力をセーブする必要が無かったのかと、考えてしまう。しかし、会ってそう時間のたっていない他人に、自分の立場を容易に見せることはできない。

 これは別に決まりでないのだが、彼が決めた警戒心の表れでもある。

 「どうするんだ?それで」

 片足で突っ立っているギルを見上げながら、ゼラは考えることなく直ぐ聞いた。

 「ゼラ、これでおれの手首辺りを撃てるか?」

 「は?」

 当然の反応だろう。勿論、足で撃てということだ。

 「できるか?」

 「俺はお前じゃねぇよ」

 「無理でもやってもらう。でなきゃこのままだと三人ともお陀仏だ」

 首をひねり「周りを見ろ」と合図を促す。ゼラはそれにつられるように辺り(正確には空)を見上げた。真っ赤に染め上がる空の色は決して朝焼けや黄昏時を表しているわけではない。

 俗に言う「血の空」とも呼ばれている。今から数百年前のニンゲン達には到底拝めることができない紅い空が今、地球上のどの場所にいても見ることが出来る。時間帯でいえば今は昼間。太陽がやや南に位置し、その太陽は赤く染めた薄い膜におおわれ、本来手で遮るほどの強い光を無理やり制限させられていた。今のニンゲン達にとって、全てが深紅に塗り固めたこの空が、“当たり前の色”として認識されている。無論、空に浮かぶ雲も。

 ギルにとってそれが異変であっても、今、生命活動を維持しているニンゲンに「昔の空はこんな色じゃない」と告げる事も、“赤から本来の色”などといった、神がかりな修正もできない。彼等は目に映るもの、耳に入って来るものしか情報の選択方法を知らない。行き過ぎた時代に、何も知らない赤ん坊がいきなり放り込まれたものと同じなのだ。だから、今の世界が出来た。欲を満たすだけの世界。弱者を操る上下関係の激しい世界。情報量があまりにも乏しく、幼いまま独りでに歩きだした世界。間違いを犯し続けた強化人が、罰を受ける世界。

 この状況に歯止めなど聞くはずがなかった。統制する存在や力が無い限り、制限なく知識は溢れ、それは誤った方向へ導いていく。古代の情報を己の欲が満たされるまで食い潰し、失敗から学ばない愚かな新人類は、同じ歴史をたどっている。古い武器を再現し、偏った力で自らを強者と名乗り、国まで立ち上げる始末。それはこの空も物語っていた。よどんだ空気は惑星の環境をさらに深刻化させていた。突如として現れる巨大なハリケーン。減ることの無かった温室効果ガスによる完全に干上がった海。過去の清算によってか、相次ぐ地盤沈下に大規模な地震。

 今の祖の傾向は消えることは無く、今目の前でその一つが起きようとしていた。周囲の空気が髪をなびく様に揺らいだ時、それこそが前兆の証である。気圧が著しく変化し、一部生暖かい空気が、首筋を通り抜けた。来る。今回も飛んでも無くデカイ奴が。ハリケーンだ。

 「時期にしちゃ早すぎる感じがするが・・・」

 ゼラが異変に気づき、遠くを見るようにして額に手をあてがった。それで見えないものが見える訳がないが、風と一緒に周りの塵が目に入るのを防いだのかもしれない。

 「ゼラ、マスクを着けろ」

 横目でゼラを見てから、ギルは呟くように云った。

 周囲の風が巻き上げられたということは、ここ一体の空気が別の場所と混ざり合った可能性がある。言うのを忘れていたが、この国はまだ放射能の危険性でさえ、あまつさえ核の存在も知らない。国土の7割方が放射能の危険区域レベルに達している情報さえ、微塵も掴んでいない。先程までのこの周辺は、それほどのレベルに達していなかったが、さて、今はどうなのかは知らない。自分に影響など全く起きないわけではないが、隣の方は真っ向のニンゲンだ。

 ある目的のため、生きてもらわなければ困る。

 「まだ遠いと思うが・・・・・。そんなに焦ることは無いぜ」

 それでもゼラは身の危険を顧みず、笑いながら答えた。「それに、この状態でどうやってマスクを着けるんだ?」と付け加え、もぞもぞと芋虫のように蠢く。

 「それもその筈だったな」

 ギルも続いて軽い笑みを浮かべ、足の指で挟んだ状態だった銃を無造作に地面に放り投げた。「カシャッ」と軽く弾んだ音をたてた銃を見ながら、ギルは静かに両腕に力を込める。すると、さっきまで外れないように強く縛りつけていた極小のロープが、緊張の糸が途切れたようにはらりと地面に落ちた。それを見て唖然とするゼラ。彼の顔を見ながら、ギルはあきれることが日常茶飯事な事と錯覚しそうになった。

 「なんで・・・・?いや・・・・、さっきは・・・・」

 「このおっさんにばれるのが嫌だったからな。少し猫を被った」

 縛られてもさほどいたくなかった手を摩りながら、ギルは千切れたロープの回収作業に移った。時折強い風に揺れ、掴みにくいロープを拾うギルを横目に、ゼラはようやく分かったように口を開いた。

 「ほう・・・・。そうか」

 後ろから声がし、ギルは拾い集めたロープを片手にゼラを見た。

 「ん?」

 「それは俺がどうなっても構わんという言い回しに聞いてもいいわけか?」

 「そうだな、こちらとしてはそうとらえた方が、お前もあまり傷つく事が無いと思ったからな」

 「敵をだますならまず味方ってことか?ギル」

 確認するように答えを聞きだすゼラ。分かるまで黙っておく方が相手の身になったのはこれが初めてだ。次に出てくる言葉を予測したギルはそう思い「長い間俺と付き合っておいて、今頃それは無いな・・・」と、いたずらっぽく口元に笑みを浮かべながら答えた。

 「ふん、確かにそうだ。確かに今回の件で悪いのは俺だな」

 「それに仲間を誤って撃つ心配も消えただろ?」

 「それとこれとは別の事だ・・・・・!」

 急に口調がとげとげしくなる。なるほど、彼もまた、プライドの持ちようはあるということか。楽しげにニンゲンの「観察」を続けながらゼラに近づく。後ろを振り向かせ、ロープを指先に引っ掛けると、いとも簡単に外してしまった。

 「了解した。とりあえず・・・・・っと!」

 「うお!?・・・・・、やっと外れたか・・・・」

 ほどかれた両腕をもみほぐしながら、ゼラはよっこらせと立ち上がる。

 「とりあえず、おっさんは当分起き上がる様子じゃないか・・・・。だったら今のうちに仲間の死体を回収しておく」

 ぴったりと合わないマスクをかぶりおえたギルは、周辺の地形を把握しながら言った。

 「俺はどうすればいい?」

 ギルに合わせるようにマスクをあわてて装着したゼラは、マスク内の通信機器を使って質問を投げかけた。

 「ハリケーンに当たらない安全なポイントでも探しといてくれ。発見できたら直ぐに連絡だ。用事が終わり次第、俺もすぐ向かう」

 「あいよ」

 「出来ればそこのおっさんも担いで運んでおけ」

 「冗談言うな。見た目だけで200キロあるに決まっている!!」

 フリックを指差し、抗議するゼラ。そんなに大きな声で怒鳴っても、通信制限で通常の音量でしかこっちには聞こえないぞ。ギルはあきれたよう苦笑し、ゼラに対し答えもせず方向転換した。

 「おい!!」

 拳を振り上げ、クソくらえと吠えるニンゲン。滑稽なものだ。

 振り返りもせず、右手の人差指と中指を合わせ「アディオス」と合図する。すでにハリケーンの影響が見え始め、辺りの視界がまたもや悪くなる。きっとこの合図も見えないだろう。

 通信範囲を最大に広げながら、ギルはたった一人でハリケーンの中に入っていった。




 「―ロクム山脈地帯にハリケーンの発生確認。今後の進路は北東。現在の中心気圧、780hPa」

 「だいぶデカイな・・・」

 受信機に入った音声に聞き耳を立てて、目の前の小さな画面を両眼で睨みつける。その画面以外の光といえば、スイッチが入ったのを確認する程度の小さな発行体と、ディジタルに表示された淡い緑容色数字の計器ぐらいだろう。睨みつける瞳に、画面上に映るものといえば殺風景な廃墟の数々。みなどれも岩のように固まって、何の変化も見られない。一言でいえば、「つまらない」で終わらせるぐらいのレベルだった。

 画面に薄く映る人顔の輪郭。一枚の鏡のような役割を果たしている一方、眩しいだけで、毎日嫌になるほど同じ顔とご対面する。実に無駄な設備と言ってもよかった。

 「ったく、目が痛くなるだろ!!このクソポンコツ!!」

 苦々しく顔が映る液晶上の画面を窮屈なこの空間で唯一動ける手を使って、軽く殴る。一瞬画面に横上の黒い線が入ったかと思うと、すぐに元通りになった。

 「チッ」と舌打ちをして、再び受信機の方に耳を傾ける。どうやらハリケーンが進む方向はここから少し離れていくらしい。

 「有難いことですね〜。はいはい」

 独り言をぼやきながら受信器のスイッチをOFFにして、通信用の機械に息吹を吹きかける。わざわざ両方とも使用しないのはバッテリーの節約にもなるからだ。

 「ヅーヅヅー」としまりの悪い雑音をまき散らしながら、毎度使っている周波数に手間取るこのポンコツ。時代を感じさせるといった妄言なんかではなく明らかにこの世界では不便なモノだった。

 しだいにいら立ちが募ろうとした矢先、「プツッ」という音が入り相手先と通信が繋がった。マイクを引きよせ、応答を待つ。

 「―トラン、今流れたのを聞いたか?OVER」

 あいつだ。トランと言われたこの者はすぐさま返事をした。

 「あんたも聞いていたか。そっちはどうだ?」

 「―こっちは相変わらずだ。だが面白いもんを見つけた」

 「なんだ?」

 「―死体だ。それがかなりの数だ」

 「戦闘でもあったのか?」

 ここ最近、ことさら奇妙な事故は起こっていない。ラット共の餌の奪いの中に巻き込まれたという事があったが、相当昔のことであるし、今更起きても誰もそれを拾い上げることは無いだろう。死体がそれも数が多いことであいつがそんなに驚くことじゃない。

 トランが考え込む時間も無く次の通信が入ってきた。

 「―それは分からないな。だがこいつらをよく調べたらまた面白い物を掘り出したぜ」

 「またか・・・・。二度もチャンスが巡ってく来るとは、ナーズ。あんたついてるぜ」

 「―ありがとよ」

 ナーズという人物はマイク越しでもうれしそうに答えた。

 「ところで、その面白いものってのはなんなんだ?」

 「―ああ、トラン。南方の町で起きた事件はしっているか?」

 「ああ知っている」

 約一周期前に、南の小さな町「セントルム」が少数派の武装集団によって襲撃を受けた事件があった。町の至る所を徹底的に破壊し、住民全員を皆殺しにするといった今まで聞いた事ない残虐非道な事があったのは彼の頭の記憶にもまだ新しい。

 「―どうやらこの死体がその事件の諜報人かもしれん。ってところまできてる」

 「きてる?」

 ナーズが最後に言った言葉に、トランは復唱する。

 「どういうことだ?その引っ掛かるような言い方は」

 「―そこが面白くならない所なんだ」

 いかにも残念そうな表情がこっちにも見えてしまった。

 「―その襲撃犯を目撃した証言では、犯人グループの人数が二人ぐらい足りないって話なんだと」

 「確信がないってことか?」

 「そう、そういうことだ」と呟くナーズ。しきりに「面白い」と言っていた反面、これは痛いミスだったのだろうか。

 「てことは、残りの奴らを見つけることが出来れば・・・」

 「―そうだ。それこそ本当に面白いもんだ!でだな―」

 「断わっておく」

 ナーズが何か言いだす前にトランは忠告するように言葉を遮った。

 「―あ?」

 ナーズが「聞こえなかった」という反応をしてくる。

 「ナーズ。お前が一人でやることだ」

 「―冗談言うなよ。お前が来ると思ってこっちは準備していたのによ。ったく」

 タイミングが合わないのを不快に思ったのか、マイク越しからナーズが周りの計器を殴る音が聞こえた。

 「こっちもこっちで抱えている仕事がある」

 「―なんだ?」

 「悪いが依頼主クライアントからの言いつけでな、他人には答えられん」

 これは本当だ。とある方からの重要な事柄で、早々他人には任せられないとして自分のところへと回ってきた。単純に考えれば自分の偉業が認められたということだろう。誇りに思うべきだ。

 「―あー、そうかい。わかったよ、トラン。おめぇはいつまでもご主人様に尻尾振り続けるお犬様だったな。すっかり忘れてた。」

 「お前なぁ、いくら機嫌が悪いからって、人に当たるのはタブーだ」

 「―ヒントぐらいいってもいいだろ」

 それぐらいならいいだろうか?トランは少し悩んだ挙句、全くかかわりを持たない一つの言葉を口に出した。

 「迷子探し、だ」

 「―迷子か・・・・。俺をおんなじだな」

 どこがだ。

 「―まあ、ガンバレや。俺はハリケーンのほうに向う」

 「危険じゃないのか?」

 「―今回の俺を馬鹿にするな!!じゃあな。OVRE」

 「ブツッ」という音と共に再び窮屈な空間が目の前に広がる。カチカチと小さく響く電子音のささやきに耳を傾けたまま、目の前に広がる廃墟の映像をボーっと眺めた。液状画面に表示されている時刻に目をやる。定刻通り進めば、進行方向にある邪魔なハリケーンがどいてくれるだろう。

 「年齢不詳。性別不詳・・・・」

 高貴な依頼者クライアントに頼まれた中に情報では、「試験中に逃げ出した実験体の一つ」としか聞かされていない。そんな中、どうやって見つけ、つれて来いというのだろうか?

画面に映る自分の顔は前より一層やつれた様に見える。いや、それは当然のことだろうか?幾度となくこの狭い空間に自ら入り、自分は安全な場所で淡々と仕事をこなすうちに、本来の姿を失ったことの報いなのか?

 考えても無駄だろう。

 トランはここでは吸い込めそうにない空気を静かに吸い込むと同時に息を止めて、手元にある操縦桿をゆっくりと強く握りしめた。

 静かに吐き出しながら、これからのことについて頭の中で復唱し始める。一粒の感情の種が芽を出し、根を張り茎をのばし葉を広げ花を咲かせ実をつける。そんな一つの人生のように、またゆっくりとトランは動き始めた。 

 

(ここまで)まだ、プロローグみたいな感じです。

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