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STAGE 2 「誘導」第一部

事柄を知りすぎた一つの存在と、無知のまま生きることだけを求めた一人のニンゲンと、目覚め、そして間もなく操られる孤独の男。三人の行く手に何があるのか?在りもしない一つの意識だけが世界を動かしているのなら・・・・・

 フリックに対しての執拗な攻撃は、そう簡単に終わることはなかった。二つの死体から半歩遠ざかった辺りからいきなり、雨霰と言わずとも大量の弾丸が、フリックに向かって溢れんばかりに襲いかかってきた。

 「ちっ・・・・・・!!」すぐさま横に跳ぶ。

 ドドドドドドド・・・・

 間髪を入れない集中砲火。普通の者なら回避する動作も、考える時間も与えられずハチの巣にされるのがオチだろう。無論フリックは無意識のうちに弾道の行く末をすべて把握して、加えて次なる標的を自分を狙う一人の絞り切る行動までに整理されていた。地面に溶け込む色をもったコートが、風と主自身のずば抜けた行動力に負けてしまい、大きく上下にバタつく。唯一身体に身につけたこのコート。これだけは決して外すことはできない代物だ。「あの場所」で、自分は何故か裸のままだった。それから外に出ようと思い立って、無造作に投げられていたこのコートを羽織り、今に至っているのだ。

 あの場所は、自分が一度も見たことない場所だった。



 無機質な構造に無理矢理包まれた暗い空間。何層にも分かれた中での狭い感じを無意識にさせるこの一室。時折この金属の床に落ちる水の音に、フリックは誘われたように静かに眼を開いた。碧の液体に溶け込んだ視界が入る。それにひどく息をするのが苦しい。

 「・・・・・・・・」

 幸い、この液体の中では窒息や死に至る危険性を避けるため施しが或るのだろう。このままいても別に問題ないことを唐突に判断し、力なく辺りを眺める。

 目の前に広がる空間全体に、びっしりと張りつめた細かい電子装置や計器。そして中心部分が淡い光を放つ柱が幾つもある。だが、周りから電子音やノイズといった起動状態はまったく見られず、どれもこれも死んだように動いていないなかった。そこから長く延びる無数のケーブルやコード。床面に沿って綺麗に並べられ、大きさと配列の整った「管」の集まりは暗闇に解けた遠い周囲にまで張り巡らされ、そして自分の下にもそれは届いていた。

 少しした後、視界が急に下の方に向ける。

 静かな音が足元で鳴っていた。何かを知らせるための警告アラームなのか、やがて自分の体を包んでいた溶液モノが滑るようにスルスルと下に落ちていった。最後にはごぼごぼと不快な音が耳に入ってきたことで、徐々に聴覚が戻ってきたこともわかった。

 すっかり中身の「液体」が抜けた円筒の中で、フリックはシューっと何かが抜けた音を聞いた。頭上で外の空間に繋がる「穴」が空いたのだ。「筒」全体の3分の1が開いた状態になり、出口を指し示す記しも無い上に向かって、フリックはすぐさま酷く傷む四肢を我慢しながら登り始めた。湾曲した透明の壁に腕や脚を張り付くようし、体の機能を全部使ってまで上に登る姿は実に不格好だった。

 バカな事も言ってられず、ただ無言のまま必死に上り続けるフリック。

 そんな中で、身体にまとわりついた液体が少しづつ乾いていたことに気づく。口元や下部の敏感な場所にべた付いて、ぬるぬるしていた感触も次第に消えるのを確認しながら、地中から這い出す蝉の幼虫のように狭苦しい空間から出ることができた。

 「おわっ・・・・!!」

 ドテッとこの空間全体に低く響く大きな尻もちの音。「外」に出た途端、自分の身体を支えるところが急に宙に代わり、バランスを崩したままボールが転げ落ちるように、今まで自分が入っていた「柱」のすぐ側に落ちた。シンと張りつめた空気の中よろよろと立ちあがる。打った時の微かな痛みに耐えながら、微かに聞こえる外界そとからの風の音をすぐさま聞き取り、“此処”がどこかの施設内だということを再確認した。

 ―なんだ・・・・・? 此処

 辺りを見回すフリック。

 自分の周りで無数に広がる透明質な「筒」みたいなものがある。均等に配置を施されかつて筒の中で維持し続けた「何か」は、無残な姿となってフリックの眼前にひっそりと佇んでいた。視界からも消える程、この消えるように輝く筒状の「入れ物」は沢山あるのかしら?身体を左にゆっくり傾かせながら、鮮明に映らない両眼を凝らしあたりを見つめ続ける裸の大男。さっきの衝撃で痛む節々を手でかきながら凛と立つ「筒」の一つに目が入った。ゆっくりと両足脚を動かしながら、周りにある同じ「筒」から出たフリックは外装がボロボロに朽ちている「筒」の一つに近づいた。

 ヒタリ・・・ヒタリ・・・

 自分の歩く裸足の音だけが今までの静寂を破り続ける。

 途中、長い間身体の機能が動いていなかったようなふらつきをしたり、呼吸の乱れを取り戻しながらもやっとのことその「筒」の中を覗くことができた。視界もまだ十分に働きを見せていない中、目に飛び込んできた“モノ”にフリックは反射的にその場から身を引いた。

 「くっ・・・・・」

 それに続き、鼻の奥まで浸み込む様な悪臭にフリック耐えられなくなり、思わず顔を手で押さえた。

 「こいつは・・・・・、酷いな」

 ひび割れたアクリル製のケースに横たわるその「何か」は彼でも生命活動を数十年前に強制終了したとも断定できるような腐乱死体が、自ら発光する液体にフワフワと浮かんでいた。悪臭の根源はそこから流れており、もはや「筒」の役目など果たしてないかのように見えた。

 その不思議な光景に息を押し殺しながら再び中を覗くフリック。後から何の処置も施されなかったのか、皮膚かわらしき組織はグロテスクな色に変化し、その周りには大きな黒い斑点模様がいたるところに見られた。少し距離を置きながらもう一度全体を見渡す。「筒」の中は他のモノが外部から入った形跡も無く、一つ気になる所といえば縦に入ったちょっとしたひびだけ。

 ―何でだ?

 自分に問いかけるフリック。それでも頭っから応えでが出ないのだから、どうしようもないことだった。ただ、今ここで言えることは自分は何者だというありきたりな疑問しか浮かんでこなかった。その答えを見つけ出す事が出来るのも、この場所以外ないことも分かっていた。あえて分かりきっていながらも、フリックの頭は混乱していた。

 腕組をして考え込む事もせず、フリックは突然何かから背中を押されたように次の行動をしていた。隙間から流れ出るように漂う異臭に耐えながら、フリックはほかに怪しい点は無いかを綿密に調べ始めたのだ。腰を深く落とし、細かい所まで手など外部の感触を使いながら隅々に見渡す。今更こんな性質ではないが、とにかく今は情報が欲しかった。黙々を「何か」を見つけ出すためここで手がかりを探し続けるフリック。その「何か」の為に「何か」から動かされている事など今の彼には分る筈も、まして、気付くはずも無かった。



 「ん・・・・・」

 必死に探し続けていたせいか、当たり前だが少しだけ肌寒いことをすっかり忘れていた。さっきから自分が裸のまま此処をウロウロしていたことに気づき、フリックは立ち上がって何か身体にはおるものを探すことにした。ヒヤリとした金属できた床。足の裏から体の熱を奪い取られる感じさえ空調が正しく働いていないことにも今更気づく。ただでさえこの暗い空間で、そんな“福利厚生”みたいな優遇さまで重ね揃えて要るわけがないと鼻で笑いながらフリックは、自分のいた場所からさらに離れていった。

 暗い場所に目が慣れるまで仕方なく壁伝いを歩くことになった。四隅の見えないこの空間、四方に並び立つ電灯のような「筒」の集まりに圧倒されながら、一歩一歩慎重に歩いてく。途中に目に入る「筒」の中身は先程と同然、黒く歪な形となった肉塊の集まりなどが数多く目に飛び込んでくる。

 ―前に見た死体がまだ幸せなほうだな。

 「筒」の一つを目で追った時、フリックは無意識のそう思った。五体満足はまだ良い。中には「あれ」みたいに中身ごと抜き取られた奴だっているからな。

 あの「筒」は、周りの外装ごと剥ぎ取られて、頭が無くなっている。「あいつ」は機械の調子がおかしかったのか体の半分が溶けて無くなっていた。そっちにあった「あれ」はまだましな方だった。外相が残るという立場には至らなかったが、その苦しそうな表情は二度と見たくない。たぶん「筒」の中で窒息でもしたのだろう、透明の外装にぴったり顔を引っ付けて無残な顔をさらしていた。

 ここに命があり、生きて動くモノはフリックしかいなかった。他は全部死んでいて、一切変化も微動だにしないまま壁がある方に歩くフリックの背中を見つめ続けた。誰も動かない、誰も起きもしない。独りでに歩くフリックという一つ形は、周りに在る「筒」の中身を憐れむ事は無かった。そして、自分だけ生きていることに罪悪感の一つも浮かんでこなかった。

 きっと自分ではない他の「命」が一つだけ動いてたとしても、そいつ俺と同じ行動をするからだ。フリックは何故か自分が今やっている事も他の人間がやると思っていた。そしてそれが決して間違いでないことも自分の中で確信する「何か」で潜めていた。回り「筒」を見ながらもフリックはそう思っていた。

 足元に違和感があるため一度目を「筒」から離し、床を見るために足を止める。「筒」に伸びる無数の管の集まりが少しずつ集まり始めたところまで来ていた。「筒」から出ている光で、青く茂った草の色に見える血管のようなブヨブヨした管。時折波打つその動きに中に通っているモノが何なのかが直ぐに分かった。再び視線を戻しまた歩き続けるフリック。壁がなかなか見えないことに終始苛立ちを覚えながら波打つ管の集まりを上手に避け、さらに奥に進んでいった。


 

 ようやく目的の終点に差し掛かった事にフリックは安堵の顔を浮かべた。誰も見ていないからまだしも、素っ裸他の人間がヘラっと顔を歪ませこちらに近づいてきたら・・・。などと可笑しな事を考えながら、辿り着くと疲れた体を支えるようにして壁に掌を当てた。ガックリと頭を垂れて少しこの空気にまどろむフリック。そんなに長い時間をかけてここまで歩いて来た筈は無いのに、カラ仇はそれ以上の運動をした感じに疲れ切っていた。むしろ、それが正常なのかもしれない。今まで動かしてない体を無理にここまで引っ張ってきたから、対処できないこともあるだろう。フリックはそう思いまたゆっくりと頭をあげる。

 その途端、奇妙な感覚に襲われた。頭の中がふわりと浮かんだ後、押し付けられるような衝撃を受け、目の前がいきなり真っ暗になった。

 「うおっ・・・・・!!」



 コートの裏地ごと、フリックの肩を貫く鋭い一筋の光線。衝撃に耐えきれず後ろに吹き飛ばされ、気がつけばもうもうと視界を遮る砂塵の世界に、意識が戻っていた。

 呻くように起き上がりながら、今までの思考が途端に途絶え、急激な場面変化にフリックは困惑していた。

 「さっきまで見ていた場所は、俺が妙なところから抜け出した場面じゃないか!! どういうことだ!!」

 立ち上がり、右手で頭を抱え込むようにして自らに問いかけるフリック。

 だが、その答えが出ることは決してない。過去の自分がそう問い詰めたように、今の自分も「何か」によってここまで来るように仕向けられている事はもう分かっているからだ。

 それでも・・・、とフリックは拳を強く握りしめ、誰でもない「何か」に向かって、あらん限りの大声で怒鳴った。

 「考えても仕方ないのは、分かってるさ。 でもな、こう何べんも同じような感覚になっちまうと今度はこっちがおかしくなりそうなんだよ!!!」

 そり立つ岩壁も、脈々と連なる山脈のないこの緩やかな平地でフリックの声はまるでサイレンの様に空気中にとどろいた。あたりの砂塵が彼から逃げるように四方に吹き飛び、やがて一人仁王立ちしたフリックの姿が露わに浮かび上がった。

 もう敵に見つかろうが撃たれようが構わない、爆発した怒りなどで解消できないこの恐怖心を何とかしてほしかった。

 ドンッ!! ドンッ!!

 同情も品も無い追加迎撃。恐怖心から抜け出し、有り余った怒りのエネルギーが真っ先に目の前に映る二つの影に矛先を向ける。フリックは先ほど受けた同じ光線をコートを使って思いっきり吹き飛ばそうと試した。思考は一時停止状態、考えることの無駄な時間を一切省き、ただ、目の前の敵を駆逐することだけを身体を任せた。

 刹那、折り重なった一閃の刃は、普通ではありえない角度に曲がり、一方は空へ、もう一方は地上へと一直線に向かった。その時フリックノした動作は、コートの両側の裾を少しはねただけ。本来なら首に向かって突き抜けるはずだった光線は、彼のちょっとした判断基準で、「ハズレ」になってしまった。

 フリック自身、どんな結果になるなど考えもしてなかった。ただ、体が動きたいようにして、自分の意識ごさ肉体マニュアルに移り変えないよう、つまり、頭を働かせることも無く単純に眼だけ働かせ、傍観し続けていた。

 グラリとバランスを崩す身体。フリックは視界だけの意識で「おっ?」と終わりかなと思い、再び動き出した体に戻ろうとして、意識だけが前から押された感覚がした。

 「今度は何なんだ?! おれの身体じゃないのかよ!!」

 すると肉体はそうだと言わんばかりに、主の意思に反して前方に突進した。ぐんぐんとスピードが上がり、相手との距離が徐々に縮まっていく。

 言葉で簡単に表現できるものじゃなかった。視野が急に狭まり、目の前の映像が小さなスクリーンに映るみたいで、それは映画を観ているような感覚にも似ていた。それでも足の裏から伝わる細かい地面の凹凸や、左右の耳から入ってくる様々な音、視覚以外の感覚は現実を保っていた。

 夢か否か、結果がどうあれスクリーン上のぼやけた視野に広がる世界の中であそこに立っている二人に聞くのがいちばんいい筈だ。フリックはなりふり構わずコートを盾代りに真正面から突進した。


  


 「バカか!?本当に突っ込んできやがった!!」

 ゼラは子供みたいなはしゃぎ声で前方から接近してくる目標を見て驚くふりをした。

 「タマを弾き返した上に、今度は突進だと? 舐めた真似を・・・」

 ゼラに賛同するかのようにギルは憎々しく言葉を放った。

 網膜に留めることなく、再び一筋の光線が前方の目標を狙って放たれた。反動が来るより早く目標に弾頭が当たるはずなのだが、先程と同じようにコートみたいなもので軽く捻り潰されてしまった。目標に破壊されたタマが大きな火花を散らして、空中で四散、すぐに黒ずみと化した。

 「おい、ギル!俺らのコンビネーションを屁とも思っちゃいねぇかもな、あいつ」

 三発撃ち込んだため、リロードをしながら、ゼラは言った。まるで久々の大きな獲物をしとめるような目を欄欄に輝かせ戦闘の快感に酔っていた。

 「ゼラ・・・・」

 「ん、なんだ?」

 「少し落ち着け、そんな状態じゃ当たるタマも当たらん」

 そんなゼラを見てギルはため息交じりに注意を促す。

 「はっ!!ノリが悪いなぁギル。 少しは楽しめよ、なあ?」

 ギルの方を見ず喋り、手際のよくリロード操作を終えて、ゼラの腕は再び銃口を目標に目標に向けた。目標とこちらの距離は見積もって1マイルも無い。豆粒ほどにしか見えなかったあれが、今じゃ黒い棒状なものにゼラは見えるのだろう。それでも的確に狙って撃てる事が出来るのは、自分の能力があってこそだからだ。

 ゼラが今使用している火器は、スコープを使用したシノの最新作モデルだ。狙撃銃とは違うが、主に遠距離専用ロングレンジタイプで後方支援にも役立つ優れモノになっている。ベースは現在この世界で使われている一般的な小銃「SIRUHU」というものを使い、シノ独特の改造が施されている。

 スコープがあるためかなり距離があっても射撃することは可能だが、この砂塵の中、目標を補足する事さえ困難な状況でもある。その為に自分の“眼”が必要になる。

 強化人は単に「記憶の容れ物」という役割だけではなく、常人より身体能力や知能をはるかに超えた存在でもある。その理由は現段階まで続く過酷で厳しい環境の中で存在を維持し続ける以外他ならないのだ。当然視力も例外ではない。解像度の高いカメラのレンズのように自分の意識で自由に視界の解明度を可能にしている。それに視野の状況がどれほど最悪な場面でも鮮明に視えるため、例え暗闇の迷路の中に放り込まれても簡単に脱出してしまうほど優れている。

 その能力オプションがこのようなシュチュエーションで上手に利用されているとは、今は亡き強化人の開発者達や関係者も、もとい当本人さえ驚きだった。

 当然今の状況であってもギルの視界からは目標の姿ははっきりと見えていた。500インチに近い巨体・・・。髪は短くまとめており今のご時勢じゃ滅多にない眼鏡まで掛けている。風景の色に溶け込むには濃すぎる茶色のコートを羽織っただけ、あとは何も身につけていない。その上コート自体恐ろしく硬いことも、さっきの射撃で検証済みだ。

 「ゼラ、右方向へ0.0012修正」

 「上下は?」

 「補正値ゼロ。 頭狙ったままで三発同時射撃・・・」

 さらに精度を絞り込む形でゼラに指示をあおる。コートの上部はそれほど頑丈ではないことも先程のデータで読み取ることができた。だが、その情報も単に目標が合わせたカムフラージュにすぎないかもしれないが、無いデータよりましだ。当てる確率を賭けて、一気に勝負に出た。

 ゼラもそれに応じるように呼吸を整え、いつの間にか冷静を取り戻しつつあった。次で決めるように、ゼラは深呼吸をした後、息をとめた。手ブレを抑え、一気に引き金を引き絞る。

 ―ヒュッ

 とかすめた音が、ゼラの持っている小銃から聞こえた。その瞬間ギルは目を疑い、すぐさまその状況に対応する動作に移ったが、時すでに遅く次の一手が襲いかかって来た。

 「ゼラ、退け!!」

 できるだけ力を抑えてゼラの身体を後ろへとに引きずり投げた。放り投げた瞬間、瞬時に小銃を見る。彼が撃つはずだった銃口の先端はとてつもない力によって銃身ごとねじ曲がっていた。

 あのまま弾を発射していたら二人とも無事では済まされない。無論こんなバカげたこと、二人ともするはずも無く、火器の取り扱いには十分気をつけていた。ならばその張本人こそ、数秒前まで一点ほどの姿だった目標であり、既に二人に目の前に立ち塞がっている状況だった。

 ギルは手早く腰に据えている銃を取り上げ発砲しようとする。だが相手はそれを予期していたかのように、ギルの目前から姿を消した。

 「マズイ!!」

 ギルの予想通り、目標はこちらに目もくれずゼラに向かっていく。さっき自分で判断し行動したことが裏目に出た結果だ。目標はゼラを戦闘能力が低いと判断しそちらを先に始末することに決めたはずだ。でなきゃ、わざわざ自分の前に現われて素通りすることは無いからだ。

 「ウゴッ!!」

 ギルの力で数十ヤード後ろに飛び続けたゼラが今、地面に倒れた。コートの大男が迫っているのも関わらず、片手で頭を抱えるようにして今まで何が起きたか分からず混乱していた。無理も無い、今までの動作をやってのけるには常人では到底無理なアクションも含められ、身体的にそれが不可能なことでもあるからだ。

 「ゼラ!! 急いでそこから離れろ!!!」

 銃を構えながら全力疾走するギル。相手はいつ間にやらギルとゼラの中間距離からややゼラの方に偏っていた。このままではいくら急いでもゼラは殺されてしまう。ギルはあらん限りの声を張り上げゼラに逃げる余地を与える。

 「お前は馬鹿か!!ギル。 何で尻尾撒いて逃げる必要があるんだ!?」

 「お前・・・・、まさか」

 「立ち向かうのがハンターだろうが!!」

 「馬鹿はそっちだ!!しゃべってる余裕があるならさっさと逃げろ!!お前じゃそいつに敵わない!!」

 確かに取っ組み合いならず格闘戦に関してゼラは一上手である。それでも相手が悪いとなれば話は別だ。あの大男、図体のでかい割には、瞬発力が自分と同レベルだったことにギルは焦りを感じていた。

 ―全滅とか冗談じゃねぇぞ・・・・

 強化人だけが生き残ることだけはギルは絶対に避けたかった。細胞中の遺伝子に組み込まれた「人類を継承する役目」が急激に活動し始める。「解放状態」に近い精神安定に入り、ギルの脚力は通常の数倍に跳ね上がった。

 「うおぉおおおおおおおお!!!」

 地面すれすれを弾丸の様に突き進み、ギルはコートの大男に体当たりを仕掛けようとする。だがその抵抗も空しくゼラとコートの大男は対峙していた。

 ―間に合え、間に合え!!

 すでにゼラは捕えられたが、自分も加勢すればまだ勝敗は分からない。両脚に体全体のエネルギーをぶちまけるほど、力一杯ギルは突進した。

 「抵抗を止めろ・・・」

 「仇も取れず死ねるか!!」

 二人までの距離はわずかになって、聴覚が過敏に反応を示す。「記録」の動作が何故か入ってしまった。

 「ゼラ!!離れろ!!」 

 もう一度叫ぶ。今更、強化人のすべきことなど出来るわけがなかった。

 「相手は俺だ!!デカブツ!!」

 ゼラが最初に手を出す。大男はその拳をいとも簡単に大きな手で掴み、引き上げた。

 「うおっ!?」

 「その手を放せ!!撃ち殺されたいか!!」

 そこにギルはやっと追いつき、コートの大男に向かって銃を突きつけた。

 「撃ちたかったら撃て!!どうせ俺には当たらん・・・」

 「何・・・・?!」

 大男はそう言うとゼラを抱えるようにして背中に背負い、目にも止まらぬ速さでギルの眼の前に立ちふさがる。そのまま銃をひったくり怯んだギルに向かってゼラを投げ飛ばした。その時ギルは強化人でありながら彼の速さについてゆけなかった。

 ひったくった銃を持ち直し、今度は二人に突きつけた。

 「くそっ・・・・」

 ゼラはようやく回りの状況が判断できたのか悪態の言葉を出した。

 「武装解除してもらう・・・・。 持っている重火器を全部遠くに放り投げるんだ」

 大男は静かに、そしてゆっくり喋った。

 「解除させてどうする気だ・・・?そのまま殺すのか今までみたいに」

 ギルは下を向いたまま相手を挑発するように言った。例えこちらが不利な立場でも、勝算はまだあった。強化人である以上銃弾をよけるぐらいの能力があるからだ。

 「いや、今までのは話が出来そうな状況ではなかったから始末した。 お前たちなら話ができそうだと判断した」

 その途端、二人の頭の上に疑問の符号が浮かんだ。何を言っているんだこいつは、話?そんな状態だった。

 「意味がわからん・・・・」

 ゼラが愚痴るように答える。

 「何がだ?」

 大男は不思議そうに聞いた。

 「話するためだけに何で6人も殺す?なら最初から投降でもするがいいさ・・・」

 「さっきも云った。 話せる相手が“お前たちぐらいだと”」

 「だから試したのか・・・、俺達を・・・・・」

 今度はギルが尋ねた。

 「何度もしつこいが、話を聞いてもらいたいだけだ。 別にお前たちに好戦的感情など出やせん・・・」

 「なに?!」

 「とにかく・・・・」身を乗り出すゼラに向かって大男は再び銃を突き付ける。

 「黙ってこちらの指示に従ってもらう」

 「意に反することをしたら?」

 ギルはあえて聞いた。

 「他を当たるさ、お前たちを殺して・・・・な」

 大男は遠い風景を見るような目でギルを見た。大男の瞳には網膜が見当たらないことにギルはここで気がついた。

 「ここの周辺に“他を当たる”事は不可能だよ・・・」

 大男の反応をうかがいながらギルは微笑みながら答える。

 「だからお前たちを捕らえた」

 「もっともな理由だ・・・・」

 ギルは諦めるように答え、顔を横に振った。もう何を言ってもこのデカブツが他に行くことがありえないと自己で判断したまでだ。ゆっくりと顔を上げめんどくさそうにこう言った。

 「いいだろう、あんたの指示に従う。 但し、もう無駄な殺生をやることだけは約束しろ」

 「分かった・・・・それは守る」

 少しの間をおいて大男はまたゆっくりと答えた。塞ぎ込んで考える様子も無い上に表情一つ変えないのがギルは不思議に思った。

 「よし、俺はギル。こいつはゼラだ。 あんた、名前は?」

 「・・・・、フリック」

 「フリック?」

 「そうだ、今の俺は自分の名前しか自分が分からない。 だから話を聞いてもらう、此処は何処だ?」

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