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STAGE 1 「侵入」第四部

戦闘中ギルは、殺されたシノの事を想い出す。彼もまたギルと同じ境遇の存在だったこと思い出しながらギルは・・・・・

 後ろからの強烈な先制攻撃に、流石のギルも宙に浮いたままの状態を保つことは不可能だった。反動で体全体が傾き、バランスを少しずつ崩れていくのが自分の感覚でしっかりと分かる。ゆっくりと時間が流れる様な錯覚にとらわれた時に彼の中枢機関が全組織に非常事態宣言を発令した。

 強化人の細胞組織に「分裂」という二文字など存在しない。未知の病原菌を決して受けつかない強靭な肉体を保つためには老化エイジングを起こす有テロメア細胞で人体を構成できるほど生易しいものではないのだ。

 緊急信号が全身に行き渡り、体中に流れる血筋が一気に増幅される。特殊な組織は高圧に耐えきり、落下速度を抑えるために細胞自体の質量を変化させることで、頭部から落ちていく危険性を回避できた。

 ぐるぐると回る景色の中、視界がが急に正常値へと引き戻され、目の前がはっきりと見えてくる。逆さまに映った空の色は、真っ赤な絵の具を溶かしたようにドロドロとしている。浮き上がった三人の姿も見えた。


 “グラリ”


 その筈だった。

 

 見えるようになった眼球組織の網膜に「error」の単語が無動作に飛び交った。何重もの視神経を通したこの警告に、ギルは怪訝な顔を浮かべ、マニュアル通りに体の機関が動かないことを瞬時に判断したギルは、今までの制御機関を一切切り捨て、次のプロセスへ移すことに決めた。

 「くっ・・・・・・・・・!!」

 鉄板のように硬い地面にぶつかる時の衝撃の強さを考え、体中に巡る知識を瞬間的に開放した。微細に振動する細胞を直に感じ、精神と身体が一体化する。

 時間が無いのは分かっていた。が、これだけはやっておかなくてはならない。なぜなら、先ほどから嫌な予感がしてならない上に、シノの姿をいくら気配を探っても見つからなかったからだ。

 少しでも集中を高めようと余計な思考を無理に取り払う。身体に過負荷のメッセージが現れ始めたその瞬間、開放で起きた障害部が発見した。シノの姿を失った瞬間、背中に受けた爆発物なにかがその大元だと確信する。

 揺らぐ空気の中で一呼吸、相手のモーションが作動する。

 まだ意識を保てる。

 「シノ!!!」

 解放限界に達し、無限細胞の質量が愕然と低下した時をシノは確実に狙ってきた。結合状態の緩くなった個々の細胞は僅かな衝撃にとてつもなく脆く、時には粘土ぐらいの硬さまで劣化する。

 次の一撃ですべてを決めようと、眼光をギラギラと光らせるシノ。新しい武器を次々と作るだけのシノは、地に墜ちる格好の餌食を待つねっとりした感情を内側から表す獰猛な野獣と化していた。手には何も持っていないが、周到なシノの性格を考えれば、さらなる隠し玉さえ用意しているはずだ。

 受け流すのだけは避けたかった。必ず仕留めるといっても、二人ともまったく同じ種子から生まれ生きてきている。受け継がれた知識かこは違ったとしても、相手にどれだけ大きなダメージを与えることが出来るための作戦さえ、幾千のパターンを照合する。その中で最も効率のよい、そして相手にどれほど気づくことなく、知識せんとう披露おわらせることができるのか。

 かつて人類が、同等の生命いのちを破滅させるためだけに編み出された数々の兵器は、今、二人の強化人が所持しているとでも言えるだろう。

 「そう簡単に隠せるもんじゃねぇな、ギル。」

 これから起きる結末を悠々と眺めるような眼差しで、ギルを見上げるシノ。

 「あんた自身気づいていた筈だ。いずれ何もかも無駄になることがなあ!!」

 ギルはシノのほうを見ていない。不安定な意識だけで相手のポイントを察知し、必ず三人を助ける事だけに体を動かし始めていた。

 ―云った筈だぞ、シノ。過去を全て公開することで、誰もが人となった幸福感を得られるわけではない。

 視界に入らないシノの表情が一瞬でも歪んだ形になって欲しかった。

 ―“誰かのため”にやっているんじゃない。“誰かに”終わらせるために、今を生きるんだ。

 再び再起動状態に入るギルの身体。質量は元の状態に戻り、再び地面へ落下の一途を辿ることになる。

 だが、それでよかった。見極める僅かな時間を作ることができ、そしてそれを実行できるシステムも構築できた。後は、自分の体をその思い通りに動かすことができるのかが、最重要な壁となっている。

 自信はあった。でも、引っ掛かりもその後に付いてくる。

 ―一体何に恐れ、怯えているんだ。自分自身の構造理念からだじゃないか。

 自身に言い聞かせることで、危険を回避できるのは到底不可能だと、自分に対し知識かこが明白に宣告を下す。出せるのは結果でしかなくても、違うしるべを辿ることはできる。

 だから、諦めることはできなかった。

 すぐ隣にまで、三人の影がゆっくりと近づく。あそこまで、たった数メートル未満でしかない。

 ギルは三人を助けるため跳躍してから、たったの三秒しか掛っていなかった。





  


 最初は小規模の擲弾筒グルネードランチャーが同じようにして背中に命中し、爆発したものだと思った。思考通りに体が動かなくなり、三人とも助けられる唯一の場所からも体は誘導されるように離れていく。またも目の前を当然のように通り過ぎる「error」の配列文字に、ギルは強い苛立ちを覚えた。

 シノが描いた思い通りの結果に無残にも散ったギル。シノ《やつ》の口元から出てもいない笑い声が、ギルの行動を完璧に鈍らせた。力の入らなくなった身体は、地べたに向かって垂直に落下し、空しく崩れた。

 「あぁ・・・・、くそ・・・・ったれ」

 問題は確かに最初の一撃だった。

 最初から奴はこうなることに自信を持っていたのだ。

 “隠し玉”はじめから使っていた。シノがもっとも注目すべき点が、どのように相手を負かすのではなく、どうやったら、相手の息の根を止めることができるのか、たったそれだけの事だった。

 分かっていた。分かっていながら答えが出なかった自分の過ちに慰めになる言葉が出てくるわけでもなかった。

 数秒間、地面に伏せたままの顔がゆっくりと地面から離れる。痛みを伴わなかったことも今になってわかったことに体の限界をギルは直に感じ取った。

 「何を・・・・、仕込んだ?」

 戦闘開始から今まで一度も見なかったシノの顔をしっかり見ようと顔を上げ、自分の近くまで寄ってきたシノを見た。思っていたより、少しの感情も顔には出さず整然としているそれでも、ギルの存在を貶すような目をしていなかったことに、ギル自身が驚かされた。

 「いつから判断できた? ギル」

 先ほどのドロドロした感情が一切消え失せ、聞きだそうとするその一言一言も、丁寧に、そして穏やかな形を最初から保っていた感じさえ取られた。

 「答えられないのか? それとも答えが見つかっても言わない性質なのか?」

 呆然とこちらを見つめるギルを不思議に思ったのか、答えも聞くことなくシノが先に口を開いた。

 「いや・・・・、そうじゃ・・・・ない」

 「じゃあ、何だ。 見つけきらないものでもないだろ」

 いやに親密的に会話を進めるシノの行動に不信感を抱き始めたギルは少し、言葉を濁す。相手を探り弱所を見つけようとしているのかと考えもしたが、いくら思考を深めても、答えてくれる細胞かこは一つもおらず、口々に「介抱されろ」と怒鳴るようになってきたため、無駄な抵抗は止めした。

 それに、こう勝負がついては探れるものをすべて取られた気がして反論する力もなかったからかもしれない。

 諦めたように溜息をつき、ギルは一番初めに頭に浮かんだ答えをシノに向かって答えた。

 「筋弛緩剤《SCC》・・・なのか?」

 少しの間があった後、ギルから納得のいく答えが聞けたような聞けなかったような、そんなどちらでもない微妙な表情を浮かべたまま、シノは静かに答える。

 「まあ、そう言われるものを使ったことだけは当たっているな」

 「どっちが曖昧なんだよ・・・・」

 少しずつ薄れ、消えようとする脆い意識の中、ギルは笑ったような顔で呟き、気を失った。



 半分意識の戻る中、ぼやく様な声が最初、耳に入ってきた。

 「無限細胞。 その構成物質自体ぐらい、わかるだろうな?」

 「そしたら俺はいったい何者なんだよ」

 目をつぶったままギルは答える。その途端仲間内から安堵の声が漏れた。

 シノの薬物弾を受けてぶっ倒れて間もなく、キャンプ地のテントに運ばれ、皮肉にもシノから中和剤を投与された。その後、すぐさまギルの意識が正常なまでに活性化したことに周りに仲間はシノに何の文句ひとつも云わず、二人をテントに残して外に出て行った。

 さすがにシノに吹き飛ばされた三人は非難の声を一つ上げたかったが、ギルの体調とゼラの恐ろしい形相をまじかに受け、すごすご撤退した。三人もテントから出ていったのをゼラは確認すると、ギルとシノに何も言わず自分もテントから出ようとした。

 「あ・・・、ゼラ?」

 後ろから寝たままのギルに呼び止められ、テントの布端を握ったままゼラはギルのほうを振り向いた。

 「なんだ? 幾ら強化人でも、安静に保っておく必要もあるのだろうに、何かいるのか?」

 「いや、そうじゃなくてな」

 「じゃあ、何だ?」

 ゼラは一刻も早く此処テントから抜け出して、シノがさっき作った火器の試し撃ちがしたかったのだろう。だから何も言うことがなく静かに出ていこうとしているときに、ギル呼び止められて、せっかく暇な時間が削られることに少し苛立っていた。

 「あー、後で言うよ」

 すぐに気づいたようにギルははぐらかしたが、既に無駄だった。

 「ったく、薬で頭がボケたんじゃないのか!?」

 皮肉交じりの捨て台詞を吐きながら、ゼラはどしどしとわざと音を立てて、テントを後にした。ゼラの影が坂に差し掛かかり、下に滑るようにテントから遠ざかったのをシノは確認すると、おもむろに口を開いた。

 「さっきの話の続きだ」

 こちらを見ながらシノはその場に座り込む。今まで仲間全員がこの狭いテントの中、身を寄せ合うようにして入っていたのだから、座るスペースなど、簡単に確保することはできるわけがない。

 ようやく一息つけるといった感じにシノは、地べたに座れる幸福感に一瞬だけ受け止めていた。

 「筋弛緩剤の事か?」

 中和剤によって薬物の効果がようやく解け、痺れた感触が再び起きないかゆっくりと上体起こしながらギルは答える。

 「他に話すネタでも持ち合わせているのか?」

 当たり前だと言わんばかりに呆れた様な顔をするシノ。

 「出来ればそんな知識かこが欲しかったなぁ」

 それに対し自分の感情を呟くようにギルは答えた。

 「馬鹿言ってんじゃねぇよ。 そういうのはニンゲンたちが大昔から持っているくだらんスキルたいなものだろ」

 「スキルか・・・・・」

 その単語にもギルの細胞は不透明な答えしか出してこない。まるで触れてはならない物騒なモノを扱うかのように口を固く閉ざしていた。

 「どうした?」

 納得のいかない顔を浮かべるギルを見て、シノは尋ねた。

 「いや、何も、・・・・無いわけか・・・・」

 「何も無い? 誰が?」

 「俺達だ」

 ギルはその言葉を一つ一つ噛み締めながら苦々しく答えた。そうだ、例え無限に続くような生命活動と膨大な量の知識と経験を持っているとしても所詮は、かりそめの形にしか存在を許されてない。

 「なら・・・・、生きるという名目を削除すればいい」

 目を瞑ったシノが何を思ったのかポツリと呟く。

 「なんだって?」

 考えもしなかった方法をスラリと答えるシノを見て、ギルは簡易ベットから上体を急に起こした。薬の後遺症がまだ残っていたのか、チクリと肩に痛みを感じる。

 しかし痛みよりもシノの回答に驚き、また同時に理解もした。

 ―シノもまた同じようなことしたのか・・・・

 ギルが自ら導き出した答えは確かにあっていた。その後シノが生の執着を体の内から完全に亡くすため、自分の細胞の一部を自分の意思で砕き、消滅させたことをギルに話した。その話し方から、数は分からぬとも多くの人間に・・・。否、大体ニンゲン達に話す内容ではないのだから、少ない会話だけも交わした強化人に呪文のように説いたのだろう。

 自分の過去を語る奇妙なシノとの会話が終わるまで、ギルは少なくともそう思い込んでいた。

 「どうだ。 試してみる価値あるだろう?」

 言い終わると、同時に自信たっぷりに進めてきたシノに、ギルはかたくなに断った。

 「残念だけど、遠慮させておくよ」

 「何だ、つれないな。 別に強制はしないが」

 残念そうに肩を下ろすシノ。

 何だコイツ、急にキャラが変わりすぎだろ。

 少し引き気味のギルの表情。そのことを悟ったシノは「やめだ」と一言言ってその場に力なく寝転んだ。

 「よっと、」

 両手を上げ床で伸びをするシノ。狭いテント中だが、シノの体格が小さいので、そう苦にはならなかった。

 「知りたいんだろ」

 「え?」

 シノが突然言ったことに焦るギル。どうやらシノから見れば自分はまだまだガキのような感覚にしか見えないらしい。ニヤニヤと口元をゆるめもう一度体を起こしながら、シノは小さな袋を何処からともなく取り出した。

 「お前が直接身体に受けたこの薬さ」

 そう言うとシノは薄いなめらかな素材で出来ているその袋から、一つ摘み上げた。

 透明感の溢れる楕円上の小さな球体。

 質感はどうあれ内部で蠢く色鮮やかな液体にギルは目を奪われる。


 凄すぎる。何かの生き物があの中に・・・・・・・。

 

 四つの眼が同時中の様子を監視し始める。

 確かに生き物があの中にいる。単一色としては色は定まらず、無機質と言えばそれに近いのだが、しっとりとした空間に浮かぶその“何か”は、まるでこちらの世界を移し替えるように、シノの指の間で整然と佇んでいた。

 コロコロと微笑む小悪魔が潜んでいるような錯覚を起こさせるようで、ギルはその場でつい顔をそらした。

 「どうした?」

 聞くまでも無いどうでもいい事をどうでもいい時に聞くこの男。

 それでもギルは固く唇を噛みしめ、口を開こうとはしなかった。

 何も答えず顔をそらし続けたギルに興味が削がれたのか、再び自分の手にある一粒の薬を眺めるように見つめ始めた。

 少しだけシノのほう見る。

 何も言わずただただ、自分の作りだした新しいの玩具ころしのどうぐに酔いしれている子供のようなシノの横顔が目に写った。

 「・・・・・・・」

 そんな姿を見て、ギルはまた少しずつだがシノの見方を変え始めていた。

 この男は、自分が強化人このかたちとなってもそれをただ単純に受け止めたのではなく、みずからそれを望んでいたかのように、無理に振る舞っているのかもしれない。彼もまた一人の被験者にすぎないからだ。

 突然誰かとも分らぬ数人の男たちに身に憶えの無い場所に連れて行かれ、無理やり身体の中を引き裂かれた自分のようにシノも同じ道を辿ったのだと考えたのだ。

 無論、そのような憶測などは決して誰にでも当てはまるものではない。だが、最初に出会ったとき、彼の体の内側から発する何かが、自分と同じものを放っていたような気がしてならなかった。

 自分勝手ではあるが、そう思いたかった。

 ―誰もが望む未来を俺達の手で創れはしない。所詮この体も存在も古い端末の一つにすぎないのさ

 ひどく懐かしい言葉が頭に浮かびそして消えた。霧の中ような不安定な記憶に浮かんでいたこの言葉は、誰かから聞いた話ではない。自分の存在を形にしてくれる細胞の一つが、自分に向かって投げかけた言葉の一つに過ぎないのだ。

 誰にすがるようなこの幼さは現実から逃げたいと思う弱い心の表れだと、この時ギルはシノから言われたことを認めざる得なかった。例えそうでなくても、この男もまた何かにすがる思いでこの場所に来たのかもしれないのだから。

 なら、これから変えていくことを一つに定め、目指せばいい。

 ギルはまた昔のように古い記憶と向き合うことに決めた。口元を少しずつ緩め、ゆっくりと開く口からは、今までのように彼等さいぼうたちの助けを借りることなく、自分の意思で喋った。

 「教えてくれないか?」

 「構わないぜ」

 ギルが再び顔を向かい合わせその台詞を待っていたかのように、シノは自然にそう答えた。の指の中で踊るあの薬の中身は、前と変わらず小さな小さな悪魔を抱きかかえるようにして静かに訪問者ギル来訪ことばを快く待ちわびていた。





 この時ギルの意識はもう、過去の記憶から断然されていた。彼が見た過去の姿のシノはもうここにはいない上にここから先の過去の事など思い出そうとしても無意味だった。収束された意識が一気に集まり、塊になって過去に浸るギルの思考を強制的に現実へと引き戻すからだ。例え無理に遡ろうとしても、無意識のうちに意識の道筋は正され、再びこの殺風景な砂漠の場所にたたずむ自分の姿に戻る。

 「くそ・・・・なんで思い出せない」

 その訳も知っていながらギルは少しずつ記憶の導に探りを入れ、僅かな情報でも逃すまいと必死に細胞たちと奮闘する。自分の体でありながら、まるで見えない他人の心を探るようなことに彼は、いい加減諦めがついたらどうだと密かに細胞の記録と交渉もしたことがあった。しかしその交渉が成功したことは今まで一度もなく、今の状態でさえ怪しい場面でもあった。

 「頼む、ほんの少しだけでいいんだ」

 つい独り言みたいに言葉を発したことに一つの後悔もなった。

 ―セイゲンれべる・・・ロク シュタイにケイコク。

 記録保持を管理する司令部が侵入経路を随時監視、厄介なことに保持者の意識さえ通さない記録の場所が存在する。それが今、シノと会話を交わした時間帯に重なっている。あの日、何を話し、何を聞いたのかは今、全く思いだせない。常人より多くの知識を携わりながら、その真価も見いだせていない自分にギルは、いい加減腹がたっていた。

 無理に押し込んでみよう。常に同じ手を食らわないのならいっそ奇襲作戦でも行わなければ、眼前の突破も何時までたっても終わりはしない。第一、時間が本当になかった。

 気をもんでいる間もなく何重にも保護されたプロテクターを一気に突き破り、ギルの意識は再び過去のあの日の記憶へと舞い戻っていった。


 滑るように下に、下に・・・、

 流されるように深く、深く・・・、

 沈むように奥へ、奥へ・・・、


 一つの意識は形を整え大きくなり、過去のもう一人と出会う

 二つの存在は密度を高め濃くなり、消えた言葉を捜し出す

 三つのカギは一つの意識となり、やがて扉を開くのだろう


 また戻って来るとき、この記録は全て抹消され、お前の体からも消え失せる

 だが、これがお前の真価を問われるものであればそれは決して消えはしない

 一つの答えはばんの問いに通じる、なにものにも代えがたきものなり


 俺達の会話は留まることを知らず、延々と続かに思えた。遠まわしな言い方など一切口に出さず、ただ一つのことだけを、そして、他の言葉などに決して道を外すことなく進み続けた。だけど、それは俺達が自らの意思で出した言葉でない。

 最初の頃、そんな感じだった。自分の口から出てくる言葉すべては自分だけがわかったことしか、言ってないんだと思っていた。そうだ、ずっとそう思っていた。こんな身体に換えられても、自分は自分なのだと心の何処かで、そう思い続けることでしか自分を表現できないと決めつけていた。別に誤った考え方じゃない。でも、それが正しいともいえない。昔の自分じゃこの感情みたいなのをを上手く表現することも困難だったろうに、今はこの体のおかげで何もかもが言葉になって表れる。

 不思議な力であると同時に末恐ろしくも見える。何もかもが言えるのであっても、見てしまったもの、聞いてしまったものの全てが、結果として体から教えられている。たとえそれが最悪の結果になろうと、覆すことのない数億の記録が、すべてを創り出し、形に変える。どんなに巧妙な精神操作などでは防ぐことも必ず変えることの出来ない優先事項制御「絶対真理」。俺達強化人に埋め込まれたもう一つの“人格”と言っても過言ではないのだ。

 それが今、自分の身体に働いて制御される。お互い強化人同士の会話は細胞全体の通信機器の代わりとして利用され、体内での奥底に眠る幾多の記録、過去がが二つの口の間を通して交換され、再び新しい記録を蓄積きおくする。外部から送り込まれた言葉は他の存在記録に侵食されないようにあらかじめアナグラム化され、それを暗号文にすることによって解除キーを見つけ出さない限り容易に開かれないようにする。

 それは自らの生命活動を維持するための宿り主にも決して伝える様な不始末はなく、淡々と自分の仕事とこなし続ける。形だけ人間の姿を与えられた俺達の精神は今のような世界でさえ利用され続けている始末だ。

 「細胞自体に直接働くようにしたのか?」

 「いや、それだと『自己防衛プログラム』が自動的に働くことになる。 そうなると使えなくなるんだ」

 「薬の反応速度によって促進作用に直接干渉して、物質構成ごと破壊・・・・」

 「当たり前の結果だな」

 「薬品の効力自体を変えても無駄った事とかは?」

 「だいぶ前に試したけど、それだとカプセル自体が持たない」

 「既に許容範囲内ギリギリの構造だって事かよ・・・・」

 「それでもこの最小化にかなりの手間が掛かるんだから、そのぐらいの配慮は欲しいくらいだ」

 「そのためにこの触覚みたいなものが細胞プログラムの侵食を阻む役目を果たしているのか?」

 「まあ、そうなるようにしたいのが今後の方針にも影響するのだが・・・」

 この会話の中でさえ俺の意思は通らない。すべて細胞中の記憶の意思にだけ優遇され、何もかもがその過去に並べられる事を進めていく。合理的な段階に何度も俺は手を伸ばした。だが、すべてが無駄な結果に終わっていた。

 「今後? ずいぶんと先まで読んでいるんだな、これをどこかに売り込むつもりか?」

 「これを大量生産できるほどの会社も組織も施設も国さえ、今の世界どこにいったってありはしない 大体、国が再び起きたことも聞いた事ないからな、当分その方向性はないな」

 「当分か・・・・・。 だが、可能性はあるだろう」

 「期待はしてはいるさ。 それでも時期が来ないのなら仕方がない」

 「・・・・・・・・・・」

 「まだ時間はたっぷりあるし下準備はもう十分組んである。 問題はない」

 すでに警告は発せられていた。シノから放たれる何でもないような会話の中に隠されたヒントがあった。すぐさま記憶の整理を行い、俺は次に続く言葉を探り始めた。この記憶の中、俺は密かに期待をしていた。シノが、この計画になか打開策を見いだせることが出るのだと甘い考えを抱かせていた。そのためにここに来たのなら、そのために俺にけしかけたのなら、まだ、覆されることができた。だが、真実ほど残酷なものはないのだ。シノは今日までその計画が動かないことを予想し、今までずっと姿を隠し続けていた。それが今、自分と同種を見つけることで今まで切れていた計画の糸が再び結ばれる結果となった。もう動くこともない、そう安心しきっていた矢先物事は常に大きく前進する。俺達の中に眠る過去《記憶》は全てお見通しだった。

 ―ケイコク スベテのぷろぐらむをキョウセイテキにしすてむだうん クりカエす・・・・

 脳内でけたたましく震える電気信号。無理やり引きはがされるようにして記録から離れていく視界。テント内の景色、シノの姿、そしてあのカプセル。すべてが始まった合図だった。

 ぼやけていく記録は当事者の意識が離れるとすぐさま、消去の対象へと回される。脳に蓄積した中の記憶とともに、いらなくなったあの日と、そしてシノに関するデータはすべて消されてしまう。

  

 ならば、計画を止めることぐらいは、できる・・・・


 奴が出した警告が、計画の最終段階に入ったとしても、それが今行っている事の一つに入っているとすれば、それは十分抵抗する力になる。今、目の間に現れるかもしれない目標ターゲットを殺すことが出来れば、計画の進行を幾らかは止めることが出来る筈だ。それにシノ仇打ちにもなる。

 いつの間にか俺は、今までに感じた理不尽な現実に対しての復讐と、知ることのできなかった真実を見出すことに出来た達成感と、それを止めるためにたかが知れている一人の力を試そうとする無謀さ、そして、シノ為に戦おうとしていた。また一つ俺は前に進むことを決めた。辛く、困難な道のりだろうが、それに似合うものはいずれ帰ってくるかもしれない。いや、帰ってこなくてもいい。すべてを終わらせ、俺達がまた、形だけの存在ではない者になることを今から目指すのだから。

 溢れ出す感情は誰であろうと止められやしない。ギルの心は再び、ニンゲンとして生きていた昔の心を取り戻そうとしつつあった。

 だが、これから起こるであろう二つの死に対しギルは、途方もない決断を下されることになる。


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