STAGE 1 「侵入」第三部
フリックによって後方の仲間を殺され、報復に燃えるゼラ。それは危険な行為だと察し、止めに行くため、相棒のギルは一人砂塵の中を疾走していた。
高低差の少ない傾斜が幾つにも連なる地形まで進んできた。砂塵はさっきの場所よりずっとましに見えたが、一向に目の前の視界が晴れるわけでもない。時々足に無理な衝撃を加えられ、ちょっとでもバランスを崩しでもしたら、躓く程度では収まらない速さで走っている。
砂粒が今まで顔に当たらなかったのは、身に着けているスーツのお陰でもある。各間接部分に据え付けられた特殊なフィルターが、ジェネレータの動力を借りて外部からの混粒物を排除し、ナノチューブを通して鼻に直接空気を注入する仕組みとなっている。
無論、目の方も行き届いた配偶はされているが、口の周りだけが無防備なので、その辺りの配慮は自己責任だ。
―これが造ったヒトの性格の表れだろうか?
何処からか拾い上げたようなボロボロの自作マスクをずれないよう首を据わった状態にし続け、素早く駆け抜けるギルは、シノについて少し回想に耽っていた。
彼が自分達の仲間に加わったのはちょうど半年前だった気がする。小柄であまり自分の意見を表に出そうとしない内気な少年シノは何故だか自分を重ねさせる何かがあった。生まれも何処から来たのかも語ろうとはせず、たった一言「いい物が出来た・・・」と夕暮れの飯時、自分達の集まるキャンプへいきなり現れたのだ。
ぴっちりと着込み銀色に輝く丈夫そうな服装と、彼の体格に合わない何やらごちゃごちゃとした物を頭や両手に乗せ引きずるようにもって来た姿を見て、最初は全員が笑わずにはいられなかった。
ここの雰囲気と似合わない異形な格好は確かに可笑しなものだったが、ギルが彼の眼を見た時、シノの目は本気でそう言いに来たことが直感的にわかった。途切れ途切れの笑いの中、自分が何も考えず口に出した言葉。その時が最初の会話になった。
「なんだ、一緒に遊びたいのか?」
冗談混じりに放ったこの言葉。唇をギュッと噛み締め、ピンと背筋が固まったままの幼いシノは、そのことを聞いて突然、その場に重そうなガラクタと腰をどさりと音をたてておろした。
「おう、遊んでやるよ」
シノの一言に再び笑い声が空に溢れ返ったキャンプ場。それから、シノが自分と同じ強化人だと知ることになるのはそう遅くはなかったのだ。
薄々気づいていたのもあるが、シノが作り出す作品は全て、動くモノを殺す物ばかりだった。同じ形をしたニンゲンだろうが、汚染されたシェルヘッダーの群れであろうが、旧世界が作った動く金属の塊であっても、彼の手にかかれば何もかも沈黙の一途をたどる結末にしか道を与えてもらえなかった。
「周りのモノは皆標的の的にしか見えない」
キャンプ地から遠く離れた場所で試作品の試し撃ちをしていた時、見かけからは想像できない言葉をシノは言った。それは、ギルの正体を既にシノが知っていて、遠回しの言い方みたいに彼には聞こえた。
それから無言のまま打ち続けるシノを見て、ギルはつい、口を開いてしまう。
「シノ、いつからなんだ? その姿・・・・・」
聞くだけ無駄なように思えたが、射撃の姿勢を一旦崩してシノはあっさり答えてくれた。
「無理矢理・・・・だったな。 こっちの意思を関係無しにな」
最後の銃弾が標的の岩肌に当たる音がした。ギルはそちらに目もくれず、答えた途端何のモーションもなしに岩に銃弾を放ったシノの姿を見ていた。
にやりと口元を緩ませながら、撃ち終えた武器をまとめて束ね、その束をギルに渡し、一人でさっさとキャンプ地に帰るシノ。歩き、遠ざかるその背中は、背負い込みすぎた数多の命が彼の背後でドロドロと渦巻き、無理にでも彼の脚を動かす奴隷売人がうつ鞭の姿に見えた。
「きついなら・・・、辞めろ」
「おれの生きがいを奪う気かよ」
鼻で笑いながら、次々と新しい武器や装置を作るシノの姿に、ギル以外の仲間も、そしてゼラでさえ彼自身の力の虜になっていた。
「そんな事して何が楽しいんだ?」
皆から離れた所から見ていたギルが、仲間の元から離れ、こちらに近づいてきたシノに意味のない質問をした。いい加減聞き飽きた質問にシノは、嫌気がさしたように溜息をつき、答えること無く今度はギルに対し聞き出してきた。
「あんたには生きがいの一つも持ってないのか? ギル。 普通こんな生活続けていたほうがおかしいと思わないのか?」
「俺は・・・」
「あんたも俺と同じ強化人の筈だ。 だったら、なんで自分の内にある知識を使わないんだ? 何の為に今日まで生きていた理由が他にあるのか?」
相手の真意を解くような眼で見つめるシノにギルは、少しうろたえながら小さな声で答えた。
「なにも、無闇矢鱈に記録や知識を公開することはないんだ。 本当に必要な時にだけ、その所だけを少しずつ・・・。つまり、助言程度で済ませるのが俺にとっても、皆にとっても正しい選択だと思っている。 だから、自分の生きがいとか人生観には何の不満も、要求もないんだ」
少しずつ大きな声で、それでいて、まるでシノに語りかけるように喋っていた自分の姿に気づくと不意に笑いが込み上げてきた。
小さくも大きくもない、ほんの僅かな笑いを体で感じたのは何年振りだろう。そう思いながらシノの顔見た時、彼が予想していた反応とは全く異なっていた。それから数秒後、見慣れない武器をとり興味津々で見とれていた仲間が、すぐさま後ろのキャンプ地の近くにいるいる二人の姿みて、慌てて二人を引き離したことは言うまでもなかった。
突然ギルに襲い掛かり揉みくちゃになった末、仲間の仲裁が入いった。両腕を押さえつけられ、興奮状態のシノから鬱積の罵声がギルの耳の中で反響する。
「あんたはただ逃げたいだけだろ!! 過去の世界から一遍に変わっちまったこの現状を見て、お前はそれが怖くなったんだ、違うか!!? それに自分と重なるものを見つけきるまで何もしない? 戯言をほざくのもいい加減にしろ。 大体、頭に来るんだよ!! その目、まるで自分の姿が正しく写るようなその目。 人の眼光なんか当てにしないお前の姿が人一倍滑稽なんだよ!!」
「やめろ!!」
仲間の一人がシノを引き離す側に加わり、更に遠くへ連れて行こうとした。だが、いくら幼い姿でも強化人の筋力は凄まじいパワーを備え持っている。たかが三人の力では、簡単に相手を持ち上げてしまうことだって考えられるのだ。
「放・・・・せ・・・!」
ギルの予感は的中する。シノがギルから遠ざかる一歩手前で踏ん張り、三人いっぺんに軽々と持ち上げてしまった。いきなりの反撃に驚き宙を浮く三人。シノは三人を頭上に挙げたままいきなり、ギルのほうへと三人をほおり投げた。
「うわあああ!!!!」
三人同時に挙げる叫び声。ギルはとっさに判断を下し、まずは三人の救出に身を乗り出した。
シノの相手は後回しだ。
一瞬にして加速し、隅に固めてある岩山を踏み台にして、前方に素早く跳躍した。トロトロしていたら直ぐにシノから攻撃をくらってしまう。なるべく相手を見失わないように飛んだつもりだが、少しだけシノの場所を確認しようして視界をそらした時、彼の姿が何処にも無かったことにギルは面喰ってしまった。
―やばい。後ろからか!!?
早くから気が付くべきだった。相手の狙いはただ一人、ギル自身だ。ただでさえ仲間想いのギルの行動ぐらい、奴にとっては手に取るように分かる。ギルの行動は最初から間違っていた。後悔の猶予も与えられもせず、ギルの体に何か押し込まれたような強い感触を受ける。
その瞬間、自分の背中で何かが強く破裂する大きな爆発音を聞いた