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STAGE 5 「無知」第三部

この物語は残酷な表現が含まれていそうです。

 一つとして噛み合わない会話の流れに、フリックはしびれを切らしかけていた。たとえこれ彼女の言う「記録」の一環だとしても、馬鹿馬鹿しい体たらくな行ないだ。食事をしたかったのは彼女自身が思ったことで、自分はただ付いていきたかっただけの興味本位からなる意思の表れだというのだろうか?彼女はそれに深く口を閉ざし、応えようとしていない。それがますますフリックの感情をあおる結果になった。それでいてもフリックは冷静さだけは失うことのないよう、ひそかに勤めていた。今感情的な行動に移ったとしても、ここの利は彼女自身だ。たとえ逆手に取ったとしてもその一歩前さえも彼女は予測しているだろう。もしくは今自分の心境さえ、見通されているかもしれない。そう思うとフリックはさらに顔を強張らせた。

 「何か、ごまかしをしていないか・・・・?」

 それでもフリックは何かを抑えるようして、ヨリマに尋ねる。

 「誤魔化し?何で誤魔化す必要があるの?」

 分かっていてヨリマはとぼける。

 ヨリマは結局の所、楽しんでいた。

 自分と同じで自分と違う存在に自分の思考を当ててみて、その反応を見たかったのだ。恐ろしいほどその行いは無謀で無秩序で自分勝手な我儘から出たとんでもない事だが、今になってそれを咎める法も機関も、ここには存在しない。完全に彼女の作った世界の中でフリックは動かされている。その証拠に、今までフリックの体験した数々の出来事は彼女の仕組んだことだからだ。つまり、フリックは先ほど出敵た白い空間こそ、彼が最初に目覚めた場所と言うことになる。広大な土地で繰り広げられた銃撃戦やギル、ゼラとの出会い。数え切れないほどのパイプの繋がった柱の空間に、しゃがれ声の男とそれにつき従っているリザ。そして男のいた墓場と言われる不気味な光に包まれた部屋。無法の世界が作り上げた狂言が彼自身の頭の中で鮮明に表現され、あたかも実体験のよう思わせる。

 ―或るモノが無いのと、無いモノが無いのは違う―

 喜び、怒り、悲しみそして悩む。すべてをあてはめて、いざ箱を開けても出来上がったの品ない不安定なモノが一つだけ。だが、その不安定なものだからこそ、彼女はそれに手を加えた。決して無理強いをせずにゆっくりと。彼女がはじめて作り上げた人と言う人形が今、苛立ちを覚え自分に一つの感情をぶつけている。

 「本当に・・・、うまくいきそう・・・。」

 独り言がぼそりとヨリマの口からこぼれた。フリックはそれを聞き逃さない。

 「今度は何だ?何がうまく行きそうなんだ?」

 「そんな怒りっぽく言わないでも、ちゃんと答えるよ。」

 「今まで答えなかったのが、何で今になってこたえるつもりになったんだ?」

 質問してくる。この反応がとても心地よい。ヨリマ心の底からそう感じた。

 ―うまくいける気がする。ううん・・・・、絶対出来る・・・・。

 「ごめん、いろいろ考え事してて・・・。今度はちゃんと答えるから、ね?」

 両手を合わせて、片目を閉じ、合唱のポーズでヨリマ謝罪の意を表した。かわいらしさと言うより、それどことなく裏がある妖しさが、ちらりと見える仕草。だが、相手はフリック。彼が一つの生命体として活動し始めてまだ幾数十分しか経っていない。世界を知らない彼に裏を持つヨリマの素顔を知らない。

 「わかった・・・。」

 それ以上何も云わないといった様子でフリックは素直にヨリマの言い訳に承諾した。

 


 ―強化人に食欲という欲求的概念は基本存在しない。いわば生命維持の為の栄養を必要としない生命活動を行っている前提で食事を取るなどという行為そのものが、無駄に等しい行いになっている。まして「人であった名残りから」といった人が作った架空の存在の様に人の真似ごとをする、なんて愚かな考えなど起こすことも無い。元々“ヒトから”ではなく、“ヒトに”生み出されたモノだ。無駄な消費をすること自体、それこそ強化人としての根本的な定義を誤っている。

 だが、それ自体も覆すことが先人たちの時代に起こっていた。“人柱”として世界中のニンゲン達が次々と消えていく中、それに合わせる様に強化人が生み出された。一体の強化人中に含まれる、ニンゲンという情報はあまりにも膨大で不確定なものだった。さまざまな人種、人格、特徴が、一つの人の形と成って、生み出され、後世へと永遠に残される存在になる。何の問題もなく、全てが順調に進むはずだった。

 しかしながら、所詮はニンゲンが作り上げた不要素の多い物体の一つである。すぐに問題の壁が立ち上がる。

 世界各地域に配分された強化人たちは、一定の検査を受ける義務が課せられていた。今世紀最大で最後の発明である「無制限細胞」も、まだ実験段階から僅かの間で実用に入ってしまったため、研究団体もその後の不具合が無いか、しっかりと検証とそこから出てくる確実な実験データが間違いなく必要だったからだ。その希少な存在を唯一の監視となる検査中にある事件が起きてしまう。検査範囲は配分された強化人の全地域であるが、作業責任は各国の政府にゆだねられている。国内にいる強化人の場所に直接赴き、検査を施すといった形式となっているのだ―

 「ちょっと待ってくれ。」

 食事に手をつけ始める頃。ヨリマが気兼ねなく語り出した強化人の話について、フリックの待ったがかかった。

 テーブルに着いた二人の目の前には何処からともなく食事に必要なモノがそろっていた。ナイフ、フォークにスプーン。大小の異なる白色の平皿の上に在るライスにパン。今の時間帯が朝方なのか、ハムにベーコン、卵の料理が質素に並べられている。彼女にとって少し不満の残る品々であるが、あえてヨリマは先人達が用いた食事方に則った。別に懐かしんで食事を摂っている訳でなは無い。この手法自体今回が初めてだからだ。ヨリマは皿に並べたら得た料理を手元にあるフォークを使って口に運ぶ途中、フリックに止められた。何気に語り出した古い話を区切って食べようして矢先だ。彼女がお腹がすくことはまずないわけだし、ヨリマは素直に食べることを中断した。

 「どうしたの?」

 ヨリマはいかにも不思議そうな顔を見せてフリックを見つめた。

 「ヨリマ、強化人は“大勢の人の犠牲から”生まれて、永遠に活動できる存在だとは・・・。」

 「それはさっき言った通り。そうだよ。」

 さっきから同じことを言わないようしているヨリマは、そう言って再び食事に取り掛かろうとする。

 「なら、政府と言う何かに・・・・、えっと・・・・。」

 そして再び引き戻すフリック。

 「管理。」

 言葉を詰まらせるフリックにヨリマがちょっとした後押しを加える。言葉を多く持つヨリマはそんなフリックの様子を見て、ただじっと聞いてほしかった。だが、それを口出して云えば彼の傾向が衰えるのは見たくないのか、ヨリマのそれ以上強く言いだせないままだ。

 「そう、管理。その管理されながらなんで・・・―」

 「フリック。君は少しおしゃべりになったけど・・・。」

 「そうだが。」

 おしゃべりを覚えてフリックはさっきよりより多くの言葉を使う事も覚えた。しかしそれがヨリマにとってあまり思わしくない方向に傾いてはいた。

 「あたしが今する事の見える目は、全く変わってないの?」

 目で見て分からないのか?ヨリマ直接言わない事を守り、フリックに気付かせるように注意した。まるで母親が子供のしつけをするように、自分の行いを正しく指し示すように。足並みのそろわないおどけた小さな存在を確かなモノにするために。

 彼の眼は、踊っているように見えた。最初ヨリマの顔を真正面から見据えたかに思えたらもう次の瞬間違う視線へと移る。物事を整理する際ヨリマはこんなことをしない。これが人の反応だというのか。ヨリマは少しだけ考えを改めた方がいいと思い始めた。

 「・・・・・・・・あー・・・・・・・。」

 思いつめたかのようにフリックがひと声上げる。だがその反応は今までとは違い、随分と稚拙で滑稽な表し方だった。今まであれ程口達者に育ったよう見えたのが幻のようにもヨリマには見えた。彼の声が途切れ途切れになり、やがて何も発せなくなった時「宜しい。」とヨリマは一言おいて再び食事に取り掛かった。フリックはというと、そのまま何も言わず、ただ黙々と食事をしているヨリマの姿を見て見よう見真似で食べ物を自分の口元へ持って行くことにした。

 食べ始めてから、ヨリマはさらに沈黙を通した。口は物を噛み砕く行為にただひたすら従い、手は口に運ぶものを選びだけに躍起になって、眼はその補佐を行う。その一連の動作をひたすら繰り返す様子を、フリックは手を止め、見続けていた。

「教えてくれているのか?」

 フリックが喋った途端、ヨリマの動きがぴたりとやんだ。そして今までフリックの方へ向かなかった顔を静かに上げる。フリックを目でとらえ、呆けた感じで見つめているように。口元に茶褐色の液体をほんのちょっぴつけて。

「おなか、すいてないの?」

「そうじゃないが・・・。」

フリックは戸惑う。

「そんな気分でも・・・・、ない。」

「混乱しているんだね?」

 的確な答えをヨリマが導き、フリックはそれに従った。両腕を大きく広げ「お手上げ」な表現を見せる。

「元々、そんな感じさ。いきなり目覚めたらこんなことになっている。変な話だか、なんだか落ち着かない。」

弱気になっていると言いたいのだろうか?ヨリマは彼がメンタル面で少々幼さが残っていることを気にした。

「それは、嫌ってこと?」

「そういう意味じゃない。ただ・・・・、落ち着かない。」

「ねえ、フリック。お話は好き?」

「え?」

 会話を切り替えられて、フリックは一瞬戸惑った。グダグダ遠まわしの発言を聞かされてきたからだ。あんまり乗り気になれない。顔をしかめてフリックは言葉にせず、表情で訴えた。だが彼の願いもむなしく、またフリックの返答も待たずしてヨリマは話し出した。

「私はね、強化人なの。」

「それは・・・、さっきも聞いたよ。」フリックは自然にうなづく。

「そう、だからもっと聞いてね。私はね・・・・、強化人で・・・。そして、ここでたった一人しかいないの。」

「一人・・・・。」

 鸚鵡返しのようにつぶやくフリック。

「そう。一人なの。一人ぼっち・・・・。」

「ぼっちって?」

「え?」

「"一人ぼっち"の、"ぼっち"のことだ。何なんだ?」

 聞きなれない単語にフリックは反射するように質問を彼女に投げかける。子供というよりこれは少しいき過ぎたものだわと、ヨリマはふっとそう思い、

「寂しい、って意味よ。」

 そう答えた。

「今もか?」彼は間を置かず聞いてくる。

「え?今?」

「そう。いまもそうなのか?」

 寂しいことを聞いているのか?ヨリマは頭の中で考えたが、すぐその思考は振り払えた。一人である以上感じたことだ。それが今とは違うこと、彼はとっくに理解しているはず・・・、と。

「いいえ。もう寂しいことはないわ。」

「そうか?」

「ええ・・・。もう慣れちゃったしね。」

「そうなのか・・・。」

 フリックはそうつぶやくと、またゆっくりとした食事を再開し始めた。最初は慣れなかった手つきや動作も、今や随分と様になってきたみたいだ。とは言っても、見本となる"様"なんてものは、もうこの世に残っているかどうかは別としてだが。

「ねえ。フリック」

 彼の食事を中断しないよう、ヨリマは小鳥の囁く声で喋る。

「ん?なんだ?」

「君ばっかりから質問攻めじゃつまらないから、あたしもさせて。」

「なにを?」

「だから質問。」

「誰に?」

「君だよ。フリック。」

「誰が?何をって?」

 フリックは今、眼の前のご馳走に夢中だった。だから彼女の話なんてこれっぽっちも頭に入っていなかった。それに加えヨリマは大分声のボリュームを下げていた。そのお陰でフリックは食事に興味を持ちヨリマへの興味は既に薄れてしまっっていた。

「まあ・・・・・いいわ。食べてて良いからよく聞いてね。」

「ああ。」フリックは生返事で返した。


「フリックは、今から何をしたいの?」


 休むことなく動き続けていた彼の両腕がその場でピタリと静止した。手がそれ以上動くのをやめ、周りの空気が一瞬にして流れを変わったことをフリックは肌で感じ取る。そして両目はゆくっりと食べ物から離れ、向かいに座るヨリマへと移った。彼女、ヨリマは先ほどと変わらず同じ状態で、フリックを見ている。見続けている。瞳は恐ろしいほど澄んでいて、肌は自然物じゃないようにきめ細かな繊細さを持っていて、鼻はとってつけたような型に仕上がっていて、唇はうっすらと淡いピンクを遠慮がちに見せている彼女がフリックを見続けているのだ。

「なにを・・・する?」

 ゆっくりと両腕を椅子の肘掛けに戻しながら、フリックは質問の意味を確認するようにたずねる。

「そっ。何をしたいの?・・・・・って、また聞き返すの?もう・・・、今度から質問は無し!」

 あはは、と笑うように口元を小さく歪めて彼女は言った。今度は小さくか細い音ではなく、まるで彼女の座っている椅子の下から響くように一言一言はっきりと耳の中を通って伝わってくるのがひしひしと受け、フリックは動悸を感じられずに入られなかった。彼の中にある何かが警告を発している。それも強くけたたましく。

「なにを・・・・・。」

 搾り出されるようにフリックはつぶやく。何か苦しい。でもそれはまったく何なのかも分からない。何か恐ろしい、でも理解できない。眼の前の少女はさっきとは一緒なのに一体何処が違っているのか、説明できない歯がゆさを感じることは今の彼にできなかった。

「何?」

 さらに強く揺れるようにヨリマの声が彼の頭の中で暴れまわる。中で何か押し込まれた後それを自分の意思とは関係無しに好き勝手に動かされいるみたいに。そして視界からヨリマの姿が離れない。まるで見えない何かから無理やり押さえつけられているようで、一ミリたりとも動かすことができないことに、フリックは混乱しそうになった。

「何・・・・を。」

 息を吸って吐き出す。それさえも億劫になるくらいに声が出てこない。だか、両目ははっきりを彼女を見据えている。これは何も変化していない。けど違う、何かがおかしいのだ。フリックは考える。今から出そうする答えを必死なって考えるが本能がそれを強制的に遮断させようと横槍を入れる。そしてそれは彼の体躊躇なく次の行動へ移っていく。

「何?」

 そして脚に力が込め出したことに気づきその流れに乗ることを

「何かは分かった・・・・・。」

「え?」

 決めた。

「うおおおおぉおおおおおおお・・・・・」

 肘掛を潰れる位目一杯握り締め、上体を思い切り上へと引き上げた。同時に左脚で地を踏ん張らせ、右膝がテーブルごと斜め前に勢い良く押し出される。テーブル上の料理や食器類は高波を横っ腹からもろに受けてしまった船舶の甲板にいる船員のごとく重力から解き放たれ、ヨリマめがけて縦横無尽にはじき出された。肘かけら離した彼の両手は今、ヨリマを標準に捕らえはじめる。横転するテーブルの淵を踏み台にし、彼の巨体は宙を舞った。彼が座っていた椅子は腕の反動に耐えられず肘掛の支柱が左右に広がって折れた。そして休む事無く椅子本体の脚もすべて砕けて、座る部部だけが無常に地面へと落ちた。

 テーブルが食事とともにいきなり突っ込んできたのを彼女は静かに見ていてる。彼の咆哮とともにフリックはヨリマの視界から一瞬にして消え、今、テーブルの淵に脚を掛けて、こちらに襲い掛かっている。食器と料理も一緒の動きをしながら打ち寄せてくる高波のように。

「・・・おおおおおおお!!!」

 自然落下を始めた彼の身体がヨリマに向かって落ちてくる。目は獲物を決して逃がさぬよう陽獣みたいににカッと見開いて、フリックはさらに両腕に力を込めてヨリマのあの細い首元に狙いを定め、前に突き出す。彼女はピクリとも動かない。ただフリックの一つ一つの動きをゆっくりと追い、一つ一つ丁寧に理解しているような目つきで彼同様決して目をそらすことなくじっと座ったままフリックを見ていた。

 フリックの手が乱暴に彼女の顎と胸の間を割り込む。彼の全体重がヨリマの身体に委ねられ、耐え兼ねない力が彼女の身体と椅子ごと後ろへと加わり出し、やがてバランスを崩し始めた。彼女の座る椅子の脚が徐々に歪みを帯び、ある地点で破断する。それと同時にわずかに二人の身体が宙に浮き、浮いたと思えばまた落下しだした。

 二人の目はお互いを見詰め合う。

 お互いそらすことなく。眼前の何かを見続ける。憎しみとも怒りとも感じさせぬフリックの両眼を彼女は見つめていた。興味とも好奇心とも見分けのつかない棲んだ両目をしたヨリマの顔を彼は見ていた。互いの距離がぐっと近づくにつれ、二人の顔はより鮮明に見え、より残酷に二人に知らしめた。

 ヨリマの座っていた椅子が地面とぶつかる。それを飛び越えるようにして宙を二人の身体が倒れた椅子の上を通過した。もう地面との距離は近い。フリックは彼女の首に掛けた手にさらに力を込めた。ヨリマの首の感触が彼の手のひらに伝わる。柔らかい手触り、傷ひとつとしてない綺麗なうなじ。そして感じることない冷たい彼女の体温。この手にうずもれそうな彼女の首はとても脆そうに見える。だが、その手にいくら力を入れても、何一つとして変化がない。

だからこそ、彼は飛び込んだ。彼女に向かって、ただ一転集中で首を狙ったのだ。

 そして止まる事無く、ヨリマの身体はフリックの手につかまれたまま激しく床に叩きつけられた。強い衝撃とともに鈍い音が部屋中に響き、それに続くようにしてテーブル倒れる音、食器が落とされ陶器が割れる音が断続的に続いた。足の折れた椅子の根元から木屑が舞い、粉々になった食器の破片が床一面に広がり、二人のほうにもちばった。やがてパラパラと静かな音に鳴り出す。床には傷ひとつ着かず、バラバラになった椅子や食器や料理が無造作にちばらっただけになった。

 清潔感の整ったこの空間にほとんど埃はたたなかった。強い衝撃でフリックの腕は一度肘を曲げ、より前へとヨリマに近づいた。視界を遮る物はないため、彼女か素顔がはっきりと落ちるまで、見られた。一瞬落下の衝撃で目を閉じたが、すぐに開く。フリックは少女の身体に覆いかぶさる様な格好でいた。そして当の少女といえば、地面にたたきつけられていても何ともなく平然と彼の顔、姿をずっと見続けていた。

「・・・・・っく!!」

 フリックはもう一度眼を見開き、両腕にありったけの力を込める。その瞬間激痛が彼の脳に警告を発した。鈍い音は彼女の首が折れる音ではなかった。フリックの彼自身両手の指の骨が折れる音だった。あまりに細いヨリマの首周りは彼の両手で指が組めるほど細かった。そしてその手は指を互いに組んだまま彼の全体重が彼自身に負荷を掛けていた。思わず痛みに顔をしかめるフリック。彼女はそれでもフリックを見つめていた。恐ろしいほど真っ直ぐに。

 そして彼女はようやく口をあけた。何事もなかったようにさっきの続きで。

 「そっか・・・・。次はこれをしたかったんだ・・・・。」

 ヨリマの声が響く、彼の身体中で。とどまる事無く余波を出して、彼全体を包みこむように。

 眼を細めて口元を緩め静かに笑うヨリマ。見つめる眼、その顔には何の変化を示してはくれない。それでもフリックの脳は骨折した指の痛覚よりもっと最優先すべき決断を躊躇する事無く、彼の肉体に命令する。

「うあああぉあああああ!!!」

 再び雄たけびとともに、彼女の首から両手を離し、左右に広げた。そしてもう一度手を合わせ左右の指を互いに組み、思いっきり振り上げた。その様子を彼女はとめようともしない。むしろ待っていたかのように、身体を彼の行いに任せているようだった。わずかにフリックの動きが止まり彼は呼吸していたことを思い出しすように自分の荒れた息にに耳を傾けた。内から外にかけ、フリックは体中が何かに向かって一点に集中していることが意識していた。ひどく険しくゆがんだ顔をしているのを彼は感じていた。今、この世界には自分だけしかいような気がして、周りはゆっくりとしたモノに取り囲まれているようで自分だけ違うところにいそうな感触が全身に駆け巡っていた。そんな矛盾したような感じがより彼の心を襲い目の前が暗転としそして彼女のその様子がさらにフリックの動きに拍車を掛けた。

「ああああああ!!!!」

 振り上げた彼の両手が次の雄たけびともに、ヨリマの顔面めがけ一気に振り下ろされた。自分の拳で見えなくなるまで互いの眼は見つめあったままでいた。次の瞬間フリックの拳はヨリマの顔に直撃する。強い衝撃と痛みが彼の全身に響き、さらにエスカレートする。再度振りかぶり、振り落とす。また振りかぶり、振り落とす。休む事無く振りかぶり、振り落とす。

―ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!・・・・

 部屋いっぱいに響くそのリズムカルな激しい音は休む事無く崩れる事無く続く。一心不乱にフリックは続けた。終わりなんて来させない。そう必死に思い込みながら、彼は拳を振り上げ、何の抵抗も悲鳴すら出さない少女に向かって、拳を有らん限りの力で振り下ろし続ける。


「くッ・・・!くッ・・・!くッ・・・!くッ・・・!くッ・・・!くッ・・・!・・・。」

 やがて彼の手から赤い何かが出始めた。それが一体何なのかフリックには分からない。だが、何か変化があったことは分かった。もう腕を振り続けて大分経っているそれに拳が痛くて仕方がない。彼は疲れを覚え始めていた。やがて触れ上げ、振り下ろす動作も鈍くなりだし、間を空ける事無くその動作を中断する。両手で組んだ指を解いて、軸を失ったようにパタリと床に広げた。落ちた衝撃がとても痛いことに彼は気づく。一方の手に眼をやった。指は真っ赤になっていて五本ある指がどれがどれだか分からないほどグチャグチャニなっていることは彼には理解できた。所々、青白い何から赤いところから見えていたがそれが何なのかは知らないことでもあり、痛覚が先に来るせいでうまく考えをまとめていられなかった。指から眼を動かしヨリマの顔をもう一度見る。真っ赤に染まっている。どれが眼でどでが鼻なのか分からないほど赤く小さな塊が彼女の顔中に付着している。あれだけ見開いていた両目も真っ赤になった今では何処にあるかすら不明だ。

「・・・・・・・・・、ヨリマ・・・・。」

 呼吸を整え、落ち着きと取り戻しつつあるフリックは、綺麗な顔をしていたヨリマだった少女の顔に向かって彼女の名前をつぶやく。何かに駆り立てられ、躊躇なく彼女を襲った罪悪感なのか、それとも事を起こし終えた達成感なのか、ピクリとも動かない彼女に向かってフリックは顔を近づけた。赤く染まったヨリマの顔はどう見ても先ほどまで笑顔を見せていたものとは明らかに違っている。生き生きと見せた少女の笑顔は今はただの肉の塊へと変貌を遂げていた空しいほどに。

だから無論、顔をいくら近づけても返事はないかと思った。


「酷いなぁ、もう・・・・・。フリックったら・・・。」

 赤くベチャベチャとしたことの下から、いきなりあの変わらず澄んだ両目がフリックのまなこをしっかりと捉えた。一切の迷いもなく彼の眼に焼きつかれたあの瞳。その距離はとても短く今迄で一番感じられる位置にきていた。フリックは蛇に睨まれた蛙の如く、身体が硬直するのに電流が走り抜けるように感じ取る。次に何をすべきなのか分かっていても、それに反応する身体ではない。まるで彼女眼がそう答えたような気がしたのをフリックは認めたくはなかった。しかし、身体は動くことを許さない。そして、それに追い討ちをかけるように、ヨリマがついに動き出した。

「フリック。君の奇襲はなかなかだけど・・・、」

 見えなくても分かる。フリックはもう感じ取るだけで彼女が何をしようとしているのかが分かった。目の前の彼女はとても健康体そのものだった。フリックの巨体の押しつぶされようとも、幾度となく彼のを拳を顔面に受けようとも、彼女の身体には傷ひとつすら負っていない事を。そして彼女が今から何をしたいのかも、質問もせずに。

「ちゃんと相手を間違えずに襲ったほうがいいと思うんだ。それに言ったでしょ、あたしは・・・・。」

 確か感じる。フリックは確信する。

 彼の両脇から何かが来ることをそれはとてもゆっくりでそして確実にある一点に向かって。そしてもう一つ彼は分かったことがあった。彼女についていたあの赤い塊は、かつての自分の指の一部だったことを。

「"強化人"だっていったでしょ?」

「冗談かと思った。」

 彼女手の感触をフリックはしっかり感じ取れた。欠点の見当たらないとても繊細な肌で、柔らかいラインを惜しみなく放つ彼女両腕が彼の眼に映る。やはり体温はなかった。

 彼女は笑っていた。いつも絶える事無く微笑んでいた。フリックが何をするにも何かするにもそのたび微笑を彼に見せ続けていた。だが、それももう終わりを迎える。フリックは彼女の素顔から淡いぬくもりが消えた瞬間を見た。

「あたし、嘘つかないから・・・・。」

 ゾッとするような冷たい声だな。

 フリックはそう思った。そして自分の視界が狭まると同時に立てがたい痛みが襲い掛かるのを感じた瞬間、彼の意識はここから消えた。

一年半ぶりです。

時間が本当になくなりつつある感じがいやだなぁ。

最近模型飛行機にはまりだしています。

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