STAGE 1 「侵入」第一部
少し過激な描写がされているとも思いますが、飛ばし読みすれば問題ありません、ではないですね。
ご注意をお願いします
かつて、この世界の軍事主導権を握っていたこの大国が、僅か一夜で、そして、たった一人の男によって滅ぼされたなど今の時代、信じようとしても安易に受け止める事などできない。だが、それは事実であって、また一人のヒトの形として記録に残っているなどと考えもしない筈だ。
現にこの国の機能自体皆無に等しく、まして近隣諸国のつながりも無い上にその働きも失いつつあるのだから到底、元に戻ることも無くまして誰もそう望んではいなかった。
その犠牲となった町に、薄っすらと人影が見え始めた。
―これで何人目だろう?
連なる建物の眼が一斉にそちらに注意を向け、じっと見続ける事にした。少しずつ近づいてくるその姿でまず男と判断できた。
一歩一歩踏みしめて行くその地面には、とても植物が根を張り生き生きと成長する生きた土ではない。虫一匹、いや単細胞の微生物さえ寄り付かないこんな場所へ立ち寄るものなど早々いるわけがなかった。
流石に建物の眼も、この変わった生物に興味さえそそられる。足取りも重いわけでもなく、風で流される唐草みたいにここに一つも感心がない人間が、視界の悪い中、現れた。
茶色のコートを羽織り、栗色縁の小さな丸眼鏡を掛けているフリックは、朽ち果て、今は残骸と化した古代の町通りを一人で静かに歩いていた。大柄な体格で、ゴツゴツした拳が歩くたびにコートの隙間から見え、まるで大岩でさえ粉々にするような素晴らしい形を保っている。顔立ちは良く、皮膚に刻まれている堀の深いしわとその目の瞳は、目の前の相手に凄まじいプレッシャーを掛けるほど、迫力がある。
まだ朝方なのか、足元には深い霧が目立ち、雲のような感じを錯覚させ、ゆっくりとしたペースで歩く彼の前方には延々と続くような同じ建物が、横一列で静かに主の帰りを待っている。
―ちょうど半分ぐらいだろう・・・
フリックという名の大男は、ふと立ち止まり、今まで自分が歩いてきた方向に体ごと振り向いた。視線の先にはぽっかりと一部、穴の開いた山脈が見える。いや、アレは一部と言えるほど小さくは無い。さっきまでいたあそこから見れば、この町全体を覆いつくほど巨大な穴だ。
「・・・・・・・・」
この廃墟に来る前、一度休憩した場所から自分が出てきた場所見てみた。今より数倍大きな穴を見たとき、フリックは何かに取り憑かれた感じになりにその場から逃げるように走ってきた。あの時の感覚は今でも分かりたくもないしまた、二度と味わいたくないものでもあった。
―ここに来るのも、そうするために必要な事だったのか?
眼鏡に写るあの山脈。名前もおろか、ここが何処でさえハッキリと分かっていない。
答えの出ない疑問も今は全て同じ理由で片付けられる。それなら、ここにいる理由ここまで来た原因さえ掴めてくる。自分の意思で来たのではなく、誰かによって故意に動かされている。そこまで分かっておきながら、フリックはあえて、その方向に進んだ。
あてが在るわけでもない、目的でさえきまっていないのならどこぞの馬の骨とも分からぬ輩に辿り着いたほうが、途方に暮れるよりまだ良い。あえて付け加えるのなら、ここまで歩いてきた途中で所々に死体を見たときから、行く先々に何かがあることは覚悟していた。それならいっそ、誘導者の思い通りに進んでみてもおかしくはない。
「誰だか知らないが、顔ぐらい出さないと失礼だろうからな・・・」
操られっぱなしでは気に喰わない。このモヤモヤとした感覚を一刻も早く取り除きたいのなら、直接会いに行くのが賢明だと判断した。または、その主自身、そう来るよう望んでいるかもしれない。
コートを軽くひるがえし、フリックは望むまま従うままその太く作られた両足で前に進む。開かれた道ではない、逆らうことなく流れに身を任せたフリックは、じっと見続けるその視線を背にこれから自分の身に起こる事に対し、喚起していた。
色々な視線を受けていた廃墟を迷わず突き抜けると、またもや空と地平の境がある荒野に出てきた。殺風景な反面、恐ろしすぎるほどのその静寂さは、辿りつく者を迷わせ、発狂へと導く死神の懐ようにさえ見えてくる。
―・・・・・・・・・・
気の抜けたようにその景色を見ていたフリックは突然我に返える。目の前に広がる静寂な空間に惑わされたのではなく、彼の本職と呼べる本能的な感覚が、自らの脳に警告を発信してきた。
―まだ遠いが何かがいるな・・・
朝方からあった霧は少し前からうっすらと消え始め、今度は顔まで届くような砂埃が鬱陶しいほど眼前の障害になっている。だが、目標は捕らえていた。一つ、二つ・・・、曖昧さが残るが全部で五つだ。
重なっているところを見ると、まだ複数いることも分かる。
ふと、今の感覚にフリックは妙な違和感を覚えた。何故今まで、こんな能力を見つけることが出来なかったのか? その事が頭から離れようとしなかった。いや、無理にでも纏わり憑かせるような感覚があるのなら、あの誘導者の考えなのかもしれないが、これは。
―本当に分からないみたい、だな・・・
ジャリ、っと細かい土の粒が靴底で滑る音がした。
―戦闘に入ったら、眼で追うのではなく、体全体を使って相手を始末するんだな。
フリックの視線がグッと地面に近くなった。前傾姿勢になり、前に構えるような格好は鏡の前で見たら、さぞかしおかしな格好だろうと、自分の姿につい笑みがこぼれた。
それでも体が勝手に反応する。自分の意思じゃない自分の行動、理解の早さにフリックは、ますます混乱の渦に巻き込まれそうになっていた。
だが、そんな余裕も次の瞬間に起きることに対して、すぐさま転換される事になる。一筋の光が粒状の隙間から見えた途端、フリックは両足の筋肉にフルに活用し、思い切り左へ跳躍した。それも、低い姿勢を保ったまま、砂の中に紛れ込むようにして迫る弾丸を一重に避ける。
―チュイン!!
長い年月がたち、生きる目的を失い硬くなった地面の先に弾の先端がはじける。その軌道を確認出来るほどフリックの精神は安定状態に入った。
まっすぐ突き進む。
右側面から二人、大股で走って七歩半だろう。狙いを瞬時に定め、今飛んできた方向から一気に反転する。
ヒュッヒュッと、螺旋を綺麗に描く複数の弾が、頬を撫でるようにして通り過ぎた。ゆっくりと進む再生画像を見ているみたいに、自分だけがとてつもないスピードで動いていることに疑いもした。だが、全ては彼の思い通り。
再び前方へ跳躍する。
「何処だ?」
「分からん。 だが気をつけろ、いやな感じがする」
最初に手を下す相手の会話が綺麗に聞き取れている。聴覚が数段に跳ね上がり、砂と砂が空中でぶつかり合う音まで聞こえてくる。この光景、いや全て思い出したくないものだ。
―たとえ思い出したとしても、自分ではない自分に身を投じる事が出来るか?
考えても無駄だろう。その事は、フリックが一番分かる事であり、今は目の前の邪魔者を排除するだけだ。
体のほうが幾分か正直だ。
再度加速し続ける脚に迷いはなかった。
もうもうと立ち込めた砂交じりの埃から、目の前にいきなり現れた大男に対し、華奢な銀色のスーツを着た二人は面食らったまま在らぬ方向へと所持している重火器を乱射する。
「遅いんだよ」
右足をバネの様に反発させ、相手の一人の懐へ入り込む。そのまま、左足を軸に見事な回転蹴りを喰らわした。
顔面が粘土の様にぐしゃりと潰れ、今どうか知らないが、決して土が出さない真っ赤な液体まで豪勢に撒き散らしたまま、頭から地面にめり込む。
「ウワァアアア・・・!!!」
もう一人を見たときに相手が声を上げるのを見て、戦闘姿勢は完全に消失しているのをフリックは確認してはいたが、無理も承知。先程蹴り飛ばした奴の銃を使い、脳天へ吸い込まれるように引き金を引いた。
黒い鋼の筒が丸い弾を放った瞬間、確かな反動と共に目の前の男も吹き飛ぶ。綺麗な個を描きながら、顔の表面から飛び出した目玉を見て、フリックは感心した
―よほど性能のいい武器だな、吹っ飛んだ輩の頭が消えてら。
青白い硝煙を口の先端から漂わせる黒い怪物に、フリックは一時の感謝を終えて、その場に放り投げた。