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STAGE 5 「無知」第二部

この物語には残酷な表現が含まれています。

 大柄で無口な男は、皮肉にも三度の目覚めとなった。重そうなまぶたを開き、まどろんだ瞳の奥を新鮮な空気が入り込む事によって活性化していく。体は一時的に不自由な感触を持っていたが、手足の指先に力を込めるよってその障害は徐々に体の中から消えてい感じが、男の中で起こり出している。指が動けば腕が動き、腕が動けば、肩が動き出す。それは足先から太股までも全く同じだ。胴体を沈めたベッドから、男はするりと抜け出し、裸足のまま床に立つ。まだ、男は全裸のままだった。

 「・・・・・。」

 すぐくるりと体の向きを変えて後ろを振り向く男。今まで自分が寝ており、そして起き上がったベッドが目に入った。今のところ、それしかめぼしいものが視界に浮き出てこない。というより、この空間にはベッドと男しか存在しないよう場所だったようだ。視界に入るのはベッド一つのみ。男は注意深く、そのベッドに視線を注目させる。白く透き通った上質なシーツが、楕円形のテーブル様な形沿ってに綺麗に整えられ敷かれていた。テーブルの足は一本のみ。ちょうどテーブルの中心にドンと据えられ、微細に創られている神秘的な装飾がとても目を引くものがあった。

 だが、"そこ"に違和感あるのが男の本心であった。シーツはいくら自分が寝ていたとしても、其処にしわ一つ浮かばないのは異常なほどであり、さらに今男の手がシーツに触れ、弄っていてもその痕跡は跡形も無く消え、滑らから質感を保ちだしていた。そしてベッド支える柱。支柱の存在も不可解なものである事が男に認識できていた。自ら言う事でもないが、男は自分が大柄な体格だということは上場酌量の余地でいた。それ故自分の体積、質量ともにこのベッドの支柱が支えきるとは到底考えられない状況なのだ。

 「下は・・・・・・・一体どうなっている・・・・?」

 男は上体を少し下げて、支柱に手を触れた。石材なのか金属なのか、一体どんな物質で作られているかは男には分かる事はなかった。いくら粘っても答えが出に事は分かっている。男は早々に思考を止めて、他に何か無いのか再び辺りを見回すため、重たい腰を上げた。視界の中は相も変わらず純白一色で染め上げられている。まだ目覚めて間の無いからかもしれない。視界や体の動きが億劫なのもそれだと男は思った。だから男は少し待つことにした。体は裸のままではならないので、ベッドにしかれていた綺麗なシーツを無造作にひっぺ返し、そのシーツに体をくるめ、身体を温めることにした。そうすれば、少しは頭も働いて他の考えが浮かぶと思ったからだ。

 「・・・・・・・・・・。」

 −一体どのくらい経ったのだろうか?

 自分の心臓の音しか聞こえないとてつもなく静か過ぎた空間。目の前は相変わらずの白さを誇っている。長い間時間がゆうに過ぎていったと思っている。だが、身体の変化はまだ見えていなかった。暖めれば、などと根拠のない行い。視線の先は白色のままの世界が広がっているのが十分な証拠になってしまった。男の思考はまたもや停止してしまうことに。腕を組みシーツに包まり頭をその中にうずめてしまった。理性に反して身体が暗闇を欲しがっていたのかも知れない。自分の全裸姿のをまじかに見ることも無く、男は静かに前を閉じた。暗闇が男の視界に出来上がる。

 「そういや・・・・・。前の時も・・・・・、こう・・・・・。」

 男は一つだけ思い出したように顔を上げて。目を光に通らせた。そうだ。男は再び同じ色を見て、確信を得た。

 「そうだ、確かにここだ。目が覚めたとき、奴の付人が出迎えた後確か床の何処かが勝手に開いて・・・・。」

 「付人」、という単語。男は何故自分の口からこの言葉がスラリと流れたのか、分からなかった。今の彼の頭の中は空っぽのままだ。それなのに、「ベッド」「シーツ」、そして「付人」。ぼんやりとだけだが、僅かしかないが、何か無いものが無いところから表れだし始めていた。その男の頭の中で。

 「何なんだ・・・・。一体・・・・。誰なんだ・・・・・。」

 静寂。ここは空気の流れさえも遮られている空間。男と「ベッド」と「シーツ」と「付人」という分からないものだけが、そこに留まり続けている。誰かがその塊を壊すとすれば、おそらくそれはその塊を作ったその張本人しかない。そして、その張本人と言える影が、男の目の前に薄らとだが表れだした。

 「起きたね?それでは改めてお早うかな?フリック。」

 女性の声だと分かったのは、「フリック」という単語が男の耳に届いた瞬間だった。

 チクリと痛みを覚えた頭の奥。その後になって、フリックはすべてを思い出せた。

 「ヨリマ・・・・・・か?」

 確信は無かった。だが、選択肢も無いことも確かだ。彼の知っている人物は生きているのが少なすぎるし、そもそも存在しているのかどうかも分からない。だから、彼はとっさに「ヨリマ」とまだ把握さえしてない目の前の人影に向かって投げかけた。

 フリックのそんな応答に、小さな人影は細かく震えた。それに何故かクスクスと小さく声も聞こえてきた。

 「フフ・・・。何をそんなに怖がっているの?フリック。私がヨリマではないのなら、いったい私は何なのかしらね?・・・・フフフ・・・・。」

 必死に笑いをこらえる影の動きを見て、フリックは何だか不快な思いが高まってきた気がしてた。でもそれが何なのかも、今の彼に表現出来ないでいる。非常にモヤモヤとした心境に、フリックはストレスを感じたのだろう。声が大きく出た。

 「何が可笑しい?!!それにここは何なんだ?!いいから早く此処から出してくれ!!」

 「わお・・・・。いきなりにも強く出るんだね。フリック。いや、そういう突拍子もないところが気に入っているのだけどね・・・。」

 まだ影は笑っているように見えたが、少なくと前の様に彼を愚かなもののようにあしらった感じでない。フリックも少しも落ち着いたが、ほんの少しだけだ。まだ、何か身体の中に熱いモノが溜まっているようで嫌そうな顔をしている。

 「安心して。そこは君を不快にさせるため或るものじゃない。それに、君がそこから出たければいくらでも早く出れたんだけど・・・・。」

 「何故そう言いきれる?」

 「ここには“ナニモノ”も無いんだ。解る?君が出たいと思えば、今“そこ”に壁が無い“影”だけで私が見えてないと思えば、君は出られるんだよ・・・。う〜ん、言い方が悪いか・・・。何も無いの、ここには。」

 影からそう言われて、フリックの脚は自然と力が込められた。腰がゆっくりと上がり、シーツは身体のラインに沿ってするりと綺麗に下に落ちた。上体が垂直へと向きを変え、視線は普通の場所に落ち着く。両手が恐る恐るだが、少しずつ前に押し出されていく。そして“壁”があると思っていた場所に指先が触れた。何も感じられない。いや、元から何も無いように思えて、フリックの身体はさらに前に進んだ。

 スッと、フリックの身体は一つの抵抗も受けず、そしていきなりにもあるが、ヨリマと思われる少女の前にいつの間にか立ち尽くしていた。

 「ほら、“無い”でしょう?」

 ヨリマの姿もその瞬間一気に彼の視線に舞い戻っていた。暗くて霞が掛ったようなぼんやり感もなく、とてもよくはっきりとしている。あの時とおんなじ顔。ではない。幼い、本当に幼い少女だ。そして、しゃがれ声でも男の肉声でも無い。そして、あの傲慢な性格さえも影すら残さず消え去っていた。だが、フリックの思考は今それどころを指し示せる程、戻っていない。それは生まれたての赤ん坊の様な脳の働きでしかなかった。

 「出られた・・・・・・。」

 窮屈なあの場所から出られて、ひとまずフリックは安心する。そんな彼の様子を見て、まだ自分の言ったことを信用していないことに少女は少し腹を立てた。

 「だ・か・ら〜。最初から何も無いんだって。」

 「最初からとか、無いとか・・・・。ではここは何なんだ?」

 そう言ってフリックは辺りを大きく見回したあと、再びヨリマの方を見た。エメラルドの瞳を持ち、茶長髪の年端もいかない少女は、大男の大きな声にも臆せず悠々と反発してくる。

 「二度もおんなじ事言わせること禁止・・・。まあ・・・・・・、君だからしょうがないか・・・・・・。」

 深くため息をつき、優しく答える一人の少女。

 「ここは“ナニモノ”が無い空間。最初からモノがあったりナニかがあったりすることは無いの。」

 「『無』・・・・・・なのか?」

 突拍子もないほどすぐ浮かんだ言葉がそれだ。まだ言葉を覚えたての赤ん坊が何度も復唱し学習するような、そんな調子。フリックの脳はそれほど幼い。

 「そうとは違うなぁ・・・・・・。だって、私たちは此処に居るんだし・・・・・・。『―或るモノが無いのと、無いモノが無い―』のとはちがうでしょ?」

 「すまない・・・・、よく分からん・・・・・・。」

 混乱―。ただその一つだけで解決してしまうほど、彼の選択肢はあまりにも少ない。何より、年相応に合わせた情報すら、持ち合わせを持っていない。そんな彼に今の現象を理解しようなど、あまりにも現実離れしている。そもそも、ここが現実味のある場所なのかすら、彼は把握しきっていない。だから余計に分からないのだ。

 だからこれ以上深く説明する必要もないと思っていた少女は説明もほどほどにして、フリックに近づいた。

 「ん〜・・・・・・、まあいいや・・・・・・。後々分かってくれると今は願うよ。それより、顔。」

 「顔?」

 フリックはそう言われて怪訝な顔を浮かべる。

 「そう、顔。こっちに近づけて。」

 目の前は少女は両手を自分の方に挙げてそう言っている。なぜ、顔を近づける必要性があるのか分からないが取り合えず彼女の意見に合わせるようにフリックは腰をかがめた。視線の高さがヨリマと同じになる。

 少女の視線と自分の視線が重なり、彼女の瞳に自分の姿が映しこまれる。良くもなく、悪くもない血色での顔が、何か彼には違和感があった。

 「こうか?」

 フリックが確認するように聞くと、ヨリマは何の合図もなしに、彼の両頬にそっと両手を添えた。フリックは一瞬戸惑いを見せるものの、少女がこちらをじっと眺めているような視線を受けたので、刃向かわずジッと堪えた。やがて満足げな顔を浮かべ、少女はフリックの顔から手をゆっくりと引き下げる。

 「・・・・・・うん、良し。やっぱり綺麗な方がいいね。ここにいれば元々無かったモノは無くなるから便利な空間だよ。」

 そう言ってにっこりとほほ笑む少女の笑顔に反応もなく、フリックは今言った言葉を復唱した。

 「元々無かったモノ・・・・・・?」


 ―無いモノ・・・・。


 戸惑いながらも、フリックはおもむろに自分の胸に手をあてがった。

 「どうしたのさ?」

 少女は不思議そうに尋ねる。

 「何故か分からないが、此処に違和感があると・・・・・。」

 彼がそう言った途端、少女はようやく理解したような素振りを見せた。

 「ああ・・・、あの時の受けた傷の事?それも、消えているはず。あれだって君に在ったものじゃないでしょう?」

 「傷が・・・・・消える・・・・・・?」

 軽く胸を摩り、感触を確かめる。いつもと変わらない・・・・とは言えないが、何か落ち着かない様子でもあった。先ほどからある違和感の様なものが、まだフリックの中に渦巻いている。まるで自分が自分でないような、不思議な感覚。

 確かに『これ』は、自分の身体だと。フリックは心の中では思っている。

 「少しは分かってくれた?」

 「どう言う意味だ?これは・・・・・・・。」

 「ハア・・・・・・・・。」

 少女はがっくりと肩を落とし、どうしようもないような表情をフリックに見せる。そんな様子に困惑するフリックは一体どうすればいいか全くと言っていいほど不器用に見えた。

 「悪かった。全くよく分かって無いんだ」

 とりあえずであるが、謝罪の念を出しておく。少女の表情はすぐには戻らなかったが、不揃いに見えた肩を上げて、姿勢が元に戻った。

 「いいよ・・・。あたしがいきなり色々なこと言っても、混乱することぐらいわかったから。」

 「・・・・・・。」

 「でも、少しは一定の結果も欲しかったのも事実だよ?まあ、期待しすぎたの悪いけど・・・・。」

 言い終わる前にしょんぼりとした様子に変わる少女。長い沈黙。フリックも少女もぴたりと時間が止まった様に少しも微動だにせずそのままの姿勢が保っていた。

 フリックは赤ん坊なのだ。それも生まれたばかり、とは違うが。以前に彼が持っていた記憶や知識は無くなっている。だから自分から動くことも先導する事も出来ない。すべて誰かの手助けや手だてを借りれるからこそ、フリックは行動する。答える。そこから新たに学び、自分で考え、そして自分から動くことが初めてできる。まだその準備段階であり、彼の目の前に居る少女がその始動キーとなっている筈だ。

 だから、フリックは動けない、動くことを知らない。知らされてない。

 「あ・・・・・え・・・・・・、その・・・・・・。」

 言葉を持たない、持っていない、持つものを知らない。知らされてない。情報を持たない個体は、とても弱い。集団である以上、ほかの個体からの助力が障害を選別し、答えをおのずともたしてくれる。だが、固体である故、今でさえ集団ですらない彼の取り巻く環境。独りの持つ情報、それに見合うモノすら持ち合わせていないフリックが、目の前に少女にかける言葉など用いていないのも当然だろう。

 彼にとって長い時間だった。だが、ヨリマにとってほんの数十秒の感覚でしかない。試していた。彼がどんな動きに移るのかを試すことにしたのだ。だから、わざと会話が途切れような訳の分からない言い方をした。それは見事のまでに成功したが、やはり、結果は失敗。最後の少女のフォローもフリックには気付く事も無かった。

 ―まあ・・・、最初だから仕方ないか・・・・。ちょっぴり期待外れだけどさ・・・・。

 仕方がないように暗くうずめた表情をすぐさまにやめて、再びフリックに目線を向けた。

 今度はフリックが驚く番。ヨリマは何を思ったか、棒立ちのフリックの手を無理やり掴み、自分の方へ引き寄せ始めた。

 「食事にしよう!!。」

 「え・・・・・?!」

 『食事』。やはり初めて聞く単語である。それが何か懐かしさを感じたわけでも無いが、実に自然と耳に入り、脳を刺激する。とてもいい響きに聞こえた。

 「食事・・・。」

 繰り返すように呟き、何度もそれを確認するフリック。正直、何かがうれしく思っていた。

 「その様子だとまだ何にも分かって無いようだね。とりあえずお腹がすいた感じだし、他にいろいろ試したい事もあるし。」

 ぶつぶつと呟く様に次に行う何かをフリックの手を掴んだままずかずかと前に進んでいく。フリックは彼女に引っ張られながら、ずるずると“何も無い空間”から出ていった。“何も無い空間”に境界線と言うものは存在しない。どこまでいってもそれが続いていたり、突如として変化を見せるときがある。その判定は思う事だ。そうなれば、そうなる。そうでなければそれではない。たったそれだけだ。

 その在るか、無いかの空間はちょうど二人の間に“今”もある。フリックは決してあの空間から出ていない。壁があったというのを“思う事”ことで取り除いたように見せかけただけにすぎない。そして彼はそのことに、まだ気づいてすらいないのだ。



 「さ、座って。」


 フリックがヨリマの後ろについて歩く間に、いろいろなものが彼の眼に飛び込んできた。継ぎ目のない不思議な床面や壁、それに均等に並んだ変わった形の窓。そしてただ一色に染まっている窓の向こう側の景色。「今日は天気が悪いや。雲行きが酷いし・・・。」歩いている間、一度も口を開かなかったヨリマの言葉を聞いて、フリックはそれが外の景色だと知ったばかりだ。でもそれが外の景色であって、どんな様子で、どんな色なのか、今の彼にはそれを表現したり説明できる能力が無い。例えば外と中では気温も環境も違うなど言う事でも彼にとっては興味を持てる話題になるだろう。窓の方をずっと見ているフリックの姿を時折ヨリマは振り返って見た。

 そして、立ち止まってしまう。

 「もう・・・・・。お〜い、フリック〜。」

 気がつけば彼はまた窓の正面に立ち、ぼんやりとした様子で、窓の外を見ている。これで何回目なのんだろうか?ヨリマは仕方なく思っても加減はしてほしかった。しかし注意といったものを彼に言ってしまっても、それは無意味に終わってしまうことで、出来ればやりたくないことでもあった。

 ヨリマが声を出しても、フリックは振り向く事も反応すらせず、ずっと外を見続けている。気がつけば立ち止まり呼び戻し、また気が付いて振り向けば、やっぱり立ち止まっている。祖いて今回も全く同じでただ距離だけが徐々に遠ざかってきているだけだ。

 ―もしかして・・・・、避けてる?

 あり得ることかも知れない。ヨリマは思った。彼ではなく自分がフリックから距離を置いて歩くことを彼自身が気付いて・・・・。

 「そんなに複雑じゃない・・・か。」

 パタパタを足音を立ててフリックの元に向かいながら、ヨリマは自分の深読みをあっさり切り捨てる。足音がしてようやくフリックの眼が窓の外から逸れる。彼が振り返るころには、少し困り顔の少女が自分の顔を覗き込むことろだった。

 「聞こえなかった?」

 「え?」

 何も分かっていないフリックは自分に大してヨリマが何を聞いているのか分からず、少し慌てた。その様子だけで、彼女に十分伝わっている事など今のフリックには分からないだろう。

 「外がそんなに気になるの?」

 ヨリマがフリックの身体の前に躍り出て、窓の方へヒョコっと顔を出した。彼女からしてみればこの窓は少し高い感じで、頭が少し窓の外から見えるぐらいになっている。窓枠の縁を掴み、段差を利用してヨリマは上半身を思いっきり上げた。コツンと、おでこが中と外を隔てる堺に軽く当たる音がして、ヨリマは視線を上げる。先程と変わらず、相変わらずの雲の形をしている。

 「アレが気になるの?」

 丁度視線はフリックの同じ位置、何重にも部厚い雲に向かっている。

 「ああ・・・・。」

 フリックは何となく答える。

 「あれは『雲』。それ以外に気なっている事もある?」

 ヨリマは急かすつもりは無かったが、あえてそんなそぶりを見せる発言をした。彼の反応を見ておきたかったからだ。ただこのような些細な人の感情が、今のフリックに理解できそうに出ないことも分かっていた。

 「うごいているんだな・・・・・・・・、と。」

 「うごく?」

 ヨリマはすかさず聞き返す。「どんなふうに?」こう付け足しながら。

 「どんなふうと聞かれても分からない・・・。ただ、見えるんだ・・・・。」

 ―見える。

 フリックはそう答えるが、ヨリマにはいつもの雲の様子でしかない。それとも彼は無いに別の何かを見ていたのかと思い、周りを見渡すも、目に見えるのは黒々に染まった厚い雲のが空一面に埋め尽くされているだけだ。それにもしそうだとすればそれはヨリマの眼にも止まるものでもある。彼女も、フリックと同じ類に存在するもの。二人のそれぞれの経過時間の差を見ればそれも明らかなのだ。それでいても、フリックにはヨリマに見えない何かを捉え、何度も立ち止まり、窓の外の世界を見上げていた。回数が、その不可解な行動が、彼女には無いフリックの能力があるとするのなら・・・。

 ―これはこれで・・・・・・。

 ヨリマの中でフリックの価値感が少しだけ変わった瞬間だった。前に随分と興味の持てる存在になっていて、ヨリマ少しだけ面白いと思った。それがつい顔で出て、隔てている堺のモノにぼんやりと映り込む。フリックからは見えてなかった。ヨリマは自分のと自分の顔を移す目の前のモノに焦点を合わせた。久々に思えた、自分自身の顔を見るのを。

 「ん、行こうか。」

 そう言って滑るように窓の縁から手を離して、ヨリマの両足は床面についた。ここから先は部屋がの軒並みに続いているのは分かっている事なので、何も言わずヨリマはひとりでスタスタと奥の方へ歩いて行く。フリックはそんなヨリマの後姿を見て、もう一度、外を見た。そして何も言わずヨリマの背中を追いかけ、大きく広がった部屋の一角に辿り着いた。さっきまでいた部屋も廊下の様なあそこも、そしてこの部屋も。何処も白い。白一色だった。

 「お〜い。まだ何か見えるのかな〜?」

 からかう様子でヨリマはフリックに言った。もう同じセリフは言わないといった合図なのだろうか。向かい合わせになっている椅子の一つの方にヨリマは立っており、ヨリマの指が向かい側の椅子を指している。“座れ”と合図いているようだ。

 「どうやら、また聞いていなかったみたいだな・・・・。」

 どういえば分らず、ただ自分の起こした経過を独り言のように述べて、ヨリマの指さす方へ足を運んだ。フリックが動くと、ヨリマのそれに合わせる様に椅子に手をかけ、直ぐに座った。

 「足でも痛むのか?」

 フリックがヨリマの様子を見てそう言った。けれど、顔を伏せたヨリマは答えることもなく、何か塞ぎ込んだ様子にフリックからは見えた。

 「・・・・、あー・・・。」

 何を云えばいいのかもわからず、ただその場空気に流されるようにして、フリックの口からは空気の流れる音の様な声でない声が出た。そんな彼をヨリマは静かに見ていたが、やがて耐えきれなくなったようにゆっくりと顔上げこう言った。

 「フリック・・・。君はお腹がすかないの?」

 「お・・・・お腹・・・・・?」

 「食事・・・・・。まさか、もう忘れとか・・・・・。」

 疑り深い目を向けるヨリマ。それに対しフリックは少し静かになって、長い沈黙の後ようやく答えた。

 「それは、俺に必要なものなのか・・・・・?」

 「・・・・・・・・・・。」

 『疑惑』。それが彼の中に現われてきたのか、それともただ純粋にそう思って聞いてきたのか。ヨリマの“余計な考え事”が前に出て彼女は言葉を詰まらせた。何かの裏や、別の目的があって食事の行為に向かうわけではない。ただ、そのままの反応を見る以外に目の前の彼と少しの時間を共有することは無いのは確か。ヨリマはそれを強く、もう一度確かめた。では、なぜそれを妨げる様にして、自分の考えを留める要因を自ら考えてしまうのか。恐れ?不安?それ以外あるとすれば・・・・。

 ―何に舞わされいるんだろう・・・・。

 ヨリマは自分の中で自分の失敗を想像していた。それが悪い結果に転ぶことが前提になって、そしてこれから進むはずだったことも全部ダメになるように。だから余計にプレッシャーのような何か思い物が彼女の中渦巻いていた。紀優が、ヨリマの勢いを消しかけていた。

 ガタッ。

 床に軽く何かを当てた音がして、ヨリマはハッと現実に戻った。向かい側の椅子に手を掛けて、フリックが座る音だった。自分の中だけ時間が止まっていたようだった。誰からも何もされていない。ただ、目の間の生まれたての赤ん坊のような感性の持ち主の言葉や動作に、惑わされている。

 「何なんだろうね・・・・・、君って・・・・・・。」

 気持ちが軽くなって欲しいと思うのはニンゲンだけだと思っていたが、ヨリマこの時初めて、何となくヒトの身体を持つ意味がわかった気がした。そしてそれを気付かせるような彼に、微かな恐れさえあるような気がしたからだ。

 「答えが出ないから、もう座った。」

 「誰も君の行動に制限は掛けてないけど・・・・・。」

 こちらが意地悪した様な言い方をしたのでヨリマは少しムッときた。

 「廊下での件は謝ろう。悪かった、君がお腹を空かしているのを気がつかなくて・・・。」

 そう言って座ったままフリックは頭を下げた。

 「そうじゃないんだけど・・・・・・。まあ、いいか。それより、成長が早過ぎて記録しようがないなぁ・・・・。」

 「記録?」

 「耳まで良くなってるよ・・・・。さっきまで何にも受け付けなかったのにさ!!」

 ズイッと身体を乗り出し、ヨリマはにやりと頬をゆるめていたずらっぽく言った。それを見て、フリックは少しばつの悪そうなそぶりを見せ、直ぐに反撃のチャンスをつかんだ。

 「記録と言う事はこの『食事』と言うのも、記録の一環か?」

 手を垂直に立てて、指をテーブルつきたてながら、ヨリマの答えをフリック迫った。ヨリマは何故だが笑いそうな様子だ。

 「食事をしようがしまいがあたしの自由。あなたは付いてきただけじゃない。」

 「他に向かわせないようにしたのは?」

 「それはあなたからの意思でしょ?」

 「な・・・。」

 言葉が詰まり、今度こそヨリマがにこりと笑った。

 「言葉と口の回し方が未熟だとそうなるよね?だからあたしは君に見せるのここの世界をね。それについては君はもう了解した思うけど・・・。」

 「それがあの部屋ことか?」

 「随分と成長したよね、そう思わない?」

8月です。もう8月です。3ヶ月です。もう3ヶ月もほったらかしです。どうしましょう・・・。

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