STAGE 5 「無知」第一部
この物語はまんざらでもない表現が少しだけ含まれています。
「あら、私にはそうしてほしい。なんてあなたたちからのメッセージに見えたの。いらぬ親切だったかしら?」
マダムの手にあるのは、物々しい形を模った装置。コトギにはそれが一体何物なのか、瞬時に判断できた。円形上の筒が前に飛び出ているのが分かる。おそらくあそこが射出口となっているはずだ。
そして、その射出口の向きがコトギとタイナの方へ指しているからだ。ずっしりとした金属質に包まれた構造を使用している本人は分かってすらいない。今の世の中とはそんなものだ。自分の使う道具、物の中身や仕組みなど、一体どうなっているなど気にもせず使い続けている。コトギからしてそれはとても滑稽なものでしか捉えられない。
「それは『E‐モジュール』か・・・・?いつからそんな物騒なものを使えるようになった?前にそんなものを手に取っていなかっただろう。」
下手に動こうとはしないコトギ。それはタイナもイツキも同じだった。今三人の視線はマダムの手にある物騒な装置に注目している。コトギ以外二人はこの兵器の存在を今この瞬間まで知らされていなかった。射出口はおそらく銃口だろうか?どちらかと云えば、砲身に近い大きさだ。まっすぐ伸びた銃口の根元は滑らかに流線型を形どった作りをしている。丁度フットボールの様な形で無駄が一切見当たらない。マダムの手はその線形に沿って添えられているだけ。飛びだした取っ手などなかった。
中身の見えない巨大な圧力がマダムの手中でうごめいている。
「これだけで物騒なんて・・・・、それじゃあなたがここにいる意味は一体何なのかしら?」
マダムがわざとらしく装置を揺らし、コトギの感情をあらわにしようと誘う。また撃てるように準備がととえられている事が彼女の今の強みだ。強化人を挑発するのがこんなに楽しい事とは、マダムはこの時になってようやく思い出した。
―さあ・・・、来なさいな・・・・。
緊張感は十分に高まった。だが、コトギの姿は一向にその場から動こうとしない。
「マダム。私を誘いたかったら、もっとムードの良い場所での誘ってもらえないだろうか?ここじゃあまりにも殺風景過ぎて、何もかも胡散臭そうに見えるからね。」
ぴたりとマダムの感情の波が止まる。
確かにそうだった。石ころの砂だらけの地面の上で、その横にはどっしりと腰を据えた古い建造物。ここでコトギの死を見てみたいが・・・・。
「そうね・・・。」
マダムは諦めた様子さえみせるが、銃口は引き下がることなく、以前コトギ達を向いている。
「今は・・・。諦めるわ。あなたの方が正しいのね。今のところはだけど・・・。」
「チャンスはいくらでもあるといいたい顔をしても、そう簡単に背中は見せない。」
「これがあれば十分よ。」
そう言って、マダムはモジュールを空いた手でポンと軽く叩いた。大きな音もせず、乾いた小さな音がマダムの耳だけ入った来た。
「それは心強い助っ人だが、誰がそんなものを用意させるんだ?」
「私が寄こした。」
きっぱりと答えるコモダ。
その声を聞いたコトギ、「まだいたのか」といわんばかりの態度で、コモダをどうでもいいぞんざいな扱いをした。今、コトギの意識はマダム一点であり、コモダではないからだ。コモダもそれ以上何かを企む事は止めることに。むしろ自己の保護が最優先と考えてのことだろう。
「彼が言った通りよ・・・・。私じゃ勝手に持ち出せないから。」
「ここ数年私を遠くに置いた理由の一つもそれのせい?」
まだ、コトギはマダムの方へ振り返っていない。背中を相手に見せながらも、コトギは勢いを崩さず、何時も様な対話を繰り返す。何者にも負けない絶対的な自信が今、コトギの中には確かにあるのだ。
その中、コトギとマダムの距離は大分離れていたが、それに音を反射する遮蔽物も無い開けた場所でも、二人の声はよく響く。まるでここが大きなドームの中に様である。
「コトギさん・・・。」イツキのじっとしていた口元が動きを再開させた。
―痛い・・・。
たとえ幻の様な時間経過の中でも、体には確かなダメージは残っていた。それが、コトギによるものか、はたまた狂った自分が自ら傷つけるような嫌悪感を催す行為に走ったのかは、イツキには分からない。きっとコトギはその答えを知っている。イツキはそう思い込むしか自分自身の自制を保つことができそう無い。むしろそうせざる得ないところまで差し掛かっている状態だときづいた。
「動くな・・・。何も考えず、ただじっとしていいんだ。とはいっても、今の状態じゃ当分動けないだろうね。」
「はは・・・・・・・。御尤も。」
コトギは気づいている事にイツキは直ぐに悟った。イツキが動くのをコトギが制したからだ。これに驚いたのはイツキだけではない。マダムもだった。
「コトギ・・・、あなたったら。そんなに変わっていたの?・・・フフ、おかしいと思ったわ。」
目を丸くさせて驚くマダムの顔。彼女と違い、まだ短い間柄の関係でしかないイツキは、コトギの何がどう変化したなどを要領よく把握できていなかった。
「代り映えはする・・・・。その証拠に今のわたしを見ろ。前の姿とは大違いの筈だ。」
マダムのいる方へコトギは振り向き、正面に両手を広げ身体で十字を作る形になった。私の身体を見ろ。そう訴えているように背中を見えるコトギの姿がイツキからは見えた。
コトギもマダムどちらとも、寸分も距離を縮めようとはしなかった。お互いの間合いがまだ十分でないのかも知れない。すくなくとも、マダムの方はまだコトギに対して手が打てる立場にある。ただ、それでき状況でもありチャンスでありながら、マダムは動きを一向に見せない。
―恐れているのか・・・?コトギを・・・。
イツキからはでは、マダムの表情が見ることが出来ない。だから、安易に考えをまとめてもそれすべて正しいとは限らない。コトギが「動くな」と言ったのはそういう意味合いがあった。
「そうね、コトギ。あなた、女性になったわ。」
「私に『異性』なんて言葉は使えない。ただ意識の媒体がこの肉体に移し込んだことに過ぎないんだ。そこは分かってもらえないと困るなぁ・・・・。」
「それは彼女が『あなたとおなじ』だったから、できたことじゃない?それとも、他の理由があっての事?」
「あ、それはそうかも・・・・。私にも制限て言うものが或るのかもしれないし・・・・。と、云えば満足?」
「話を元に戻さない?コトギ。あなた、少しおしゃべりよ。」
会話の波をマダムはピシャリと言い放って抑えてしまった。コトギもそれに応じるかの様パタリと口を閉じて、機嫌のいい表情を繕う。
「マダム。元々はあんたがけしかけたことだね。」
「一体、何を根拠にそんな事が言えるのかしら?」
「おしゃべり相手が欲しかったんだよ、あんたは。そうだろ?」
「・・・・・・。」
今度はマダムが黙り込む番に変わった。コトギの笑顔も出さず、塞ぎ込む様に。
「私には、あー・・・・・、言い方を変えよう。ニンゲンじゃないから分からないが、『寂しい』かな?確かそうだ。」
コトギはひとりでに考えだし、うんうんと頭をひねり浮かんだ言葉に表情は明るくなる。まるで子供がはしゃいでいるような姿。イツキは不思議でならない表情だ。
「要はタイミングと環境。自分の世界に他人の意識を入り込ませたくない理性と、突如として迫ってくる孤独感から救い出す他人の手という感情の表れ。今、その一方が強く欲求として・・・・・。マダム、あんたが観たい遣りたい事にこの状況下の中でしか動かしているだけ。それも、組み立て変えられるのも崩されるのも、私にとって何の苦にもならない。では、何故?そう、何故なのかしらね・・・。」
コトギのお喋りは止まらない。いつの間にか主導権がコモダとマダムの二人から、彼女自身に傾いていた。
―・・・・・・・。
イツキはまだよく理解できていない雰囲気が自分の周りだけ漂っているんだなと感じた。
「やっぱり・・・・、敵わないな・・・・・・。」
ぽつりと一言つぶやき、イツキはコトギの背中をもう一度見受ける。以前とは何が変わったのかも、全く分からない。五年前、ただ拘束を目的とした『訓練』の中。強化人であるコトギは、何一つ非を見せず、今までの歳月を過ごし、今ここに立っている。コトギがここに執着する理由は、自分の盗まれた記憶を取り戻すことだと、噂では聞いてた。ほんの程度の情報だが・・・。
―だが、本当にそうなのか?
イツキはただ自身の記憶だけでここに立ち止まっているとは思えなかった。どんなに自分の記憶だったとしても、それが全て良い事ばかりがあったわけではない筈だ。それについで強化人であるコトギは、記憶した事は絶対に消えない。それは強化人であるという特徴であり、コトギ自身が言ったことだからだ。
だから、彼女が今留まる理由はもっと時他の大きな目的があるから。それは、多分自分達に言えない何かだとイツキは思っている。
―そして、アソウさん。あなたも気づいているんですよね?
タイナの方に視線を変え、イツキはその確信が欲しかった。だが生憎、タイナはこちらに気付く事すらかなわない。
「もう一度お見舞いしようかしら。」
マダムは、コトギの挑発にまんまと乗せられ、本気になって撃とうとしている。イツキは一瞬たじろぐが、コトギがこの時を待っていたかのように、いきなり前進し始めた。自分もタイナの動けない状態なのだから、マダムを止めるのが優先事項としてあげたのだろう。
イツキも、もし自分の立場だったらそうしたに違いない。しかし、マダムがいったい誰を狙うのか、そして、その範囲と効果も今のところ分かっていないイツキに比べ、コトギはまだ対処の使用があると踏んだ筈だと、イツキは考える。
「そう、連発出来る仕組みじゃないだろう。諦めて私に首を切られろ・・・。」
「マダム、退くのだ。このままでは危ない。」
コモダもいよいよ行動を始める。マダムの隣に立つと彼女の左肩に手を添えて、もう一方の手が服のポケットの中へ滑り込ませた。
「あらあら、まだ大丈夫よ。後一回ぐらい、ね?」
コモダが近づいたので、マダムは名残惜しそうに言った。だが、コモダは優しく首を横に振り、無言のまま否定のサインを彼女に見せた。
すべてが自身の都合のいいように進み続けるはずがない。それは彼女自身よく心得ていたのものの一つでもあった。
今まで生きていた中、自分の出たわがままは結局自分に返ってきた。それも、今回で終わらせたい。だが今を振り返って見れば、また隣にコモダがいるのだ。あの時と変わらず、コモダは常に私のそばにいるのだ。何かがある時も、なかろう時もいつもそばにいたこの男。私が私でなくなる、ただ一つの障害・・・。
「分かったわ・・・。」
マダムはそう言って、装置を無造作に地面に放り投げた。硬い物同士がぶつかる大きな音と共に死に絶えた地面を押しつぶして、装置は僅かに地面に沈む。この時代の取り残された近代の装置は、やがてのこの地の砂や石ころにまみれ、いずれボロボロに錆びて朽ちていくのだろう。まるでそれが自分の余生を映したように見えたマダムはとっさに目を伏せたのだった。
「逃がすと思うか?」
不意に聞こえたあの声。
マダムの眼がかっと見開くと、その視線の先にコトギが立っていた。
「ヒッ・・・・・っ!!」
小さな悲鳴をあげてマダムは反射的に身体をのけぞらせた。コモダも同様、いきなり現れたコトギの姿に度肝を抜かれ、体が僅かの間硬直した。その僅かの間の隙をコトギは見逃すはずもない。二人には見えない速さで両腕が動いたかと思えば、瞬時に二人の首筋を握りしめていた。
「あっ・・・・っ?!!」
「ぐっ・・・・・・・つ?!!」
二人はただのニンゲン。向かう相手は強化人の中の「祖」の部類にはいる桁違いな存在。圧倒的不利の状態の中に立たされた二人に今、何のなすすべもなくコトギの腕によって空中に持ち上げられた。老人二人など何の苦も見せない持ち上げた者より都市を取っているコトギの余裕の笑み。少しでも抵抗すればすぐにでも引きちぎられる恐怖を前にして、二人ともコトギの顔を見る余裕すらなかった。
「ど・・・・・・、どうやって、この距離・・・・・まで・・・・?」
軽く地面から足を離された程度で、コモダは息が切れ切れだった。コトギの目が笑う。この目には感情は無いのだ。怒りや哀れみも無ければ、無邪気さの詰まった喜びすらかけらも無い。強化人である故に、無駄は生涯は一切いらぬ形となっている。だから余計に恐ろしい。何も考えず、ただいきなりにも行動するこの道具。
「これを距離としてとるか、コモダ。お前は本当に私を忘れてしまったようだな。なぜ、私がこんなにも怒ったように見せても、楽しむような目で訴えても、お前の心には響いてこないのか?」
間じかで聴くコトギの声。前の声とは大違いだと、コモダは今気づいた。
自分の知っているコトギの姿、声は、もうとうの昔に消え、今目の前に立つのは頭部を撃ち抜かれて血を噴き出して死んだ筈の従者の姿がコモダの眼に写っているのだ。そして自分はコトギだと言いだし、マダムの放った幻覚装置にも耐え、この私の首を掴み絞め殺そうとしている。
「お・・・・、おかしいではないか!!第・・・・一、お前がコトギだという・・・・・証・・・拠が、今でも・・・・・あるの言うのか・・・・?!あの時・・・・。あの時・・・・・確・・・かに、コトギは潰され・・・・・た。そ・・・う。車に潰されて、死んだ・・・・・筈だ。誰かの姿に移り・・・変わる・・・・?ふざけ・・・るな・・・・!!そんな・・・・ばかばかしい嘘が・・・・あると思うか!!」
途切れ途切れの息づかいの中で、コモダは吐き出すように言った。半分叫び声のようで、まるでサイレンのようにけたたましいのだ。その様子がいかにも、他人の考えを享受しないコモダの特徴をよくあらわしていた。まだ、自分の中では認めていない。そう言っているようにも見えた。
「私が私でないなら・・・、お前はおびえる必要が無いだろう?例え私がコトギだとしても、お前がおびえる必要も無い筈だ。そうだろう?コモダ。」
「な・・・・に・・・?」
ようやく、体の機能が元に戻り始め、タイナの下に近寄ったイツキ。今コトギが言ったことが何なのも分からず、ただ見ているしか出来なかった。もとい今加勢に向かったとしても、すべきことも無いのだからその必要性は全くなかったと言えよう。
マダムは恐怖のあまり硬直して、声が出せない状態だった。あの声とともに自分の首元に素早く延びてきた白地の細い腕。従者の姿に変わったコトギは何とも言えない素晴らしさを彼女は感じたが、同様に今まで以上の恐怖も植え付けられていた。今、その限界点を突破したのかも知れない。
「私は好きでここにとどまることはしないさ。ただ、此処に大事なものを盗られてしまったから、それを丁重よく返してもらいたいだけに、此処にとどまっているだけだ。」
コトギの腕が僅かにピクリと動いた。疲れて腕を揺らしたのか、とはイツキには見えなかった。ただ、あそこだけ彼女の感情が見えるような気がした。
「『コード』か・・・・・。」
「御名答。」
いまだに持ち上げたまま、コトギはコモダの答えに素直に喜んだ。表面的に流れた感情の表れ。コモダはいっそう恐ろしく感じた。いつでも自分を殺せる立場にいながら、この道具は一体何を企んでいるのか分からないからだ。
「それを応えられるのであったら、私が今言わんとしている事も理解できるだろう?」
―ああ、そうだとも・・・・・、十分に分かっているさ・・・・・。
心の中でそう呟くコモダ。
自分に向かって問いただされた意味も何となくだがわかっていた。コモダはそれを使ってあることを成し遂げたかった。だからこそ、一番それに気づかれたくないように事を運んでいた。今までの間。
「ああ、確かに分かっているさ・・・・。『コード』は、従者と、そしてお前のも私に手元にある。」
「それなら、察しが付くはずさ?」
「・・・・・。」
「答えたくないのか?それとも、答えられないのか?」
コトギは分かっていたような口調でコモダに答えを詰め寄る。そしてちらりとマダムの方を見た。
「・・・・・・・・。」
「どうやら、場が悪いらしいなぁ・・・・。」
「この・・・・手を・・・・。」
「ん?」
「この手・・・・を離せ・・・・。コトギ・・・・。」
宙ぶらりんになっていたコモダの腕がコトギの腕を掴み強く握りしめた。とっさの出来事で体が思うように動かなかったが、ようやく反応を示してくれたそうだ。コモダの腕が抵抗するようにコトギの腕に植物のつるみたいまとわりついた。
「ぷっ・・・・・。あははっ・・!!」
それに応じて途端に笑いだすコトギ。コモダも、マダムさえも何がおかしくて笑うのか、全く分からずじまいだ。
「はは・・・・。酷いな、お前たち・・・・。死んでみたいのか?」
コトギの言いたい事は二人には十分わかっていた。ここでいくら抗っても、確実に二人の生命が根こそぎ取られる。それを分かってこそ、先程のコモダの行動に対して、コトギは笑ったのかと思った。その思い通り、コトギは笑った。げらげらと下品に笑わず、静かに、でも哀れむ様な態度で。
だが・・・。
「『コード』を・・・・握っているのは・・・・、仮にも私だぞ・・・・、コトギ。その忠告を・・・・無視・・・・して、なお・・・。お前は、・・・・・わたしを殺す・・・・というのか・・・?」
「ん?そうされたいからじゃないの?」
―ソウ サレタイ カラ ジャ ナイ ノ ?
その言葉だけが、コモダの脳に嫌というくらい強く響いた。
望む?自分の死を?
コモダは認めたくないと必死になって自分の中で呟いていた。彼女の言葉一つ一つこそが罠そのもの。それが分かっていても、自然に入り込んでくる自分の耳をいっそ引きちぎってしまえと呪うほど。丸で薬を無理やり身体入れられた感じに、コモダの周りだけ、ぐるぐると視界がばやけ、混乱していった。
だが、その混乱を解いたのが意外にもコトギだった。興味も薄れたように、二人をぞんざいに地面に下ろす。なお、大した高さでも無かったためマダムは一度地面に手をつきながらも、姿勢を整えて、コトギから遠ざかル動作に移った。コモダといえば、半分呆けたような様子で、コトギの目の前に立っている。コトギが両腕を下ろす。コモダが一歩だけ後ずさりをした。
「怖いか・・・。私が・・・。恐怖を感じたか・・・・?私から・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
またしても答えることはしないコモダ。こうみるとまるで若者が老人をからかっているようにしか見えない。だが、あくまでもコトギは人でないヒトの形を模ったヒトの道具。道具が人に逆らい、からかっているのは確かだ。コモダはそれが許せないのか、それともただ恐れているのか。おそらくは後者だろう。
―そうだ・・・。怖いものだらけさ・・・・。
イツキも、ここにきてようやく自分が相手していた存在の大きさに気づかされた。―これが恐怖なのか―。イツキは生まれてまだ間もない。まだ、この世界でいえば赤子のような立場だ。その新鮮な感性と視線を通して、彼の人格は築かれていく。最初に憎悪。次に恐怖。この世界にとてもよく合う、二つの言葉。誰もが理不尽で不自由で実態と不確定のモノから逃れたくて必死に生かされている世界の中。この膜の中はそんなヒトとヒトの血が通わない社会が出来ているのだ。
「はっ・・・・。そう・・・・、それが普通だ、コモダ。私は『コトギ』。あなたに使える道具の一部。今、それが怖いものに変わっただけ。それだけだ。それだけの中でも、コモダ。あんたは恐れを持った。その・・・―。」
コトギは喋りつづけながら、指でコモダの胸の方を指した。
「ヒトの心でな・・・。」
「な・・・・。」
コモダは理解できなかった。心を持つという事がそんなにうらやましいことなのか?一瞬そう考えもしたが、あり得ないとすぐさま自分の中で否定した。
これは、コトギは道具。ただ人に使われる道具そのもの。それだけの筈だ。では、今コトギは言った事の意味は・・・・?
―分からない。
これがコモダが出した答え。所詮コモダも人の子と言える。コトギはただ単純に恐れをもったコモダに何かを伝えたかったかも知れない。マダムはコトギの言動をその目に移し替えてようやく底までたどり着けた。だが、彼女がいくら切れモノであっても・・・。
「理解しかねる・・・。そんな顔だな、コモダ。」
「なにがあってもな・・・。お前と私の考えが、一致する事などあり得ないことだ。」
コモダはそう言って、無造作に置かれていた。金属質の物体を持ち上げた。こちがはそれが何なのかを見ないでも分かっている。コトギに方に向かってそれを構えるコモダ。コトギとコモダの距離は二人が手を出し合えば余裕に届く距離だ。ぶっきらぼうな丸い銃口が、コトギの腹部辺りをしっかりとらえている。コトギは未だ微動だにしない。
「コトギさん!!」
タイナを抱きかかえて、イツキはコトギの下に向かおうとする合図を声に出した。コトギが振り向きもせず、また応えようとしない。
―コトギさん・・・・?
イツキは何故反応が無いのかが分からなかった。ただ、マダムがまた動き出して何か細工を施したことだけ、今のところ分かっている。それが彼女にどう影響したのか、イツキには分からない。
コトギの身体は今、硬直していた。まるで岩のように何か外部の力から固められたように指一本も動かせられない状態だった。
―・・・・・・・・・。
コトギは始終、その様子を目だけで捉えていた。マダムの表情がこれと言ってないほどうれしい表情を顔じゅうに浮かべ、コモダもまた勝利を確信したような薄気味悪い笑みを浮かべていたのだ。
「成程ね・・・・・。」
彼女の思考がようやく現実に引き戻されつつある中、マダムの嬉しい悲鳴が聞こえたような気がした・
「遅効性のモジュールにすり替えておいたわけね。どおりで、私に幻覚が見えないはずだ・・・・。」
「お前に幻覚を見せてもすぐ見破られるのがオチなのは十分に分かっていた。あの装置の効果が出るのに確証はほぼ薄い状況だ。だからまず二人を餌にして釣って見たのだ。」
コモダの腕がコトギの方に突き出される。それに従うように、巨大な大穴を前方に持った装置がコトギの腹部を押し上げる。華奢な女性の肉体の横幅を友にすっぽり埋められるほど大きい穴が、彼女の腰部分を捉え始めた。
「ん・・・・・。これは、拘束具なのか・・・・?」
「もしもの場合の保険だと言っておこうか。お前がタイナを利用するのと全く同じだ。」
何だ気づいていたのか・・・。そっけない顔でコトギは少しだけ反応した。
確実に優勢はコモダ達だった。だが、こんな状況下でもコトギは何故か余裕そうに見えた。張ったりなのかそれとも本当にそうなのか分からない。しかし、彼はそれを覆す有意な条件をそろえていた。石像のように固まった、コトギの顔を観て、コモダは言う。
「強化人は死の恐怖を恐れないそうだな?コトギ。」
「そんなことしらない・・・・・・。」
「そうか・・・・・・。だが、前に私が言った言葉を覚えているか?」
「ん?・・・・・・・はて、どんな言葉だったかな?」
「・・・・、まあいい。・・・・・・・・応えよう。『頭部を破壊すればお前もただでは済まないだろうに』かな・・・・。」
「それをここで試すつもりか・・・・?」
「無論その為の下ごしらえをたった今してきた。」
コトギのこちに据えてあった重量感のある筒は、彼女の頭部にその矛先を変えた。顔をすっぽりと覆いかぶさるぐらいの大きな黒い穴がコトギの目の前に広がる。ガチャリと小さく金属音が鳴り、筒の異動が止まる。どうやら、それ自体を固定したようだ。その情景はまるで磔台に囚われた死刑囚に向かって、巨大な大砲の銃口を頭一点だけに向けている様のようだ。
「いいの?あなたの大層大事にしておいたおもちゃを壊しても。」
マダムはうれしそうだが、壊すのがもったいなさそうな顔でコモダに聞いた。
「構わんよ。おもちゃで遊んでいる事が私にとって退屈になり、それで捨てきれないし、他人にも譲りたくないものだからだ。だから、此処で・・・、壊す。」
そう言って、切り捨てるコモダ。
「一つ、聞いても?」コトギの質問が割って入った。
「問題ない・・・。」
「どうせ此処で殺すのだから、最後の私の『コード』を聞いたっていいだろう?まあ、用済みで消すという事だから、今更解放する情報も何も無いということぐらい分かるけどね。」
半ば諦めたように吐き捨てるコトギの態度に、僅かな疑念が生まれるも、コモダは何の抵抗もいれず素直に答えることにしたのだった。
「いいだろう、答えることにする。・・・・お前の『鍵』は、そもそもお前のよく知る言葉だ。皮肉にも・・・・、コトギ。『鍵』は己に定めを見せず。他者に利権を求めるという言葉があるのを知っているか?」
「さあ、聞いた事ない。」
「そうだろうな・・・・。私が思いついた言葉よ・・・・。」
そう言って、手元にあるスイッチを静かに押した。
巨大な爆発音とともに濃厚な土煙りが辺りに散乱し、視界を完全に亡くしていった。
黄金な連休がやってきましたね。私は休み無しの生活ですが・・・・。みなさんはどんな休日をお過ごしですか?私は今、寝不足と闘っています。