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STAGE 4 「再会」第三部

この物語にはグロテスクな表現が含まれています。

「コトギ――!!!」

 タイナが叫ぶ声が聞こえた。叫ぶ方へ振り向くイツキの絶望に満ちた顔が見えた。迫り来る車の衝撃を感じ取った。

 すべてが、いっぺんにコトギの身体に襲いかかった。

 狂ったように潰れる黒い塊。グシャリと生々しい音がすれば、肉と油と破片と血が、あたり一面に広がり、混ざり合った。黒い液体が重なるようにして覆いかぶさり、直ぐに周りを紅く染め上げていった。




 奇妙な空間だ。最初、従者はそう思えた。

 無垢な子供みたいな視線で、従者は辺りをくまなく照らす。何もぶつからず、何も反射しない。大きな空間で区切られた状態でも無く。小さな塊が密集して出来た場所でも無い。ただ一つ、足の着く所だけが従者の足元で存在していて、それ以外を捉える事も、把握する事も出来ない様子だ。

 「一体・・・・・・・、ここは・・・・・。」

 言葉を失わずとも、考えはここでは打ち消されていく。従者にはそれが分かった。ここでは『自分』という存在が認められていない。そう言った概念だけ、分かった気がした。

 「気に入ったか?」

 声が突然乱入してきた。その声が聞こえる方へ素早く振り向いた従者。けれどその視線の先には、さっきと変わらない景色(?)が終わることなく続いているままだった。気味の悪い事が起きた。従者は心底怯えたかった。けれどそんな事をしたって、助けが来る筈もなかった。どこからか、手を差し伸べるヒトも、その(すべ)さえここでは簡単に朽ちて往く。

 「どこだ・・・・・・!!?誰なんだ・・・・?」

 何も無い所で、従者は声を張り上げた。大きな声で言った割には、とても惨めでか細く従者の耳に入った。そもそも反射する事が無いのだから、声は自分の身体の中で反射した声しか届いていない。それ自体に気付くと、さっきの声が何処から聞こえたのが分かった。

 すぐ隣だ。それもも凄く近くで・・・。

 直ぐに振り返りさっきと視界が変わら無い後ろを見た。従者は迷い掛けていた。こちらが後ろ何のかそれとも前なのか。下の地面、足場は確かにある事は十分理解できていた。顔で従者はそう語る。だが、それ以外は?

 「ここだ。わからないのか・・・・?」

 また従者の耳元で囁かれる姿なき声。不気味さが増した。声だけじゃない。その場に散在した感覚さえ伝わってきたのが従者は嫌でも感じた。そそられるようなそのやりくち。

 ―癖になりそうだ・・・。

 奇妙な空間で奇妙な感覚。

 「わかる?見えないのにどう答えればいいのかしら・・・・?とっとと姿を見せなさい・・・・!!!」

 「わがままな注文だな・・・・。」

 今度は従者の右の掌から声がした。

 「ヒッ・・・・・!!?」

 驚いて従者は後ろに身体が引いた。そして手のひらをまじまじと見つめる。なんともない。ただの手のひらだ。だが、おかしい。

 そして、その異変に従者はすぐに気がついた。

 「身体が・・・・・、治っている・・・・・!!?」

 よく思えば頭部もスカッリ元に戻っており、何の違和感も感じないことに今更気付かされていた。そっと左手で頭をなでる。サラサラとした質のいい長い黒髪が、従者の掌で優しく流れていった。

 「調子はどうだい?メイドさん。スッカリ全開に近い状態にしておいた。」

 また声が聞こえる。今度は右手からではなく、左手から。だが、従者もさほど驚かず、むしろ半分受け入れた様な態度で、その声に対応し始めた。

 「全く問題ないわね・・・。ありがと。・・・・・・・ねぇ、姿を見せない誰かさん。」

 他の個所もどうなのか、手で触ったり、体を動かしたりと細かく診ながら質問しようとする従者。もうこの異様な空間さえ制覇したというのだろうか?いや、そうでなない。平常でなければこんな所、今すぐでも抜け出したいくらいの状況である。それは勿論、狂っているということ。

 「何か質問か?」

 「そう、質問よ。し・つ・も・ん。」

 わざわざ二回繰り返して言う。

 「応えられる範囲なら対応しよう・・・・。」

 あまり乗り気で無い姿なき声の反応に、従者は何も思ったのかこんな質問を投げかけていた。

 「あたし・・・・・、ナニモノかしら?」

 「・・・・・・・・・・・・・・。」

 声は答えない。長らくの沈黙の後、従者はさらに問い詰める。

 「ねぇ・・・・、聞こえていますよね?・・・・・・あたしはナニ?」

 「・・・・・・・・・・・・・・。」

 「一体・・・・・・、何なのよ・・・・・・。あたしは・・・・・・、何?ねぇ。こんなになってまで・・・・・・・・・、あたし、生きている意味・・・・・・、あったの・・・・・・っ!!?」

 「・・・・・・・・・・・・・・。」

 何も返ってこない。何も跳ね返らない。従者はその場で座り込み頭がだらりと垂れた。

 「何処の・・・・・・・・・・、誰でも分からない奴に見つかって・・・・・・・・・・・、それで・・・・・・・・・・・・・。それで、そいつがなにかして・・・・・・・・・・・・っっ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・。」

 ―もう限界だ・・・・。

 「ねぇ、聞こえているんでしょう?聞いているんだよね・・・・・・・・・・・。もう、やだ・・・・・・・・・・、応えてッッ!!!!」

 ガラスが割れたように叫び声がそこらじゅうに木霊する。反射する声、跳ね返りする壁、戻ってきた自分の声。従者はそれを肌で確かに感じ取った。

 「我々には・・・・、答えを持つことは出来ない。私も・・・・・それはお前も同じだ。」

 さっきとは違う、かすれた声じゃない澄み切った声。何かが途切れたように、頭を上げた従者の顔は呆けていた。確かに今まで、そこにいなかったヒトの姿が、存在していたからだ。

 「あ・・・・・・・・、あぁ・・・・・・。」

 さらに消え入りそうな声が、従者の口から漏れた。立ちふさがるヒトの姿。光が差してもいないのに、不思議にその姿はまるで逆光によって後ろから照らし出された黒いシルエットのままである。

 「私が答えてあげるのはそれだけ・・・・・。後はあなたの目で、その耳で、その肌で、感じ取るしかない・・・・・・。」

 「そ・・・・・、それは・・・・・。で、できるの?」

 泣きそうな顔で尋ねる従者はまるで、幼い子供のような立ち位置だった。そして黒いシルエットの人物は、泣き続ける子供の下へ駆け寄る母のように、優しさに包まれていた。

 「お前が望めば・・・・・、それは可能だ・・・・・。だが、もう・・・・・・。」

 「もう・・・・・・?」

 「その先に進めない・・・・・。」

 「・・・・・・・・・・・・え?」

 黒いシルエットの人物がそう言葉を放った瞬間、その人物の後ろで暗闇が生まれ、従者に向かって四方から襲い始めた。とっさに体が反応して避けようとする従者。だが、波状に広がる暗闇はいとも簡単に従者の周りを囲み、すっぽりと包み込んだ。従者の視界は完全に奪われた。

 「お前の負けだ・・・・。ここで呑み込まれろ・・・・・。」

 済んだ声が、吐き捨てるように言い放つ。それは決して、闇の中の従者の耳には届きはしないだろう。




 灰色の煙が立ち上り、無数の金属片がそこら中に散乱している。辺りは騒然としていた。コモダの乗った車から漏れだした動力部の液体燃料が、空気中で燃焼し、発火。そのまま動力部ごと車二台を吹き飛ば素ほどの大爆発となった。強化人の二人はその中心部にいたまま、爆発の中に巻き込まれた。爆風が円状に広がりを見せ、ギリギリに回避できたふたりの人間はどうしようもなくその爆風にのまれ、数メートル吹き飛んだ。硬い地面に頭からのめり込む二人。体中擦り切らせながら、ようやく立ち上がったタイナの眼にはその光景が広がっていた。

 「コトギ・・・・・は?」

 「わ、わかりません・・・・・。」

 息も切れ切れのまま、タイナは眼前に広がる炎の海に目を奪われ、コトギの姿を視野で確認できるギリギリのところまで必死に探した。だが、彼は既に分かっていた事実が一つだけあった。それは今必死になってその姿を見つけようとするいるコトギの安否。衝突の瞬間、タイナの眼に映っていたのは、車に吹き飛ばされ、そのまま爆発に巻き込まれ小間切れまでに飛び散ったコトギの肉体だったからだ。その肉片も今や炭化し、さらに微細化し、もう眼球に留めないほど空気中に淀みにいってしまったのだろうか?

 タイナの横にいたイツキは必死に落ち着きを取り戻そうとしながらも、今度はタイナの行動に面食らってしまった。

 「アソウさん―!!!」

 タイナはその炎の中へと一心不乱に飛び込もうとしていた。意識とかけ離れるほどあり得ない行動。タイナ自身もわけがわかららず、目の焦点も、頭の中には考えも無くただひたすら炎に向かって身体全体がかけようとしていた。だが、そのバカげた行為は未然に終わった。タイナは腰辺りが非常に強い痛み感じた為である。

 「何バカげたことやっているんですか―!!!?。アソウさんは死にたいんですか!!!?」

 目の前の炎の中へと進み続けようとするタイナの足が、イツキの必死の抵抗によって、ゆっくりと引き戻されていった。ズリズリと引き戻されながら、タイナの思考が少しずつ正常に戻っていく。景色が再び赤色の火の光が眩きはじめ、今の自分の姿もはっきり理解できていた。タイナはいつの間にか、イツキに引っ張られていたのをようやくそこで気付いたのだ。

 「な・・・・・・え??」

 「『え?』じゃない!!死にたいのか?アソウさん!!」

 怒り奮闘のイツキ。そのボルテージはきっと眼前の炎の海より高く厚く広がっているだろう。しかし、そんなのんきに構えられるほど今は平穏な状況ではないは確かだ。それでも、混乱したままのタイナをそのままにしておくわけにのいかない。自分の役目のあるが、この惨事もどうにか対処しないといけない。板挟みになりつつのイツキの後ろ、つまり炎の広がる場所でタイナとイツキは同時に何かの気配を感じた。赤々と燃えたぎった地面に沈みこむ二脚。空気は乾燥し炭化した砂や破片が、容赦なくその影を視界から消そうとしている。

 「コトギ・・・・っ!!!」

 観えた影に反応したタイナは、勢いで立ち上がっていた。しかし、次の瞬間にはタイナの答えは全く違う者に彼自身気づいてしまった。

 「違う・・・・。あいつじゃ・・・・、ない。」

 タイナの視線は再び下に向かった。彼の眼に移ったのは髪の長い長身の影だけであった。煙に巻かれてようやく見えてきた姿。だが、そこにはもうコトギの姿は無いのだ。

 「アソウさん・・・・。」

 イツキの声がタイナの耳に注がれる。決して暗く見せない声。いや、本当にそのままの調子の声でも無く、むしろ動揺した声であった。不審に感じたタイナ。顔をゆっくりとあげた、視線は再び煙の中に。その煙の先程よりだいぶ切れてきた。タイナの眼にさらに注意力が高まった。視線には一つの影でなく。一人の人の姿。煙の中に見えたあの姿と同じ、長身の長髪の人の姿。タイナとイツキ、二人が知らない人の姿が彼らの目の前へと向かってきた。タイナはもう腰を上げて、ゆっくりと近づくその人の姿をさらによく観察した。全く違う姿だというのに・・・・、一体どういう事だという顔のまま彼は見続けた。イツキも同じ感じに取っていた。しかし、タイナほどその意識は強くなかった。むしろこれは、避け難い存在に近いはず、彼もまた、心の中でそう思っていた。

 「誰だ。_お前は?」

 タイナは特に警戒心もなく、普段の接し方で彼の目の前で立ち止まった女に聞いてみた。その場でようやく人の姿が女性に変わっていたことも、二人はすっかり頭の隅に追いやっていた。それよりややタイナの方が意識していたため、彼の方が早く切り替わっている。

 「その・・・・誰だとは?」

 女は少し失笑気味に答えた。まるで当たり前みたいな発言だと顔で訴えているようで、タイナに取ってひどく不愉快に思えた。

 「そんな事は聞いていない。それにそれは答えじゃない。お前だ。お前は、誰なんだ?」

 再度聞き続けるタイナ。女は少し考えたふりを見せながら、自分の姿を一度見まわす。そして一人納得したような顔をして、ちょっとにやけた顔に変った。

 何がおかしいのか、イツキには理解できていない。それよりこの目の前に立つ女に対して、何の警戒心も持たない自分たちは一体どうしてしまったのかがイツキの頭の中では最優勢に駆け巡っていた。そんな彼を置いて、二人の会話は続いて行く。

 「言いたい事は分かった。アソウ。」

 突然自分の名前を呼ばれ、妙な気分になりながらタイナは黙って聞き続ける。

 「お前たちはよくもそんな対応で余裕な生き方をしているんだな?」

 「何の話だ。」

 イツキは面と向かわず、吐き捨てたように言った。

 その様子に女は少し驚いた表情に変わりながらも、既に余裕の笑みを誇りこう言った。

 「違うと言う事だ。所詮、ニンゲンはニンゲン。いつかは消え入る存在に加減は無い・・・・。だから―」

 「だから、私は遊びでやっているんだ。確かに・・・・・、違っているな。」

 女の言う事に続いて、タイナがはっきりと返した。タイナにはもう女の正体に気づいていた。

 「お忘れだったか?アソウ。」

 「お前みたいな記録も地でも無い限り、こんな状況下で判断するのが難しいんだがな・・・。」

 「それは困るな。まだまともに使えそうなニンゲンと思って付いて来たのに・・・・。これは失敗かな?」

 「『まだ使えそうと』などとは間違いだな。使われている訳じゃない。使えないようしているだけさ」

 その言い方はまるで、本当の意味を隠すようにタイナの口からすらすらと並べられて出てきた。女はその調子に合わせ、少しせせら笑う。酷く見えたその姿。炎で焼けた傷跡が生々しく外皮に表れていた。修復は決して行われない。女の存在がそれを物語っているからだ。

 「ちゃんと記録は取ったか?コトギ。」

 その傷を見受けながら、タイナは頭を上げ、一通り整った女の顔をまっすぐ見た。男だったあの面影は既にない。コトギは再び変化した。今度は、身体ごと。

 色気のまとった女性に変貌したコトギの姿。イツキはただただ呆然としていて、タイナは少しだけ呆れた顔をして。

 「私の記録にミスなどないさ。」

 目を細め、コトギは得意そうに、そしていつも通りに言い放った。




 「まあ、本当に『彼』なの?」

 マダムの疑惑の声がコモダの頭に引っ掻くように、入り込んだ。意識も、目線も変化コトギに釘付けだった彼にとって、すくい上げられた感覚に襲われた感じに近かった。とっさに視線はマダムの顔真正面に注がれる。マダムの大きく輝く黒い瞳の裏に、コモダ自身の顔が写っていた。酷く、やつれていた。静かに消え入りそうで、まるでその黒い瞳の中から決して出られないほど、本当に疲れた顔が彼の眼に反射して写っていた。

 「あ、ああ。少なくとも彼女の中、つまり我々人間から見て、精神と言えるものに近いが・・・・。あの中は、コトギだよ。」

 『コトギだよ。』、コモダはそれを口にするだけでも、恐ろしく感じた。初めて対面したコトギを見た時と、同じ感覚とは全く違っている事すら、コモダがよく身に受けて分かっていた。初めて理解し、論理化してその答えの中で恐怖した。全く違う存在に、何の情も違和感もなく、ただすんなり、従者の肉体を手に入れて、以前をきっぱりと切り捨てた。コトギの存在そのものがその肉体だと、コモダは勝手な固定認識をしていた。今この瞬間、一気に後悔の念に変っていた。

 彼はそうやって、存在していた。そして、その過程を今この目ではっきりと見届けた。コトギが強化人である、ニンゲンだは無いことが、今になってようやく分かり始めたことに、コモダはどうしようもない怒りと恐怖の中で思考が渦を巻き、その中で彼女、マダムの言葉がその道中を一気に引き裂いた所だ。

 「コモダ、あなた大丈夫?ひどい顔をしてるわ。汗もこんなに出て・・・。」

 流石にマダムもコモダの変異に気づき、心配そうにコモダの顔に手をそっと添えた。酷くじめっとした冷や汗の様な小さな雫の集まりが、マダムの右手の中に吸い込まれて蒸気へと変わった。あの衝突の前、後部座席にいたコモダとマダムは奇跡的に抜け出せたわけではなく、車内安全装置セーフティロックによってあの危機をいち早く脱していた。強い衝撃はさほどなかったが、やはりあの状況下の中、年を重ねた二人には少しとはいえないほどの極度の緊張感が連続して身体の中で駆け巡っていたに違いない。やや興奮気味のまま、ようやく安全下に立たされたコモダの先に待っていたのがコトギの変化。気を失わずとも、大量の脂汗も出ても仕方なかった。

 「そんなに酷くは無いさ・・・・、マダム。不安にさせてすまなかった。ほら、もう大丈夫だ。」

 そう言って、軽く体を揺らしたコモダ。目まいがしたことには気づいていたが、これ以上彼女に心配されたくない信条なのだろうか。無理をしている様子が余計にひどく見えた。

 さらにマダムが心配そうな顔をするため、彼はようやく正直になった。

 「すまない・・・・。どうやら酷くなってきた・・・。」

 コモダの体に不調は無かった。ただ、あの変異を見た時から、気分は優れていないのはどちらも変わりは無いかった。マダムの不安の表情が余計いそれを酷くさせている訳でも無く、いったい彼を変えたのは何だったのか、それ自体コモダに分かることは無かった。

 それでも、目の前の悪夢には立ちはだかる事は適切だと彼は直感した。いずれ合流の“時”は決まっていた。それが早まったのか、遅れたのか、今となっては大した違いにはコモダの中では無に還り切っている。見つめ続けるマダムの視線に再び目を向け、にっこりと笑って見せた。すべてがすっきりといかないことを分かりながら、コモダは抑えられない恐怖を彼女の前で無理やり押し込めたのだ。その感情の影はもうコモダの影にすら映らないほど、押し籠められたことができたのだろう。マダムは少し疑いを見せながら、安心の色を瞳に映していた。

 果たしてそれが彼自身に向けた目の色かどうかは、コモダに分かることは無い。

 「コトギは変わることは無いだろう。たとえどんな姿であったとしても。」

 「殺すことができるのね・・・・・。」

 二人の視線の先に映るかつての従者の姿。その中身は一つの強化人によって支配され、今その場に再び現れた。

 コモダはゆっくりと足を進めた。生きさには三人の姿が確認できる。コトギ、タイナ、イツキ。三人はコモダに気付く事もなく、タイナに近づく美人はコトギ。あまりにも認識することは出来ない。つい数時間までは、“彼女”は“彼”だったからだ。

 もう一人が近づく様子がコモダの眼に映った。イツキだ。

 少し戸惑いを見せている姿がよく確認できた。それもその筈だと、コモダは大きく肯定を意を心中で勝手に作り出した。彼の反応、イツキだけはその三人の中で最もコモダの中ではまともに見えていた。その考えが陽慧にコモダの気を大きくさせる。恐怖はさらに押し込まれ、何処かへ消えた様に感じていた。

 「結構な様変わりだな、コトギよ。しかもわざわざその格好とは・・・・・。」

 遠くて近い声が三人に届いた。最初に振りかえったのはイツキ。その理由はコモダには十分に分かっていた。

 「知り合いか・・・・?この宿主と。」

 身体のラインに沿ってなぞり、コトギの手が従者の身体だった肉体を愛で始めた。酷く気に入っているのか、その視線はとてもうっとりとしていて、どこか満足げにコモダには見えた。酷い幻覚であってほしいとコモダ底で強く心の中で願った。この目の前に立つ女の姿は従者本人であって、コトギはあの焔の中で永遠に眠ったと思い込みもしたかった。

 だが、強く思えば思うほど、その現実と理想のギャップに大きく差がつく。コモダは正直気持ち悪くなった。ニンゲンとして微塵にも思わなかった従者に対して、初めて情を持っていたからだ。それも従者が従者ではなくなったこの瞬間に。

 従者としての再会なのか、コトギとしての再会なのか、その答えは最も難しいものに入った。

 「只今、帰還したしました・・・・。」

 タイナは素早く右腕を上げ、敬礼をした。この空気の中でも、彼にとってコモダは上司の立場である。いくらコトギの過保護となっても、コモダに対する忠誠は変わっていない。イツキがその姿にひかれた為か、彼に対して反論はしない。

 「正しい形では返ってこなかったがな・・・・。」

 コトギに対し鋭い視線を送りながら、コモダはぶっきらぼうにそう言った。対してコトギは何の反応も見せず、よく延びた後ろ髪を指でくりくりと回している。楽しいのか暇そうにしているのか、全くコモダから見ても、その他の者たちからしても。ただ一人マダムを除いて。

 マダムの姿はコモダの後ろに隠れながらゆっくりとコトギに近づいて行く。コトギは気が付いているのか、さっきまでの行動をしながら、視線は常にマダムの存在を追っていた。コモダの声が届く前から、コトギはとっくにマダムの存在を把握していた。

 「どこの家から借りてきたんだ?その猫は・・・。」

 冷めた目でいじる髪元を眺めながら、マダムの姿がコモダの背から現れた瞬間、鋭く険しい顔がマダムに向かって注がれた。マダムのその視線に気づいていたため、それ以上は進もうとはせず、にっこりと笑顔を返しながらこう言った。

 「あなた殺しに来たのよ。コトギ。もっと喜んでほしいわ。」

 凶器だとイツキは心底感じた。イツキははここに入ってまだ日は浅い。その為、マダムの存在など知りもしないのだ。

 「とっくの昔に消えた過去が今一度戻ってきたと思えばいいのか?」

 「素敵なお世辞ね。有難うコトギ。やっぱりあなたは最高の“モノ”だわ。」

 コトギと語るマダムの姿本当に一直線で素直で、生き生きとしていて完璧に狂っていた。コモダはその間、何もしゃべらないことにした。たとえ口を開いていても、“彼女”と“彼女”の間に割った存在になっていない事がよく分かっているからだ。そして、コモダはそれでよかったと次になって感じた。彼の視線がイツキに移った時、彼に一つの記憶がよみがえった。先ほどの出来事で本当に忘れかけていたが、イツキのあの顔を見た途端、思い出すことができた。きっとイツキは分かっているだろうと、コモダは同時にそうも思った。そして彼の思わく通り、イツキは彼の示唆する過程に移っていた。

 「“モノ”ね・・・・。いい表現だ。それ以上の言葉が見つからないのも無理はない。早く家に帰って静かに暮らすことだ。それとも、わざわざこんな幼稚な茶番を繰り広げるためにここまで来たのか?マダム。酷い妄想に取りつかれのもいいが、もう少し息をゆっくり繰り返すんだな。ほら?正気になったでしょう?」

 いつの間にかコトギの声音は、女性へ変貌を遂げていた。体内の構造がどうなっているかなど、傍から判別は出来ないが、少なくとも肉体の構造上女性であることは間違いない。その様子は、タイナよく見てとれた。その為、イツキとコモダの行動を確実に把握していなかった。では、コトギはというとどうなのだろうか。

 同じだ。マダムの口から出た次の言葉によって、コトギはとんでもないほど目を大きく見開いていたからだ。

 「本部の指揮は私がする事になったわ。その為の異動よ、コトギ。コモダに代わって、私があなたの動きを制御するわ。」

 「冗談か何かか?マダム。酷い妄想なら、医師に見せようか?知り合いにいるぞ?」

 目は見開きながら、コトギは冷静であった。常に先の予測は立っている。これも彼が予想した事なら、それほどのショックも受けていない様子だった。だが、その目の奥は動揺の色は見せていなかった。それは恐ろしいほどの殺気と怒りに変わっていた。

 「心配しなくても結構よ、コトギ。身体の方も、お頭も十分健康体よ。衰えは人生経験の蓄積の証。あなたの様にいつまでも変わらずの子供のままじゃいけないでしょう?」

 「『替われない身体』より、私はこちらの方がいいと思うが・・・・。まあ、いい・・。“約束”はそのままだろう?それともそのまさかか?」

 「あなたが思っている通りよ・・・・、コトギ。」

 一通りの会話の後、ようやくの沈黙が訪れた。結論は既にコトギの中で生まれ出ていた。今それを決行するのかは、まだ分からない。だが、既に別の場所ではその兆しが見えてながらも、コトギとタイナは気づきもしなかった。

 「あなたの思っている通りに、事は運ぶわコトギ。」

 タイナは視線が急にぐらついて見えるのを感じた。それが何なのかを確認する前に、自分の首元が異様に熱く感じるのに気付いた。視線はコトギの姿だったが、なぜかその姿が真っ赤になっている事を一瞬で気がつくとは出来ないほど、彼の視線は何かに釘付けのまま、暗闇に落ちた。

IEからFFに換えたせいでルビふりが非常にめんどうになったのでルビは辞めました。

次回もがんばるぞ。

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