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STAGE 4 「再会」第二部

この物語には残酷なシーンが含まれています。

 ―獣も緑も消えた砂漠のど真ん中に、小さな町がある。ふたつの巨大な塔がその目印で、それさえも覆いかぶさるようにして半球で透明上の膜が張ってあったのが特徴的だ。中はとても快適で、まるで天界にでも連れて行かれたような感覚に襲われた。


 あの時はきっと神様からのお零れモノだと思っていた。


 でも、違っていた。

 あそこに何一つの不自由も無い。それは、何一つも出来ないから。何も、無いから。

 体が動く事も、口に食べ物を運んで食べる事も、疲れて眠りに付く事も、楽しいから思いっきりはしゃぎ回る事も、いやなことから逃げようと体が拒否する事も。痛いから必死になって喉がかれるまで声を上げ続ける事も、見たくないから抉り出したいと何度も何度も何度も何度も目玉を潰そうとした事も。

 町の住民は、何も知らない。知らされることもしないし、そんな施しもうけない。何故、そんな町なのかも今に至っても解明される事もない。


 どう出来たのか、どう発展したのか・・・。


 今もその町は存在しているのだろうか・・・。




 「止まれ。」

 「膜」に侵入する手前で、ガードマンに指示を受ける重車一台。日も十分に上がって、映りゆく外の景色に赤褐色の土煙に巻かれた通行分離帯の跡。赤錆でぼろぼろになった鉄筋の棒材。瓦礫の山に近いこの場所が今は亡き「オルタ」の最終防衛ラインとなっている。かつてここには数え切れないほどのたくさんの移動物体が駆け巡り、人の繁栄をより目に見張るものへと変わることだったのだろう。そんな世界は二度と来るのだろうか?

 重車は程なくして停止し、前頭部の扉が大きく開かれた。出てきたのは頭から靴のつま先まで埃まみれの若い男。立派な黒髪がボサボサになっているが、余り気にしていないようだ。

 男の眼には銃口を向けながら、片手を男のに突き出して「止め」の合図をするガードマンの姿。

 「そこで止まれ。動くな、チェックをする。」

 単銃を突きつけられて動く奴がいるのだろうか?男は戸惑いを見せながら、冷静に対処するガードマンの動きをずっと目で追っていた。男の周りをゆっくりと回り、何か不振なものが無いかを確認している。

 何も持っていないのに・・・。

 男は終始めんどくさそうにしていた。

 「・・・・・・良し、次だ。お前の識別番号を言え。」

 納得した声が合図ようで、確認が済むと次の注文が受けられてくる。男は一つも文句を言わず自然に答えた。

 「本部直属、特技支援主任。アソウ・タイナ・・・。」

 「番号だ。番号で無いと識別は出来ん。言え。」

 名前じゃなかったらしい。アソウと名乗った黒髪の男はしぶしぶ自分を管理している番号を口に出す。

 「了解・・・・・。SNナンバー.A6M。」

 「ったく・・・。最初からそういえばいいものを・・・・。」

 まるで聞こえるような言い方に、アソウはガードマンの方を睨んだ。が、生憎仕事中であり、アソウに目がいくことは無い。番号を打ち込まれたバンクは、アソウ本人であるアクセス権の認証を確認すると、何かが弾けた音と共に、バンク自体が色を変化させた。音と視覚による極単純な機能なのだが、正直こんな外で使えるのかはアソウには解らなかった。

 「認証システムは確認された。次はこいつだ。」

 確認を終えたガードマンが、顔を上げて重車を指差す。もう一人の方はとっくに何処かへ行ってしまったらしい。確認するだけなら一人で十分かと思って、サボったのかも知れないし、見張りの仕事に戻ったもかもしれない。どちらにしろ、アソウには興味の無い事だ。早く最終ラインを超えたいだけなのだが・・・。

 「私は知らないんだがな・・・。これ、『ヘビー・ボム』だろ。」

 運転はしたが、重車ボムについては、アソウは前々から弱かった。不恰好な車体はあまりにも目立ちたがり屋が作った様なイメージであって、何より機能性に優れていない。装甲車のように中身が厚いわけでもなく、かといって機動性に優れ速度が出る事も無い。武装といっても前方に9.6mm装甲弾MG。後方に高出力の反射レーザーがそれぞれ一門ずつ備え付けられたような貧弱そのもの。

 皮肉にも元々輸送車を改造して出来たものかもしれないが、も少し実用範囲内までは改造に力を注いでもやったのではないかと今でも思ってたりもする。

 だが人力少なさ、資源の欠乏が響いているのも現実だ。そんな中で動けるものがこれ位ならまだましだと思える。

 アソウはそんな意味の無い考えを浮かび出したまま、重車ヘビー・ボムを親指で軽く指し示した。アソウの反応にガードマンの一人が手元にあるデータバンクを取り出し、照合し始めた。アソウはその間、腕組みをしながら待っていた。少し手間取りを見せていたからだ。

 ようやく確認が出来たのか、調べ終えたガードマンがまた頭を上げてアソウの方に詰め寄った。

 近すぎだ。とアソウは嫌悪感を覚える。どちらも埃まみれでお世辞にも綺麗とはとはいえない。只、自分の方がまだまともだと思ってもいた。

 結局、どちらも目も当てられない格好なのだが・・・。

 「この重車ヘビー・ボムは14時間前に3台とも出動記録がある。残り二台はどうした?」

 「確か・・・・、輸送途中。数時間後ぐらいに忽然と姿を消したのは、確認している。」

 思い出すように答えるアソウ。

 「二台ともか?」

 「そう。二台とも突然に・・・。」

 「走行中の位置は?」

 「位置?」

 可笑しなことを聞かれたようにアソウが聞き返す。

 「他の二台がいきなり消えるわけが無い。確かに4時間前から―」

 「ああ。それは見える方が可笑しいだろ。」

 「何?」

 ガードマンは話の途中を切られやや不快な感触を持ち始めてきた。

 「見えない所で消えたんだ。判るだろう?前方を悠々と走行していたんだ。残り二台はいわば護衛だ、こいつのな。勿論記録しっかりとってある。これかな?」

 アソウはそう言いながら取り出したのは、ガードマンと同じ種類のデータバンク。このタイプが最も出回ったわけではなく、これしか支給されていないだけの話。

 最終訓練時にコトギが出したファイルと全く同じもので、アレは彼の所有物ではなく、アソウのだったという事になる。強化人に支給されないニンゲンが所有を許される個人データの一つだ。

 だが、少し前に廃止された球状のタイプ。アレだけしか使わない奴もいる。よく分からないが、何か未練でもあるのだろう。

 「ああ。ほら、在った。」

 そう言ってバンクの中にある記録が宙に表示される。反射物を必要としない閃光体が空気中の窒素と反応して作り上げる見事な光量の集まり。この時代なって新たな技術は確かに生まれていた。

 『ホログラム』。

 「確かに、連携位置に間違いはなさそうだ・・・。」

 少々納得のいかない感じがよく現れている。アソウはそれ横目にバンクを静かに閉じた。光源を失った閃光体は力なく風に流されて消えた。

 あまり見せられる記録じゃない。アソウは少し焦ってしまった。消えた二台の重車。確かにハッチを空けた時、何も無かった。それはまるで最初から無かったかのようにものけの空だった。アソウの目に止まった。黒い二つの点。それは後ろにあって、一向に動く気配も無かった。アレが残りの二台かも確認は出来ていない。危険が迫っていたのかもしれない。

 結局確かな情報も無いまま、二台を置いていった。罪悪感なのか、単に恐怖から逃げたかったのか。どちらにしても後味の悪い結果しか残っていない。

 「もういいか?急いでいるんだ。」

 とにかくここから出るべきと考え、アソウは踵を返し重車に戻ろうとした。その途端、後ろからアソウを止める声がする。

 「待て、まだ終わって無い。」

 ガードマンの近づく足音。諦めのつかないしつこい対応に、アソウはうんざりし始めていた。

 「今度は何だい・・・。」

 「中に何が入っているか確認させてもらう。」

 「・・・・見ても構わないけど。」

 はたして、大丈夫だろうか?

 重車ボムの側壁にある小窓に近づくガードマンの姿を目で追いかけたまま、アソウはふとそんなふうに思ってしまった。『アレ』自体危害も何も無い。それは彼の思っている考えの一つであって、他人の考えが介入している訳ではない。特に、アソウの部下であるイツキとかもそうだ。単純に危険分子として構えているのが『アレ』にとって恐ろしい態度にとって変わる。

 それを分からず近づくガードマンの心情が、次にどうなるかなんて、アソウにとっては占いより遥かに的中する自信があった。小窓のスペースは大人の男の顔が丁度すっぽりとはまる程度の真四角な格子で固められている。風防は防弾式だが、厚みは無い。外側からワンプッシュするだけで下にスライドされる仕組みになっていた。

 ガードマンが、小窓を一回軽く手の甲で叩く。ズリズリとした音とともに、傷の入った風防はその中身を曝け出す。中は暗く、何も見えはしない。目を凝らしながら静かに顔を近づけるガードマン。脚が一歩前に踏み出したその途端、暗闇から灰色の手が彼の目の前まで伸びてきた。

 「う、うわっ!!?」

 ガードマンが回避する行動も間もならぬまま、灰色の手は腕さえも見え始め、その矛先にあるガードマンの顔面を捕らえた。顔をふさがれ、口をあけることすら出来ない。これでは仲間に助けを呼ぶことすら出来ない。絶望だ。

 ガードマンがそう諦めかけた途端、灰色の手が掴む力を緩めた。ガードマンは一瞬キョトンとしていたが、そのまま小窓の暗闇へスルスルと帰って行く手を見送るってから、我にかえることができた。

 「何か見えたか?」

 ガードマンの背後にはいつの間にかアソウがいた。先ほどの出来事が混乱したまま、ガードマンは口を魚のようにパクパクさせて、何も言わずじまい。突っ立ったままだ。

 「・・・・?何も問題ないなら、通らせて貰うよ。」

 アソウはそう言ってガードマンの肩を左手で軽く叩いて、急いで運転席に乗り込んだ。前頭部がアソウの存在を認識して、風防とハッチが動き出す。小窓の風防もいつの間にか閉まっていた。走行状態に戻ると、再び動力が重車全体に広まる。小窓のが少しだけ明るく灯をともした。動力がオフになれば、当たり前のことだが、二人がいるところも暗くなる。ちょうどいいタイミングだったのか。それとも、運が悪かったのか。今のアソウにとってはもうどうでもいい過去になっていた。

 「それじゃ、御苦労さん・・・・。」

 鈍い起動音の後、重車を推し進め始めた。砂埃と鉄粉が宙に巻きあがり、視界をより一層悪くする。ガードマンはまだ立ち尽くしたまま、呆然と重車にに視線を動かしている。あれは相当のショックだろうなぁ。バックミラーでその様子を見ながらアソウは気の毒そうにそう思った。酷い事をしたものだと呆れかえりながら、壁一つ跨いだ灰色の腕の主を苦々しく思った。これでまた悪いうわさが一つたった。本部直属の部下は皆、化け物を一匹ずつ飼いならしているようなそんなでたらめな事でも流れる様な気がして、アソウは考えるのを途中で辞めた。

 久々の帰りに、腕の主も緊張が解けたのだろうか、気配も静かになって大人しくしている。アソウは直感的にそう感じ取っただけで、実際に向こう側の様子が目に見えるわけではない。ただ、あの者と長く接していくうちに、その存在そのものが目に見えずとも感じ取ってきていたのは確かだった。それが自分の秘めたものなのか、それともアレがそういう特徴を持っているからかはいまだに分かっていない。ハンドルを握る手に汗がこみあげた。べっとりと掌にすいつく感じが気味が悪いほど気持ちが悪い。

 こんな考え事ばかりしているからだろうか。アソウは視界に入って来る無数の瓦礫の山の横眼に、ふと思ってしまった。

 自分にも、未来というのがあるだろうか?それが今、確かなものへと確立されているのか。

 道幅が狭まっている。もう少し飛ばせば、見えてくる巨大な塔の根元。進路に沿って順調に進行していた。




 「―電探反応有―」

 フロント中央にぼんやりと表れたオレンジ色の五文字の言葉。従者はそれを視野に入れると右脚の軸を左に置き換え、違うペダルをゆっくりと踏んだ。徐々にスピードをゆるめながら、数十メートル進んだ後完全に停止した。

 「何があった?」

 後部座席から聞こえてくるのは、老いた顔色を見せるコモダの声。隣には同じような年齢層にに近い婦人が静かに佇んでいた。眠っている様子ではないしかし従者の視点からはそれを確認することは非常に難しく、振り返るのをやめた。

 「索敵対象を自動的にとらえましたわ。」

 「敵か・・・・?」

 「いいえ。祖のような反応はいたしませんが・・・・。」

 「少なくとも友好的かつ概要意識の高い連中であってもらいたいものだ・・・。」

 コモダがこう愚痴のように呟くのも仕方ない。市街地に周辺にはまだ反政府組織以外の荒くれ者がうごめいているのが現状だ。所詮形だけの腐れきった牙城、この街のシンボルにでもある「膜」の耐久もほとんど無い。これが英知を極めた先人たちの答えなのか?

 「こちらに気づきましたわ・・・。」

 熱源反応が大きく揺らぐ。フロントにかける部分の半分ほどに波状の反応線が広がった。目標の形はまだボヤけていてハッキリとは此方からでは掴めない。

 「仕掛ける気配はないのか?」

 少し身を乗り出したコモダ。

 「そのようなことは・・・。」

 コモダの声が聞こえてからやや否定的に答える従者。遠まわしに答える従者の背中にコモダの鋭い視線が走った。ステアリングを持つ右手が震える。恐怖ではない。

 「あるわけがない意図はないだと?」

 「いえ・・・、お分かりになるかと・・・。」

 怒りが走っていた。従者の中にはただ一つの感情だけが駆け巡っていた。若造が、自分より幼稚なニンゲンが今にも怒り狂ってしまいそうな自分に、苛立ちを見せつけていた。従者の目にはそう見えている。

 「私が知りたいこととおまえが答えることは全く別物だな・・・。」

 コモダは気づかない。従者のが何者かは知っていようとも、その本筋こそが見えている訳ではない。物事と同じだ。人一人の視点はくだらないものばかり映し出す。

 呆れきった雰囲気を漂わせながらコモダは両手で顔を覆った。ひしひしと緊張の連続がどっと身体に来た。

 「接触コンタクトを試みろ。それで・・、目標の反応を探れ。」

 警告音まで鳴り出し始め、コモダはいたたまれない雰囲気に負けて、声を荒げた。

 「内通でしょうか?」

 「それ以外の方法があるならやって見せろ・・・。」

 「了解・・・。」

 作業が再び開始される車の中。老婆は一言も語らない。まるで眠っているようだ。本当にそうかもしれない。

 ひどい考察が重車の頭をめぐった。鬱陶しい。今はそれどころではない。

 これ以上何も言うまい。従者は強く左手をつぶれるほど強く握りしめた。指先の爪で皮膚が裂けて、紅い血液が滲みだしたりはしない。

 当たり前だ。自分は強化人だ。先人の知恵で出来た、できそこないの人形。道具なのだ。

 強化人は自分自身を自傷を体内の制御反応により阻害されている。それが無理やりであったとしても痛覚反射にその行動を緩和される。自害も出来ない。消滅を考察するだけでもその意思は脳ではじけ飛んでしまう。燃え盛る炎の中でも、高くそびえ立つ建物からでも、深く沈んだ水の中でも、その行為は止められる。もっとも強化人の身体能力で、それは受け付けられる範囲なのだから。

 従者は一人の強化人を恨んでいた。それが今から向かう場所にいるというのは、今になるまで初めから分かっていた。だからこその苛立ちだ。目の前の障害がどうしても目障りにすぎない。すぐに車を発進させて突っ込みたいほどに。

 だが、出来ない。出来はしないのだ、この従者に。

 「交信を始めますわ・・・。」

 重苦しい口調が従者の口内から爛れ落ちてくる。強化人は多重人各者である。幾人もの、数え切れないヒトの細胞から組みだされた道具アイテム。一方は制御できたとしても果たしてそれより屈強なモノに従者の理性は耐えられるものだろうか。その数値も、強化人一つ一つによって違いが表れる。

 従者の正面にフルスクリーンで移される「communicates」の単語。二三バックライトの点滅を

反応として示した後、不意に光源が途絶えた。

 「え?」

 思わず声を漏らす従者。

 「何だ。通じたのか?」

 後ろからコモダの声が聞こえる。

 「いえ、突然交信が途絶え―」

 そう言いながら従者はフロントへと顔をあげる。目の前にある目標が視界に入った途端右の眼球に激痛が走った。

 「イっ・・・!!痛ぅ・・・ ・・。」

 反射的に後ろへと仰け反る従者の身体。後ろのコモダにしなりを見せながら、頭から流れる大量の黒い液体。噴水の様に噴き出すそれは強化人の体液と言ったところだろうか。車内の天井に吹きつけられる血飛沫。ピッピッと断続的に体外へ吐き出され、従者の身体もそれに合わせる様に上下に体が痙攣している。

 目が虚ろだ。従者は感じた。幸い脳まではかすめては無いが、頭のてっぺんが妙に涼しい。

 従者の左眼が異様な速度で頭上を見据えた。本来頭がある筈の場所で視界は開けないはずなのに、今はぽっかりと自分の脳髄がはっきりと見えている。

 レーザーを受けたからだ。視界が目標にが入った途端に見えた白い閃光。あれのお蔭で今や重症人だ。従者はよく脳がやられ無かったのかを確認したかったがどうやらそう言う状況では無い様になっていた。一際怒鳴る声が、従者の頭上から降り注いでいる。従者がこんな状態でも、冷静でいられるのかと思えばそうではなかった。

 「何をしている!!攻撃を受けたことはもう分かった!!車を発進させろ!!」

 従者は心底驚いた。そして同時に再認識した。ニンゲンとはこういう存在だという事を。こも酷く自分自身しか見えていないという事が。

 ―アイツは・・・・、それを見せたかったのか?

 ―ずっと前に、もっと前にあった出来事。今の従者を突き動かしている原動力となるあの存在。それが今日、相見えることが出来る最後のチャンス。ただそれでもアイツは、これを見せたくてわざわざこんな茶番まで繰り広げて・・・。

 怒りに変わるだけで終わった。

 従者をコモダに突き出したモノへと。だらりと垂れさがった頭が、俊敏に動きを見せた。血液と、体液で顔も服をまんべんなく塗りたくった一つの強化人が、再び車に動力を送った。フロントガラスはもう役には立たない。防弾用だろうともレーザーの前では役に立ちはしない。

 右の拳が従者の前方に繰り出される。ガラスは一発で崩れ、粉々になって消し飛んだ。

 「邪魔。」

 そう一言吐いて。

 右手の甲に傷一つも入らず、ステアリングに両手が渡る。右足が車の床面を突き破るほど豪快にアクセルレバーを踏みつけた。空回りするタイヤ。目の前の敵対車に動きがみられた。こちらの反応に気づき、二発目が放たれようとしていた。レーザーの発射速度に車の速度では回避できない。次を狙い打つとすれば・・・。

 「動力部にプロテクト《緊急防壁》を。タイヤを外壁により保護。」

 冷静でいられているのは何故だろうか。今の従者にはそれは分からなかった。頭すれすれを打ち抜かれて気分がすっきりとしたのか?そうではない。時間がもう余りにも少なくなっている。自ら強化人だと認めたのが今出会ってよかったのか。脳が空気中に触れてしまえば死に繋がるのは当然の事。まだ動けるのも、先人達のお蔭だとは皮肉でも言えないからだ。

 「発進の衝撃にご注意を・・・・・。」

 タイヤと地面の接地面が合致し抵抗が生まれる。後ろに跳ね返そうとする力が車体を前に押し出し始めた。その時従者の残った眼に敵対車の壁から銃口が見えたのを確認する。ついに間に合わないか・・・。

 「早く避けろ!!!」

 後ろのコモダが五月蠅くなる。

 車が徐々に加速をつけ始める。銃口が従者の操縦する車を追いかける。狙いは定まった。後は引き金を引くだけなのだが・・・。反応が無い。

 「え??」

 覚悟はしていた。ただその反動が大き過ぎて、驚きのあまり声が出た。その瞬間、一筋の閃光が従者の壁面すれすれを走った。

 熱い。

 そう皮膚が感じる。また右だ今度は車のフレームが吹き飛んだ。削ぎ取られたフレームの焦げ目が生々しく感じた。この威力に耐えたのだからすごいものだ。従者は自分勝手に感心した。

 だが、あの車のカラクリについて、頭は動きだしていた。アクセルは踏みっぱなし、動力部の悲鳴音が車内に響かせながら、微妙なハンドルさばきレーザーの銃口に捕らわれないようしている。あまりに無無駄なのは分かっていてもやらないよりマシだった。

 ―声を発したからではない。何か別の反応があって作動したのか?

 あの車に生命体が乗っていないのは従者はとっくの昔に知っていた。通信を遮断させられた瞬間。人間業とは思えないほどの情報処理での射撃制度。あの車自体、ロボットの塊だとは理解できた。それでも、従者は思わぬ時に出た声だけで反応する意味が分からないでいた。

 ―もっと別の作用が何処からか働いて・・・。いや、あり得ない・・・。

 索敵反応を示したのは前方、いやもう横を通り過ぎてしまったが、その車以外何も反応していないのは従者本人がよく分かっていた。銃口は絶えず向かれている。ただ、従者の感情ある声が発しない限り、撃っては来ない。そのまま素通りでコモダのの車は走り去った。

 「何をした?」

 二発以降反応の無い車を横目にしながら、コモダが従者に聞いた。

 「分かりませんわ。からくりさえも・・・。」

 「傷の損傷は?重症か?」

 「ええ。もう少しすれば、もう使い物にもならないでしょう。」

 この意味をこのニンゲンはどう取ったのだろう?従者は少し興味を示しながら、また直ぐに諦めた。意味の無いことだとしても、自分と違う理性はどこからでも発生してしまう。過ぎたと思った死、消滅のときはもうすぐそこまで来ている。

 コモダもまた従者の言っている意味が分からなかった。道具が自分自身を使い物になる期限が分かるのが不思議に思えたからだ。それは道具自身が決めつけることではない使う者が決めることだと、コモダは言い掛けたが、やめた。例え、それを言い放ったとしてこいつがどうなるわけでも無い。事実、頭の半分ほど吹き飛んでいるのに、動いているのが恐ろしいくて仕方のないことになっていた。

 もう、持たない。初めてといった感じだろうか。二人の思考が一致した瞬間だった。瞬間的だった。

 「コモダ様。」

 「なんだ。」

 「まだ先を急がれますか?」

 「当然だ。この速度を維持しろ。」

 風防フロントガラスも無い状態で今の強烈な向かい風を受けて話す二人。幸いにも後部座席の方は前席との仕切りがあるので直接は来ない。ただ、従者の声が聞きにくくなっている。

 「了解しましたわ。」

 従者の片側の視界に見える巨大な塔。もう目的地も、目的の対象も目の前に近づいていた。




 「着いたよ。」

 後部のハッチが開かれる。日の光が車内に溢れ返り、瞬く間に視野が広がった。二人が出てくる。ふと、その一人が遠くから来る音に気がついた。

 「何か来るな・・・。かなりの速度で・・・・、だ。」

 そう言ったやや細身の青年らしき男。隣にもそれに似た男が立っている。

 「早く中へ・・・・。いくら『膜』の中でも、危険には変わりない。」

 「来た、あそこだ。」

 隣の男の忠告も無視に、灰色の手の持ち主が声を放つ。三人がその方向に顔を向けた。轟音と共に真っ直ぐこちらに向かってくる黒い車。相当の痛手を負っているのが、灰色の手の持ち主の視野では分かったことだ。瞬き一つもせずにその車を見続けるその姿は、まるで新しい刺激に興味示した赤ん坊の様な集中力だ。

 「こっちに突っ込む気だ。早く逃げろ!!」

 灰色の手の持ち主がそう叫ぶ。確かに車は真っ直ぐ進路を変えず、三人に向かって来た。その三人ごとなのかあるいはその一人なのか、それとも後ろにある重車めがけてか。まだ二人には分かっていない。

 「あんたも一緒に―」

 その場から離れようとする隣の男が、急かしながら灰色の手の持ち主の手を引こうとするが、軽く払いのけて言った。

 「無理な相談だ。狙いはこっちだからな」

 「何でわかった?」

 今度は細身の青年が尋ねる。彼も同様、逃げる気配は見せていたが動いてなかった。

 「“声”がした。」

 「声?」

 轟音がもうすぐそこまで来ること警告するように、、早く、大きくなって来る。

 「詳しく説明している暇は無い。それに私が一緒に行ってみろ。お前たちにも被害が被る上に施設にも影響が出るだろう?早くしろ。何とかなる。」

 「分かった。よし、イツキ逃げるぞ。」

 「アソウさん・・・・。」

 イツキがタイナの顔を見ながら、どうしてもそれではいけない事を伝えようとした。だが、彼の右手は既にタイナの両腕に掴まれ、イツキの考える方向とは逆の力が作用していた。

 タイナに引っ張れながらズリズリと遠のいて行くイツキ。そんな様子を確認しながら前を向けば、車はもう目の前に迫っていた。

 「コトギ!!」

 スピードの緩む事の無い車の目の前に一瞬恐怖し叫ぶタイナ。それに反応して、振りかえるイツキ。

 その瞬間。黒い車は重車ごと、コトギに衝突した。

 

二月分が更新できたので正直嬉しいです。

もう少し早く出せるように努力です。

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