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STAGE 3 「帰還」第三部

この物語には残酷な表現が含まれています。

 彼に話したことがあった。ちょうどそのころ、長期任務に赴くためか、随分と似合わない格好していた時だ。作戦フロアの丸椅子に固まったように座り、一点をずっと見続けていた彼の正面に立ちふさがった。

 急に視界が曇ったことに、ゆっくりと顔を上げた彼の表情は、暗いとか重いなどという表面で表せるレベルではなく、何一つ映し出されていなかった。

 そんな状態のコトギにそのことを聞いたら、急に彼は鼻で笑って返してきた。今更そんもの必要なかったみたいに答えを吐き捨てて、言った。

 「お前らニンゲンは昔から馬鹿な事ばかりしていた。学習もせず、同じことの繰り返しだ。そして今のお前たちも、それと同様なもんだな」

 こんな世界にしたのも、もとはと言えばお前たちの先代共がやった後始末さ。彼はこう付け加え当然ような顔をした。

 もちろん私は憤慨した。

 「お前には・・・、言われたくは無い」

 「どうしてだ」

 「それだと言い方が矛盾している。所詮お前も、その馬鹿からできた代物だろ」

 積み重ねた経験が一体何の強みになろうか。私ははそう言いたかった。

 自分のことは棚に上げて、その発言はおかしい。私はそう考えた上でモノを言い、それにはコトギも反対はしなかった。

 「だろうな。だからこういう形でここまで残り、同じ馬鹿が生まれないようにお前たちに伝えることをするのさ」

 外気から隔絶された空間、そこで眠り続ける新しいニンゲン達。それが本当に助力しつくした結果だろうか?私にはそうは思わない。

 「お前がそんな善心的な活動をしたところを見たことがないがな」

 だからは私は否定した。お前そのものの考え方が間違っている、ニンゲンはそんなに愚かな存在ではない。そうだと思うからだ。

 「単純な理由で住む事だ。必要ないからさ」

 それでもコトギはうんと首を縦に振ることはしなかった。

 「どういうことだ・・・?」

 「お前たちは今までのヒトより、本能で生き抜く様な意識に走っている」

 「本能・・・」 

 「以前のニンゲンというあり方から離れているってことだ」

 私はそう話すコトギの言葉に、あまりピンとこなかった。彼の説明が不足しているか、私に頭の方がまだ弱いのかも知れないためかも知れない。だが、この場合、私の方に非があることはまず間違いなかった。

 そんな私の困った姿を見たコトギは、うんざりした様子で首を横に振ると不意に立ち上がり、私の肩に手を置いた。

 「何の真似だ・・・」

 私は肩に置かれた彼の手をどけようとしたが、まるで石像のように動こうとせず、私は不意恐ろしくなる。そうだ、彼は強化人なんだ。“我々”のようにひ弱なヒトが、立ち向かえる相手では絶対にありはしないと・・・。

 しかし肩に乗せた手に力が入ることは無く、すり抜ける様にコトギの手は私の身体から離れた。訳の分からない私に、彼はこう言った。

 「だいぶすっきりした。これで少しはもつだろう・・・」

 「は?」

 「なんでもない。こっちも事だ。じゃあな」

 そう言い終わると私が返す言葉も聞かず、振り返り黙ったままその場を後にした。塞ぎ込んでいた彼が私と会話を交わしたことで、急に変ったことに私は後になって気付くことになった。

 それにしても不思議だ。

 私は昇降機の搭乗口に辿り着き、その前に立ってふと思い当った。私に手を触れたコトギはまるで別人のように態度が一変する。そう言えば、他の人でもそれが見られることがあった様な気がして、私は思い当たる節を探ってみた。

 昇降機が私の目の前に現れるまで、そう時間が掛からなかった。そのせいか、私の頭に浮かんだ数少ない古い情景はまた霞みがかかり、残念なことに深いことまでうまく思い出せなかった。

 だがそれでも、ほんの少しだけはつかめた。

 コトギは人と接する時間があまりにも多い。それは私が存在しいる時間よりはるかに長く、十分な質も確かめられる。それ彼はその中で出会った人から何かを吸収しているようだった。それが彼の態度が変わるきっかけかも知れない。私はそう確信した。

 だがそれと同時に、私は自分に不愉快を感じていた。昇降機に乗り込み、下に向かって滑理落ちていく狭い空間の中で、私は彼を間違った見方をしていた事に気がついたからだ。

 コトギは私から見れば、何もしていない無駄な存在しか見えていなかった。だが、今思い返した時、それは間違いだと気づいた。なぜなら彼は接しているからだ。そう、ヒト。人とし、生きている今のニンゲン達に、語りを見せていた。前に私に向って話したこともそれではないだろうか?

 ―愚か者のニンゲン達

 彼はああやって警告しているかもしれない。使えない言葉を使わずにあえてそれと反りあった言い方で、今の我々に、伝え言えようとしたかもしれない。

 これはほんの小さな仮説だ。私が勝手に考え出した妄想みたいなものだ。それでも、可能性はあった。

 ここになって私は、主任の行動にもある程度分かり始めていた。コトギと主任は何かを練っているかもしれない。そう私はまた勝手な憶測し、そうだと確信してしまった。間違いなら別に害は起きない。でも協力出来ることはしたい。

 何か見えないものに私はとりつかれ興奮していた。きっとその姿は、コトギから見ればさぞかし可笑しなものだろう。そう思うと私は胸の高まりを抑えきれそうになかった。

 あの会議室から出てきて、この昇降機に乗り込んだ今までの間、私の気持ちの持って行き方はがらりとひっくり返されたように変わった。それも、あのコトギのお陰だったことを私はまた後になって分かった。


 



 むせかえるようなひどい臭い。肌に伝わるぬるりとした生々しい感触に刺激を受けたのか、無残にも墜落した輸送機の残骸の隙間に挟まれているコトギの両眼が僅かに開かれた。

 一息つくほどにむせび泣く喉もとと、気管支。金粉と血肉が混ざり合った空気の中では流石の彼にも毒みたいなものだ。視界がはっきりとしない中、今自分のいる状況を確かめ始めた。

 「あー・・・、痛っ!」

 まず体が動かないことにやっと気が付く。無理にでも動かそうとすれば、締め上げるような痛みが全身を襲った。

 「あたっ・・・。つ―――」

 輸送機の全体を形どる骨組みの一部が複雑に交差し、グシャグシャニなっていた。それが不幸にもコトギの身体を挟むようにして倒れ込み、あらゆる方向から彼は硬金属の板挟みにされていたのだ。

 これぐらいの痛覚ぐらいなら、彼でも多少の我慢は出来る造りだ。問題はその痛みにさえ耐えられない弱い存在が、まだ生きているかどうかの確認が取れないことだ。

 コトギはそれに焦りを持ち始め、ひとまず声に出そうとする。

 「・・・・・・、くっ、うぅ・・・・ッ、ごほっ、ごほっ」

 周囲に聞こえる様に声を出そうともしたが、何かが詰まったような手ごたえの無い声。上手く発生できない。それより、吐きそうなくらいにコトギは頭がおかしく感じた。

 ―口の中で血が固まったような感じだ。

 無理な呼吸が出来ないのもそのためかもしれない。ヒューヒューとかすれた音が聞こえだしてくる。

 墜落時の衝撃の際、安全装置も作動し中かったコクピット内はそのままの衝撃をコトギの身体にまともに与えた。地面に激突したかと思うと、前にはがれていた外装が一気に空間のある内部に送り込まれ、無防備のまま席座っていたコトギの全身を襲った。

 時間の許す暇も術もないまま、コトギは硬いビルの壁面と機体の残骸の両方を諸に喰らい受け、前へ激突したかと思えばすぐに、後ろへと突き飛ばされる格好になった。

 その時にだ。

 コトギは無意識の内、「硬化」をはじめていた。それを解く時間も許されることなく機体の後方に激突。輸送機はそこで中間地点から前後へと見事に割れ、空中分解を起こした。バラバラになりながらも機体は壁面沿って落ち続け、大きな金属の塊になって乗っていたコトギやアソウごと地面にたたきつけられた。

 そこでコトギは意識を失い、気がつけば思わぬ事態に展開しているところまできた。

 「首が・・・・。くっ、がはぁっ・・・!!」

 ねじり切れたような激痛が彼の頚椎に走る。それと同時に弾かれた様に首周りに確かな感覚が戻って来るのがコトギには分かった。首周りの重しが取り外された様に軽くなり、徐々に視野が開けてくる。だが一向に瞼は開こうと努力はせず、力が抜けたみたいダラリと垂れ続けていた。

 コトギはようやく周りを見渡し始めた。

 そして違和感を感じる。逆さまな感じがした。

 「あ・・・頭が・・・、上・・・か?」 

 彼はどう見てもひっくり返ってはいなかった。ただ、何重もの支柱に挟まれていた間、前後間隔を失い、まるで宙に浮いた感覚に落ち付いていた。それに余って無理に挟まれた身体が激痛のあまり、神経に極度の負担をかけるという悪循環。その結果、正確な情報収集を視覚から取れなくなったことに繋がる。

 呼吸が乱れ、肺に異物が入り込む。血だ。体内で出血したのか、肺の中に血がたまり込み、余計なエネルギーを使わせる。唯一動かせる首をもだげて、コトギは異変があると思い込んだ下腹部を見た。

 「おい・・・・、マジかよ・・・・」

 呆れたような声が、コトギの口からこぼれた。ぼんやりと映る眼の先には、根元を真っ赤に染めた金属の細い棒が見事にコトギの体を貫通していた。あの激突の瞬間、コトギが前に押し出された状態で前方の壁にぶち当たったコクピット内の装置が、そのすきを狙ったように操縦桿を吹き飛ばし、コトギの横腹近くにクリーンヒットしたのだ。

 跳ね上がり時に一瞬意識の飛んだコトギに、次に来たのが自分が握っていた操縦桿だったとは皮肉なものである。コトギは半分どうしようもないこの状態に笑いさえ出てきた。

 「は・・・ッ。こいつは、ひでぇ・・・」

 呆れながら、自分の身体に突き刺さっている操縦桿の根元の位置を調べ始めた。目測であまり正確な位置ではないが、ニンゲンの体内構造で例えるなら、ちょうど肝臓の上あたりに刺さっていた。右肺の左下付近でもあり、胃も貫通していることも確認できる。

 「あー・・・・、どうしようかね・・・・。まいったな・・・、どうも」

 血の巡りは悪くなろうが、呼吸が出来なくなろうが、コトギにとって何の障害にもならない。そのことは彼が一番分かっていた。ヒトが生きるために必要な養分も水も空気も、彼には無用の長物だ。

 だからと言って動かない身体に理解できるような彼の思考は単純ではない。そしていつまでも腹の近くに異物を押し込んでいるほどお人よしでもない。

 「ぬ・・・・―」

 だから彼は、動きを見せ始めた。本当に動けないか確かめてみようと。

 コトギは最初、全身じゃなく両腕を広げる様に力を込めてみた。小刻みにエネルギーのいれ具合を調整し、徐々に上がる形にしたが、がっちりと挟まった支柱はそれでもびくともせず彼の拘束を解こうとしない。

 「だったら・・・・」

 閉じりかけの瞼にぐっとしわを寄せて、彼は「自分の中」に入りだした。五感からの意識の分裂。乱雑に分かれだしたコトギの意識がやがて一点に戻りだし、自らの形を模る数十兆の細胞核へと迸った。

 記憶と人格が混ざり合った細かな組織が息を吹き返すように活動を早め、熱を帯び、沸き立っていく。意思の途切れた空っぽの彼の身体が不意に動き出し、動けなかった支柱の中で、二つの腕が柱ごと捻じ曲げ始めた。

 ゴリ・・・ゴリゴリ・・・・。

 根負けした支柱の一本がコトギの手の辺りで悲鳴をあげて、徐々に曲り、僅かなスペースをつくりだした。その場所をつけ狙うかのように彼の身体は自然に動き出し、いまだ狭い空間を這い出し始めた。だが、一つ問題が起きる。コトギが動かしたことによって支えられていた支柱の一本がバランスを取れなくなり、彼の足のところに倒れて来た。

 勿論、意識を全く別の場所へ飛ばし、覚醒をした彼にそんな状況が分かる訳がない。そして覚醒をし終えたコトギの体内は細胞同士の連帯性が弱まっており、降りかかってくる支柱に対し、なすすべもなく左足を切断された。

 垂直に落とされた力に、大使軟化した骨と肉塊は耐え抜く抵抗も無かった。ブチブチと千切り取られる音を立てながら、ついでに骨までもすっぱりと切除される。

 「い・・・・・・・・ッつ!!」

 小間切れされたコトギの意識はそこで突き飛ばされた様に五感に還ってきた。同時に切断された足首から痛覚情報が脳に流れ込み、彼を発狂するぐらいの痛みに襲わせた。

 ボトッと足首からかけて、コトギの右足が靴ごと地面に落ちた。

 「くッ・・・・・。今度は、何なんだよっ・・・・・?!」

 「硬化」し、痛みをなくそうとするが、覚醒したばかりの組織は思うように捗らず、蛇口が壊れた水道管のように血が垂れ流しされた。

 一気に力が抜け、体内の温度調整が著しく正常を保てなくなる。それでもコトギは止血より先にその隙間から這いずって、ようやく抜け出すことができた。脱出した場所は地面からそう高低差も無く、コトギはすぐに片手を地面に、もう片方を支柱の一本について、片足で何とか立ち上がる。

 下腹部に刺さったままの金属の棒に手を添えて、思いっきり引きぬく。ぬっぺりと塗り固められた自分の血に目をやり、その場に棒を捨てた。乾いた音が下で響きながら、染みついた血がその場に飛び散る。多少の血が出たものの問題は無かった。

 硬化がそこで表れ始め、片足の無い右脚の切断部分の先端と腹部の出血を止血出来る様になったからだ。だらだらとしている時間は無い。コトギは落ちた足首の方へよろけながら進んでいった。

 少し狭い空間kら出たところにぽつりと靴をはいた奇妙な足首だけがコトギの眼にとまった。その周りに地面は真っ赤に染まっており、流血した半端な量を物語っていた。急ぐように近づき足首の目の前で立ち止まる。軟化したままで切断されていたため、断面はそれほど酷くは裂傷していなかった。まだ骨の断面が白い内にと、コトギは引きずってきた右足を持ち上げて、置いてけぼりを食らった足首の上に押し乗せた。

 「グシャリ」と嫌な音を立てて、切られた部分をきれいにあてがう。その状態を一定に保つと、切断された細胞通しが再びせめぎ合い、お互いを吸収し始めた。

 「・・・・・・・・・・」

 修復は不可能だが、壊された組織同士無理矢理でも繋ぎ合わせることぐらいは出来る。強化人の彼は自分の足元で虫のようにうごめく細胞をじっと見降ろしていた。

 スローの逆再生のようにコトギの右足は元通りとはいえないが、戻りはした。脚を上げ、動かして、きっちり繋がったことを確かめると、彼はまた埋もれた残骸の場所を特定しだした。

 「あの時の衝撃・・・。鏑弾頭か・・・・?」

 単に人を乗せて運ぶだけの舟であって、武装や防弾などの何からのアプリケーションに頼ってはいない。離陸以前からの破壊工作であれば、それはコトギでなくても調べ上げられる危険項目には入っていた。

 コトギは反射材リフレクタの施しもされていないこの機体の外装を思い出し、外部からの攻撃が軽装備のものではないかと考えてみた。だがそれは無駄な推測にすぎなかった。

 「馬鹿が・・・。『膜』の中へ入ってきている時点で、わざわざ弱い武装などしては来ないだろう・・・」

 今度は政府に関連がありうる物までも攻撃対象に入れ始めた組織が動き始めている。「ハモク」とは違う別の何かが、危険分子として生み出された。

 「チッ・・・・。クソが・・・・」

 ナニを一つ覚えない愚かな種族である。コトギは呆れたのを通り越し、怒りのあまり近くの輸送機の座席の一部をひと思いに蹴る。数十キロに達する金属イスは、跳ね飛ばされた様に、骨組みと残骸に囲まれた輸送機の内部で暴れる様に狭い奥の方へ飛んでいった。

 外装がいくつか剥がれ落ち、パラパラと周りに落ちながら今にも砕け崩れそうな機内の隅で、コトギは微かな呻き声を聞こえた。

 「誰だ・・・・・・・」

 座席が吹き飛び、再び静寂が訪れてから、数秒間。コトギは少なくとも前の回数を含めて3回声を耳にした。か細い声を頼りに、聴覚を数段に跳ね上げたコトギの耳と目に、ある人物の身体の一部がおぼろげに瓦礫の奥で見つかった。

 「アソウ・・・。アソウなのか?!」

 沸き隔てる障害物を押し抜け、隙間から肩だけが出ているのを見ると、コトギはその肩を掴み、両手で持ち上げ始めた。

 「おいっ・・・待て。そこで止めろ!!」

 くぐもった声が肩の下の方で聞こえた。やはりアソウだ。コトギはアソウの言う通、りゆっくりと持ち上げようとしていた腕をその場所で止めた。その後下でもぞもぞと動きを見せた後、その後ろの方からガタガタと音がしだした。

 「何やってんだ?お前」

 「どけろ・・・・」

 「はあ?」

 「上にあるその邪魔なものをどけろと言っているんだ!聞こえないのか?さっさとどけろ!」

 癇癪を起したようにアソウはわめきだした。いったいどんな表情なのかと少しは期待しながらコトギは彼の肩から手を離し、輸送機の残骸をのかし始めた。

 「随分と難しいところに避難したなぁ、おい。息するのは苦しくないのか?」

 「黙れ!!そうだから早く除けろと言ったんだ!!」

 「その割には元気なもんだ」

 外装や内部の装置の在外がごっちゃになった物をコトギはどかし続けて、やっとアソウはその場から抜け出すことができた。コトギが彼を見た所、特に目立った外傷も異常な点も見られなかった。

 その代り、アソウがコトギの姿は悲惨の言葉で飾られるほどひどくなっていた。

 「一体どうした・・・・」

 険しい顔で見つめられても、傷が治る訳がない。コトギは軽く答えた。

 「運が悪かっただけだろ」

 「そういう問題じゃない・・・。致命傷じゃないか・・・」

 アソウはコトギの腹部に注目していた。着てる服からも分かるぐらい、黒っぽい血液が多く滲み出ていた。

 「これぐらいで死ぬ達じゃない。それよりここから出るぞ」

 恐らくコクピット方面の方にコトギは歩き出した。

 「ああ、お前の傷を早く直さないとな」

 それに続いてアソウもコトギの後を追う。アソウの前で先導を切ったコトギは、心底うんざりした様にこう吐き捨てた。

 「全く・・・・、いやな休憩時間だ・・・」

 




 「この船の武装は?」

 「無い。かっきり人数分を乗せて運ぶため、必要最低限の装備しか積みこめていない」

 「人道に外れたもんだな・・・」

 「お前にだけは言われたくは無い」

 ちょうど外に出られる扉を見つけたとき、コトギはアソウにそう聞いてみた。返って来た応え予想通り、この輸送機は十分な機体性能を持っていなかったことになる。

 ―まあ、狙われるのも当然か・・・?

 反射材リフレクタ衝撃緩和剤フィールドさえも取り付けてもいない無防備な輸送機が落とされても仕方ない。

 半分納得しながらも、コトギは自分たちを狙ってきた組織が何者かをアソウが知っているか聞いてみることにした。

 そう思って作業をする手を止める。

 「ちょっといいか?」

 「何だ?」

 別の場所で脱出場所を探っていたアソウの声が、後ろから聞こえた。

 「これを狙った奴らの事は・・・」

 「知らん」すっぱり言われる。

 「やっぱりそうか・・・」

 無駄だと分かっていたがやはりそうだったことにコトギはそれほど落胆は無かった。手に余る作業でも無いのだが、後になって聞けなくなる可能性もあるため、あえて聞きだしている。

 スライド上の厚盤に保たれた頑丈な扉は、コトギの手でもびくともしなかった。それに加え、機体の一部が傾きだしているので、扉の稼働が難しくなっている。もしこれを開けば、輸送機がその時点で崩れてくる危険性もあった。

 「・・・・・・・コトギ」

 「あん?」

 「それはいま聞くことなのか?」

 アソウがそう一言一言、丁寧に言ったことに、コトギはしらじらしく受け流した。

 「ああ、そうだな・・・」

 「時間がないのはお互い様だ・・・」

 「ああ・・・」

 「・・・・・分かったな?」

 言葉にしない言葉がコトギには聞こえた様な気もしなくは無かった。怒っている暇もないのだろう。コトギはそう解釈し、作業を続けた。

 扉は一旦開けようとするのをコトギは諦めた。さっき懸念した心配事が本当に起こりうるところまで来ていたからだ。扉近くの外装が大きく歪みを見せ、内側に傾きかけていたからだ。このまま続ければ、扉を開けた瞬間、中に向かって機体全体がたたみ込んでくる。

 そうなれば今まで様に脱出が困難になることは間違いなかった。

 「駄目だな・・・・・」

 「今度は何だ!コトギ!」

 扉の前で腰を下ろしたコトギの背中に罵声が飛びかかった。

 「こいつを開けると周りが崩れる」

 「よければいい」

 「面白いこと言うな、アソウ。全部よけきれたら拍手ぐらいしてやるさ」

 コトギのふざけた言い方にアソウもようやく事の重要性に気付いた。

 「というとまた下敷きか・・・?」

 「御名答」

 「くそっ・・・・!」

 「そっちはどうなっているんだ?」

 「・・・・・・無理だな。入り込みすぎている」

 落ち着け様にも無理な話である。自分たちを狙った何者かがもうここいら辺りを探っていることだってあるからだ。頑丈のようで脆すぎる構造は中途半端な空中分解だけで終わっており、外装に人の通れる裂け目すら生まれなかった。

 それよりか、骨組が余計な方向へと崩れだした為に、人がいられる十分な空間も少なく、幅を利かせた動きもできなかった。

 「どうしようもないわけじゃない・・・」

 「もどかしいな・・・」

 その時だ。考え込む二人の耳に、自分たちではない足音が聞こえた。

 最初に気づいたのは無論コトギ。険しくなった彼の表情を見て過ぎにアソウも反応した。

 直ぐに二人は息を殺し、気配を隠した。相手が見えていないのは密閉されたこの機内の外側にいるという証拠だ。

 不特定多数の足音が次第に周りに響き出した。そこから声は聞こえない。こちらの存在が分かっているのか周りを囲むように移動したかに思うと、次々と足音が遠ざかっていった。

 不審に思う二人。何かの罠か、それとも迷い込んだ猛獣共か。

 判別の付かないまま最後の足音が遠ざかったのをコトギは確認すると、アソウに合図した。

 気が張って疲れたアソウはその場で座り込む。

 「何だったんだ?今のは・・・」

 へたり込むアソウが気だるそうに呟いた。

 「さあな、少なくとも・・・―」

 コトギの口が一瞬固まる。

 それにアソウも何が起きたと思い、顔をあげると、今度はコトギは大声で叫んできた。

 「伏せとけ!!!来るぞ!!」

 「なっ・・・・・・!!」

 アソウが何かを言い終わる前に、二人の目の前にまばゆい閃光が走る。その瞬間、空気の膨張した爆音と共に、輸送機の残骸を軽く吹き飛ばす凄まじい爆風が、コトギとアソウを襲っていた。


 ―・・・

 ―・・・・・・

 ―どっちがどいつだ?

 ―右の・・・、ほうです。

 声がしていた。

 耳が遠いのか、それとも何かを顔にかぶせられているのか分からないが、とにかく声がした。酷くでかい声だと、すぐに分かった。

 ―まだガキじゃねぇか・・・。

 ―外見はそうですが、それでも中身は十分あります。

 もう一方の奴は随分と説明くさいセリフを吐いている。よくこんだけ答えるのかこっちが聞きたいくらいだ・・・。

 ―もう一人は何だ?こいつもそうなのか?

 ―いえ、もう片方は我々と似たようなものです。

 ―・・・、殺せっ!

 ―お待ちください。少しお考えを・・・。

 ―・・・・・・・・。

 ―・・・・・・・・。

 何を話し始めたか聞こえなくなってきた。あのうるさかった声も、かしこまった声も、徐々に聞こえてこなくなった。

 それとも、こっちの方が聞こえずらくなったのかもな・・・。

 









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