STAGE 3 「帰還」第二部
この物語には残酷な表現が含まれています。
緊急事態を報せる警報音が、甲高く機内中に響き渡った。
聴覚器官に異常を来すほどの突然の急降下。何の予告もなしに舵取りを失った、軽金属種の空を飛ぶ「舟」は、次第にそれ自身の落下速度を早めだした。ガタガタと音を立ててその空間だけ地震が起きているような錯覚のする状況の中。右足首に妙な痛みを覚えながら、アソウはその痛みに耐え、急いで顔を上げた。
そして唖然とする。
前方にある筈の操縦室がすっかりなくなってる。ぽっかりと空いた破損部に、中枢制御地区を守る「膜」の一部が一面に広がっていた。
さらにその「膜」の外側へと近づき落ち続ける中、アソウは目の前にいたコトギの姿が消えている事に気がついた。
視線は自然に前方へ流れ、見覚えのある背中が彼の視界に現れた。
「一体何が起きた?!」
アソウの怒声がいつの間にか操縦席に立っているコトギに届く。
あの衝撃の瞬間、コトギはすぐに自分の真後ろの操縦席に滑り込んで、事後の処置を始めていた。コトギの背中がそこから動かない。何かを必死に押さえている様子だ。
機内の揺れは激しさを増し、アソウにはコトギの姿が何重にも重なって見え始めた。
コトギは振り返らず、アソウに向かって言った。
「口ばっかじゃなんとも言えないな、アソウ!!パイロットが二人仲良くおねんね状態だ!!」
「はあ?!」
「死んじまったんだよ!!」
コトギがそう言うと、アソウはようやく分かった様だ。
操縦桿を丁度良い力で引き上げているコトギは、目の前に座っているはずのパイロットに目をやる。
コトギの正面側にいる操縦士の上半身は、前方のキャノピー部分ごとごっそり切り取られていた。制御反応炉が吹きとんだ行動不能の下半身は、大量の血液と内臓の一部をまき散らして滞っていた。
もう一方の側らも胴体左側半分がスライスされたように切り取られ、その時の衝撃のすさまじさが表情の形ではっきりと分かる。
恐ろしく横に歪んでいた。
鼻は前から硬い物で押しつぶしたように大きくへこみ、ヘルメットに取り付けてある風除けに眼孔がびったりと固まって張り付いていた。顔はちょうど人体模型のように酷く皮がめくれ、頬の肉が一部削ぎ取ったような形をしていた。
血潮がまき散らされる状態で、外から侵入してきた空気が大きな音とともに機体全体を勢いよく揺れ動かしている。
数秒前に感じたあの揺れは、外部からの干渉によって操縦席全体が襲われた瞬間の衝撃だった。
アソウが急速に圧縮された向かい風に奮闘している間、ガードマンの一人がコトギの隣にきた。彼もその惨劇を目の当たりし、嫌な顔を浮かべる。
返り血のように吹き荒れる風に乗った血液が二人の顔にまんべんなく降りかかっくる。
そのことに何でもないようなコトギに対し、ガードマンの様子は違っていた。
「コトギさん!!」
「なんだ?!」
黙る様子も見せずコトギは大声で応えた。
さんづけは気にはしていない。もともとそう呼ばれることが多いことに彼自身、諦めがついていた。
「最初からここは襲撃を受ける予定だったのでしょうか?!!」
「・・・・・・・・」
轟音の最中、まるで時限爆弾を目の前にして興奮の覚めない新人捜査官をコトギは見ているようだった。
―狙われている?なにに?
真新しい刺激に何を浮かれているのだろう。そんな気持ちがコトギの中で渦巻き、すぐに消去された。
無駄な考えだ。
今まで感じられる時間も機会も無かった彼らに、落ち着くという名目こそ、あり得ないからだ。赤子と同じ精神状態に近しいのだから・・・。
紅く染まりきった計器類が音を外したようにヒイヒイ騒ぎ出した。何かが取れたような激しい音と共に、中央の液晶画面から火花が散りだし、ついに灯りまで消え始めた。
これでは受信器も動かなくなってしまう。
生存確率がさらに難しくなった事に対し、コトギは思わず舌打ちした。
赤い液体で埋め尽くされたコクピット内は機体の持ち上げをさらに難しくさせる状況に達している。座席下に溜まった血の池が、輸送機の揺れに合わせるように動きさらにバランスのとりにくい状況を作っていた。
高度は再び上がることは皆無に等しく、降下速度は徐々に上がり始めた。さらもう一方からの不吉な爆発音。エンジンの一つが息継ぎを忘れ、完全に停止した事を示していた。
左に大きくバランスを崩し、コトギは廃棄されたビルの谷間にへと落ちるように進路をとる。舵は限界まで切っているためか、操縦桿がコトギの手の中でガタガタと音を立て、震え始めた。
急激な速度変化に、機体の形を大きく崩された輸送機は、今にも空中分解を起こすところまで来ている。
コトギはこれまでかと限界を一瞬感じながらも廃棄ビルの屋上を取り止め、目下に映った一つの産業ビルの屋上手前を緊急着陸地点としてターゲットにした。いつの間にか隣にガードマンがもう一つの操縦桿を手にとってコトギと同じ方向に傾ける。
まだ口ばかりの奴よりましだろう。コトギはこんなときでもかすかな笑みを浮かべもう一度両手に力の加減を確かめる。
コトギはまた後ろを振り返った。
「アソウ!!まだ生きてるな?!」
そしてアソウを呼び出すと、直ぐに返事が返ってきた。
「そう簡単に落ちるものか!!」
臭いでコトギのところまで近づきたくないのか、アソウは鼻の部分を手で押さえ、頭を抑え込むようして座席に伏せている。姿が見えないまま、くぐもったアソウの声が聞こえたことをコトギは確認すると、単純に説明をし始めた。
「聞け!!今からちょいとした荒治療に移るぞ!!」
「着陸か?!」コトギの言いたい事はすぐに伝わった。
「ああ!!そうだ!!」
舵が今度は右いっぱいに切れる。後ろから強い衝撃を受けた為、バランスを保とうともたつく輸送機はさらに悪い方向へと傾きを増した。
「お前と一緒に心中なんてのはごめんだ!!パイロットを蘇生させろ!!」
アソウは喉が枯れるくらいの大声で無謀な抗議をした。それでもコトギの手はゆるまない。
「悪いが今はそれをする時間も無いぜ。もう追撃がそこまで来ている・・・。お前には見えるか?!」
電探がとっくに死んでいる今、僅かに残ったガラスの破片でコトギは後方に張り付いている何者かを把握していた。
明らかに「膜」の中で住む様な格好ではない数人の人影が、地上から輸送機の後方をぴったり追付いている。だが、アソウは何のことか分かっていないような顔でコトギ見ていた。
説明している暇など、毛頭無い。コトギはそのことを後に回し、今すべき点を大急ぎでアソウに伝えた。
「死にたくなかったら言う通りにしておいた方が得だ。早く伏せろ!!」
「だからおとなしく身をちぢ込ませていろと?!」
アソウは既に全身を座席の隅に縮込ませている。
「そうだ。今のモグラみたいなお前が一番いいだろうな!!」
「少しは言葉を幅広く使って選ぶんだな!俺以外じゃ今のは誰にも分らん!!」
罵声の飛び交う中でも、暴風地域の様な機内では通常の会話みたいになる。周りに熱の入るような行動が起きなかったのが不幸中の幸いかもしれない。
コトギは少しでだけ気に掛ったことより、このニンゲン達に大分身体を動かしていた事に後々気付かされた。
「高度がちょいとやばいな・・・・・」
コトギの眼球に赤色のディジタル数値が細かく動き出していた。目標に合した速度計算結果から導き出しても、到底このスピードでは無謀に近いことが分かり切っていた。
お迎えはすぐそこにまで来ている。
―せめて落下速度を抑えれば・・・・・。
コトギはまだ動いている動力が無いか、急速に調べ上げた。主要機関部の一部は既に破損。補助制御部は、完全なほど無駄な沈黙を守っており、再度復帰することは極めて難しい。
―駄目だ。こんな状況判断では・・・・・。
コトギは焦りを覚えていた。決して彼がこんな高度で死ぬことは無い事は分かっていた。が、“自分の目的は完全に終わらせたい”。
その為に彼にとってはアソウの存在が必要不可欠と考えている。
―いずれにせよ、アソウを今殺しても、何のメリットも無いのだから・・・。
「早くしろ!!死にたいのか!!」
コトギがそう叫ぶ。まだ隣にガードマンが奮闘していたからだ。
「せめてこれだけでも・・・・・ッ!!」
下へ落ちていく感覚に慣れていないのか、顔色は先程に比べかなり崩している。内臓が持ち上がるのに慣れていない今のニンゲン達。
冷めた目で一度見た後、コトギは静かに操縦桿から右手を放すと、手刀でガードマンの首元をクリーンヒットさせた。
聞くに堪えない首の骨が折れた音がコトギの手の中で発した。轟音と衝撃でその音は殺され、ほんの数秒間、ガードマンの身体がアソウの上を通り過ぎた。
と、同時にクッションも緩和剤もある訳がない硬い混合材の上に、輸送機ごと叩かれるように落下した。
特別行動技術支援部「コード」の作戦担当室に緊急の連絡が入ったのは、私が丁度一区切りついて、休憩に入る頃だった。今朝方からぶっ続けで取り組んで来た複雑な山場を何とか乗り切り、やれやれといった様子で一服しようとした時にこの呼び出しだ。
いったい誰なんだ。
ヒトの休憩を邪魔してまで呼び出すとは一体何様かと腹を立てて、文句の一つでも言ってやろうと発信先を確かめる表示装置に目をやった。
日も昇り、外は明るくなるはずなのだが、一向に薄暗いままの部屋で蒼いシート状の立体映像に目をこらした。
“コモダ・トガイ”と表記されている。
私は一瞬自分の目を疑った。この「コード」を統制する最高責任者からの連絡。しかも緊急などという大それたものがこの私に掛って来る事など絶対ないと思ったいたからだ。
だが、目の前に映し出されたいる文字に、間違いは無い。確かに“コモダ・トガイ”だ。
それに追記の分もご丁寧に添えられている。
−“シキュウ、チュウオウカイギシツにてコトガラあり”
“事柄”。どうやら本当に緊急用の連絡らしい。
すぐに反応した様に私は急いで服装を整え、処理中の制御媒体を緊急停止させた。部屋の明かりをすべて消し、中に誰もいないことを再度確認するとゆっくり扉に向かった。
扉横に設置してある施錠装置に手を触れることで、スライド型の自動扉を開く。
後は外側から鍵をかけておけば、まず外部からの侵入は無い。こうやって部屋から出る時の施錠は必ずしないといけないのが昔からあったらしい。私にはそんな考えが、理解できないままずっとこの作業を部屋から出る時にしていた。
一体何の意味があるのだろう?
しかし、今はそう言っている場合でも無かった。なにせここのトップが私を待っている(?)のだ。考え事をしている場合ではない。
私は急ぐように出てきた部屋を後にした。
この建物の中心、約20階近くを昇り切ったあたりから、「コード」の本部施設として使用されている。
無論のそれから下の階も「コード」に属しているが、ほとんどを居住区として「膜」に囲まれているこの中央都市では下も居住空間として使用されているのだ。
両隣の建物もそれと同じ状況に置かれている。
東地区の建物には総合棟として、西側地区の建物は管理棟として使用を受け、中央の建物を実務棟として役割を任されている。
作戦担当室の右側に立っている建物は「コード」のさまざまな機能を請け負っている機関施設が設けられている。発電施設や物資の製造工場、また中央管理コンピューター「オルタ」もあの建物の地下に収容されていると言われているが、確かな情報ではない。
むしろこの世界感さえ不安定な知識が偏った状態のまま、今に至っている。
そんな事も露知らず、急ぎ足で向い側の中央会議室へと向かい一人のニンゲンがいた。建物の色に反射されているのか、青いスーツに身を包んでいる彼はアソウの部下である。
「中央会議室」
そう読める文字でぼんやりと映し出された立体文字がゆったりと扉の上で漂っている。彼はそれを見た後、扉の前に立つまでもう一度見ようとは思わなかった。
―変なの・・・・
今更じゃないが、あんな風の表現方法はあまり好ましく思っていなかった。むしろ毛嫌いする場面が多く、釈然とした理由もないままそれから避けていた。
それを確かめる様に顔を上げる。
―ああ、何となくだな・・・・。
それが彼にとってもう一つの自分の存在に見えてしまうのが嫌だったのかもしれない。だから彼は真っ向にその文体を見ることが出来ない。それは今見ても分かる事だった。
顔を下ろすとまた扉の端に手を添えた。壁から文字が浮かび上がり、何かを認証するかのように彼の掌をまんべんなく動き張り付きもした。
そのたび彼の肩がビクリと動く。
やがてその作業が終わると、扉の隙間に光の筋が通った。網目みたいなそれも不規則でパターン化されていない光線の流れが、扉の中で走り続けた。
最後の光の筋が扉の縁まで到達すると、扉の真ん中に裂け目が表れ、ゆっくりと左右に開かれた。
「お呼びでしょうか?総主任・・・」
彼の口から最初に出てきた言葉だ。それに反応した様に部屋の奥から声が返ってきた。
「わざわざ忙しい時に済まない。」
「いえ・・・・」
「込み入った話でね・・・・。他人にそう簡単に耳に入れてほしくないからね・・・・」
「まあ、座るといい」部屋の奥で聞こえる声の主はコモダという名のニンゲンだ。この「コード」を人差指で動かすほどの権限を持ったニンゲン。アソウの部下はゆっくりと部屋の中に入り、大きな楕円上のテーブルの前まで来た。
コモダは一番奥の席に座って彼を見ている。だが彼からはコモダの姿はよく確認できなかった。この部屋も先程と同様、暗い色素に全体をつつまれている。コモダからアソウの部下の顔は見えても、彼からはコモダの輪郭すらはっきりと掴めなかった。
アソウの部下は少し迷った挙句、座ることをやめて、コモダが次に何を言うのかを待った。
「どうした?腰かけても一向に構わないが・・・・」
「いえ、このままでも問題ありません・・・・」
さらりと受け流すこの事の運びにコモダは何も付け加えず、少しの間の後で淡々と語ることにした。
「まあ、いいだろう・・・。時間も惜しい。」
「何か緊急の用が入ったとお聞きしましたが・・・・」
「そうだな、だから君を呼ぶことにしたよ。すぐに動けそうな者は君しかいそうになかったからな・・・」
「この時間帯では猶更でしょう・・・」
アソウの部下はコモダの言ったことにわざわざ付け足すことをした。コモダもそれに対し眉を吊り上げて見せたが大したものではないと判断し、何も言わなかった。
「経緯はこうだ・・・・・。つい先刻。君の上司が搭乗していた輸送機から、救難信号をこちらの諜報部がキャッチした」
「救難・・・・?どういうことですか?」
彼はすぐに反応した。
尊敬するあの上司である。彼の身に何かあった言うなら、大変なことだ。だから私を呼んだのだろうか・・・・。
冒頭だけで勝手な判断する彼に対し、コモダは静かにそれを制した。
「まあ、いまは黙って聞け」
「しかし―」
「今言ってもキリがないから、こわざわこう言っているんだ・・・・。時間が惜しいんだろ?」
コモダの強めな口調に彼も押し黙った。仮にもここの最高責任者との会見である。無謀な態度はとれない。
それは十分承知していた。
改めるように眼を閉じた後、一呼吸おいて彼は言った。
「わかりました・・・・。続きをどうぞ・・・」
「よろしい・・・・・。だがその数分後に、通信状況及び、レーダーからも彼らが乗る船が姿を消えてしまったそうだ。現地からの報告によると、数年前に廃棄された産業ビル付近で墜落したらしい」
「まさか・・・・・・、『ハモク』が?」
彼の口から「ハモク」問う単語が出ても仕方がない。立場上、その組織をすぐ疑うのも無理は無かった。
「いや。それは可能性に入れていない。」
“我々”はそれを重視してはいない。そんな言い方をした。
「ここ近年、奴らの動向にも陰りが見え始めてきている。あのような環境の中でそう長くは続くとは考えられん」
「本気で・・・、そうと?」
「?」コモダの話が止まった。
そのまま何も言わずアソウの部下が何を言うのかを待った。直ぐに彼が話を続ける。
「彼らが自粛した事を本気で信じているとおっしゃるのですか?」
「連中の内部状況を見ても分かることだ。いずれ自然消滅する・・・」
「内部状況?まさか『膜外』にまで・・・!!」
「それを今協議している場合ではないことは十分承知しているはずだ。余計な詮索は君の立場を危うくす結果になるぞ」
これではまるで脅しだ。アソウの部下は言葉の裏に秘められた真実を付きとめるのは相当危険だと察知した。それでも、今まで散々危なかったのだからここで引き際にしておいた方がいいと考えた。
「こちら側の見解からしてまた新たな反抗グループの一部とみている」
「では狙われたのは偶然・・・?」
「そうだといいが、最悪の場合同乗者を狙った犯行かもしれない・・・」
訳ありのようにコモダは呟く。アソウの部下は黙ったままコモダが次に言うのを待った。
「その同乗者だが・・・。昨日、長期間の任務を終えて、次期の異動命令の為一時この本部に還ってくることになった人物のことだがな・・・」
「それが私と関係が・・・?」
「いや、君との直接的な点は何も無い・・・。むしろ君の上司の方、だがね」
後付けのようにコモダは説明に補足をつけた。
「生存している確率は?」
コモダは一息ついたのか、溜息のような素振りをした。テーブルの面を人差し指数回たたき、神妙な顔で答える。
「数値的に言えたものじゃないな。全滅か生きていても二人かそこらだろ・・・。無駄かも知れんが、医療ユニットのメディカルチームは一応現場に派遣しておくことにした。」
「輸送機を墜落させたテログーループがまだ周りにいる可能性もあります。戦術ユニットも至急派遣を・・・。」
「“同乗者”に任せることにした」
すっぱりと彼の言葉は切られる。それでも彼はしがみつく様にコモダに対し、主張した。
「先程は全滅の可能性も頭に入れておいたのではなかったのですか・・・」
「彼は対象外だ」発声を強める。
「彼?」
アソウの部下もつられて声を荒げたようにオウム返しになった。
そいて彼は何か引っかかりを見つけた。それに助言するようにコモダは付け加える。
「コトギのことだ。彼のことは君の上司から聞いたことはあるだろう」
“強化人”。その三文字が彼の頭の中で瞬時に沸き出てきた。する体中、嫌悪感につつまれたような錯覚を受け、コモダに反発した。
「あれを信用するのですか?」
「どういう意味だ・・・?」流石のコモダもこれにはすぐに聞き返す。
「私はあのものを信用できていないと、申し出ているのです」
それに対してコモダは、やれやれを言った表情で答える。
「初めに言っておいた筈だ。こちらは君の意見など耳にもいれはしないと・・・・。それでも何か言い切りたい事があるか?」
「・・・・・・・・・・・・」
彼はコモダにそう言われると、途端に黙りこんだ。討論の余地は無い。だが、私の上司が危険な最中、さらに危惧するべき存在がそこにいるのにこちらはおかしいと思っている。彼はそんな言葉をコモダの視線に投げかけていた。
それで一体どう問題がある?アソウの部下が訴えてきた主張も考えも、コモダには何の関心にもなりはしない。
「要は君がこの救出作戦に同行してもらいたいのが我々が言うべき事だ。だいぶ長く話してしまったがな・・・・」
長くだらだらと続く会話はあまり好きではない。コモダはそう言っている様に彼には見えた。自分に向けての説明した時に、コモダが微笑した様に感じた。
実際、コモダはそんな態度を取っていなかった。ただ少しだけ、自分の失態に踏ん切りがつかないことを納得してはいた。
それが顔の見えないアソウの部下から見て、声だけで判断した様だ。
彼は申し訳なさそうに言った。
「私には実戦経験どころか、戦闘訓練もまともに行ったことはありません・・・」
「なにも敵とドンパチをやれとは言ってない。救護班の後ろにでもくっついて行くだけでもも構わない」
それではおかしい。顔で表現するアソウの部下はまた質問した。
「それでは私が呼ばれた理由が分かりません」
コモダは驚く。
「成程・・・、理由か。それもいけば見つかるだろう」
「見つかる?おっしゃっている意味が分からないのですが」
「それでは君に一つ聞こう。今まで君に説いた話に理由なんてものはあったか?」
「よく、分かりません・・・」
「それも行けば分かることだ。さあ、現場に向かえ。君以外のユニットは既に重車で君が来るのを待機してる。急ぐんだ」
「私はまだ理解が出来ていません。総主任」
「イツキ・・・」
コモダはその単語より強めの発音で声に出す。苛立ちの様な、投げやりの様な態度で聞き流すことに歯止めが無いと思ったからだ。
「はっ・・・」
イツキ。暗い部屋の中でただ一人立ち尽くしている若者は、気圧されたように押し黙った。
「これで三度目だ。次もそれが無いように作戦を上手く立てておくようにな」
「・・・、承知しました」
イツキは深く一礼する。
決してまとまった会話ではなかった。
数分で総責任者との会話も終了し、イツキはいまだに引っかかりを持ったまま暗い会議室を黙って出ていく。それを会議室の奥で見届けたコモダは、誰もいなくなった部屋の中央に足を運びだした。
「さて、果たしてあれに変化があったか・・・・・・。見ておく必要があるな」
意味の繋がらない不可解な言葉を呟くと、コモダはイツキが出ていった扉とは違う方向にあるもう一つの扉へと進み歩んだ。イツキが入る時と同様、扉の端に手を当て、認証が終わると同時に何本もの光の筋が扉の表面を滑らかに駆け抜ける。
「・・・・・・・」
ようやくと言っていいほど、時間のかかる扉の開閉に待ち続けたのち、スムーズに左右に別れた四角い穴へとコモダの姿は消えていった。
私は先程までいた部屋を後にし、管理棟中央の垂直昇降機に足を運んでいた。コモダ・トガイとの討論じみた会見も無事に終わり、急ぐように管理棟に繋がる連絡橋をひたすら歩き続けた。
やはり私には、彼に対してあまり良い印象を持てまい。
―コトギ
記録保持をおこなうヒトの形をした器。情報が混雑したこの世の中で唯一の媒体として重宝されてきた道具のオリジナル。それがコトギだ。
9年前、政府によって地中深くから発見され今に至るまで、私にとっては理解しがたい行動を彼は周りにかまわずやってきた。その多量な知識で横暴を利かせ、言葉巧みに周りのニンゲン達を利用する。
だが、主任はそのことに大した関心も示さない。それよりあの者に対して何か協力的な面さえあった。
「・・・・・・・・」
気が進まない。正直言って、主任を救出することになったもの、あの道具が何か関係する事があったからではないだろうか。そう言えば、コモダ総主任もそのことをほのめかす話し方をしていた気がする。
―「行って見れば、分かることだ」
総主任の言葉が私の頭の中で響く。これでは言い逃れではないか。私は思い返すように腹を立てた。
足取りは一層重くなる。言っても無駄なことしか得られないことを最初から分かっている気がした。そんな中、私はもうひとつだけ分からないことがあった。
それは、これより前の世界の事だった。
ここからコトギ中心の話に変わります。