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……動物園に行きたかった

作者: 佐竹涼一郎
掲載日:2013/12/14

 目が覚めて時計を見ると目覚ましが騒ぎ出すよりも少しだけ早起きだった。

 騒々しさに飛び起きても目覚ましは沈黙しているし、回転しない頭で主原因を求めてカーテンを開けてもいつも通り朝の景色。一瞬立ち眩む光になれると窓の向こうに騒々しさに主原因は無いことが理解できた。そう主原因は電話の方だった。


「なによ。こんな朝っぱらから……」

 まだ眠い目を擦りながら受話器を取るとその向こう側からは興奮気味の声が捲し立てる。

『今テレビ観てるか?』

「何よ?朝っぱらから……」

 何し対して騒いでるのか知らないけれど、どうせテレビでやってることなんか然したる大事ではない。故郷が映し出されてるとか、知人が何かを賞を貰って出演しているとか、どうせその程度の事だろうし。

「何チャンよ」

 面倒くさそうに答えてやると、

『どこでもイイ! 今すぐつけてみろよ』

 何処でも良いと言われると、共通の話題をやってることに相違ない。しかも挙って扱うならばそれなり以上の一大事なのだろう。その程度は理解できた。何処かで大きな事故か災害があったのだろうか。それともどこかの国でクーデターでも起こったか……そんなニュースは、先帝崩御とか最近北の方の大国がどうとかとか……ソレと同等か、それ以上って事になるけれど、俄に信じられなかった。


 だけど、やっぱり気になるから取りあえずは総合テレビをつけてみる。

『えー、これはやっぱり去年の伯林の壁崩壊とソ連邦解体の余韻といえるのでしょうか』

『はい。そう考えて構わないと思います。そして今回特徴的といえるのはベルリンの壁崩壊時と違い今度の壁同時撤去が札幌当局側との合意が成されていることでしょう。これに関しては"機運が整ったからそろそろ"という日本人的気質が関わっているとのではないかとの見方を一部の外国メディアはしているようです……』

 

 画面が変わって画面に映されたコンクリート構造物の残骸が壁であったものだと理解するのに一瞬かかり、その間に、ニュース映像でよく見るT72とかいうあちらの戦車と、防衛軍の74式戦車改が並んで映る画像に切り替わった。そこで今し方戦闘したというより壁の撤去作業の重機の足しかものだろう。

 乗務員と思われる別々の軍服を着た兵隊さんが愉しそうに腕を組んで君が代を歌っている。

 周りを取り囲んで、日本酒の樽やらシャンパンやらを持ち出した函館市民と東西東京市民それぞれに酒を振る舞っている。それを勧められて弱り果てる兵隊さんたち。それだけでなく、そこにいる者全てはテレビクルーや警察官も含めて例外なく乱痴気騒ぎに強制参加させられている。

「……なに? 新手の四月バカ?」

 電話の向こうの相手に言うでもなく、むしろ自分を納得させるように呟く。

『だったらど余程の悪趣味だと思うよ』


 確かにその通りだ。

 壁の向こうの旧国会議事堂前で、澁谷――こちらで言うところの246上――の壁の前で、旧東京市の半分をぐるり取り囲む「東京の壁」が、函館市街を含む函館要塞から十余キロばかりの所を取り囲む「函館の壁」が、それらの主要部が大胆に破壊され何か前衛的なオブジェの様な印象的な映像。これら全てが大胆なエイプリルフールだったとしたら悪趣味以外の何者でもない。

そういった壁の今の様子を空撮で一望してから、今度は横濱港にバトンタッチされそこに停泊中の戦艦大和を画面に映しだした。

 鎌首を擡げた主砲は、もはや存在しない敵を今直ぐにでも迎撃するかのように遥か先を睨んでいる。お馴染みのレポーターの「今まさに祝福の空砲を大和が撃とうとしております」という声を荒げたレポートを合図にするかのように46cm砲が三発の轟音を打ち鳴らした。

 この時ばかりは、テレビがの音量を上げていなくて良かったと心の底から本当にそう思った。

「それで……?」

『それで……って』

「あたしにどうしろっていうのよ」

『……どうしろって、大事件なんだぞ』

 確かに大事件だ。

 それも根底から価値観を揺るがすかも知れないレベルの大事件。

 だからといって

「個人レベルでどうこうできる問題でもないでしょう」

『それはそうなんだけどなぁ……』

 何だか解せない様な答え。これ以上はだらだら長引きそうだったから

「取りあえずご飯食べるから後にしてよ」と受話器をひとまず置いた。

 

 テレビの馬鹿騒ぎと、さっきのアイツの電話でどっと疲れたけれど、とりあえずお腹の蟲は猶予を与えてはくれないようでさっきから抗議を続けている。とりあえずパンを牛乳で流し込もうと冷蔵庫を開けると……

「……ないじゃん」

 そういえば、牛乳は昨日のお昼にホットケーキで使ってから補充していない。

 バイトも有って買い物でもしてくれば良かったんだけど、帰りにはソレをすっかり忘れていた自分自身が少しばかり憎らしかった。代わりに珈琲かココアをと思っても、珈琲パウダーは有っても、肝心のそれらは見つからない。珈琲パウダーを解かしてミルクに……するほどの量は残っていなかった。

 春休み中の学生の冷蔵庫なんか案外こんなもんかもしれない。実家なら、こんな面倒無くても良いのになんて考えてみても、そもそも、面倒がってこの春は帰省しなかったのは自分自身だった。

 少なくともともアルファベットチョコで過ごさなきゃ成らないほど財布の中身は軽くはないから、これから買い物にでも出掛ければいい。面倒でも出掛けるしかなかった。


 身支度を整え渋々近所のコンビニの道中ばったりアイツと会う。まあ、アイツのアパートもこのご近所だから会ってもおかしくはない。

「切るこたあないだろ」

「ちゃんと断ったでしょう。それに朝っぱらからくだらない電話で騒がれる方が質が悪いよ」

「テレビと日本政府にも言ってやってくれ」

「電話掛けてきたのはあんたでしょ?」

 こんな受け答えはいつものことだ。

 だからといって、お互い嫌ってるわけじゃない。

「仕方ないな。取りあえず飯でも奢るから勘弁してくれ」

 まるで初めからそういう展開に決まっていたかのように。

「仕方ないわね」

「ただし牛丼屋だ」

 はあぁと溜息を付きながら歩き出したアイツの後を追いかけた。

 こんな日でも、空の色はいつも通りの澄んだ蒼をしている。

 その蒼の中に浮かぶ白い雲は、まるで綿菓子か、それとも引きちぎった布団綿のように漂っている。

 

 その雲間を縫うようにさっきから緑色のP-3Cが何度も旋回する。この緑色を『暗緑色』って教えてくれたのは目の前を歩くアイツだ。そういえば同じ色で塗られたファントムIIのプラモデルが私の部屋には飾ってある。蒼龍だか、信濃だかの艦載機で、入間や厚木にも良く来るそうだ。でもそんなことはちっとも興味がなかったけれどそれより、綺麗に塗装されたその飛行機のことを話すアイツのこの上なく嬉しそうな顔を見てるとなんだかこっちまで嬉しくなった。きっとそっちの方が重要だった様な気がする。

「これからどうなるんだろうな」

 追いついて並んだあたしを確認するでもなくそう呟く。

 ひらひらと目の前を何か舞い降りる。

 手のひらですくうと桜の花弁が数枚。ああ、そういえばそんな季節だっけ。

 朝からの大騒ぎで、そんな単純なことすら忘れている。

「成るようになるよ」

 頭上の花弁を手で払いながらコレだけいい天気だったらどこかに出掛けてもいいななどと思いを馳せる。

 多分、壁が無くなったようにこれからこの国は変わってゆくんだとおもう。ドイツみたいに。でもその程度ならたぶんこの蒼い空はきっと変わらないだろう。そんな気がした。

でもそんなことよりも、こんなよく晴れた日にはお弁当を持って……   






                

……動物園に行きたかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ベルリンの壁が日本にできたというSF的展開を、説明っぽくなく話の流れで理解していけて読みやすい。なによりもわくわくする話だ。冷蔵庫の中身とか牛丼屋とか日常の風景をおりまぜつつ、非日常をえが…
2013/12/14 16:51 退会済み
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