正義の証明
「いいだろうか、ご老人。眼鏡男子は、眼鏡をかけているだけでは駄目なのだ。それは必要条件であって、十分条件ではない。例えば、ご老人も小さな老眼鏡をかけておられるが眼鏡男子ではないだろう? そのように考えてもらえばいい」
「そう言われれば、なんとなく納得してしまいそうじゃが……では、どうしてシリウスを無視しておったんじゃ?」
「ん? 可愛くない者の相手をしないのに、何か不都合でもあるだろうか?」
当然のことですが、それが何か? とでも言いたげに不思議そうに首をかしげる魔法剣士。
「ご老人はこんな言葉を知っているだろうか、『可愛いは正義だ』という言葉を。つまり、可愛ければケモミミも正義だし、眼鏡も正義だ。もちろん小動物系も正義だし、ドジッ娘属性といったものもいわずもがなだろう。可愛いというカテゴリに入っていれば、それらはいうまでもなく正義であり庇護すべき対象、愛でるべき対象なのだ。……話がそれたな。つまりだ、ご老人。逆に言えば、可愛くなければ別にどうだってよくはなかろうか。少なくとも、私はそれでいいと思うのだが」
いいわけがない。だが、これを大真面目な顔で言うのだから始末に困る。
「確かに。外見ってのは重要だからな。『可愛いは正義』か、真理だな」
そこも納得するんじゃない。
「と、とにかく伝え方が悪かっただけのようじゃし、どうじゃ? シリウスを仲間に――」
「それは断る」
ピシャリと、老店主の言葉を途中で遮るアスク。その態度はいっそすがすがしい程だった。
「言っただろう、ご老人。この男は可愛くない。それだけならまだしも、この男の顔を見ていると言いようのない不快感を伴ったざわつきが胸の内に生じるのだ。本来ならば愛でるべきポイントである眼鏡をこやつの顔ごと叩き切りたい、という謎の欲求とともにな」
そこまで嫌っていたとは。
先ほどから、隣に座るガンナーを視界に入れないようにしていたのも、それが理由のようだった。
「仮に、万に一つもありえないことだが、私が何らかの気の迷いを起こし、この男とパーティーを組んでしまう愚行に走ってしまったとしよう。すると、どうなると思う?」
「どう、なるんじゃ?」
「おそらく、モンスター退治の依頼にかこつけ、不慮の事故が起きてしまう可能性が非常に高い。具体的には、背後から一刀のもとに切り裂かれた死体ができあがる事故がな」
ずいぶんと死因がはっきりした事故である。発生することが確定している事故は、どう考えても不慮ではないのだが。というより、「かこつけ」と口に出してしまっている。
「大丈夫だ。俺は簡単に殺されるほど、やわじゃない」
まず、殺されそうになること自体がおかしいことに気付くべきだった。
「俺は死なない。アスク、あんたは俺の理想の仲間だからだ」
その理想の相手から殺されそうなのだが。
「言っとることはかっこいいんじゃがのう……シリウス、仲間にするのは諦めい。それが互いの為じゃ」
「えーーーーーー」
声と表情を余すことなく使って、シリウスは不満をあらわにした。
「せっかく、理想的な仲間に出会えたと思ったのに。おあずけなんてそんな殺生な!」
「本当の殺生沙汰になるよりはマシじゃろうが。他に仲間を探してやるから、それで我慢せい」
一つのパーティーにまとめる目論見が外れ、多少落胆しつつも再びリストに手を伸ばした老店主。しかし、紙をめくる前に三度声がかけられる。
「すまない、ご老人。ひょっとしてだが、今から隣に座っているガンナーの仲間を探すつもりなのか?」
「? そうじゃが……ああ、心配せんでもお前さんの仲間もちゃんと探しておくわい」
「いや、私が心配しているのはそういったことではなくてだな……」
返答を聞いて眉間にしわを寄せたアスクは、真横のシリウスに一切目もくれないまま老店主に告げた。
「前言を撤回して申し訳ないが、気が変わった。この男とパーティーを組んでもいい」
「本当かッ!?」
とたんに食いつくシリウス。先ほどまでの不満は、顔から消し飛んでいた。
「ああ。ただし、条件がある。可愛い者ならば、私の庇護すべき対象だ。ゆえに強いにこしたことはないが、弱くても別にかまわない。だが、この男はその範囲外だ。よって、パーティーを組みたいのなら相応の力量を証明してもらう」
「力量ね……何をしてみせればいいんだ?」
「簡単だ、私と戦え」
ここで初めて、魔法剣士は隣に座るガンナーと視線を合わせた。その眼は理想の仲間を語っていた時とは異なり、見る者をいすくめる極寒の冷気を思わせる氷の視線だった。
「ご老人、ここが公認の酒場なら決闘用の場があるはずだろう? その使用許可の受諾と立会人をお願いしたい」
「むう――決闘の場は酒場の裏にある。決闘それ自体も冒険者に認められた権利じゃが……お前さんら、本当にやるのか?」
決闘は、互いの合意によっておこなわれる実戦形式の試合だ。本物の武器や魔法を使用し、どちらかの戦闘不能か降参により勝敗が決まる。最悪の事態を避けるため、公正な立場の人間が立会人をつとめることが求められるが、実戦に限りなく近い形でおこなわれるために、時として死人が出ることもあった。
「無論だ。まあ、そちらのガンナーが断るというのなら、私も無理強いはしないが」
「いや、その勝負乗った。あんたに勝てばいいんだな?」
「ああ。その時は潔く、貴様を仲間として認めてやろう」
バチバチと視線を交わす二人。それを見た老店主は諦めたように首を振り、書類を差し出した。
「……二人とも、意志は固いようじゃな。では、この書類をよく読んで、納得したらサインをするのじゃ」
「じいさん、これ、何だ?」
「いわゆる誓約書じゃな。自らの誇りにかけて正々堂々と決闘をおこない、たとえ命を落とそうとも相手を恨まないことを誓うものじゃ」
「ふうん、なるほど」
書類をざっと読み終わり、最後に自分の名前をサインしたシリウス。その横にアスクが自分の名前を書き込み、老店主へと手渡した。
「うむ……では、これでお前さんらの決闘は確かに受理した。決闘場は、あのドアを通った先にある」
老店主が酒場の一角のドアを指すと、
「じゃ、先に行って待ってるぜ」
銃を担ぎ直したシリウスが、一足先にと酒場から出ていった。
「さて、立会人を引き受けた以上、ワシも行かねばならんのう」
「迷惑をかけてすまないな、ご老人」
「いやなに、これも仕事じゃからの。しかし、どうして急に気が変わったんじゃ?」
老店主が気になったのはそこだった。目を合わせる、言葉を交わすのも嫌がっていたはずが、条件付きとはいえ仲間になることを譲歩したのだ。
「何、たいしたことではないよ。私が仲間にならなければ、奴は別の仲間を求めるだけだろう? パーティーは四人編成。つまり、最大で三人の可愛い子が奴の毒牙にかかる可能性がある。それを防ぐためには、奴を合法的にボコボコにできる決闘でしばらく足腰が立たないようにしてやればいい。そうすれば依頼は受けられない、ひいては仲間も必要ないというわけだ」
「……神聖な決闘をそんなことに利用するつもりじゃったのか……」
「そんなこととはご挨拶だな。私にとっては、十分に神聖な理由だよ」
そう言ってアスクは立ち上がると、決闘場へと続くドアを開けて酒場を出て行った。
そのドアが閉まる直前、つぶやきが漏れる。
「……それに、決闘なら『不慮』の事故が起きたとしても問題はないからな……」
バタン、と閉じられたドアを見て老店主は決意する。
イザというときは力ずくでも止められる準備をしておこう、と。




