そして仲間がもう一人?
ある晴れた日の昼下がり、老店主はいつものようにカウンターでグラスを磨いていた。
お客が一人もいない酒場は静寂が支配しており、ただガラスを磨く音が規則的に響くだけである。その空気を堪能するかのように、老店主は穏やかな顔つきだ。
まさしく神のような顔といえよう。
あるいは苦難に打ちのめされて悟りを開いた賢者の顔とでもいうべきか。
「ふう……今日も、客が来ないのお……」
ため息をつくと幸せが逃げるというが、この老人にはもうそんなことは関係ないようだった。むしろ逃げるだけの幸せがまだ残っているなら、逃げようとした瞬間にすかさず捕まえようとしただろう。
果たしてどこで間違えたのだ?
あの銃撃手と魔法剣士の決闘があった日か? あの日の内に彼らを出禁にでもすればよかったのか。
それとも性格に難ありの付与術士が酒を飲んでいた日か? あの日の内に性格を矯正してくれる仲間と強引にパーティを組ませてしまえばよかったのか。
ひょっとして無駄に才能をもて余したあの冒険者が酒場に訪れた日か? あの日の才能をもて余した行動を全力で阻止すべきだったのか。
あるいはその全てが重なって、マトモな客は寄り付かなくなったのか。
開店休業状態を維持し続けるのにも、もう精神的に限界がきそうだった。やることがなく、ただ待っているだけというのも地味にツラい。おかげで、グラスはひとつ残らずピカピカだったが、このままでは客が来店するよりも早く、磨き抜かれたグラスがすり減って消えてしまう方が先かもしれない。
「ふう…………」
もはや本日何度目か、数えるのも馬鹿らしくなってきたため息をついていると、ギイ……と軋みながら、酒場の戸がやや遠慮がちに開いた。
「あのう、すいません。仲間を探しているのですが……」
顔を覗かせたのは、獣人の少女だった。愛らしい獣の耳がピコピコと動き、その小柄な容貌も相まって大変に可愛らしい。
しかし、待望のお客様が来店したにも関わらず、老店主の脳裏をよぎったのは、とある冒険者たちがこの可愛らしい新顔冒険者を見つけた際にどんな反応を示すかのリアルな想像だけであった。
起こりうる不穏な結末を防ぐべく老店主は叫ぶ。
「お主、悪いことはいわん! 早くここから――」
逃げるんじゃ、と最後まで続けることはできなかった。
なぜなら、台詞の途中で老店主は背後に二つの気配が発生したことを感じたからである。
そう、獲物の匂いを嗅ぎ付けた二体の獣の気配を。
「最近、元気がないじいさんを驚かせてやろうと裏口から入ったら、予想外の幸運があったぞ」
「うむ、まったく行幸というほかないな」
老店主がおそるおそる背後を確かめると、そこには予想通りの二人がいた。
「じいさん」
「ご老人」
『今すぐその子を仲間にくれ!』
【終わり】




