6.意外な事実でした。
魔族との戦いに備えるためのダレスさんとドミニクさんの講義を受け始めると、やっと私もアリサちゃんも人間に似た高位の魔族と戦う抵抗を薄めていくことが出来ました。
旅はどんどん進みます。魔族との戦いも激しくなっていきます。
けれどなんとか順調に旅を続けていくことが出来、ついに私たちは魔王と対峙することとなったのです。
まあ、色々とあった魔王さんとの戦いも混戦を極めましたが、なんとか無事に倒すことが出来ました。はい、これも全部、皆で協力し合えたからと伝えておきましょう。
ぶっちゃけ、思い出したくないくらい苦戦したので、思い出さない方向でお願いします。
人間を殺すのを生きがいにする魔王なんて、ゲームや小説だけでたくさんです。
第一、どうして魔王っていうだけで美形なんですか。これって私に喧嘩売ってませんか?
ふふふふふ、本気でぐれたくなる気持ちを思い出しかけ、首を振って忘れます。
さて、なんとか魔王を倒すことが出来た私達は、なぜかその後もすぐに城に戻ることはなく、色々な町や村に立ち寄ることとなりました。王子達に何やら思うところがあるらしいです。
詳しいことを聞いてないのでわからないんだけど、もしかしたら他にも何か旅の目的があったのだろうかと怪しんでるところです。
大きな街で宿屋に泊ったその日の夜、なぜか王子の部屋に私以外の皆が集まっているのに気付いた。
除け者にされている感じがあり、嫌な気分を味わう。アリサちゃんも誘ってくれたらいいのになんて思いつつ、出来ないのかもしれないと思い直す。
そっちがその気なら、盗聴してやるって思った私は悪くない。
気配を消して廊下から扉を伺う。聞き耳を立ててみると、普段なら絶対に聞こえない向こうの部屋の声が聞こえてきた。
うわ、チート万歳?
そこは喜ぶところなのかわからず微妙な気分ではあったものの、今回は役に立ったのでよしとしておく。
「王子、やっぱりどの街も同じですね」
これはロディ。
「そうだな。父上が王となった結果がこれか」
これは王子。なんだか聞いたことのない神妙な声だな。
「そういうことですね。妃殿下が離宮に押し込められるわけですね」
これはドミニクさん。そういえば、王子のお母さんの話は聞いたことなかったな。
「母上は聡明なお方だからな、父上のやり方がおかしいことに最初に気づかれたのだろう」
「小国から嫁がれた身でしたからね、権力を持つ貴族の味方は少なかったですからね」
これはダレスさん。
「ならば、どうするのが一番良い解決案だと思う?」
「そうですね、出来る事なら陛下には退位していただきたいですね」
ドミニクさん、そんなこと言っちゃっていいの? 陛下って、王様でしょ? あなた確かその王様に仕える魔法騎士のはずだよね? 最初とキャラが変わってない? やばい、最初の印象が少なすぎてわからないんだけど。
なんて思った矢先。
「育ての親がそんな感じだったら、子供もそうなっちゃうわよね」
「いや、アリサ様、今はそんなことを言っている場合では」
「でも本当のことでしょう?」
話の筋を外そうとするロディの言葉を無視し、辛辣にアリサちゃんが口を出した。
あ、王子が溜息をついた。なんか声だけのはずがだんだん姿まで見えてくるんだけど、どうなってるんだ、これ?
「姫の言うとおりだと、認めるしかないな」
「ふうん、ちゃんと認めることが出来るのね」
あの、アリサちゃん? もしかしてあなたのほうがキャラが変わってませんか?
「私ね、ロディさんから聞いているの。王子がサクラちゃんに言った言葉のすべて」
そうだったんだ、ロディさんのお喋り。出来ればアリサちゃんには知られたくなかったな。物語としては聖女と王子がくっつくってパターンもありだし。
いや、やっぱりなしの方向だね。あの馬鹿王子にアリサちゃんはやれん。ほしいとほざいたら塩をまいてやる。
「サクラちゃんに向かって、必要のない命だって言ったと聞きました」
「言っているな、確かに」
否定しないなんて、どうした王子。悪いものでも食べたのか?
絶対に白を切ると思ったんだけどなあ。
「あの馬鹿王様、本当に碌でもないことしかしないのね」
「かりにも一国の王に向かって」
「馬鹿王でしょうが。『聖女は命ある限り、この国を平和にもたらせるのだ』ですって? それが人に頼む態度なのかって、本気で思ったわ」
うわ、馬鹿王子も馬鹿王子だけど、王様も王様だね。会わなくてよかった。最高権力者が最低な人間なら、下の人間はどうすることもできないな。下剋上をするにも、それなりの人間が必要だけど、王子じゃまず無理だし。
「あんな最低な王が統治する国だから、領民は煮え湯を飲まされるのよ」
「それは否定できない」
あ、王子が死んだ。大丈夫だよ、王子、骨は拾ってあげるから。
「そうでしょう? 王様だけでないわ、他の臣下の人達もあまりに頭の足りない人達ばかりだから、最終的に苦労するのは民なのよ。自分の欲ばかりを優先させて……一揆でも起こってしまえばいいのに」
「アリサ姫、お口が過ぎます」
ダレスさんが窘めてるけど、これって聖女の口から下品な言葉を聞きたくないだけだろうな。この人は最初から聖女のアリサちゃんに傾倒してた気がするから、ブレテないね。
「ねえ、王子は本当に良い王様になれると自分で言える?」
「今の段階では無理だと答えるのが真実だろう。でも、この国の現状を把握した今、民のためにも変えたいと思う」
「本当に? 王様をそのために討つことになっても、冷静な判断を維持できる?」
じっと見つめるアリサちゃんの瞳には強い意志が込められている。聖女としてのアリサちゃんだけでなく、人間としてこの国のために何かしたいという気持ちがここにいても伝わってきた。
それがわかるからだろう、王子は逡巡をしてから、苦々しく答えた。
「今後はそれが出来ないといけないのだろうな」
「サクラちゃんの公開処刑を馬鹿王からやるって聞いた時の私の心情を理解したことある?」
あれ、アリサちゃんも聞いてるんだ。本当にやるつもりだったんだ、最悪。王子の脅しだと思ってたんだけど。
「そんなふざけたことが出来る世界なのかって、本気で驚いたよ。そんなこと、出来るわけないって思ってたのに、大臣とかがへつらって頷いているのを見たとき、私はこの世界を救う意味があるのか理解できなかった」
これはきっとアリサちゃんの本心だろう。聖女として崇められているのかと思ったけれど、そうじゃなかったんだ。
「だから王子のあの発言を聞いて、私は聖女なんてやらないでサクラちゃんと一緒に逃げようって思ってた」
「そうなのか?」
「ええ。だってそうでしょう、人の命を命だと理解しないような人たちを助ける意味なんてないじゃない」
そんな世界が成り立っていることに憤りを感じると吐き出すアリサちゃんに、王子は何も言えない。
魔族で困っているのは王様たちだけではない。それを見ていなかった頃の私とアリサちゃんは、この国に絶望した。知らなかった、アリサちゃんも同じ気持ちだったなんて。
「だけど、王子はそんな私の意見を聞いてくれたから、信じてみようかなと思ったの」
どういう経緯があったのかは分からないけれど、憤りを感じたアリサちゃんが冷静になれたということは、王子は及第点はとれたということだ。
「王子は馬鹿だけど、それは育ての父親のせいだってロディさんから聞いたから、話をしてみたの。よかったね、王子はバカばっかりの臣下に囲まれてなくて」
それは、ロディ以外の臣下は馬鹿だと言ってるよね?
あ、ドミニクさんとダレスさんがアリサちゃんの言葉に死にかけてるみたい。でも仕方ないよね、その通りなんだから同情はできない。
しかしアリサちゃん、一国の王子に馬鹿王子を連呼して大丈夫なのだろうか。うん、あの顔を見る限り王子はその言葉を受け止めているから大丈夫か。
「サクラちゃんに対する暴言の数々は許されないことだけれど、今のところそれは横に置いといてあげましょう。まずはこの国をどうするか考えないと。ね、サクラちゃん?」
そう言ったアリサちゃんに、男四人は固まった。もちろん私も。
なんだろう、満面の笑みを浮かべて私の名前を呼ぶのって怖い。もしかして、もしかしなくても。
「そこで聞いているよね、サクラちゃん?」
扉に向かって歩いてくるアリサちゃんが目に浮かぶと、そのまま扉を開けられた。
部屋の中に扉が開くタイプだったことから、私が扉の前で聞き耳を立てているのが丸わかりの態勢で見つかってしまった。
「どうして分かったの?」
「私がお願いしたの、サクラちゃんを抜いて今後の方針を決めたいって。そうすると、サクラちゃんは除け者になったみたいに思って、こうやって聞き耳を立ててくれないかなと思っただけ」
にっこりと笑む。
あれれ、どうしよう。なんかアリサちゃんの後ろにどす黒い何かを感じるんだけど、気のせいじゃないよね? その笑顔も含みがありすぎて怖いんだけど。
「直接サクラちゃんを目の前にして、王子が本心を口にしてくれないと思ったから、こういう手段をとってみました」
「そう、なんだ」
「数々の暴言は許さなくていいと思うの。でもね、そうすることで仲間として信頼できないのは悲しい気持ちになるから、割り切った関係を作るのはどうかなあと思うのだけれど、どうかな?」
「そう、ですね」
「本当は伝えないほうがいいのかなって思うけど、やっぱり可哀そうだから教えておくね。これまでの旅費は、全部王子の私財からだよ。たぶん王様からはいくらももらってないと思う。それに、サクラちゃんが食堂で一緒に食事するのは嫌だろうから、部屋で食事できるように一人部屋に指示したのも、王子の案」
「えっと、そうなの?」
どこを見ればいいのかわからず、王子とロディとアリサちゃんの顔を見る。
「そうなの。ものすごく分かりにくいけど、王子もサクラちゃんにずっと謝罪をしたいと思っていたみたい。何度でもいうけど、王子のことなんて許さなくていいよ? 他人への思いやりのかける発言をする人間のことなんて、ね」
辛辣なセリフばかりが飛び交う。それだけアリサちゃんが腹を立てていることが理解できる。
「でも私はあの馬鹿王が一番許せない。王子よりも最低な人間だから。サクラちゃんは王子のことが許せないよね?」
「えっと、今はちょっと考えられないかも。びっくりして思考がまとまらない」
もちろん王子のことは嫌いだし、許せるかどうかと問われればは分からない。だからと言って謝罪されても「はい、そうですか」としか言えないし。
けれど、アリサちゃんからの言葉が真実であれば、今は王子よりも王様のほうが大問題となる。
確かにこのところの王子はしっかりしてきたのか暴言は口にしなくなったし、どの人間に対しても平等な態度を保っていると思う。最初のころは貧しい格好をした子供を見ると虫けらを見る様な顔をしていたけれど。
「私はこの旅に出るまで現状を知ろうとしなかった。これは皇太子としてこの国を担う人間としての落ち度だと今は理解している。民を苦しめているのが父上や私だと思うと、本当に恥ずかしい思いでいっぱいだ。出来る事なら、この貧困をどうにかして食いとめて、よき王として統治していきたいと思っている」
そう言いながら王子が私に近づいてきた。廊下に立ちっぱなしだった私を部屋の真ん中へと促して、しっかりと私の顔を見る。
「サクラに対して、私は不誠実な態度を示してきた。それに対してサクラは許さなくてもいいし、私も許されるとは思ってもいない。けれど、この国の現状をよきものとするために、力を貸してはくれないだろうか。図々しいお願いだとは思うが……」
これは誰なのだろうか?
本当にあの馬鹿王子なのだろうか。
魔王を倒すこの旅の目的を果たした今、さっさと城に凱旋してパレードでもなんでもすればいいのになんて思った私は、本気でこの現実を否定したかった。
いくら父親達の育て方が間違ったとはいえ、本気で口にしたであろうあの言葉を謝罪されても困る。あの時は強がりでなんとかやり過ごしたけれど、本当は泣きたいくらい辛い記憶なのだ。親からもらった大切な命を否定されたのだから仕方ない。
謝罪されても許したくないのが本音だし、城に戻ったら私は関係ないってさっさとエミールの待つ村に行く予定だったのに、これじゃあ行けないじゃん。放っておきたいのに、出来ないよ。
これがアリサちゃんの作戦だったら、完全に私の負けだ。
チートになった私を利用しようと王子なら考えると思ったのに、懇願されたら無視できないよ。
「分かった。いいよ、力を貸します。確かに今後のことを考えれば、このままの現状でよくはないもんね」
ものすごく不本意ですが。仕方ないので手を貸しましょう。
今から行くエミールの村も、王様が交代することで少しでも良くなるのなら手伝っておいたほうが得策だし。
そう答えると分かっていただろう私に、にっこりと笑うアリサちゃんが本当に憎らしく思えてしまった。
すごすぎるよ、アリサちゃん。聖女じゃなくてもこの国で十分生きていけるよ。
「ありがとう、サクラ。本当に感謝する」
「ちょ、泣かなくても」
男が簡単に泣かないでよ、気持ち悪いな。
本当に最初の印象とは違う王子に戸惑う。なんだよ、もう。王子はあのまま不遜な態度をとっておいてくれたら楽だったのに、そんな態度をとられると困る。自分より年上のはずの男なのに、小さな男の子にも見えてくるんだから。
「王子、では」
はにかむように笑む王子と私の空気を怖るように、ドミニクさんから声がかかる。
「そうだったな。すぐに城に戻ろう」
「は?」
「ドミニク、明日戻ると父上達に通達しておいてくれ」
急にきびきびと動き始める彼らに、私は一瞬呆けてしまった。
「えっと、どういう意味?」
「瞬間移動よ。あの魔法剣士は、それが出来るみたい。せっかくだから、サクラちゃんも習っておくといいわよ」
王子達に聞こえないように、囁いたアリサちゃんの瞳は、いたずらっ子のようで。敵に回したくない相手だと改めて認識した。
確かに瞬間移動が使えれば、色々と困らないだろうけど。よし、せっかくのアリサちゃんのアドバイスだ、寝る前にドミニクさんに聞いておこう。
「アリサちゃんって、もとからそういう性格だったの?」
「そうだよ。ほら、外見で皆が判断してくれるから猫をかぶっているけれど、本当はこういう性格。結構腹黒い性格をしているのだけど、もしかして嫌いになった?」
「ううん、そんなことくらいで嫌いになんてならないよ。だた、驚いてる」
召喚をされて初めて会ったアリサちゃんとは、中学が違ったことから面識が全くなかった。同じようにアリサちゃんも私のことを知らないだろう。
高校で知り合って付き合うのと、ここに召喚されて知り合ったのでは色々と違いがありすぎるけれど、結局は同じことだろう。きっと私たちは友達になっていた。
「ねえサクラちゃん、本当にすべてが終わったら城を出るの?」
「もちろん出ていくよ。そのためだけに頑張ってるんだから」
「そっか。ねぇ、もしも私も一緒に行きたいと言ったら、連れてってくれる?」
「いいよ、一緒に行く?」
「今すぐは行けないから、いつか連れてって欲しいな」
「どうして今すぐは行けないの?」
「聖女としてやらなくてはいけないことが残っているから」
王様の言葉は許せなくても、この旅を終えて聖女としての自覚をもったアリサちゃんを尊敬する。
そう思うと、全く責任のない立場の私は、幸せなのかもしれない。
「たとえば?」
「穢れたままの土地を浄化することと、聖女としてあの馬鹿王子の隣に立つこと。あ、妻としてではないから安心してね」
「ああ、よかった。馬鹿王子と結婚するのかと一瞬だけ思っちゃった」
「ないない、そんなの一生あり得ないから」
瞬時、互いに笑い出す。気付けばアリサちゃんも馬鹿王子って呼んでいることに気づいた。
知らなかっただけで、きっとアリサちゃんも王子のことをそう呼んでいたんだろうな。
「つまりね、馬鹿は馬鹿でも、あの馬鹿王とは違って王子のほうが見込みあると思っているの。だって、本当にあの馬鹿王は王としての価値がないって思っちゃったの」
そう思わせる王様もすごいよな。あ、そろそろ様も必要ないか。
「だから、それまでは聖女として王子の隣に立っていたほうが何かと都合がいいと思うの」
「そっか、了解。アリサちゃんの納得のいく結果を得るまでは、私でよければ手助けをするよ」
今後、魔族が現れないとも限らないしね。
魔王は討たれて魔族も鳴りをひそめているけれど、全滅したわけではないので警戒を怠らないほうがいいらしい。
私はすべてが終わるまで城に止まることはできそうにないので、とりあえず馬鹿王子が自分の父親をどう裁くのかを見てから城を立つことに決めた。