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4.チートな私

 あの力のおかげで、私は逃げまとうだけの惨めな思いをする必要がなくなった。

 隠れてやり過ごしながらも、魔族に見つかったら気付かれないように抹殺していた。もちろん、証拠を残さないように塵となるように切り刻んで。

 旅の最終目的地が魔王であり、魔族に襲われている場所に赴いているらしい。

大きな街であろうと、小さな村であろうと一行は魔族の被害があるところには足を向けているようだった。

そんなある日、とある村に辿り着いた。

 辺境の地にある、田舎の村という印象を受けた私は、その痩せこけた土地に驚いた。こんな土地にも魔族は現れるのだと。

 この世界は平等ではないのかもしれないと思ってしまうのに、村の住人たちに悲壮感は見られない。対応に応じた村長を見ている限り、毎日を頑張っているオーラを感じる。

 することもないので、村長の家を出て村を見渡す。民家と畑があるだけで、何もない村だ。

「お姉ちゃん、こんにちは」

 いつの間に傍に来ていたのだろう、小さな男の子が目の前に立っていた。

「こんにちは。えっと、あなたは?」

「僕の名前はエミールだよ。お姉ちゃんは?」

「私の名前はサクラだよ。エミールはいくつ?」

「僕は7歳だよ」

 屈託なく笑んでくれたエミールに、ほんわりと温かい何かが胸に宿る。

 こんな笑顔をこの世界の人が見せてくれるなんて。私にくれるなんて。

「エミールは何をしているの?」

「畑仕事に来たんだ。お姉ちゃんが僕んちの畑を見ているから、何かあるのかと思って」

「ごめんね、見ていただけなの。おうちのお手伝い? 小さいのに偉いね」

 そう言うと、エミールが笑顔を見せる。

「村長さんが僕のお父さんは魔族に殺されて、お母さんは病気だから、僕がやらないといけないんだ」

「そうなの?」

「うん。僕は長男だから、お母さんの分まで頑張るよ」

 そう言いながら力瘤を作るエミールの腕は細い。しっかりと食べるものを食べているのかあやしいくらい頬もこけている。

 父親を殺され、母親は病に倒れているのに、どうしてエミールは笑えるのだろう。ううん、違う。負けないためにも笑顔を作っているんだ。

「エミール、私も手伝っていいかな」

「本当? ありがとう」

 私は、なんて甘えたなんだろうとエミールと出会って気づいてしまった。

 城での扱いが不当なものだったかもしれないが、ここに住むエミール達に比べたらマシではないかと思ったのだ。

この旅の間に餓死をさせられたら同じかもしれないが、ロディさんの優しさで私は寝食に困ることはない。暴言が目立つ馬鹿王子にもらった服は新品で、デザインも真新しいものだった。

 でもエミールは違う。明らかに繕いを繰り返している服を着込み、やせ細った土地に畑を耕して、根付くのかわからない種を育てている。食べるものもままならないのに、それに対して不満を述べることもなく、毎日を過ごしているんだ。

 甘えた状況にいるくせに、誰よりも自分が不幸だと思い込んでいた自分が恥ずかしい。

 こんな小さい子に教えられるなんて。

この旅が終わってもしも生きていることが出来たら、私はここに住みたい。何が出来るかわからないけれど、エミールと一緒に暮らしていけたらいいなと思う。

 この世界で二人目の、私に笑いかけてくれた子だから、幸せになってほしい。

「うわあ、すごい。お姉ちゃん、力持ちだね」

 振り上げた鍬を何度も振り下ろし、やせ細っただけでなく小石混じりの畑を確実に耕している私を見てエミールが驚いている。村の女の子と同じような私が、男の人のようなやり方をしていることにびっくりしているのだろう。

確かに驚くことかもしれないが、私は密かに力を使っているので、出来て当然なのだ。

 反対に子供の細腕で大人が持つ鍬を持っているエミールは、頼りない手つきで畑を耕している。

「お姉ちゃんね、力持ちなんだ。だからエミールは、今日はお姉ちゃんに任せて家でお母さんを看病してあげて」

「え、でも」

「顔色も悪いし、少しでもいいから寝ていていいよ。大丈夫、お姉ちゃんがこの畑を耕しておくから」

 困惑しているエミールを何とか説得し、家へと戻らせた。顔色が悪いのは、碌な食事をしていないせいだとわかっているけれど、それは私では何ともできない。

 今の私に出来るのは、この畑を耕してあげることだけだ。

 周囲を入念に見回し、誰もいないことを確認してから力を解き放てば、あっという間に畑を耕してしまう。

「後はこの土地にあう種を改良していくことよね」

 それを開発するのが一番の難題になりそうだ。このままこの土地にいれば時間を気にせずに出来るだろうけれど、魔族とのことが一段落すれば私はこの土地から離れなければならない。

 中途半端に終わらせなくてはいけなくなってしまう。でもいつかこの土地に戻ってくるつもりなのだから、どうせなら何もしないままで去っていきたくない。

 夕刻、お母さんと一緒に眠ったエミールが畑へと戻ってきた。しっかりと寝たせいか、顔色が少しだけよくなっているエミールに安心したのだが、自分の畑が全部耕し終わっていることに申し訳なく思ったらしく必死に謝ってくる。それよりも「ありがとう」のほうがいいと伝えると、子供らしい笑顔を見せてくれた。

その後は何といいますか、懐いてくれました。なんとなく弟が出来たみたいで嬉しくなって、可愛がってしまう。

 だから、エミールには伝えておこうと決めた。

「いつか、お姉ちゃんの旅が終わったらここに戻ってくるから、その時は一緒に暮らそうね」

「うん。お姉ちゃんにもう一度会える日を、楽しみにしてるね」

 なんだかプロポーズみたいな言葉だなと思いながら、エミールと一緒に過ごしていた。

 まるで本当の兄弟のように睦まじくする私たちを、王子があり得ないほど冷たい視線で見ていたなんて、アリサちゃんに聞くまで私は知らなかった。

 村人と仲良くしてはいけませんなんて、そんな話は聞いてないんだからいいでしょうと思った。そりゃ、王子の大切な領民かもしれないけどさ。


 何事もなく数日滞在していると、夜中に魔族の襲来があった。人間だけでなく家屋も狙ってくる魔族達に、村人は逃げることしかできない。

 それはまるで以前の自分を見ているようで辛かった。

同時に、私は誰一人傷つけたくないと初めて思った。

 力を手にしたことで生まれる、庇護欲だろうか。

 この力のことを王子達には話したくない。出来れば今後も力を知られたくなくて、隠れながらも魔族を消去していく。

 そのうちの一匹がエミールに襲いかかる姿を見た瞬間、飛び出していた。

「エミール!」

「助けて、お姉ちゃん」

 二匹の魔族に囲まれしまったエミールに、王子達から見れば役立たずな私が駈け出す姿は滑稽に見えただろう。

「あの馬鹿……サクラ、逃げろ!」

 遠くで王子が叫ぶ姿が見える。小さく聞こえた馬鹿という言葉はお前に返す。

 私には力があるの、誰かを守ることが出来る力が。

 初めてこの世界で誰かを守りたいと思った。自分以外の誰かを。ここに住む村人全員を、私が守りたい。

そのためには隠れてはいられない。救える力があるのなら、それを使って守り抜きたい。

 そう思った瞬間、私の中から溢れんばかりの光が輝いた。

 目を開けていられないほどのまばゆい輝きに村人たちだけでなく王子達の瞳も閉じられる。

「そのまま力を放出して」

 凛としたアリサちゃんの声が聞こえる。

 わけもわからず、私はその光を止めることも出来ずに茫然と立っていた。

 私のすぐそばに来ていたアリサちゃんが、嬉しそうに笑っている。

「このまま浄化します」

 祈るように胸の位置で手を組んだアリサちゃんは瞳を閉じる。すると上から光の粒が大量に降りかかり、気付けば魔族が一匹もいないことに気づいた。

 光がおさまるころ、アリサちゃんが抱きついてきた。

「すごいよ、サクラちゃん」

「えっと、すごいはアリサちゃんでしょう?」

 魔族の穢れた血も浄化され、霧散しているのは、アリサちゃんの聖女としての力だ。

「いつの間にそんな力を手に入れたの? あんなにいた魔族、サクラちゃん一人でやっつけちゃったよ」

「私一人で?」

「そうだよ。だって私は浄化することしかできないもの」

 はしゃぐアリサちゃんの言葉に、私自身がついていけない。

 何かをした記憶はなく、ただ溢れてくる光に私が怖がっていただけだ。

「サクラちゃんがいれば、きっと魔王もやっつけられるね」

「いや、それは無理じゃない?」

「そんなことないよ。魔王をやっつけるだけの力と、浄化は必要不可欠だけど、私は最後まで役立たずだってサクラちゃん気付いてる?」

「役立たずって」

「本当のことだよ。いつだって私はただ守られて、最後に浄化するだけ。いる意味はあるとは思うけど、戦闘では役立たずだもの」

 アリサちゃんも色々と思うところがあったんだと気付かなかった。いつだって笑顔を絶やさずにいるから。

「あのね、上から目線になってるかもしれないけど、よかったって思うの。私、ずっとサクラちゃんがこの世界に呼ばれたのには意味があると思っていたから。それをずっと王様や王子様達に伝えてきたけど、王様はそんなことはないって一蹴されちゃった。王子様は色々思うところがあったのか悩んでたみたいだけど」

「そうなの?」

「だってそうでしょう? 必要のない人間が呼ばれるなんて、そんなのおかしいもの」

「ありがとう、アリサちゃん。まだちょっと驚いてる」

「驚いているのはあちらも同じみたいね」

 くすくすと小悪魔のような笑みを浮かべるアリサちゃんの指差す先にいるのは、王子達。

 決して私を大切に扱おうとはしなかった人達。

 そんな人達が私のこの能力を知ったら、どうなるのだろうか。ちょっとだけ興味があった。

「お前のその力は何だ」

 先陣をきって、王子が問いかけてくる。動揺が見て取れるくらいに、声に張りがない。

「知らない。気付いたらあったんだもの」

 聞かれても困ることは答えることなどできない。

 冷たくそういう私に、賢者のダレスさんが首を傾げる。

「その昔、聖女様はこの世界に住む騎士を対なる存在のように思っていたと書物には書かれておりました。心の拠り所として騎士を選んだと思っていたのですが、どうやら違うようですね」

 そんな説明、今更必要ないし。もっと古書は深読みをするべきじゃないの? その騎士がただの恋愛の相手としてしか考えなかったわけ、神殿のお偉い様方は?

やっぱりこの世界の人間って、もしかして皆、馬鹿なの? 実はそうなの? そうなんだね? うん、もう色々と面倒くさいし、そうしておこう。

 本当に今更だから、私はあんたたちに何かをしてやる義理も人情も何もないことだけは理解してほしいな。

 あ、ロディさんが王子側だから、切り捨ててしまうことも出来ないか。

 どっちにしても、私が王子やダレスさん、ドミニクさんに何かをしてあげたいとは思わない。でもロディさんの言うことは聞くよ。ロディさんがいなかったら私はここにはいなかったんだもの。

「サクラ」

「何よ。っていうか、私の名前覚えてたんだ」

「覚えているに決まっているだろう。どうしてその力を黙っていた。それがあれば、お前の扱いにも困ることはなかったのに」

「この力が出始めたのは、この間王子に助けられてからよ。人間って不思議だね、死ぬって思ったときに能力が発揮したんだから」

 皮肉めいた顔でそう言ってやると、王子が困った顔で言葉に詰まる。

 私は悪いことをしたわけではないのに、その顔に少しだけ罪悪感を感じる。

「とにかく、私の力なんて今はどうでもいいでしょう。それよりもエミール、大丈夫だった?」

 今にも襲われそうだったエミールのことを思い出し、私は王子を押しのけてエミールに駆け寄る。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。ありがとう、助けてくれて」

 何が起こったのかわからなかったけれど、とにかくエミールは私のおかげで助かったのだと理解しているしい。私は自分が何をしたのかわからないので困ってしまう。

魔族を殺した後に聖女の力を持つアリサちゃんの浄化の力がないと、この土地には魔族の血で呪いにかかってしまう。だから最終的な結論でいえば、アリサちゃんのおかげではないのかと思うんだけど。

 でもエミールは私によって助けられたと嬉しそうにはしゃぎながら抱きしめてくれる。生きているんだと感じさせる温かい体で。

 魔族の襲撃がこのまましばらくなければ、もう大丈夫なんだとエミールを抱き返しながら実感する。

そして心の中でもう一度誓う、絶対にこの土地に戻ってくることを。

 ここで生きていこう。私を受け入れてくれたのは、この村の人たちが初めてだったから。


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