表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

3.王子に助けられました。

 その日は夕方近くになると宿を探し、そこに一泊することとなった。

今後のことを考えると野宿をすることも多いかもしれないが、最初のうちはアリサちゃんを考慮して宿に泊まることにしたらしい。

 私はどうなるのだろうと心配したものの、ロディさんが宿の手配をしてくれたおかげで、しっかりと一室を借りてくれていた。

 夕食は一人寂しく部屋で取る。もしかしたら食事は用意されないかもしれないと地下牢で悩んだこともあったが、ロディさんがいる限りそんな心配は杞憂で終わりそうだ。

 食堂には他の5人が仲良く1つの食卓を囲んでいたと給仕に来た女性が言っていたが、私は気にすることはなかった。だっておいしい食事の最中に、口を開けば王子が馬鹿にするような口調で話しかけてくるかと思えば、極力顔を合わせたくないのが本音。

 少しでも自分の心の殻を固く強くしておかないと、この世界で生きて行ける自信がなかった。だから、一人になれる時間は貴重なことであり、私は私を思いやるようにした。

 今日も頑張ったね、よく耐えたね。だから今日はゆっくりと体を休めよう。

 本当はアリサちゃんに助けを求めたかったけれど、それは私のプライドが許さなかったから、必死になって自分を強く見せようとしていた。

 魔族との抗戦を境に、私は自分の命を守りながらも、魔王に辿り着く前に自分は死ぬのだろうと考え始めていた。

 聖女として能力を発揮しているアリサちゃんは周囲のことに気を配ることは当然できないし、魔族と命懸けで戦っている他の4人に至っても、私に構うことが出来ないということを戦況に立って初めて理解した。

 死にたくない、怖い。でも、どうすることもできない現状。それが歯がゆくて、辛かった。


 そんなある日、魔族の一匹に見つかった私は、命からがら逃げていた。本気で襲いにかかってこないところをみると、いたぶるのを楽しんでいるのだろう、ゆっくりと追いかけてくるのが憎らしい。

 必死になって逃げようと思えば思うほど、足がもつれて転んでしまう。起き上がろうとしても恐怖から立ち上がることが出来ず、簡単に追い込まれてしまった。

振り上げた魔族の爪を目にし、とっさに体を丸くして痛みに耐えようとした私に、なぜか王子に助けられていた。

いつの間に追いかけていたのだろうか。

がら空きだった魔族の背中に剣を向けると同時に、その殺気に気づいて後方へと距離を開けた。

その間に団子虫のように丸くなっていた私を王子は抱き寄せた。

「ちっ、足手まといが」

「うるさいうるさい。お前が私を連れてきたんでしょうが」

「それは仕方ないだろう。陛下がお前の処分に前向きだったから、助けようと思ったらこうなった。一緒に連れていかないでお前があのまま城にいたら、公開処刑されていたぞ」

 そんなこと、知らない。だって王子は何も話してくれなかったから。いつだってからかい口調で私を苛めていたじゃない。

 私の命なんて必要ないって言ったのは、王子が最初のはずだ。

「助けてもらったなんて思わないから」

 ここで死ぬのなら、状況は変わらない。

「それより、背中の傷を見せてみろ」

「え? 背中?」

「さっき魔族に切られただろう。服が裂けている」

 そうだったろうかと記憶を甦らせてみると、確かに魔族の爪に抉られたような感触を思い出す。

 しかし服は爪で裂かれているのに、あるはずの傷口はないのだろう、だって痛みがないから。

「どういうことだ?」

 背中を見ている王子が不思議そうにしている。私もどういうことかわからなかった。

 そんな私たちに、先ほどの魔族が襲いかかってきた。それを真正面から見ていた私は体をこわばらせながらも、とっさに動いていた。

「王子、危ない」

 何もできないと頭でわかっているのに、庇うように抱きしめる。

「この、馬鹿か」

 驚きつつも、私の腕の中から動けずにいる王子。

 今度こそ魔族に切りつけられたと思うのに、痛みがない。

 王子に押しのけられて魔族と対峙していく背中を見ながら、私はその時になり、ようやく自分の中に言い知れぬ何かを感じるようになった。

「私……もしかして」

 少し離れた位置で魔族と対峙しているドミニクさんの闘い方を見ながら、私もそれに倣ってみる。

 手始めに、手を使わずに落ちていた小石を持ち上げてみる。――浮かぶ。

 遠くにある木々についている葉っぱを自分のほうへと近づけてみる。――飛んでくる。

 切り刻むイメージを作れば、さっき飛んできた葉っぱが無残にも細かく切れ切れになっていく。

「何これ……」

 あり得ない力を手に入れてしまったことに気づく。

「大丈夫だったか」

 心配そうに近づいてきた王子にマントを羽織らされながら曖昧に笑い、このことは絶対に言えない。

 アリサちゃんで言う聖女とは違い、魔法? が使えるようになったなんて、どういうことだと反対に問われるだろう。そんなの私が聞きたいくらいなんだからとマントを握りしめる。

 怪我のない私に安堵する王子を不思議に思いながらも、なんとかその日も魔族との戦いに勝利を収めた。

最後に浄化をしているアリサちゃんは、綺麗だと思う。光の粒がアリサちゃんから放出されて、魔族の血で汚れていた土地を綺麗にしていく。何度見ても不思議な光景で、幻想的というのだろう。

それを終えてから、私たちは宿に身を寄せた。疲れがピークだったのだろう、食事をとってすぐに王子達も部屋に引っ込んだらしい。

 もちろん、私はいつものごとく一人で食事をする。せっかくなのでと先ほどの力が幻でないことを確認するために、自分の手を一切使わずに食事をしてみることにした。

 スープをすくうスプーンはまだ安定がなくこぼれていくものの、しっかりと私の口へとおさまった。他にも手を使わずにパンを浮かせ、ちぎる。それをスープに浸してから口へと入れる練習を繰り返す。

 どうやら私の力は現実のものらしいとやっと実感できた。さっきの魔族にも切りつけられていたけれど、何がどうなったのかは分からないがこの力のおかげで命は守られたのだ。

 反対に、この力がなければ私はすでに死んでいたのかと思うと、今更ながらにぞっとしてしまう。

 そう思った瞬間、恐怖から体が震えはじめた。血の気もうせてきたので、ベッドに横になる。

 生きている。私はまだ生きているから、大丈夫。

 心の中でそう繰り返しながら、私は目を閉じる。これから先どうなるかわからないけれど、この力があれば大丈夫。

 そう言い聞かせながら、眠ることにした。

あの日から、一人部屋なのをいいことに深夜、練習を重ねていくごとに魔法の能力は強くなるようだった。最初のころよりも力も安定しており、一週間もたつ頃には多くのことを一度にやることが出来るようになっていた。

 この世界に来てアリサちゃんが浄化の能力を手に入れたように、私は魔法の能力を手にしていたのだ。きっと命の危険を感じてやっと発動を始めた、そういうことなのだろうと結論付けをした。

「遅いよ、もう」

 これでもうただ逃げ続けていればいいだけではなくなった。それだけでこの旅が恐ろしく怖いものだけではなくなるだろう。

 自分の身は自分で守ることが出来るのだから。


「おい」

 いつものように馬車に乗ろうとしていると、久方ぶりに王子に呼び止められた。ここ最近はなぜか王子も私にちょっかいを出してこなくなったので、やっと飽きてくれたんだと思ったのだが、違うのだろうか。

「何?」

「これをやる」

 押しつけるように手渡されたのは、一枚の布だ。よく見れば、女物の洋服のようで、包むものもないむき出しのまま手渡される。

「何これ」

「一緒に旅をする俺達に恥をかかすな。そんなみっともない服は捨てて、そちらに着替えておけ」

「みっともないですって? 人が必死になって縫ったのに」

 魔物の爪で切り刻まれた洋服を、慣れぬ裁縫でなんとか繋ぎ合わせた。確かに見た目からして綺麗だとは言い難かったが、どうせ見る人はアリサちゃん達なのだ。別に気にならないと思っていたが、どうやら王子は違ったらしい。

「とりあえず、ありがとうと言っておくことにする」

「そんなお礼の仕方があるか」

「馬鹿王子にはちょうどいいお礼の言い方だと思うけど?」

「馬鹿王子って……お前」

「何か文句があるの? 聞いてあげないこともないけど?」

 あえて高飛車な態度に出てみるものの、王子はなぜか項垂れたように頭を下げて視界から消えてしまった。なんだろう、王子は最近、少しだけ私にも優しくなってきたようだ。でも、今更なのであんまり嬉しくなかった。

 最初のころに優しくされていたら、きっと感謝の仕方も違っていただろう。魔法という力を手に入れた今、王子達にすがって生きていく必要もないことだし、所詮その優しさは今更なのだ。

 それよりも早く魔王を倒して一人になりたいと思っていた。それをするための準備も少しずつ蓄えていかなくてはいけない。

 このまま応酬を繰り返しても埒が明かないと、逃げるように馬車に乗り込んだ私に、先に乗っていたアリサちゃんが微笑む。

「素直になれないのね、王子様は」

「どういう意味?」

「言葉のとおりよ。王子様は意地っ張りで見栄っ張りで……素直になればここまでこじれることはなかったと思うのよね、ふふふ」

 笑い出すアリサちゃんに首を傾げながら、つまり言いたいことは王子の性格のことだと分かった。

 意地っ張りで見栄っ張りで、私からすればただの馬鹿王子という認識だ。

この旅の間に少しずつ優しさを見せるようになってきたので、当初にあった大嫌いから少しだけ格上げして、馬鹿は死んでも治らない、頭の可哀そうな王子と認定している。

はっきり言って嫌いは嫌いだけどね。

 貰った洋服は、私好みのデザインだった。深い緑色に、綺麗に施されたレース。白いエプロンが可愛らしい。私には似合わないかもしれないが、せっかくもらったのだから着替えておこう。自分で繕っていた服は頑張ったけれどやっぱり見た目もよくないしねと言い訳をしながら。

「ここで着替えてもいい?」

「もちろんいいわよ。せっかくだもの、早く王子様に見せてあげないとね」

 私が着替えた姿なんて、王子に見せても意味がないと思うんだけど。

アリサちゃんの言いたい意味が理解できなかったけれど、とりあえず馬車に備え付けの窓を閉め切って着替えることにした。

 うん、やっぱり可愛い。

 そう思いながら袖を通し終えると、アリサちゃんが満面の笑みでこちらを見ていた。

「さすがは王子様ね、見る目は確かだと再認識させられるわ」

「えっと、どういう意味?」

「そのままの意味だよ。すごく可愛いよ、サクラちゃん。ふふふ、王子様は本当に……」

 その先は窓を開けていたので聞き取れなかった。

 アリサちゃんからお世辞とはいえ可愛いという言葉に、私は少しだけ浮かれていたから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ