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2.地下牢の中は快適だった。

 役に立てないとわかっているのに、旅に同行をするのはお荷物、もしくは邪魔ではないのだろうか。

 それでも城で安全に暮らしていても針の筵にすわる思いなので、どっちもどっちではある。

 あれから王子は旅に出るまで本当に私に会いにやってきた。

仕事の合間を縫ってわざわざ私に会いに来ているのが言葉の節々に感じられるので、暇なわけではないらしい。

だけど私の顔を見るたびに「ブス」だのなんだのと貶すので、時間がもったいないのだから来なくていいのにと思う。

 優しくないこの世界の人たちは、地下牢の警護の人も似たようなもので、王子の暴言のせいだろうか、決して私に話しかけてこなかったことが少し寂しかった。

 そんな中で唯一、王子の護衛騎士であるロディと呼ばれる青年は、屈託なく私に話しかけてくれた。

「初めまして、サクラ様」

 その最初の一言に、私は驚いてしまった。

 王子の扱いを知っている者たちは、決して私に敬意を払ったりしない。蔑んだような眼差しで私を見ながら、ほとんど口を利かないのだ。

「……初めまして」

「私の名前はロデリックと申します。皆はロディと呼びますので、どうぞそのようにお呼び下さい」

「ロディさん」

「呼び捨てで大丈夫ですよ」

「でも」

「では、慣れたら気軽にロディと呼んでください」

 困惑する私を見て一歩引いてくれたロディさんの優しさに触れ、忘れていた笑顔を取り戻せそうだ。

「ありがとう、ロディさん」

 笑顔を見せてくれるのは、この世界では初めての人で、私はこの時点でロディさんのことが好きになった。恋愛としての好きではないが。

 冷たい世界だと思った中に、たった一人でもいい、優しい人がいることが素直に嬉しかった。

「王子が大変失礼をいたしました。あの方も皇太子として自覚が強く、聖女様以外の方がお越しになるとは予想をしていなかったので動揺しておられるのです。どうぞお許しくださいますようお願いします」

「ロディさんが悪いわけではないから、気にしないで。許せるかどうかは分からないけれど、そういう人なんだって思っているから大丈夫」

 物語の王子役というのは、大概不遜な態度をとっている人が多いので仕方ないような気もするのだ。

「私の権限ではあなたをここから出すことはできませんが、こちらで困らないように私が取り計らわせていただきますのでご安心くださいね」

「御迷惑をおかけします。でも、ありがとうです」

 頭を下げて礼を述べると、ロディさんが屈託ない笑みを浮かべる。

 この人、顔もいいのに性格も悪くない。あの王子の護衛騎士だなんて信じられない。

「ではサクラ様、とりあえずこちらのお召ものにお着替えくださいますか?」

 用意された服は私好みの服ではなかったものの、制服とは違いこの国の人間っぽくなれるような気もするので贅沢は言える立場ではない。下手に目立つ制服よりも、この世界の服を着ているほうが目立たなくなるしね。

黒髪黒眼はこの世界でもあまり目立つ色合いではないらしく、ロディさんも黒髪だし、黒眼もいることを聞いた。目立たない容姿と、珍しくもない色合いなら埋もれるだけだから安心だ。

 しかしあの馬鹿王子、人のことをもしかして物珍しい小動物か玩具のような感覚を持っているのだろうか。どうしたら私に構わなくなるのだろうか。

「こちらの服はどういたしましょうか」

「処分してください」

「はい?」

「捨てて下さっていいですよ」

「いいのですか?」

「二度と家に帰れないのなら、未練が残るものは残しておきたくないの。それを見るたびに帰りたくなるから」

 本当は手元に置いておきたかったけれど、大事にしているところを王子には見られたくなかった。それを弱みに握られるのも癪だ。

 だったら、最初から捨ててしまえば未練など残らないし、馬鹿にされることもない。

「分かりました。では、こちらで処分させていただきますね」

「お願いします」

「申し訳ありません」

「ロディさん?」

「王子のせいでしょう、処分されるのは」

 視線を外す。本当のことを言われると言い訳もできないとは思いもしなかった。

 そんなに私の行動って読みやすいのだろうか。いや、王子関係だからこの人は敏感なだけかも。

「気にしないでください。それより、アリサちゃんは?」

「アリサ様は現在、王子達とともにこの国の現状などをお聞きになられております」

「この国の現状?」

「はい。簡単にご説明させていただきますと、この国と言いますか世界全域にですが、魔族と呼ばれる異種族に支配されつつあります。そしてその魔族を束ねているのが魔王なのです」

「魔族、魔王」

 どこのゲームだと笑い飛ばしたくなったが、ロディさんの表情から緊迫した雰囲気を感じてそんなことが出来る状況ではないのだと察する。

「それをアリサちゃんならどうにかできるんですね」

「はい。アリサ様は聖女様です。この国に遣わされた、尊いお方なのです」

 私たちがいた世界では普通の人間だったんだけど、この世界に呼ばれたことでアリサちゃんには何かしらの加護を与えられたのだろう。でなければ、聖女としてこの国で崇められることはない。

「それに私が巻き込まれちゃったわけか」

 迷惑をかけられたのは私なのだが、王子達にしても予定外の人間が付いてきたのだから混乱したのかもしれない。

 気持ちは分からなくもないが、私への扱いがひどいので同情などできない。

 確かに王子達からすれば私の命など必要ないかもしれないが、それを口にするあたりが性格が悪い。絶対に忘れたりしないんだから。

「話は大体分かりました、邪魔をしないで旅に同行させてもらいます。御迷惑をおかけすると思いますが、宜しくお願いします」

「私も出来る限りお守りするつもりですが、どうなるか戦況がわかりませんので、絶対とお約束できないのがお心苦しいです」

「ロディさんが守らなくてはいけないのはアリサちゃんか王子でしょう? だったら仕方のないことだと思う。それに、私は逃げるのは得意だから、頑張るよ」

 逃げるから命の保証があるわけではないけれど、頑張れば命も助かるかもしれない。努力は惜しまないつもりなので、とりあえずまずは頑張りましょう。

 そんな私に、ロディが微笑む。

どうなるかわからないけれど、またこうやってロディさんと笑いあえたらいいなと思いながら、私は当日を迎える。

しっかりと装備を整えているパーティのメンバーは、聖女であるアリサちゃんを筆頭に、王子、護衛騎士のロディさん、それから賢者と呼ばれていたダレスさん、それから魔法剣士のドミニクさん、最後に私の6人だ。

私の装備はロディさんが整えてくれたので、なんとか旅が出来る状態になっている。本当にロディさんがいなかったら、私は旅に出ることもままならない状況だったんだろうなと遠い目をしてしまう。

この旅で私を殺す気満々だな、馬鹿王子。

 渾身の憎しみをこめて後ろを向いている王子の背中を睨んでやる。絶対に死んでなんかやらんからな、そんで最後に笑うのは私だ。

 王様や色々な兵士などに見送られながら城を出発する。

最初のうちは舗道された道を進むので和やかに進む。

黒く大きな二頭の馬が引く馬車の中に私とアリサちゃんが、御者台にはロディさんが座ることになっている。

白馬に乗った王子を先頭に、ドミニクさんとダレスさんも馬車の後方を守るように茶色の馬に乗っている。

 命の保証をもう一つ確かなものにするためにも、馬に乗れたほうがいいのかもしれない。この旅の間にでもロディさんに乗り方を教わっておこうと心の中で決める。

 馬車に乗り込むと、先にアリサちゃんがいた。扉が閉まれば二人だけの空間だ。

 こうしてまともに話すのは今回が初めてだったりする。

 私の身元をしっかりと保証してくれたことをロディさんから聞いているので、感謝している。何しろ中学が違ったからアリサちゃんのことをまったく知らないので、意地悪な性格でなくて本当によかったと思う。

「久しぶりだね、佐倉さん」

「そうだね。元気そうだね、アリサちゃんは」

「あの、ごめんなさい。ロディさんから状況を聞いて、なんとかできないかと思ったのだけれど……」

「大丈夫、聞いているよ。ありがとう、この服も全部アリサちゃんが王子達に言って用意してくれたんだね」

 それをロディさんが持ってきてくれたのだ。この二人がいたからこそ、私はこの旅もそんなに苦痛ではない。

 つまり、アリサちゃんが本当の意味で悪い子ではなかったからこそ、私は助かったのだ。自分のほうが身分が高いと思い、私のことを気にしない子だったら、きっと私はもっと早い段階で死んでいたかもしれない。

「あのね、名前を聞いてもいい? 私の名前は中森 有紗っていうの」

 真正面に座ってみても、可愛い子だと思う。しかも自分は進む方向でないところに座っているところを見る限り、相手を思いやることもできる。そんな優しい子だとわかるからこそ、この扱いに彼女が少なからず怒っていることに気づける。

「この世界での私の名前はサクラ。それ以外の名前はないの」

「どういう意味?」

「私に優しくないこの世界が嫌いだから、私は自分の本名をここでは明かしたくない」

 つい本音が口から飛び出した。

「佐倉さん……」

「だから、ね。サクラって呼んでほしいな。名前みたいでいいと思うの、可愛いじゃない?」

 日本にある桜の木々を思い出しながら、自虐的だなあと悲しくもなる。

 そんな私の気持ちが分かったのだろうか、アリサちゃんは小さく笑って納得してくれた。

「わかった。サクラちゃんね」

「ありがとう」

馬車の中は和やかな空気が流れる。ずっとアリサちゃんも私と話したかったようで、話題が尽きることはなかった。


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