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1.巻き込まれました。

 私の名前は佐倉 あかり。

 二年前はまだ15歳で、あの日は高校の入学式だった。

 無事に式を終え、体育館から教室に戻る途中のことだった。

 間違えて上りすぎてしまった階段を下りている私と、上っていた同じ新入生の子が同時に踊り場に足をついた瞬間、突然床が抜けたのだ。

 我に返った時にはすでに私の体も彼女も真っ暗な空間へと落ちていて、叫ぶ暇もなかった。

 気を失っていたのだろうか、次に気づいた時には辺りは明るく、さっきの暗い光景が夢なのかと思うほどだった。

 ううん、そうだったらいいのにと私は現実逃避をしてしまいたくなった。

 目に飛び込んできたのは、現代では考えられない景色だった。

 中世ヨーロッパ、異世界、ファンタジー、そう言ったほうが正しいのだろう、きっと遠目で見ればここはお城の中なのだろうと思わせる作りをしているところの一室に私はいるらしい。

 起き上がった私と彼女を取り囲むように、半端ない美形が正面に立ちこちらを見ている。

 いや、私たちを取り囲んでいると言っていいだろう。

 四人の男性が、私と彼女を見て何か囁き合っているのだ。

「お待ち申しあげておりました、聖女様」

 そのうちの一人が彼女の前で片膝をついて右手に触れた。

 四人の男性の中で一番王子様という名にふさわしい容姿を持つ彼。

「え?」

 驚いた彼女は私を見て、首をひねる。

 もちろん私も意味がわからないので、首を横に振るしかない。

「私の名はアイザック、この国の皇太子です。あなたを異世界から召喚するために、賢者であるダレルに頼みました。そして呼ばれたのはあなたです」

 この国の皇太子、つまり王子様。一番権力を持つ王様はどこにいるのかな、なんて関係ないことを考えて現実逃避をしてみる。

 そんな私を無視して、彼女が震える声でたずねる。

「ここは、どこ?」

「この国の名はフィルランド、あなたは我々が欲した聖女様です。どうかお願いです、その力をもってして魔王と魔族の浄化を願います」

 うわあ、勝手に呼び出しておいてその言い方はないだろう。無償報酬だけでなく、その命も差し出せと言っているようなものだ。

「私に力なんて」

「いいえ、あなたにはこの国のものでは得ることのできない能力を手にしておいでです。ですからお願いです、私たちに力を貸していただけませんか」

 混乱している彼女は私に空いているほうの手で縋りついてくる。

 うん、気持ちはわかるけれど、今のその状況で私に来るのはやめてもらいたかった。ほら、見てみて、この美形な彼がものすごい目つきで私を睨んでいるのがわからないかな。

 ものすごく胡散臭そうな顔をしてアイザックと名乗った彼が私を見つめる。

「お前は誰だ?」

「私は佐倉だよ。彼女の名前は」

「アリサです」

「サクラ、お前は何者だ? なぜここにいる」

「わからない」

「わからないだと?」

「あ~、うん、つまりね、私が巻き込まれたというのはわかったかな」

 そんなに睨まないでほしい。美形が怒ると怖いというのを実演されても困るんですけど。

 その視線から逃れたくて顔をそらしていると、興味をなくしたのか王子様はアリサちゃんへと視線を戻す。

 私とは違い柔らかな温かみのある視線に、呼ばれてないのに一緒に来た私が悪いみたいに感じてくる。実際は一人かどうか確認してから呼び出せと文句を言いたい。

「アリサ姫、どうかお願いします」

「よく分からないのですが、私は帰れますか。佐倉さんと一緒に」

「残念ですが、お戻りになることは不可能かと……そうだな、ダレス」

「はい。お呼びすることはできても、お帰りの特定位置が分かりません」

 困ったように答えたのは、銀髪が眩しい綺麗な男の子。

 中性的な顔立ちで女の子のような雰囲気を持っているけれど、声を聞く限り男の子だ。賢者って、どういう人なんだっけ?

 私が碌でもないことを考えている間も、目の前の二人の会話は進んでいく。

「そんな」

「そのかわり、私たちはあなたを歓迎します。何があろうともあなたをお守り致します」

 私は?

 と聞いていい雰囲気ではないことは分かっていたが、思わず突っ込みを入れたくなっていた。

 たぶんだけど、この王子様がわざと私のことを見ない振りしているのがわかったので、下手に声をかけることはやめておいた。

「分かりました。私に何が出来るか分かりませんが、お力になりましょう。彼女と一緒に」

 手を握ったままだった私に、アリサちゃんが笑ってくれる。

 うん、綺麗な子だな。王子様、絶対に顔を見てアリサちゃんを聖女だって認定したんだろうな。

 黒い髪はストレートで腰まで伸ばされており、いまどき珍しい。

 顔立ちは王子様と並んでも見劣りしないくらい愛らしく、まさに女の子という雰囲気で、見ている人を魅了する力を持っている。

 反対に私は平凡な容姿に顔をしているから、きっと彼らから見れば変なものもくっついてきたくらいの認識なんだろうな。

 それでもいいけどさ、家に帰れないのは困るんですけど。

 いきなり路頭に迷うことになりそうで、本気で巻き込まれただけなのにって怒りたくなる。

 ううん、怒ったりはしないよ。変なこと言って、腰から下げているもので切られたくないからね。

 銃刀法違反、なんて罰則はこの国にはないんだろうねと遠い目をしてしまう。

 一人になりたくないと言いながらも、無理やり連れて行かれたアリサちゃんと引き離された私は、残された王子様に尋問されるのだろうか。

 殺されたらどうしようという不安が拭えず、どうするのがいいのがわからない。

「さて、サクラ。お前は身元が判明するまでは、地下牢で待機だ」

 地下牢ですか、はいはい、いいですよ。

どうやっても私の身元なんて判明できないでしょうが。

まあそのあたりはアリサちゃんにお願いするしかないんだけど。でも彼女って私がどんな扱いを受けているかきっと知らないんだろうな。

「それにしても、なんでこんなチンチクリンまで呼びだしてしまったのだ、ダレス」

「呼びたくて呼んだわけではありませんので、返答に困ります」

 ひどいな、君たち。

おとぎ話の王子がそうであるように、王子様って人種はやっぱり性格が悪いの? いやいや、美形だから性格悪いのかも。

「そうだ、お前。アリサ姫が旅に出るときに、お前も同行してもらうからな。一人ぬくぬくと地下牢で暮らしてもらっては困るからな」

「私にはなんの力もないのに?」

「必要ないだろう。お前の命など」

 言葉を失ったのは初めてのことだった。

 この国の人たちにとって大事なのは、聖女のアリサちゃんだけだろう。それは間違いない。

 つまり私ははっきり言って必要のないお荷物かもしれない。だけど、それは言い過ぎではないだろうか。

 この国の民でないからといって、その言い方はひどい。

 最低最悪。大嫌いだ、お前なんか。顔も見たくない。

 泣きそうになるのを何とかこらえ、この先の命の保証を自分で作らなければいけない。

「お願いがあります」

「ほう、図々しい奴だな」

「もしも、アリサちゃんが魔王を倒すことが出来た時、私を解放してください」

「どういう意味だ?」

「私は私の住むべき場所をその旅の間で探します。だから、もしも魔王がいなくなって城に戻ってくることが出来たら、私を放っておいてください」

「生きていることが出来れば、それを許可しよう。陛下にもそう申告しておく」

「それを証明する書類を私に下さい」

「……まあ、いいだろう。それを使用できるのであれば、な」

 言質はとった。

 後はその紙をなくさずに大切に取っておくことだ。

 意地でも、絶対に死んだりしない。何があろうと生きてこの国に戻ってきてやる。

 そして、この国とはさよならだ。人の命を軽く扱うような国、最低だ。こんな城になんて一秒だっていたくない。

それから、誰よりも顔なんて見たくない、この馬鹿王子。そういう思いを含ませて、きっと王子を睨む。

「ありがとうございます」

 睨みつけたまま王子へと視線を外さない。

 そんな視線を受けたことのない王子は、にやりと笑った。

「殺されたいか、サクラ」

「死にたくないに決まっているでしょう、王子」

「ならばそんなにも簡単に人を挑発しないことだな。たかが小娘に何が出来る、殺されるのが落ちだぞ」

「分かっているわよ」

 この馬鹿王子。

 心の中で罵りながら、視線を落とす。

 名前なんて名乗ってやらない。名字だけで十分だ。

 この日から、この世界での私の名前はサクラ。

 優しくない世界で私は生きていけるのか心配だったが、それでも生き抜いていかなければならない。

 こうして私は、アリサちゃんとともに、魔王を倒す旅に同行することが決まった。

 出発のパレードに参加をせず、私はその出発までは地下牢で過ごすこととなるが、なぜか王子がからかいに来るので腹立たしい日々を過ごしてしまった。


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