9. 私たちが二人な理由。
「君たちが知りたいのは、魔王という存在がどうして決められるか、だよね」
唐突に尋ねられ、飲んでいた紅茶が気管支に入ってしまった。
ゴホゴホとせき込む私に、アリサが慌てて背中を撫でてくれる。柔らかな癒しの光が全身を包み込むと、痛みが消えていた。
ちょっと私に甘いんじゃないかな、アリサ。
ありがとうと伝える私が何か言いたげな表情だと察したのだろう。
「サクラは特別大出血なサービスです。むしろ愛の大安売り? なので、しっかりと私の愛を受け止めてね」
なんておどけて見せ、気負わないように気を使ってくれた。
苦しいだけで死ぬわけでもないのになと心の中でもう一度、感謝の気持ちを抱いていると、申し訳ない顔をしたブラッドさんと目が合った。
「すまない、タイミングが悪かったな」
「いえ、大丈夫です。絶対に聞いてみたいと思っていたことなので、先に言ってもらえて助かります」
自然とアリサと手をつないでいるなと思いながら、先を促す。
これは私たち二人の問題なのだ。緊張から力が入ってしまいそうになるのを、お互いの手の温かさで和らげる効果があることを知っている。
「簡潔に述べれば、私が魔王に選ばれたのは、偶然か必然か。生まれてからずっとあったしこりのようなものが解放されたときに、自分が魔王であったのだと気づいた」
「それまでは気づかなかったのですか?」
「まったく。魔王というものに興味がなかったしな」
そういうものなのだろうか。魔王って魔族の頂点に立つものなのに。
「権力を欲するのは、魔族ではなく人間だからな」
確かに。
人間は底なしですからね、そこらへんは。
「だから魔王が誰であるかは、普通であればわからないものだ。皆が興味ないからな。魔王が誰であろうと個人で動く魔族が多い。けれど、時としてそれは不運を呼ぶこともある」
「不運ですか?」
「私が魔王だと気づいたときのタイミングだ。シビルがエミールを妊娠したとわかったときに魔王だと気づいてしまった」
気づかなければよかったことだったが、無理だった。
苦しげに呟くブラッドさんに、私は戸惑う。
過去のことだと割り切って話しているのにもかかわらず、知ったタイミングが合わなかったことを聞けば、それはブラッドさんにとって不運以外の何物でもないのだろう。
「私が魔族であることは、シビル以外には話せなかった。結婚をし、出来にくいと思っていた子供にも恵まれたけれど、私が魔王であることを知ってしまった」
「確かにそれは、最悪なタイミングですね」
「そうだろう? 魔王になって何かあることもないだろうと、シビルにもこのまま隠し通すと決めた。もしダメであれば、最悪シビルと子供だけでも守ろうと思ったから。だが、タイミング悪くシビルの存在を知ってしまった魔族がいた」
「隠していたのに、どうしてばれてしまったんですか?」
「私を目の敵にしている魔族がいた。彼に見つからないように旅をしていたのだが、長居をしすぎてしまったのだろう、追いつかれてしまった。平和ボケ、恋愛ボケのせいかすっかりそのことを忘れてしまっていたから、私が悪いんだがね」
何よりも優先させたのは、もちろんシビルさんのこと。守るために、すでに準備していた異空間に連れていくと、理由も告げずに閉じ込めてしまったらしい。これが今でもブラッドさんが後悔していることの一つ。
仕方ないと場所を移動して戦闘になり、ブラッドさんが勝利してしまった時に気付いてしまったらしい。今までとは違い、内側から力が湧き出てくることを。
隠すことのできない力は、存在自体にオーラを放ち、ここに魔王がいるという存在を教えているように輝いたらしい。
本気で戦ったわけでもないのに、魔王だと意識したとたん芽吹いたその力が変化してしまった、これがもう一つの後悔。
「私が魔王であることを他の魔族、まして人間に気付かれるわけにはいかないと、慌てて前魔王に押し付けてきた、というのが事の真相だ」
「シビルさんのためですね」
「そう。私が唯一心を痛めるのは、彼女のことだけ。今は彼女と息子のエミールの二人だな」
他人に縛られない魔族は愛情を与える相手にのみ、大切に扱うようになる、だったよね。
愛情深いのかもしれないけれど、過剰すぎて愛が重たいと捉えられないかな。
まあ個人の見解として、私は重いと断言できるけどね。
「話がそれてしまったかな。あとはそう、シビルを異空間に閉じ込めてしまった時、彼女は精神を病んでしまった」
その言葉に、驚いた。どうして、とアリサと二人で同時に叫ぶほどに。
助けるために連れてこられた異空間が、どのような場所なのか想像ができないが、もしかして暗くて陰気なところなのかもしれない。
「異空間といっても、私たちがいつでも暮らしていけるような拓けたところだ。だが何も聞かされず、緊迫した表情の私に無言で閉じ込められてしまった上に、彼女は数時間誰もいない空間に閉じ込められていた。もともと妊娠していたことで感情の起伏が激しくなっていたこともあったのだろう、そのストレスは相当なものだったらしく、すべてを終えてシビルを迎えに行ったとき、彼女はきっと半狂乱で泣き叫んでいたのだろう、頬に拭くことのない涙の後が残って倒れている姿を見つけた」
その時、どんな感情がブラッドさんを支配したのだろう。きっと自分を罵ったり、過去の自分の行動を悔んだりしたのだろう。
錯乱したシビルさんがどういう状況だったかのわからないが、命に別条がないことと、おなかの赤ちゃんが無事だったのは、エミールが健康体でいたからわかる。
でも当時のブラッドさんは最悪の結末も視野に入れて、きっと不安になったのだろうと思うと心が痛む。
「後悔をしている、本当にいろいろと迷惑をかけたばかりか、君たちにまで。私は不甲斐ない、何をしても裏目ばかり出てしまう」
頭を下げるブラッドさんに、私たちは何も言えない。
謝ったのでもないし、うわべだけでも大丈夫ですよ、とも気にしないでくださいよとも言えない。
言いたくないことをブラッドさんも知っているのだろう、頭をあげた後は苦渋の顔をしていたものの何も言わなかった。
「シビルのこともあり、このまま村で暮らすよりも人目から隠して彼女の傍にいることに決めた。魔王である私が表部会にいるよりも、異空間という閉鎖された場所にいれば誰にも気づかれないからな。だから村の皆には申し訳ないが記憶をいじらせてもらい、円満に村から街へと出て行ったことにした。エミールが生まれるまでの間、シビルは時折叫びだすことはあったものの、比較的穏やかな日々を送ることが出来た」
ふっと息を吐くブラッドさんに、私たちも力を抜く。
無事に赤ちゃんが生まれたことは、エミールで分かっているからその先は必要ないのだろう。
きっといろいろあっただろうから、気持ちに余裕があったときにでも聞いてみよう。
「最後に、エミールは生まれてすぐに魔力がないことが分かった。そしてシビルだが、出産してすぐに気を失い、そのまま目を覚ましていない。もしかしたら彼女は、自分がエミールを産んだことも、知らないかもしれない。きっとシビルは魔族の子を産むのに耐性がなくてそうなったのだろうと推測した」
「簡単に締めくくらないでください」
「そうですよ、すごく重大なことじゃないですか。やっぱり人間と魔族との結婚、出産は考えているよりも重いことなんですね」
「それに、エミールの魔力がないってことは、他の魔族から狙われることですよね」
「しかも一度も目覚めていないってことは、栄養状態は今どうなっているんですか? ここって、私たちのいた世界とは違って医療機関が発達していないから……魔力で生命維持をやっているんですか?」
「あとあと、エミールを守護していたということは、結局どういう状況で、どうやってやっていたんですか? あのぼや~っと出てきた感じってどんな風になってたんですか?」
終わった終わったと思った瞬間の爆弾発言に、思わず突っ込めるだけのことをアリサと順番に続けてみた。アリサはシビルさん、私はエミールのことを交互に言ってたね。
よくよく考えたら、その後のことも重要じゃないか。
「そうだった、それもあったね」
「忘れないでくださいよ」
「忘れたわけではないけれど……」
含んだ言い方に首をかしげる。今の私たちに何かあっただろうか。
「何ですか?」
「いいコンビだと思って。ポンポンって矢継ぎ早に話してくるから、返事が出来なかったよ」
「そうさせたのはブラッドさんじゃないですか」
「もしかして私たちのこと、馬鹿にしてます?」
なんやかんやと、怖かったのがウソみたいに普通に話している。
そういう雰囲気をブラッドさんが作ってくれているのが大きいとは思いつつ、やっぱり構えずに話せるのはありがたい。
聞きたいこともしっかりと聞けるからね。
「さて、まずはシビルのことだね。聖女アリサの言う通り、シビルの体は私の魔力で衰弱することもなく眠ったままの状態である。起こそうと最初に試行錯誤をしてみたのだが、どれも効果がなかった。異空間での生活を続けるつもりであったが、このまま閉鎖された世界で生きていくよりはと、エミールを優先させることにした」
「優先?」
「先ほども伝えたが、エミールは魔族同士であれば同族だとわかる存在であったものの、魔力が一切なかった。そんな状況で外の世界に出れば、エミールは簡単に殺されてしまうだろう。なので君たちの言葉通り、私が彼の魔族としてのオーラを消して守護していたのだ」
「そんなことが出来るんですか?」
「っていうかアリサ、出来ていたから私もドミニクもエミールが魔族だなんてわからなかったんだよ」
「そうだったわ。そうか、だから魔王なのね」
ちょっとアリサ、だから魔王っておかしい日本語よ。魔王だからできるっていうのならまだしも。
気持ちはわからなくはないのだけれど。
こうして聞いてみると、魔族ってなんでもありな感じで最強ってイメージが強くなる。人間と違って権力は貪欲ではないものの、非情な残酷でなければ。
「私が魔王だからできたのかはわからないが、目的としては私の魔力をエミールのものだと思わせるために守護したつもりだったんだ」
「なるほど。そしたら思わぬラッキーが待っていたんですね」
「そうだ。人間として生きていくほうが、エミールは幸せかもしれない。何しろ、私もシビルもあの子を守ってあげることが出来なかったから」
なるほど。では、次の疑問も生まれてくる。
「シビルさんはどうしたんですか?」
「そういえば、そうよね。それをすべて手配をしてから、ブラッドさんがエミールに憑いたんですか?」「待って、ずっとエミールと一緒にいたけれど、一回も父親の話が出てきてないのよ。そりゃ、記憶捜査をしていたのならないのかもしれないけれど」
「そういえばそうよね。サクラはずっとエミールと一緒にいたから、弟のように思っているんです」
「私もエミールの傍にいたから知っているよ。そうだね、その件に関しては私の代わりにすべてを整えてもらったものがいる」
「わかった、あの美女ですね」
ぽんっと手をたたいて反応したのはアリサが先だった。
「美女?」
「ほらサクラ、いたじゃない。エミールを保護してくれたあの美女」
いただろうか。
ああ、そうだそうだ忘れていた。確かに彼女がいたね。
「思い出したよ、アリサ。うん、いたいた。そっか、彼女がやってくれたのね」
「美女?」
そんな、私と同じ反応しないでくださいよ。配下だって言っていた、あの美人さんのことですよ。
「そうですよ。ブラッドさんの知り合いでしょう?」
「美女ってもしかして、ノルーのことだな。あの子はレオノールと言って、私の大切な配下だ」
微妙な顔をしてから、彼女を思い出したのだろう、信頼しあっているのだろう、目元が柔らかくなったのに気付いた。
こうして話していて初めての反応だった。
「ノルーにシビルのことを任せ、村人全員の記憶を操作し、それからエミールに憑いた。あの子を拾ったのは偶然だったが、シビルに会うずっと昔の話だが、育ててよかったと思っている」
「子育てですね」
「楽な子育てだったがな、エミールとは違って。手に負えないとわかったのだろうな、ノルーがエミールを人間の世界に戻すほうが良いと進言してくれた。シビルも一緒に。もしかしたらこのまま閉ざされた世界にいるよりも、いろいろな人間と知り合い、ひょっとしたら運よく目覚めさせる方法があるかもしれないと思ったらしい」
「そして、私たちが来た」
きっと、私たちが二人できたことに意味があるとしたら、ブラッドさんとシビルさんとエミールの三人のために来たのかもしれない。
二人でなくてはいけなかった今回に、聖女であるアリサが呼ばれ、私がたまたま一緒にいただけで。
それがたまたまの偶然ではなく、必然だったら。
きっと私たちが二人な理由になる。




