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8. 今後について。





 その後もブラッドさんからシビルさんとの話を聞いて一時間が過ぎたころ、ノックがあった。

 アリサと顔を見合わせてから、誰か来る予定だったかなと首をひねる。

「こんな時に誰かしら」

「廊下にいるのはアイザックだ。実はずっとこの部屋に来るのをうかがっていた彼が、三人で話し込んでいるのを気にしているようだ」

 呟いたアリサに、ブラッドさんが答える。

 ちょっと待って、扉が厚くて誰だかわからないのが普通なんですけど。

 もしかしなくても、心の声を聴いたからわかるんですよね。そうですよね。なんていうのかな、某漫画みたく気とかで分かるとかじゃなくて、だよね。

 どうしよう、あまりにも規格外すぎて突っ込みを入れる勇気がない。アリサのあの驚きの顔を見て学んでほしい。

 きっとアリサも気づいたよね、ブラッドさんの魔王としての能力とか。普通では考えられないことが簡単にやっていそうで怖い。

「このままでないわけにもいきませんし、とりあえず話としては区切りもいいことなので中断しますか?」 

「そうだな、できればサクラと聖女であるアリサの二人のみにこの件は留めておこうかな」

 どことなく黒い笑みに見えるのは、私の気のせいですよね。同じように感じていたらしいアリサと一緒に乾いた笑みになってしまった。

 話し込んだつもりはなかったけれど、喉も乾いてきたしそろそろお茶の休憩にしようと思っていたから、ちょうどよかったのかな。

 再度ノックをしてくる王子に、ゆっくりと扉を開けた。

「ちゃんと聞こえているよ、王子」

「どうして私だとわかったんだ」

 顔を見る前に王子と話しかけてしまったからだろう、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。

 言われてみれば確かに、間違いはないだろうと思いつつも王子がそこにいると思って開けてしまった。少しだけ不用心だったかな。

「どうしてって……どうしてだろうね」

 人の心を造作なく読んでしまうブラッドさんのせいですよ。

 って言えるか。

 曖昧に笑いながら、話を逸らす方向で行こう。

「そんなことより、王子こそどうしてここに?」

「サクラに会いに来た」

「嫌ですよ、私にはさっき会いましたよ。んで、何用ですか?」

「何度でもいえるぞ、私はサクラに会いに来ただけだ」

 ふんぞり返って威張る王子に、ため息がこぼれてしまった。

 これ、私のこと馬鹿にしてますか?

 相手にするのが面倒になり、部屋に入るように勧める。

 ソファーに座っているブラッドさんを見つけて、王子が一瞬だけびくっとなったけれど、すぐに王子の仮面をかぶって一礼をした。

「失礼します」

 こらまて、その一言は入る前に自室である私に言うべきものである。どうしてブラッドさんに言うの。

 気持ちはわからなくもないが、王子は今一つ私に対して馴れ馴れしいというか、礼儀を欠いてくるというか。

 いいんですけどね。

 見れば王子の後ろから侍女が二人ほど入ってきた。目が合うとそれは私がここに数日居た時の女性で、それはきれいに笑ってくださった。その笑顔を見て悪寒が走ったのは、きっと私の気のせいだと思う。

 一礼をしてから慣れた様子で持ってきた茶器の準備を始めていく。

 お茶の時間だからかな、王子が呼びに来てくれたようだ。

 感謝の気持ちで王子を見ようとしたら、さっさと歩きだしていた。どこに座るのかとぼんやり見ていたら、王子はアリサが座る三人掛けのソファーの反対側に座ってしまった。

 ふつうここは、ブラッドさんの隣にある一人掛けのソファーに座るところじゃないの?

 そうすると、あれ、私はどこに座ればいいのやら。

「サクラはここよ。ほら、座って座って」

 無邪気に誘導するアリサの場所は、王子と彼女の間。ちょっと待って、私が真ん中なの?

 さっきまではアリサと私で真ん中あたりで座っていたはずなのに、今は二人とも両端にしっかり座りなおしている。

 迷惑でなければ、私はブラッドさんの隣の一人用のソファーに座ろうかなと視線をずらした瞬間、アリサが立ち上がって誘導してくれた。

 そんなエスコートは必要ありませんよ。

「サクラは私の隣。ね、いいでしょ?」

 なんてかわいく言われて嫌だなんて言えないので、左腕を組まれたままの状態で座る。

 視線を感じて右隣を向けると、能面の王子と視線が合った。

 あらやだ、怖い。

 見なかったことにして正面を見ると、なぜかご機嫌のブラッドさんが。

 なにこれ、私って一番最悪なポジションにいない?

 音を立てずに侍女が準備を終えるのを待ってから、ブラッドさんが口を開いた。

「アイザックは、今後はどうしたらいいと思う?」

「私に聞くのですか」

「個人的に興味があってね」

 もうすでに頭の中で組み立てられていく王子の心の声を盗み聞きしているであろうに、それでもなおかつ口でききたいということだろうか。

 つまりあれだ、裏表が歩かないかを見極めるためだろうか。

 教えてあげる義理はないので私はアリサと一緒に王子をじっと見つめる。

 王子はふむと考えるそぶりを見せてから、これは私の見解ですが、と一言おいてから話し始めた。

「私はブラッドさんの思いを優先させたほうがいいと思ってます」

「どうして?」

「サクラと違い、私はあなたが現れたところからしか知らない。けれど、サクラの言うエミールの中から出てきたということは、彼をずっと守護していたということですよね。魔王として生きていくのではなく、息子を守るために。その行動は、私があなたを信頼する価値があるものだと思います」

 成長をした姿というのは、一目見てわかるものではない。

 あの時、あの場所で、あの一言は私の心に巣食う病魔としてここに残っている。

 誰であろうとあの時の私の感情が一時でも安らぐことが出来ないほど、深い病に。

 あの一言がなければ、私はここまでかたくなに帰りたいと思わなかった。

 この世界を嫌いにはならなかったと思う。

 ねえ、王子。どうしてその一言をよりにもよってあんたが口にしちゃったのかな。

 自分の思いじゃないってわかっていながら、私が聞いたらどう思うかくらい道徳の授業で習っておきなさいよ。道徳っていう授業がないことくらいわかってるけどさ。

 だから本当は頭では理解はしているんだ。

 誰が悪いのかって。

 許せる許せないかは別として、本当は私は王子のことを嫌いじゃない。

 こうしてしっかりと自分の意見を言えるようになって、ましてそれが以前とは比べ物にならないくらい成長しているのがうかがえることは大変喜ばしいことだ。

 ほめてあげることだってわかってても、私はそれを認めたくない。

 器の小さい女だと罵られようと、それは仕方のない感情なのだ。

 もう少しだけ、あともう少しだけ時間を頂戴。

「サクラ、大丈夫?」

「ああ、うん。大丈夫」

 心配をしたアリサがのぞき込んでいる。

「少しは成長したでしょ、王子も。まあ、ダメダメがそれで帳消しになるかというと、ないんだけれどね」

「確かに」

「でも、認めてあげようって気にはなってるの」

「それも、わかる」

「私はサクラと違って当事者じゃないから、許してしまいそうだけど、サクラは本能の赴くままに突き進んで大丈夫だからね。私はずっと支持するから」

「ありがとう」

 仲良くなっていくたびに、思う。

 この世界に来なければ、きっと私はアリサとは友達にならなかっただろうなと。

 ただのクラスメイトで終わっていたはずだ。

 あまりにも私たちは考え方が違うから。

「サクラは、どうするつもりだ?」

「私?」

「エミールの父親だ、絶対にブラでドさんを優先させるつもりだろう」

 決めつけたその言い方にカチンとくる。

「そうよ。私はブラッドさんがどうしたいのか聞いて、できたら魔王を今後誕生させないようにしたいと思ってます」

 あれ、これまだアリサと話し合ってないけど、同じ気持ちだったかな。

 心配になったものの、アリサも同じように笑っていることが確信に変わる。

「だから大丈夫。この国に災いを陥れるつもりもないし、無事に解決させるつもり」

 言いながら、なんとなく私が魔王になっていないかと心配になる言い方だった。

 おかしいな、私はか弱い女の子のはずなんだけど。

「それはない」とブラッドさんが小さくつぶやいたので、睨んでおいた。

 両端に座るアリサと王子が不思議そうな顔をしていたが、説明する気にも起きない。

 きっとブラッドさんは王子の心の声を聴いて気に入ったんだろう、態度が変わらない。

 可愛がられるタイプなんだな、きっと。確かに構いたくなるんだよね、馬鹿すぎて。

 なんとなく面白くなくって、アリサ側にへばりつく。

 お茶がなくなったころ、王子が立ち上がった。

「私がいると話が進まないのであろう、これで失礼する。ブラッドさん、聖女アリサと、サクラのことをよろしくお願いします」

 きれいな一礼をして部屋から出て行った。侍女二人も同じように。

「気を使われてしまったな」

「大事なことですからね、王子が成長していることが分かってよかったよね、サクラ」

「私? まあ、よかったんじゃない。この大事な場面であんな態度をとったら、救いようがないじゃん」

 この話はもう終了と切り上げ、先ほどの話に戻ろうとする。

 わざとらしい態度の私を不審に思うのでもなく、いたわるようにアリサが微笑むことが申し訳ない気持ちを抱く。

 でもきっと、アリサには遠慮する気持ちを抱くことのほうが失礼に値するのだろう。

 だから甘えさせてもらう。

「ではブラッドさん、私はどう動けばいのでしょう」

 聖女としてどのように動けばいいのかアリサが尋ねると、ブラッドさんは一度悩むそぶりを見せてからこういうのはどうだろうと提案を持ちかけた。

「つまりね、私は君たち二人がこの世界に来た理由の一つになるのではないかと考えている」

 本当にブラッドさんはエミールを守護していたのだとわかる一言だった。

 ずっと一緒にいたエミールに、私は一度だけ我慢が出来なくて愚痴をこぼしてしまった。

 きっと理解なんてできていなかっただろうに、エミールはその一回の時に優しく意味があると思うと言ってくれた。

 何気ないその一言が、私にとって救いの言葉だと知らない。

 二人しか知らない会話を知っているということは、ブラッドさんは確かにエミールを守護していたことになると思った。

 一番苦しいときに、助けてくれたのはエミールだった。

「私も必要なんですね。全力で頑張ります」

「サクラ同様、私も頑張らせていただきます」

 笑いあってから、アリサと一緒に頭を下げた。

「ありがとう。では、私の今後の計画を聞いてもらおうと思う。もし嫌だと思ったら、遠慮なく言ってほしい」

「大丈夫です。誰かを傷つけるためにやるのではないのなら」

 平和な世界で生きてきた私たちに、争い事は向かない。

 どうせなら、平和主義らしく穏便に物事を進ませていきたい。暴力反対、話し合い解決賛成。

「サクラもまだ会ったことはなかったな。エミールの母親であるシビルを救ってもらいたい」

「わかりました」

 二人仲良く返事をしてから、また静かにブラッドさんの話を聞いた。





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