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7. 二人は純愛らしい。





「あなた何しているの?」

 不意に聞こえた声に、ブラッドは何事かと顔をあげる。

 誰かが近づいてくるのは気配で分かっていたものの、まさか声をかけてくるとは思わなかったので少なからず驚いた。

 まだ幼さの残る少女がこちらを不思議そうに見ていた。

 不機嫌丸出しで、話しかけるなオーラを出していたブラッドに平然と声をかけてきた少女に、少しばかり興味を抱く。

「君は?」

「そんなにつまらなそうな顔をして湖を見ているあなたが面白くて、ついつい声をかけてみた人です」

「は?」

「あれ、おかしかった? 特に話しかけた意味はないんだけど、面白くもない湖を一時間も見つめているから、気になって仕方ないから話しかけちゃった」

 てへへ、と笑う少女に、ブラッドもつられて口元が緩む。

 面白いのはこちらのほうだと、ブラッドは思った。

 この少女、心の中と同じことを口にしているのだ。

 裏表のない性格なのだろうか、少女は屈託ない笑顔でブラッドの隣に座った。

「ねえ、楽しい? ずっと湖を見てるけど。何の変哲もない湖だと思うよ、特に水がきれいでもないし」

「別に楽しくて見ていたわけではない。これからどうしようかと考えていたから、君から見れば熱心に湖を見ていただけのように見えたんだな」

「ふふ、そうかも。だってね、身動き一つしないでじっと見ているんですもの、気になって仕方なかったよ」

 確かに先ほどから視線を感じてはいたが、彼女だけではなかったから気にしていなかった。

 話しかけられたくなくてそんな雰囲気を出していたのだが、子供には通じなかったようだ。

 この容姿がたぶんいけないのだろうが、人型を取るとどうしてもこの姿になってしまうから、仕方ない。

「ここに来たのは、旅行?」

「辺鄙な村にいることが不思議なんだろうが、旅をしているからたまたま酔っただけの口だ。お前は村の人間か?」

「そうよ。両親が畑仕事をしているから、そのお手伝いをしていたの。今は昼休憩で休んでいるところ」

「休憩しろよ、しっかりと。畑仕事は自分が思う以上に体力を消耗するぞ」

 子供は特に。

「子ども扱いは必要ありませんよ。しっかりと自分のことはわかってますから。でも、そうだ。行く先が決まっていないなら、泊まりに来ない?」

「何のために」

「私の娯楽のため?」

 にこにことしている。

 おっと、ここでついに本音と別れてしまったようだ。

 村の誰かとお見合いさせようだなんて、子供の考えることではないだろう。大方、ブラッドがここに一人でいたことで、結婚適齢期の女性が話していたのを聞いていたのだろう。

「残念だけど私はここにとどまり続けることはできないよ」

「どうして?」

「私が旅をしている理由に関係あるから、君に話す必要はない」

「まあ、そうだよね。だったら、少しだけ私の相手をしてよ」

 今度は本音と一緒である。

 聞きたくもない心の声が駄々漏れなのは申し訳ないと思うが、子供なのだから仕方ないと思ってもらおう。

 先に興味を抱いて寄ってきたのは、彼女のほうだったから。

「私の名前はシビルよ。よろしくね」

「私はブラッドだ。永井はできないと思うが、よろしくな」

「一緒に畑仕事、頑張ろうね」

「お前よりは役に立つからな、お前のほうが頑張れよ」

「子ども扱いしないでよ」

「してほしいのかと思っていたけれど?」

 むう、っと頬を膨らますシビルに、ブラッドが笑った。

 面白い、と。


 村に滞在する期間は決めていなかったが、本当に長居をするつもりがブラッドにはなかった。

 少しだけ興味が出てきたシビルと会話をし、そこそこ楽しんだらすぐに村を離れるつもりだった。

 なのに、シビルの家から半年もの間離れなかったのは、きっと最初に会話をしたときに予感めいたものを感じていたのだろう。

 物怖じをしないシビルに少なからず、シビルは他では抱くことのない感情を持ってしまったから。

 しかも面白いことに、シビルの両親も村を騒がせていた色男というブラッドに偏見を持つこともなく、簡単に家へと住まわせたの。

 信頼をされているのだろう、シビルのことを。

 二人の雰囲気は始終穏やかで、心の中を読んでもあくどいことなど一切考えておらず、ブラッドにとって居心地のいい関係へと納まった。

「私の分は終わったが、なんだシビル、まだ終わっていなかったのか」

「うるさいわね、もう少しで終わるところよ。嫌味なんて言わずにさっさと休憩すればいいじゃない」

「お前がいないのに私一人で休憩しても暇だろう。ほら、手伝ってやるから早く休もう」

「んもう、最初から素直にそういえばいいのに」

 なんて軽口をたたくほどの仲になっていた。

 一緒に住んでいるからと、村の結婚適齢期の娘たちには嫌味を言われていたものの、思ったよりも生活落ち着いていた。

 きっとシビルと両親の二人は村の中でもよい位置にいるのだろう。

 子供だと思っていたシビルはブラッドが考えるよりも大人の考え方を持っていることに、他の者たちがやっかみを言わせないのもあった。

 この閉鎖された村の中で子供でいられる期間は少ないのだろう、だからこそ、ブラッドは興味が尽きない。

 その興味が、いつしか恋に変わるのに時間はいらなかった。娘たちのいらぬやっかみのせいでついつい喧嘩っぽい口調になってしまうシビルが可愛いと思うようになるのも。

「シビル、どうしたんだ?」

「なんでもない」

 ふてくされた顔をしているシビルに、ブラッドはふうんと相槌を打つ。

「しっかりとケガの治療をしておけよ。嫁の貰い手がなくなる」

「余計なお世話です」

 ヒステリックになったふりをして部屋へと戻っていくシビルの背中を見て、ブラッドはどうしたいいのかと悩む。

 最近増えたのは、シビルのケガの量だ。

 時にひどいのは、頬に走る赤い手のひらの後。思い切りたたきつけられたのであろう、赤い跡が残っているのを見ると何とも言えない気持ちになる。

 鏡がないから気づいていないかもしれないが、他のものが見たら叩かれたということは一目瞭然である。

 何しろブラッドがシビルと仲良くなればなるほど、その傷が増えていくのだから困りものである。

「泣きついてきたほうが可愛いのにな、まったく」

 そうしたらどうやって報復しようか悩まなくて済む。

 速攻で自分のものにして、牽制をすればいいのだから。

 でもそれをしたら、自分のこの気持ちもしっかりと自覚して、受け入れる準備をしなくてはならない。

 魔族と人間の恋など、簡単に受け入れられることではない。

 まして、相手はブラッドを魔族だと気づいてもいないのだ。

「どうしたらいいんだろうな」

 このままの状況でいようにも、周囲が許してくれない。

 子供だからと許されていたシビルに嫉妬の憎悪がむき出したのは最近だ。

 唯一近くにいることを許しているシビルに、ブラッドが心を許していることは明白だった。それに加え、最近はブラッドがシビルを見る視線に何かが含まれてることを気づかれてしまったのだ。

 これ以上被害を受けないためにも、時間の問題である。

 本当は何も告げず、このままここを去るのが一番いいと理解していた。

 でもできなくなっていたのは、嘘偽りなく接してくれるシビルを、愛しいと感じ始めてから。

 傷つけられても相手に申し訳ない気持ちになり、けれどそれでもシビルはブラッドと距離を開こうとしない。

 その感情が恋なのかは、ブラッドはわからない。

 きっとシビル自身がその気持ちに気付いていないので、わからないのだ。

 子供が大人に羽化するのは、その人それぞれだから。

「潮時かもしれないな」

 傷つけられるシビルを見るのが嫌で、ブラッドは逃げ出すことに決めた。

 出ていこう、そう思い荷物をまとめる。

「シビル、少しだけいいか」

 何も告げずに出ていこうと思ったが、できなかったのはなぜか。

「どうしたの?」

「いや、その」

 もうこのあたりで次の場所へ行こうと思うんだ、と口にするつもりで戸惑ってしまったのはなぜか。

 泣いていたのだろうか、赤い瞳をして見上げてくるシビルに気持ちがかき乱されるのはなぜか。

 理由はわかっていても、明確な答えを出せなかったのは、きっと諦めることはできないからだ。

「いやよ、ブラッド」

「シビル?」

「出ていこうとするなんて、どうして」

 手にしていた荷物に気付き、シビルがヒステリックに叫ぶ。

「嫌よ、行かないで」

 ぽろぽろと涙がこぼれる。

 けれど出会った時のように癇癪でえんえんと泣くような真似はせず、ただ静かに涙が頬を濡らしていく。

「どうして?」

「お前が傷つく姿を、見たくなくて」

「私なら大丈夫だから」

「お前が大丈夫でも、私は平気ではない」

「どうしてよ、私の問題でしょう」

「そうじゃない。お前が大事だから、これ以上傷つけたくない」

 居たたまれない気持ちでブラッドが頬を優しく撫でる。愛おしそうな瞳で。

 それだけでシビルは自惚れたくなるのに、そうさせたくないブラッドによって仄暗い気持ちが宿る。

「ひどい、そこまで口にして、決定的なことは私に言わせるの?」

「シビル?」

「ブラッドの臆病者、軟弱もの、弱虫……そんなの、知ってたけど、ね」

 自嘲気味なシビルの表情に、ブラッドは戸惑う。気づかれていないと思っていただけに。

「好きよ、ブラッド。私はブラッドのことが好き。他の誰にも渡したくないくらい大好きよ。ブラッドは、同じ気持ちじゃないの?」

 何も告げずに立ち去る予定だったブラッドが、シビルに声をかけたのはわずかな希望を抱いたから。

 引き留めてくれる、必ずシビルがブラッドを引き留めてくれると確信していたから。

 魔族であることを告げていないブラッドがその言葉を口にしていいのか悩むくらいに、シビルのことを大切に思っていた。

 きっと今以上に傷つけることになるだろう。

 このままブラッドの気持ちには蓋をして見ないふりをしたほうがいいとわかっていても、できそうになかった。

「きっと私は、君を傷つける結果になるとわかっているのに、伝えると思うか?」

「私が傷つくかどうかは、あなたが決めることではない。私が決めるわ。そんな些細なことで何も言わずに去るなんて許さないんだから」

「……お間に伝えていなかったことがある」

「そうでしょうね。あなたが旅をしていた理由の一つでしょう?」

 覚悟を決める時だ。嫌われてしまうかもしれないが、シビルに好きだと口にしてもらえて少しだけ勇気がもらえたようだ。

 他では聞かれないように魔力で二人の空間を防御する。

「私は、人間ではなく魔族だ」

 その言葉に、シビルの瞳が大きく開く。

 簡単に受け入れられる事実ではない。言葉の意味を理解すれば、シビルであろうとブラッドを罵ってこの部屋の扉は占められるだろう。

 ここまで仲良くなってから口にすることではないのだろう。何も告げずに立ち去るつもりだったから、最初から言うつもりなかった。

「ま、ぞく」

「そうだ。お前は魔族である私を受け入れることが出来るのか? できないとわかっているから口にすることはなかったが、仕方ない。ここでお別れだな、シビル」

 揺れている瞳に動揺しか見られず、けれど嫌悪の色が出ていないことに安堵した。最低な別れ方をするけれど、その記憶を消し去ってしまおうと思わないだろう。

「さよならだ、シビル」

 あっさりと背中を向けたブラッドに、からからに乾いていく喉に、シビルは現実とは思えないほどふわふわしていた。

 魔族だから受け入れることが出来るのかと問えば、答えは否だ。

 でもこのままブラッドと別れていいのかと問われても、答えは絶対に否だと言えよう。

 好きなのだから。

「待って、行かないで」

 やっと呪縛から解かれたシビルは、背中を向けたブラッドにしがみつく。

 まだ答えは出ていないけれど、仲たがいしたような別れ方は嫌だった。

 このまま行かせてしまったら、ブラッドはもう二度と会いには来てくれないだろう。それだけがシビルの頭を独占した。

「ずるいよ、言い逃げなんて」

「シビル、いい子だから手を離せ」

 心の声が聞こえているブラッドにしてみれば、シビルの感情がまだ定まっていないことがわかる。

 驚くことに、シビルはブラッドが魔族だとわかっても動揺はしていても嫌悪感が現れることはない。

「今の私に何かを判断させても、きっとそれは本当の気持ちとは違うと思う。でもね、これだけは言わせて。私はブラッドが好き。魔族であろうとなかろうと、私はブラッドが好きなの」

 魔族であろうとなかろうとといわれても、ブラッドは魔族であるのだがと呆れてしまう。

「きっと後悔をする時が来る」

「それを決めるのは私よ。だから大丈夫」

「ずるいな、その言い方は。私はお前だからこうして手に取ろうと思うのに」

 人間が魔族を嫌悪するように、魔族だって人間を嫌悪してしまうのは仕方のないことだろう。

 同じようにブラッドにだってシビルに対してのいろいろな感情があってこその、答えなのだからお互いに譲り合わなくてはいけない。

 両思いであるのなら、なおさらに。

「だったらもっとおかしい話よ。ブラッドは私の気持ちは聞いたのに、私への思いは教えてくれていないもの」

「好きだよ」

 間髪入れずに一言だけ答えてみた。

 ほどけた腕から抜け出し、くるりと正面へと向き直る。

 案の定ぽかんと口を開けて見上げているシビルの姿に、吹き出す。

「ひどいブラッド、そんな、やけっぱちな言い方って」

「好きだよ、シビルのことが誰よりも。きっと君が声をかけてくれたのは、運命だったんだね」

 ならばと耳元で声を低くして告げてみる。

 途端に真っ赤になって耳を抑え一歩下がったシビルに、優越感たっぷりに微笑んで見せた。

 効果は抜群だったらしく、シビルは全身を真っ赤に染めてしまった。

「ずるい、ブラッドの馬鹿、嫌い」

 ばたんと勢いよく扉を閉めてシビルは逃げ出してしまった。

 からかいすぎたかとも思ったが、部屋の外までも駄々漏れしているシビルの心の声に、今度はブラッドのほうが赤面をしてしまった。

 参った、もう勘弁してください。

 そんな気持ちでシビルの心の漏れをシャットダウンをして部屋へと戻った。

 きっと本当に考えなくてはいけないのはこれからかもしれないが、この瞬間があればきっと悩みながらも答えを探していけるだろうとブラッドは思った。

 魔族も人間と同じように、本来は愛情深いものなのだ。特に、一度これと決めたものに対しての恋情は。




「というのが馴れ初めと、私たち二人の始まりかな」

 話し終えたブラッドさんに、ほうっとアリサが赤い頬をして聞きほれていた。

「魔族として黙っているって、できるんですね」

「普通はねサクラ、人間は魔族だと判断することはできないものなんだ。規格外なんだよ、サクラのその能力は」

「私のことは今は置いておいて、二人はこれで晴れて恋人同士になったのですね。あそこに住んでいたからこの先が読めるんですが、村長に言われましたよね、あの言葉」

「ああ、結婚しろってこと?」

 あっけからんと話すブラッドさんに、うなだれながらそうですと答える。

 閉鎖された村だからか、あそこの村は恋人同士になるとすぐに結婚させようとする風習がある。

 いい仲になるかも、発展途中だなって二人にもその言葉を口にするから、聞いたところによると少なからず破綻への道もできている。。

 どちらかといえば、別れさせようとしていたのかな、あれは。

「もちろん言われたけれど、そんな簡単に私たちができるわけもないから、申し訳ないけど言わないようにさせてもらったよ」

「マインドコントロールですね、わかります」

 いい笑顔でアリサが突っ込んだ。

「そうですよね、純愛の二人は波乱万丈な毎日が待っているんですから、周囲は少なからずおとなしくしていてほしいですもんね」

 キラキラした顔でそう口にするアリサに、ブラッドさんが吹き出してしまった。

 まあ、女子高生は恋愛が大好物なので、仕方ないですよね。

 私だって、やっぱり二人の馴れ初めはキュンキュンしてしまいましたから。








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