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6.これからのこと。

「ブラッドさんは、とりあえず私の心の声を聴くのをやめてください」

 この部屋に来てからにこにこと楽しそうに笑っているブラッドさんの顔に腹が立ち、今後のことを考えればそれが一番重大なことだと思う。

 こちらの思惑が筒抜けになっているなんて面白くないし、やりにくいことになりそうだ。

 ダダ漏れのせいでブラッドさんがさらに笑みを深めている。知らなかった、笑顔って腹がたつんだということを。

「やめてほしいと言われても、別に聞こうと思って聞いているわけではない。勝手に思っているその声が流れ込んでくるのだ、私が悪いと詰る前にサクラがもう少しなり感情のダダ漏れを隠すなりしたほうが早くはないか? それから、心配しなくても心の奥底にしまっている感情や思考は聞こえていないからな」

「簡単に言いますが、そんなこと私にできるわけないじゃないですか」

 何を言い出すのだと憤慨する私に、ブラッドさんが小さく笑う。子供みたいにいたずらをしかけるようなやんちゃな笑みだ。馬鹿にしているのではないとわかっていても、気持ちのいいものではない。

 流れ込んでくる感情の中に、隠しておきたいという気持ちがあったはずなのだ。だったらできないということに気付かないはずがないのに、知らぬふりをしていたことに苛立ちが募る。

 唯一安心したのは、心の声というか思っていることを聞いているだけで、思考までのぞかれていないのだとわかったことだ。

「お前ならばできるはずだが、そうか、やり方を知らないのか」

 そう呟くと、にっこりと微笑んだ。真っ黒な笑みだと私でも気づくくらいだから、わざとしているのだろう。私を苛立たせる天才だ。

 抑えているだろうが魔力の放出も一緒にやるので、ブラッドさんから溢れてくる威圧感が半端ない。 恐怖心からカタカタと震えだす体を叱咤しながら、必死の思いでブラッドさんの前に座っているものの、勢いよく逃げ出したいのが本音。

「サクラ、こうやるんだよ」

 そういうと、その魔力を全部私の中に取り込ませようとする。

 無理無理無理、無理だから。

 そう叫びたいのに、突然の暴挙に逃げ出すことさえできない。

 死んじゃうんじゃないかと思ったけれど、意外にもその魔力は私の中にすんなりと溶け込んでいき、魔力が霧散したころにはブラッドさんの言いたいことを理解できてしまった。

「これって……」

「そうやってやれば、教えなくても頭の中に直接取り込めるだろう」

 呆然と放心している私に名案だと言ってくるブラッドさんに、次第に怒りが募ってくる。

「最初に言ってくれないと、怖いじゃないですか」

 簡単にできるできないの問題ではなく、恐怖心がどう影響するかを考えてほしい。

 確かに教えてもらってやるよりは楽だったよ、もうすでにできているから。

 でもそんなことはどうでもいいの。私のほうが大事なんだから、あんたと違ってか弱い人間を理解してもらわないと困る。

 そう思いながら、無理やり押し付けられた魔力で得た情報を自分の中で理解し、そして実行していく。思考をシャットアウトする方法は難なくこなせてしまうあたり、チートって素晴らしいなと思う。

「そうそう、そうやれば私の頭の中に流れてこないから平気だ」

「わかりました、今後はこれを使っていきます。ありがとうございます」

 不貞腐れながらお礼を口にすると、ブラッドさんが面白そうに微笑む。

 素直にお礼を言われたいのであれば、手順を踏んでください。でなければこんな風になりますからね、誰だって。

「どういたしまして。サクラは折角この国に呼ばれた異世界人で、魔力もこちらの人間とは違う構造をしているのだから、もっと貪欲に学んだほうがいいと思うぞ」

 無理やり呼ばれたから素直にその言葉を受け入れたくありません。なにこれ、ブラッドさんのほうが王子たちよりも私への扱いがいいんじゃない? 魔族のほうが優しいって、おかしいでしょう。

 現在はアリサ同様私への対応もきちんとしているから、ネチネチといいませんけれど、思うのはタダだからいいよね。

「学びたくても、私に教えてくれる先生がいらっしゃいませんでしたからね」

「なるほど。なら私が先生役を買って出よう」

「まあ大変、謹んでお断りいたします」

 思わず即答してしまうと、不服そうなブラッドさんの顔。

「なぜだ?」

「さっきみたいなやり方を何度もされたくないからです。ブラッドさんは大丈夫かもしれませんが、本当に怖かったんですよ」

 きりりと怒ってみせても、ブラッドさんには意味が分からないらしく首をひねるだけだ。

 普通に講義をして教えてくれればいいのだ、そうすれば自分で理解もするし覚えようとする。でも無理やり教え込まれるのは結構苦痛である。

 楽な勉強法かもしれないが、恐怖心がなくなって受け入れてしまう自分を想像するのも怖い。普通に勉強できなくなりそうだし。やっぱしズルはしてはだめだよね。

 それができないのであれば断固お断りだ。

 じっと瞳で探るように見つめあっていた私たちだが、先に折れたのはブラッドさんだった。うん、私からは絶対に折れないからね、こればっかりは。

「わかった、無理やり教え込むのはやめよう」

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

 よかったと笑んでみる。でも、と続けたのは伝えておきたかったから。

「本当は魔法を教えてもらえることに感謝します。独学というか、ほかの人たちのやり方を見て勝手にアレンジをしていただけだし、唯一私に魔法を教えてくれたのはドミニクさんだけだったので。城に戻ってからは彼も魔法剣士として仕事を担っているから、つねに私に付き合うことができなかったから」

「彼を師と仰ぐには役不足ではないのか?」

「ほかに先生役がいらっしゃいませんでしたからね。なので、ブラッドさんが先生になってくれるのは嬉しいんです。その感謝の気持ちを持続させるためにも、先ほどのようなことはしないでくださいね、絶対に」

 鼻息が荒くなろうが、それだけは譲れませんから。

 そんな私に、ブラッドさんが破顔した。

 あらまあ、そんな顔もできるんですね。一気に幼い雰囲気になりましよ、一児のパパなのに。

 聞いたところによると魔族は長寿らしいので年齢なんて関係なく、人間のような考えは持たないみたいだ。

 羨ましいような、それだけ長生きをしたいと思うか。複雑な問題だな。短い人生だからこそ、長寿に憧れているような気もするし。

「ではサクラ、さっそく勉強を始めるか?」

「今は結構です。それよりもエミールのことです」

 嬉々として先生役をこなそうとするブラッドさんに居住まいを正してから、聞きたくて聞けなかったことを切り出す。

「先にこちらを片付けようとしてくれるのだな。エミールは正真正銘、魔族の血を受け継いでいる私の大切な息子だ。残念ながら、生まれた直後から魔族としての魔力を持っていなかったために、私が守護することになったがね」

 魔王であるブラッドさんの血を受け継いでいるエミールなのに、出会った時からずっとそんなことに気付くことさえ全くなかった。それがどういう意味を持つのか、なぜブラッドさんがエミールの体内にいたのか。謎だけが残っている。

 守護、といった。ブラッドさんはエミールを大切に思っている証拠だと考えてもいいのだろうか。

「では、エミールの母親は?」

「彼女、は」

 突然ブラッドさんの口調が、態度が崩れていく。

 怯えたように瞳が揺らいでいる。さっきまで話していたエミールのことではまったく動揺なんて見せなかったのに。

 昏睡状態で寝たままのエミールの母親。あったことはないけれど、美人だと村長や村民から聞いていた。

 二人の間には、どのような事情があるのだろうか。

「彼女、は……私の最愛の女性だ」

 絞り出すような声。それをこたえることがブラッドさんには辛いのかと思うほど苦渋に満ちた表情。そこに偽りは感じられないのだが、最愛だと言いながらなぜそんな状態になってしまうのだろう。

「つまり奥さんなんでしょ? どうしてあなたは怯えているの?」

 さっきの私みたいに。でも私は魔力の威圧感が半端なかったから恐怖で震えあがってしまったんだけど、ブラッドさんは最愛の奥さんの話なんだよね。だったら、その態度は不自然だ。

「彼女は、シビルは今、私の魔力に中てられて昏睡状態だ」

「ぼかしてあったけど、あの村でそれは聞いてる。寝ているだけの彼女が栄養失調に陥るのでもなく静かに眠り続けているという噂話もあったくらいだから。でもね、私はどうしてそういう状態になったのかが知りたい」

 そのあたりにブラッドさんが魔王を放棄した理由があると思うんだよね。

 簡単に魔王が魔王を放棄するなんてできないと思うし、あの魔王が存在している間、ブラッドさんはいなかったと思う。エミールから出てくるまで気配を感じさせなかったから。

「サクラに似ているよ」

「私に?」

「そう。明朗活発で、くるくる表情が変わるし、思っていることが顔に出るから心を読まなくてもわかってしまう」

 思い出したのだろうか、先ほどまでとは違い親しみのある笑みを浮かべている。

「私は単純じゃないけど」

「そういう意味じゃない。単純というよりは、かまいたくなる性格だな」

「それって褒め言葉じゃないよね」

「私からすれば褒め言葉だ」

 絶対に違うってば。貶されてるとは思わないけど、褒められてるともいえない。

「エミールがサクラに懐いたのは、きっと雰囲気がシビルに似ていたからだろう。顔立ちはもちろん違うけれど、笑った時のタイミングなどが同じだと思う。私はさすがにシビルと一緒にいた時間が長いから違うとわかっているが」

「そうでしょうね。奥さんを間違えるのは失礼だしね」

「確かにな」

 好きなんだなって雰囲気が出ている。ブラッドさんがシビルさんの名前を口にするたびに、くすぐったいような甘酸っぱい気持ちがあふれているから。

 ならなぜ、シビルさんは昏睡状態なのかが気になる。

 ずっと一緒にいたということは、それまでは魔王の力を押さえていたから? でも、それができなくなったから中てられてしまった?

「よし、最初から整理しよう。ブラッドさんとシビルさんが出会ったきっかけは? 魔族と人間なんだよね」

「そうだ。私が人間に化けていた時に知り合った」

「魔族って人間に化けてるの?」

「上級魔族はな。下級は人型をとることもできないが、上級になれば人型はおろか、人間と同じ容姿を作ることはたやすい。でも、それをできるのも数が少ないだろう」

「ふうん、そうなんだ」

 大勢でできるのであれば魔族ばかりの町もあるのかと心配してしまうが、数が少ないのであれば危機として考えるのはやめておいたほうがいい。下手な荒波は作らないに限る。

「魔王として名を広める前だったし、魔王として活躍する気もなかったから、適当な理由をつけて諸国を歩き回っていた。当然、その間に色々な諍いがあって言えないこともあったけれど……このあたりは不問な?」

「わかってます。それで、その頃にシビルさんに?」

 顔がわからないから想像がしにくいけれど、エミールの母親なのだから美人であるに違いないと思ってはいる。

「シビルの住むあの村で知り合った。最初はお互いに険悪でな、喧嘩ばかりしていた」

 魔族だとばれるのは得策ではないと、ブラッドさんは村などに立ち寄ることは避けていたらしい。王都などの街は人が大勢あふれているので素知らぬ顔で暮らしたりもしていたが、小さな辺境の村などはよそ者を嫌う。

「シビルは森でしばらく休んでいた私に話しかけてきた、他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していたのにもかかわらず」

 その時を思い出したのだろうか、表情が穏やかになった。

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