5.頭が痛いです。
さて、瞬間移動という素晴らしい力を使い、城へ戻ってきた私たちご一行。
こればっかりは本当にすごいよね、かの便利な道具を持つロボットと同じくらいに素晴らしいことだと思える。毎度ながらあんなにも離れた距離にいたのにあっという間なだけに。と、話がそれてしまった。
すでにドミニクさんが連絡を入れてくれたようで、謁見の間には女王陛下の姿が見えました。
あ、お久しぶりです、陛下。お元気そうで何よりです、私のことは気にせずに、サクサクお話をしちゃってくださいね。
何しろ私、このまままた静かに立ち去る予定ですので、絶対にお声掛けをかけないようによろしくお願いします。
なんて思っていたのに、陛下はにっこりと私に向かって微笑んでくれました。絶対に確信犯ですよね、知ってます。
「お久しぶりね、サクラ。最近は私の所へ来てくれなくてさみしかったのよ。あとでたくさんお喋りしましょうね」
なんて声をかけてくださいました。
なにこれ、いじめ? いじめなの?
なんて思うものの、そんなことを言えるはずもなく。ご無沙汰していた私が悪いのだから、甘んじて受け止めて見せましょう。
「お久しぶりです、陛下。お元気そうで何よりです」
無難に返答をしてみました。
隣の女官長さんが気の毒そうな顔をしましたよ、やっぱりいじめだと思いますよね?
思いっきり私がここにいることが知られてしまったじゃないですか。ほらあの方とか、そっちの方とかが見てるじゃないですか~。穏便に逃げる予定だったのに、めっちゃいい笑顔をしてこっちを見てますよ。
私のことなど気に留めず、穏便にここを帰らせてくださいね。
ブラッドさんがここに来たのは決して私だけの責任ではありませんので、そこのところはしっかりと覚えておいてくださいね。
そんな私を一瞥してから、ブラッドさんが一歩前へ出ました。
「フィルランド国の女王陛下ですね?」
「初めまして、でよろしいのかしら?」
「どのように説明するのが分かりやすいのか。簡潔に述べれば、私が魔王としてこの地に立つのは久方ぶりです。ですが一応、私がいなかった間の魔王は、前魔王でしたよ」
意味が分かりませんが、ブラッドさん。簡潔に述べすぎですからね。
つまり要約すると。
「前や新ということは結果論ということで、最初から魔王として君臨していたのは、あなただということですか?」
「そうですね」
陛下のお言葉に、ブラッドさんはにっこりと微笑んだ。
そういうのってありなの? とういうか、できるの?
魔王の選別っていったいどういう感じ? 自由なのね、そうなのね?
混乱する私と目が合ったアリサも同じように困惑顔をしている。
これは後で話し合いが必要だね、とうなずき合った私たちの気持ちが重なった瞬間である。
「私はとある事情で魔王という名を、あなた方に倒された彼に譲渡しました。譲渡といっても、彼に魔王になっていたんだねと伝えただけのもので、面白いことに彼は私がついた嘘に気付くことはありませんでした。なのできっと彼は最初から魔王であったと思っていたと思いますよ」
よくわからないんだけど、譲渡ってできるの?
魔王って神様か誰かに選ばれてなるものではなくて、一番強い魔物が勝手に名乗ることができるの?
そのあたりは世界に影響もあることだし、解明しておいたほうがいいのかもしれないんだけど、皆がスルーしそうな雰囲気なのが気になる。
あの女王陛下でさえ、全く触れようとしないことが不思議で仕方がない。
魔王だよ、譲渡だよ、意味が分からないじゃないか。
魔王選抜の理由とかって、絶対何か裏があるって勘ぐっちゃうけど。もしかしてこの世界の人間は理解できないように組み込まれているのだろうか。
なんでだろう、触れてはいけない事案なのだろうか。
でもさ魔王って、存在しないほうがいいと思うんだけどな。
無関係だったアリサが召還されたわけだし、今後もそんなことがたびたびあったら、本気で困るレベルの話だと思うんだけど。この国に、違うこの世界の人たちはもう一度しっかりと考えてもらいたいのに。
うん、落ち着いたらブラッドさんに聞いてみよう。
目線でさえ合うことが出来なくて逃げてばかりの私でも、いつかは聞けるようになると、いいな。
最初に見た時とは違い、恐怖ですくむことはないのだけれど、それでもやっぱり怖くて震えてしまう私だけに、普通に話せるのか心配になる。
そんな私の事情など関係ないし知らないので、陛下は気にもせず話を進めていく。
「とある事情というのは、どういうことですか?」
「簡単ですよ、私が人間の女性と結婚してその彼女との間に子供が恵まれたので、魔王であることを放棄しただけです」
へえ、なるほどねえ。
なんて言うと思ったら大間違いですよ。
どうして魔王が人間と恋するんですか、おかしいでしょう。
現に、ブラッドがいるのに魔王として存在していた彼は、私たちによって倒されたあれはいったい誰のために?
あの前魔王が脅威を与えていた事実で、聖女を呼ぶための儀式が必要だったとはわかる。
わかるけれど、でも。
なにより、エミールが……。
「まさかエミールって」
はっと気づいた私に、ブラッドさんが慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「私の息子だよ」
「だって、エミールの体から魔族のオーラなんて感じなかった」
一緒にいた時間は一年間という長くもない時間をともにしていたが、エミールに魔族だという気配は一時でも出ていなかった。
むしろ普通すぎるほど普通の人間としか見れなかった。
「どう見ても人間だと言いたいんだね。私も同感だよ。でも、あの子は確かに私の息子で、魔族の血を受け継いでいる」
「だったらどうして? あなたはあの時、エミールの体から出てきた」
自分の目が信じられなかった。けれど、あの時確かにブラッドさんが空気を揺らしてエミールの体から出てきた。
ぽんっと、隣に立っていたアリサがどうどうと手をたたく。
「サクラ、他の人たちが困っているよ」
「え?」
その言葉に、問い詰めているつもりで睨んでいた顔を周囲に移す。
「ご、ごめんなさい」
気づけば陛下ではなく皆がブラッドさんと私を見ているのに気が付き、小さくなってしまう。
邪魔をするつもりはなかったのに、エミールの話になったら我を忘れて叫んでしまった。それくらいエミールが大事だから熱が入ってしまった。
隣にいたアリサが小さく笑って大丈夫だよと声をかけてくれる。
知らぬ間に興奮をしてしまったみたいだ、聞きたいことがたくさんあって。
アリサのおかげで気持ちを落ち着かせ、口をつぐむことに決めた。
視線から、ブラッドさんが私に話をしてくれるような雰囲気を出してくれたこともあり、矛先を収めることが出来たのもある。
大丈夫、怖いことは何も起こらない。大事なのは、家族だと思っていたエミールのことだけ。後からきっと話し合いの時間は設けられる。
そのあとは陛下とブラッドさんたちに任せて、私は話し合いから一歩離れることにした。聞いていたらまた暴走して話を止めてしまいそうだったから。
あの時、エミールの体からブラッドさんがゆらりと出てきたのを見たのは私だけだと思う。
だけどどうしてなんだろう、ブラッドさんが魔王であれば、新しく魔王を譲渡する必要ってなかったような気もするんだけど。それくらい圧倒的な魔力を彼は持っている。下手をしたらこの国など一瞬で消し去ってしまうほどの力だ。
そして何より、エミールがブラッドさんの息子? もしかして魔族ってものすごい若作りなの?
気が付けば、どんどん変な方向へと思考が脱線していったものの、止める人もいないのでどんどんどんどん深みにはまっていってしまった。無念。
その後は政などの関係へと話へと移っていったのを見計らい、私は早々に自室へと引き上げていた。
一人で悶々と考え込んでいたからか、アリサもそっとしておいてくれたおかげで、ゆっくりと考え事ができた。
実はエミールの両親は、村長の話でしか知らない。
だから魔族に殺された父親と、その魔族によって傷つけられて昏睡状態の母親ということしか聞かされていなかった。
それから、あの村に行ってから一年もあったのに、私はエミールの母親を見たことがなかった。今は体調が悪いからとはぐらかされ続けていたのもきっと、それが理由なのだ。
見せられる状態じゃなかったのが正しいのだと、今ならわかる。
きっと何かあったんだ、眠ったままの母親に、誰にも見せられない何かが。
「ずいぶんと難しい顔をしているのだな、サクラ」
頭上から聞こえてきた声に、ゆっくりと顔をあげる。
「ブラッドさん」
「もう怖くはないか? 先ほどまでは久方ぶりすぎて、魔力を抑えることができなくて迷惑をかけたな」
あの魔力の放出は収まり、こうして二人きりになっているのに震えは来ない。しっかりと抑えきっているのが分かった。
でもこの男は、あれ以上の魔力が備わっているのだとしっかりと認識しておく。
ところで、私がいくら考えにふけっていたとはいえ、おかしいのではなかろうか。自室の扉からノックさえ聞こえず、まして開けてもいないし、声をかけられた記憶もないのですが。
「すまない、入れてもらえないかと思い、返事を聞かず部屋に入り込んでしまったよ」
「ですから、私の心の声を読まないでください」
やっぱり勘違いではなかった。知ってたけどね、でも大事なことなので怖かろうと何であろうと、そのあたりはしっかりと言っておかなくてはいけない。
「すまないな。サクラは私にとって姉のような存在で、身内感覚につい思考が読み取れてしまうんだ」
「姉って……ちょっと待ってください。私が姉っておかしいですよね、普通って娘とか、せめて妹じゃないですか?」
「気になるのはそこなのだな、サクラは。それには理由があってな、あの子が生まれてからずっとエミールの体の中にいたせいで、一年間一緒に過ごしたサクラは娘という感覚より、姉として慕っていた気持ちを抱いてしまうからだよ」
わからないでもない、確かにエミールは私を姉と慕って懐いてくれていた。でもね、それとは別の感情もありまして、かなり複雑な心境なのですが。
こんな大きな、しかも美形に姉として慕ってもらっても嬉しくありません。
いや、魔王という存在を思えば、そのほうがいいのか?
「あの、エミールの両親のことを聞きたいのです」
「両親の一人は私ですよ、サクラ」
しっかりと言い直さなくても理解はしてますから、でも納得はしてませんがね。
「……そうでしたね。でも、そういわれてもピンとこないというか、なんというか」
「エミールは正真正銘、私の息子だ。だから私はあの子を守るために守護していたのだよ」
「守護?」
「魔力のない魔族は、他の魔族から疎まれてしまうのだ。高位であればあるほど魔族であることに誇りを感じ、魔力を持たぬものを許さない。さらに付け加えれば、人間とのハーフであるエミールは嫌われてしまう」
「そんな、ひどい。だってエミールは」
「私の大切な息子だ。けれど結果論として考えれば、人間とのハーフで、しかも魔力のない無力な魔族として、他のものから必要のない魔族と認識されてしまう」
「必要のない、魔族」
その言葉は、まるで自分に投げかけられたように感じてしまった。
かつて王子たちから言葉の暴力を受けた自分を思い出してしまい、胸が痛い。
唇をかみしめていた私に、ブラッドさんが優しく頭を撫でていた。
「ごめんね、嫌なことを思い出させて。彼の言葉をその言葉通りに受け止めるのはやめておいたほうがいいと忠告しておこう。アイザックといったかな? 彼は他人だけでなく自分の感情にも愚鈍で、それはもう鈍感を通り過ぎて一まわりまわってしまっているけれど、根はやさしい子だ。なにしろ彼は、口にする言葉と心の中で思う言葉が違いすぎて面白いほどだよ、一度聞いてみると言い」
「そんなに違うんですか?」
「面白いほど違うよ。特にサクラ、君に関してはひどいとしか言いようがないね。なにしろサクラを目の前にすると真っ白になってしまう傾向がある。話す内容を考えて、しっかりと言葉選びをしていたはずなのに忘れてしまい、飛び出してくる言葉は辛辣というよりは癇癪持ちの幼子のようだ。言いたいことがまとまる前に口にしてしまうから後悔をする。性格もあるかもしれないが、環境が彼をそうさせてしまったのだろうね、本来なら素直な男に育ったかもしれないと思うと残念だ。彼自身で直して簡単に矯正できるわけでもない、だから死ぬまで苦労するかもしれないが、悪い子ではないと思ってあげてほしい」
「どうしてかって、考えるんです。私があったすべての人、ううん、陛下以外は皆が王子に優しいのだろうって」
まさかあったばかりのブラッドさんまでが王子を押してくるとは思わなかった。
はっきり言って私はどうでもいいや、王子の性格なんて。治ったほうがいいかもしれないけれど、そうなるために私が何かをしてあげたいとは思わない。
それくらい王子は私にひどい言葉を口にしたのだと覚えていてほしい。
環境のせいであんな暴言が許されたら、警察はいらない。まあ、警察なんていないけどね、この世界には。
「大変だね、アイザックも。自業自得とはいえ」
「王子の話はもういいです。それよりも、エミールのことですよ、ブラッドさん」
これ以上、嫌われている相手の話をするつもりはない。
「はいはい、本当に前途多難だな」
くすくす笑うブラッドさんに、私はぷいっとそっぽを向いた。
なんだかものすごく慈愛に満ちた瞳で見てくるのだ、仕方ないなって。今は何を言っても聞き入れてくれないだろうなって悟ったような雰囲気で。自分がまるで駄々をこねる幼子になったみたいで、なんだか嫌だな。
どれほどの年月を生きているかわからない魔族にとって見たら、私など子供よりも赤ちゃんの認識に近いのかもしれないけどね。




