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4.新たな存在。




 畑を大事にしたいといっても、結局のところそのまま放置という形をとれば荒れてしまうのは仕方ないだろう。だったらせめて、今植えてあるのだけでも収穫する間はここにいたい。

 そう思いながら野菜たちを見守っていると、どこからかエミールが走ってきた。今朝も早いなあと思いながら見ていると、必死な形相をしているのに気づく。

 どうしたのかと立ち上がりかけた時、その後ろから迫りくる魔力の数値の低い魔族が二匹も追いかけていることに驚いてしまう。

 必死に逃げているのだとやっと気づく。

「エミール、こっちに」

 すぐに立ち上がり駆け寄っていくものの、パニックになっているのかエミールは泣きながら前を見ずに走っているせいで私に気付かない。

 大丈夫だよ、私が守ってあげるから。

 そんな気持ちでエミールを襲いかかろうとする魔物に魔法を当てようとして、そのまま固まってしまった。

 どうして、という言葉で頭が埋まってしまった。

 走っていたはずのエミールの体が宙に浮いたかと思うと、そのまま空気が変わる。

 ぐにゃりと空間が歪んだようになると、エミールから一人の男が現れ出たのだ。

 なにこれ、と後ずさりしてしまう。

 怖い怖い、なにこれ。

 震えることしかできない私の目の前で、魔物たちが見るも無残な姿へと一瞬で変わってしまう。

 頭に片手を抑えたまま、もう片方の手をただ一振り、虫を払うように無造作に動かしただけなのに、圧倒的な力で消え去ってしまった。

 何が起こったのかわからず、一瞬で起こったことに頭が理解できない。

「大丈夫か、サクラ!」

 真っ暗になりかけた視界に入ってきたのは、いつの間にかこの村に来ていたのだろうか、王子の背中だった。私を庇うようにその男の前に立っていた。

 ぶわっと鳥肌も立ち、体が小刻みに震えている。

 あの魔王と対峙した時よりも圧倒的な威圧感を放っている、目の前の男はそこに存在するだけで。

「何者だ、お前は」

 王子だけでなく、ロディやドミニクさんやダレスさんもいるらしく、王子を中心にして私の前に庇うように立っている。

 視界からあの男の姿が見えなくなると、さっきまでの震えが少しだけ和らいだ。

 あそこまでの恐怖を経験したことがなかったから、いきなりすぎて思考が止まってしまった。

「サクラ、大丈夫?」

 声をかけてくれたのはアリサで、小刻みに震える手を包み込むように握りしめた。

 温かいその温度に、少しだけ気持ちが落ち着く。

「……アリサ?」

 にっこりと笑みを浮かべてからアリサも男のほうへと視線を移す。

 見ればドミニクさんとダレスさんは私と同じように恐怖で顔をゆがませている。

 魔力が半端なく強いんだ、この男。

 だからきっと、王子やロディは気づけない。魔力を持っていないから、かつての私のように。

「思ったよりも早く分離してしまったな」

「自分の生命の危機に瀕せば、致し方ないかと思われます」

 不思議そうに自分の手のひらを見つめている男は、王子たちとは日にならないほど美しい顔立ちをしており、その身にまとう魔力も抑えているはずなのにあふれ出ている。

 そしていつの間にかその隣には、同じように美しい女性がエミールを横抱きにして立っていた。

「エミール」

 悲壮そうな声を出した私に、女性が微笑んだ。

「大丈夫です、サクラ様。エミール様は眠っているだけですから心配はいりません」

「そう、なの?」

 びくびくとしながらも王子の背中に隠れつつそちらを窺っていた。

 無意識に王子の服をアリサとはつないでいないほうの手が握りしめていたらしく、安心させるようにその手にポンポンと触れてきた。

 二人から大丈夫だと言わんばかりに手を撫でられ落ち着かなくてはいけないのに、目の前の男が怖くて半泣きになったまま、王子からの手のぬくもりを受け入れていた。

 そんなサクラの心情を理解したように、男が優しく微笑んだ。

「初めまして、フィルランド国の皇太子殿下、私はあなた方でいう新魔王です」

 その笑顔は爽やかで、ドロドロとして陰険な印象を与えていた前魔王とは比べ物にならないくらい、フレンドリーな雰囲気を醸し出している新魔王。

 効果音をつけるとシャララン、とかキラッとかつきそうな感じだ。

 なんだこれ、絶対におかしい。

 でもこの膨大な魔力の多さは新魔王としておかしくはない、おかしくはないはずなのになんでこんなにも爽やかなのよ、この男。

「魔王だから爽やかなのはおかしいとは、ずいぶんと偏見な考えを持っているのだな、サクラ」

「は?」

「大丈夫だ、お前たちに何かをするつもりはない。皆もそんなにも警戒をしないでくれ」

 屈託なく笑う新魔王、やっぱり何かがおかしい。え、魔王っていうのは人間が嫌いで、殺しちゃうくらいで、それがゲームのセオリーなんでしょ? あ、でもここは現実の世界だからそうじゃないほうがいいのか。

 でもそうすると、どうするのがいいの?

 魔王の言葉にいち早く反応した王子が口を開いた。

「新魔王は人間を攻撃することはないと言い切るのか」

「少なくとも私はそうする意思はないな」

「魔王がなくとも、眷族の魔族たちは人間を襲うかもしれないのだな」

 ゆっくりと言葉を選びながら話す王子は、かつての短慮な性格からは考えられないほど落ち着いている。

「そうしない方法をとりたいと私が口にしたら、お前はどうする?」

「……私の判断では答えることはできない」

 即答をしない王子に、私はおおっと感動する。

 以前なら簡単に返事をしていたような気がするよ、王子。

「ならば、王城へ行こう。この国の最高位である女王の判断に任せるよ」

 さらりと口にした言葉は、魔王からすれば重大なことだと思うのに、そんな気負いを感じさせないくらい軽い。

「お待ちください、エミール様はいかがいたしましょう」

「そうだな。王城へはいつでも連れて行けるのだから、お前はこのままこの地に留まっていてほしい。そして以前と変わりなく二人を守ってくれ」

「かしこまりました。では、お戻りをお待ちしております」

 口元だけに笑みを浮かべる女性に、新魔王が少しだけ気圧されたように見えた。

「よろしいですか、私はずっとこの地でお待ちしております」

「わかった。解決策を考えておく、それまでは頼んだぞ」

「はい」

 満足そうに瞳を閉じて笑ったように見える女性に、新魔王は少しだけ悔しそうな感じがあって、そんな雰囲気を見ていると少しだけ気持ちが落ち着いた。同じように考えているのだとわかって。

 大丈夫、ここで何かが起こるわけではないから、大丈夫。

 あの圧倒的なオーラは今は落ち着いているのだから、突然牙をむくことはないだろう。

 そんな雰囲気を吹き飛ばすように、アリサがぎゅっと抱き着いてきた。

「元気だった、サクラ?」

 額を合わせてのぞき込んできた心配そうなアリサの顔を見たら、色々なことが吹き飛んで笑顔を作れる。

「元気だよ。アリサも元気そうで安心した」

「最近はこっちに来てなかったから、何もないと思ってたんだけど……突然こんな事態になるとは思わなかったね」

 そういえば、新魔王が誕生してすぐにアリサが駆けつけてきたことに今さらながら気づく。

「どうしてアリサもここに来たの?」

「ドミニクが急に神殿に来てね、あっという間に拉致されてしまったの」

「あれ? 神殿って確か、男子禁制じゃなかった?」

「そうなのよ。だからね、神殿では珍しくものすごい悲鳴が上がって。その悲鳴が近づいてくるんだもの、何事が起ったのかと思ったらドミニクが現れて、私を見つけた瞬間安心したのね、半泣きになりながら抱き寄せて瞬間移動したのよ。あれは傑作だったわ」

 ケタケタ笑うアリサを見て、名前の挙がったドミニクさんが複雑な眼差しで私たちを見ている。

「笑い事ではありませんよ。始末書だけではすまないなのですからね、本来なら」

 そう呟いているのが聞こえてきたが、無視をする。

 普段はすました清廉な巫女たちが、突然現れたドミニクという男に過剰に反応したことで、きっと彼にもトラウマとなって記憶に残るだろう。

「でもびっくりしたよ、すでに魔王様がそこにいて、サクラが青白い顔をして今にも倒れそうだったから」

「そんなにひどい顔色してた?」

 びっくりして表情がなくなっていただけじゃないのかな。そんな私の心の声を拾ったのか、アリサが言いにくそうに伝える。

「してたしてた。あのね、サクラは気づいてないかもしれないけど、ものすごい表情が豊かだから顔に出まくりなんだよ」

「え、嘘」

「本当です。だからすごく心配した」

 もう一度ぎゅっと抱きしめてくれる。その込める力加減に、本当に心配させてしまったんだと気づかされる。

「サクラが一人でも大丈夫な力を持っていることは知っているけど、本当は無理をしていないかいつも心配しているんだよ。案の定こんなことになってるし」

「ごめんね、私も驚いちゃって」

「違うの、責めているわけじゃないの。ただサクラのせいじゃないってわかっていても、心配しちゃうんです。ほら、やっと血の気が戻ってきた」

 覗き込んでくるアリサの顔に、心配をかけないように微笑む。

「ありがとう」

「間に合ってよかったよ。というか、想像をしていたのとは違う感じの魔王様だったね」

 くすくすと笑いながら振り返ると、興味津々な眼差しで新魔王がこちらを見ている。

「もしかして君が聖女、か?」

「はい、私が聖女のアリサです。初めまして、魔王様」

「そうか。私はブラッドリーだ。ブラッドと気軽に呼んでくれ。魔王と呼ばれるのは好きじゃないんだ」

「わかりました。ではブラッドさん、色々と城に行ったらお話を聞かせてくれますよね?」

「もちろんだ。本来ならもっと早くにそれが叶ったのだろうが、私にもいろいろ事情があってね」

 視線がエミールへと移る。

 そうだよ、彼はエミールから出てきたんだよ、なんで?

 そのあたりの説明も聞きたいけれど、このままなし崩しに城に行ったら、この畑のことも気になるし。

「大丈夫だ、畑の心配は必要ない。当面の間はこの者が面倒を見ておいてくれる」

 一歩下がったところにいる、先ほどの女性がにっこりと微笑んだ。相変わらずエミールを横抱きにしたまま。

 重くはないのだろうかと心配するが、魔力もちなら簡単なのだろう。

「責任を持って、サクラ様の畑をお守りいたします」

 そうですか、ありがとうございます。ではよろしくお願いします。

 少しでも遅く城に行きたかったのが本音なのに、そんなことを言われたら畑が心配で行けませんなんて言えない。

 っていうか、さっきから私、あなた方に対しては一言も口を開いてないはずなんですが、どういうことでしょうね。もしかしなくてもあなた方は……ううん、返事はまだ結構です。

 むしろこの返事が来た瞬間に軽く死ねるから絶対にしないでくださいね。

 そういう思いを込めて念を飛ばしておく。

 大丈夫だよねと思いながら彼を見た瞬間、やばい、これ絶対に私の心の声ってダダ漏れ状態なんだって気づきました。

 だって魔王様、改めてブラッドさんがキラキラした瞳でこちらを見ているんだもん。

 私、何かした?

 知らない間に何かしちゃったの?

 したつもりはないとわかっていても心配になって、ついついまた背の高い、近くにいた王子の背中に避難してみる。

 そんな小さな抵抗なんてブラッドさんには無駄だろうなってわかっていたけれど。






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