2.その意味とは。
昨日も顔を見たというのに、連日でこちらに来るなんてとつい非難めいた表情を作ってしまった私は悪くないと思う。
畑へ行こうとする足を止め、こちらに向かってくる王子にあいさつより先に皮肉がとんだ。
「また来たの?」
そう言いつつも、王子の後ろにいつも控えるようにして立っているロディの姿がないことに気付いていた。
もしかして、という予感が生まれたものの普段通りを装う。
だってこれが私たちの普通なのだから。
「サクラ、約束を果たしに来たよ」
「王子?」
「これを君に」
ゆっくりと近づいてきた王子の表情は真剣そのもので、私は軽口をたたいたことを後悔する。
目の前にまでやってきた王子はじっと私を見てから、手からあるものを差し出した。
ちゃりっと音がするそれを、私は水をすくうように手を重ねて受け取る。
「これは……」
「君が望んだものだよ。ロザリオだ」
手の中にあるそれは、私の世界では見慣れた十字の形をした十字架。
でもこちらの世界ではこの形はないらしく、一度も目にしたことがない。だからだろう、王子がロザリオだと口にしたものの、どうしてその名なのかは理解はしていないと思う。
「ロザリオ……クルスではなく、ロザリオなのね」
くすりと笑ってしまう。
だってこの名前を決めたのは、きっとアリサだから。
私ですらそうすることを望んだことはないのに、アリサにはどうして私がこれを必要なのか理解してくれたのだろう。
「アリサ姫がサクラにそう言えば伝わるといっていた」
きっと王子には馴染みのない形と名前だろう、先ほどの真剣な顔から一転、困惑した表情に変わっている。
「アリサね、これを作ってくれたのは」
「そうだ。サクラから頼まれたのは私だが、アリサ姫が一任してしまった。私にはその名前の由来も、出来上がった品の意味も分からない。なにしろデザインからすべてアリサ姫が作ったのだからな」
確信をしていたが、やっぱりと納得する。
掌の上にあるのは、十字の形をした十字架が銀色に光っており、それをビーズのような丸い小さな石と少し大きな丸い石が数珠のように連なってできている。長さはそれなりにあるのだが、首にかけるためにあるのではないそれは。
「ロザリオ……祈りの用具」
そうつぶやく。この世界に来る前に教師から聞いていたものだ。
「祈りの用具?」
「そう。すごいよね、アリサ。私の願いどおりの品を作り上げてくれるなんて」
「確かに私ではそのデザインは思いつかなかったな」
なぜか悔しそうな王子の表情に、私は満面の笑みを浮かべる。
本当は自分で一から十までやりたかったのかもしれない。けれど、そこは私の意思を尊重してアリサへ譲ってくれたのだろう。
以前の王子であったら考えられない優しさ、他人の気持ちを汲む気持ち。もう出会ったころの王子とは違い、王太子として立派に仕事をこなしているのだろう。
「ありがとう、王子」
「その言葉を私に言うのはおかしいぞ。それを私が作ったわけではない」
「でも、あなたがアリサに一任してくれなければ、これはできなかった。だから、ありがとう」
どうしてこの形にしてくれたんだろう。自分で作る気満々だった王子が、けれど自分ではできないとあきらめてアリサにお願いしたんだろうな。だからこれを作ってほしいといった私の気持ちをしっかりと理解し汲んでくれた。
きっと出会ったころの王子だったら、強引に自分のデザインしたもので完成させてしまっただろうが、それをしなかった。その気持ちさえうれしかった。
抱きしめるように胸の位置に持っていき、目を閉じる。
祈るように、心の中で懺悔する。
ごめんなさい、と。
「サクラ?」
顔を上げると、王子が心配した顔でこちらを覗き込んでいた。
「なに?」
「大丈夫か? 顔色がよくない」
その声音に、小さく笑む。
「平気よ、少しびっくりしただけ。それに、やっと私もこれで前を向いていけると思うの」
逃げ出してきた現実に向き合うだけの強さを求めた。
けれどすぐにはその勇気ができるはずもなく、やってしまったこととして私を苛んだ。
あれは王子と同じだけひどいことをしてしまったと自覚をしているから、私は自分を許せない。
これはただの気休めでしかなくとも、私には祈りの用具として使える。自分を律することを望んだとおりできるように。
手にしているだけで、アリサや王子からの優しさをもらったときのように感じれるから。
「そうか。サクラがよければいいんだ」
優しい声音とともに頭に手が優しく触れ、不覚にも泣きそうになった。
いつの間にそんなことができるようになったんだ、王子。昔のような不遜な態度をどこに置いてきてしまったんだと心の中で言い募っていたが、変化を望まなかった私が悪いのだと自己嫌悪する。
この一年で成長した王子を見たくなくてわがままを言っていた私に、根気よく付き合ってくれた王子の優しさをしっかりと実感してしまった。
女王陛下の特訓のたまものだろう、寝る間も惜しんでの修行だったとアリサやロディから聞いている。何しろ魔法を駆使し、王子は本当に寝る間もなく勉学に励んだと聞いている。
まあ、いまさら私にはそんな優しさ必要ないけどね。絆されたりしないんだから。まあ、大嫌いで存在すらしないでほしいと思っていたけれど、まあそこそこいてもいいんじゃない? くらいまで昇格はさせてあげるけどね。
なんて私が心の中で罵っていることを知らない王子が、不意に真顔になる。
「こんな時に申し訳ないと思うが、サクラがこれを頼んだ時にした約束を覚えているか?」
本当はすぐにでも切り出したかっただろうに、でも本当に聞いてもいいのか悩んでいただろう王子の切り込みに、少し笑ってしまう。
「もちろん覚えているよ。それは私が言い出したことだもの、忘れてないよ」
「では」
期待を込めたまなざしがいっそ憎たらしいが、二言はないと言っておこう。
「私は城に戻るよ、約束したもの。でもここでの生活を手放したわけではないからね」
「もちろんだ。ここもサクラの居場所だ」
本当に分かっているのか不思議だが、約束は約束だからとサクラは自分を戒める。
戻るだけであり、帰るわけではない。私が買える場所はここなのだから。
それを忘れなければ、私は私のやるべきことをしよう。ありがたいことに、王子だけでなく皆も私が戻ることを切望しているみたいだし。
あんまり役には立たないと思うのだけれどな。
「それに、もう一つの約束を、王子が忠実に守って付き合ってくれたものね。ロザリオが完成するまでの間、私と王子は再会したころのような態度で接すること、それを根気よく付き合ってくれてありがとう」
「サクラに会うためなら、何度でも来るに決まっているし、そんなことでいいのならやってあげたいと思っている。なにより、ここに来るとサクラが元気かわかってよかった」
「本当に馬鹿だね、王子。元気じゃなかったらアリサに助けを求めるんだから、城にいても大丈夫なのに」
保護しようとする王子の気持ちは分からなくもないが、チートな私がピンチに陥るなんてこと魔王なき今、ないと思うんだよね。
「そういう意味じゃないことを、そろそろ理解してもらいたいのだが……あの頃の私の態度を考えれば、そう思われたままだというのも納得するしかないな」
「よくわからないけれど、王子も成長したことだけはわかったから大丈夫だよ」
「かみ合っていないのはサクラにとって私はどうでもいい存在だからなのだと理解させられているようで、一層不安になるよ」
「どうでもいいとは思っていないよ。私もここの民だからね、王子にはしっかりとした王様になってもらいたいもの」
「だからそれが」
言い募ろうとして、王子がぐっと押しとどまる。
「王子?」
「無理強いはしないと決めたから。私の気持ちは、サクラには迷惑だと理解しているからね」
遠い目をする王子に、首を傾げる。嫌いだっていう気持ちは、確かに迷惑だね。
「そうだね、迷惑だよ」
にっこりと微笑んでやれば、王子が項垂れてしまった。
どうしたんだ、王子。自分で口にしたことだったのに、あえて口にされてへこむのか? なんだか情緒不安定だな。
「とりあえず明日、明後日に城に行くとかないから」
「わかっている。準備が必要だからな。一月か二月ほどあれば大丈夫か?」
「それくらいあれば大丈夫。でもまあ、ここを引き払うわけではないから、片付けとか畑とかが主な仕事になるんだけどね」
「そうだな、畑は大切にしたほうがいい。サクラの改良のおかげで、あの種たちは民からは絶大な支持を受けているぞ」
「そうでしょう? あれは本当に苦労したからね」
なんて言ってみるが、実は大して苦労をしていない。気づけば出来上がってしまっていたのは、きっと私がチートだからだろう。
「エミールにも伝えないといけないしね」
離れ離れになって一番さみしいと思うのは、きっと弟のように思っているエミールのこと。
「せっかく懐いてくれているのに、離れ離れだなんてさみしいな」
「いっそ、エミールも城に連れてくるか?」
「馬鹿なこと言わないの。こういうところは成長していないんだね、王子は」
あきれた顔になってしまう。
「冗談だ」
「冗談でなければ張り倒しています。エミールはここが故郷なのだから変なことを口走らないの」
「すまない。ああ、エミール、おはよう」
振り返ると、エミールが隠れようとして隠れきれていない細い木の後ろにいるのが見えた。子供のエミールでも体が出て丸見えである。
「おはよう、エミール」
「お、おはようございます、王子。サクラお姉ちゃん」
はにかんだ笑みを見て、自然と笑みが浮かぶ。
「おはよう、今朝も早起きね」
「う、うん。邪魔しちゃったかな」
「そんなことないわ。お話はちょうど終わったところよ。ね、王子」
満面の笑みで振り返ってしまえば、王子は何も言えずに頷くしかなくなっていた。
私の機嫌を損ねたくないと顔に書いてあるのがおかしくて、つい笑顔になってしまうのに対し、王子は苦虫を噛んだような顔をしているのが面白い。
「そう、だな」
「じゃあ、また帰る前に連絡を入れるから、もうここには来なくていいからね」
「いやいや、心配だからまた様子を見に来る」
「来なくて大丈夫だって言ってるでしょう」
「心配なものは心配なんだ」
「嫌いな人に心配されてもうれしくない、どうせ来るならロディにしてよ」
きっと睨みつけたのに、王子の顔を見て慄いてしまった。なぜか王子はこの世の終わりと化した表情で私を見ている。
「お、王子?」
「嫌いじゃない」
「は?」
「俺はサクラのことを嫌いじゃないのに、お前は俺を嫌いだというのか」
激昂すると一人称が私から俺になり、私をお前呼びは健在ですか、あらそうですか。
でも何に怒っているのかわからないんですけど。だって王子が私を嫌っているのも、私が王子を嫌いなのも以前からずっと変わっていないではないか。
「そんなのどうでもいいでしょ、もう話すこともないんだから帰ってちょうだい。とにかく私のことは放っておいて、しばらくの間でもいいから」
叫ぶような口調で王子を城へと移動させてしまう。
残されたのは私とエミールで、なんとなくばつが悪くなり、王子を罵るしかなかった。
バカバカ、王子のバカ。この空気、どうしてくれるのよ。
エミールに城へ行かなくてはいけない……基、城へ戻らなくてはいけないと言わなくてはいけないのに、子供のように逆上したところを見られてそれどころではなくなってしまった。
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