1.日常にならないでください。
いつものように王子を無事に城へと送り届けてから、肩に力が入っていたことに気付く。ふっと息を吐いて心を落ち着かせていると、エミールが後ろから声をかけてきた。
「おはよう、お姉ちゃん」
「今朝も早いのね、エミール。おはよう、今日も良い天気になりそうね……どうかしたの?」
にこにことした顔で近寄ってくるエミールに、何かあったのだろうかと首をかしげる。
「ううん、なんでもないよ。いつ見ても王子と仲がいいなって思っただけ」
「もしかして、見てたの?」
「うん。邪魔をしないでおこうと、そこの木陰に座ってた。遠目からでも、王子は相変わらず格好いいよね」
どうしてそういう結果に落ち着いたのかはわからないが、仲がいいというところはしっかりと否定しておかなくてはならない。王子が格好いいのかは横に置いておけても。
「あのね、エミール、私と王子は仲良くなんてないんだよ」
「ふふふ。お姉ちゃんならそういうと思った」
逆にエミールに笑われてしまう。
これを何回やったのだろうか、もう数えることは放棄した。何度否定しても、エミールは頑なに仲良しだと決めつけている。
それからもうひとつ。なぜかは理由がわからないけれど、エミールはあの王子のことを憧れの対象としてみている。個人的に話をしていないからかもしれないが、王子のあの性格を見抜けないのだろう。
第一、王子が格好良い? 見た目に騙されてはだめだからね、エミール。容姿は極上であっても、中身は最低最悪なのだから。
「あのね、ずっと疑問に思っていたことがあるんだ」
顔を上げたエミールの表情に嫌な予感がよぎる。こういう時の予感って、当たるんだよな。そう思っても、もうエミールの言葉は止まらない。
「不思議なんだよね、僕」
「えっと、何が?」
「お姉ちゃんと王子が毎回会うたびにする会話のこと」
「え?」
やっぱり、と思ってしまったのが顔に出ていたのだろう。エミールが首を傾げてじっと見ている。
純粋に疑問として口にしたのだろう。だからこそ、その眼を見ているのが辛くなる。
「きっと意味があるんだろうって思ってるんだけど、やっぱり僕ではわからなくて」
「あのね、エミール?」
すっと交わされ続けるあの謎の会話を耳にしてから、エミールはずっと悩んでいたのだろう。
けれどそれを口にするのはためらってしまい、何を言いたいのかよくわからないふりをしてごまかそうと思った。
だからかもしれない、それに感づいたようにエミールが笑顔を作った。
「お姉ちゃんの魔法はいつみてもすごいよね」
「え? 魔法?」
その一言は私じゃなくても驚くほど話の腰を折ったものだ。
だからこそ、言い訳をしようとした私の言葉を聞きたくなかったからとっさに出たのだろうと察してしまう。
「だって一瞬で王子たちを城へと送ったんでしょう? 僕は魔法が使えないからいまだに不思議で、ものすごく憧れるんだよ」
少しだけ興奮しているエミールが年相応に見える瞬間だ。顔を赤くして、一生懸命にどういうことかと説明するさまは、本当にかわいい。
確信をついてこようとするエミールに恐怖を抱きながらも、王子たちとの関係が拗れていることを悟られたくない。だから先ほどの言葉は深い意味もない、ただの何気ない一言だろう。
そんなわけないと理解しながらも、幼いエミーに甘えてしまう。
「そうだよね、魔法ってすごいよね」
この世界に来るまでは、私も魔法なんて使えなかった。そんな非科学的なもの信じてなんていなかったのに、この一年以上の間でなくてはならない大事なものへと変化した。
困ったな、もしも奇跡が起こって元の世界に戻った時、私って魔法のない生活に対応できるのだろうかと不安になってしまう。
きっと無理、絶対に無理。だってこんなにも楽なんだもの。
科学の力だけでは生きていけないだろうなあ、と遠い目をしてしまう。
「お姉ちゃん?」
「ああ、ごめん。でも、この魔法のおかげでここもだいぶきれいになったよね」
畑を見てしみじみと思う。
最初のあの荒れ果てた現状を知っているだけに、しっかりと整備された畑たちを見るとうれしくなる。
日本の田舎の風景に似たそれは、本当に懐かしく感じる。
「たくさん野菜が取れるようになったし、みんなも喜んでるね」
「そうだよね。やっぱり食生活が一番大切だもんね」
飢えはだめだ、人の心をむしばんでしまう。
「それに、王子のおかげで街道もできたし、この村が孤立しなくなったよね。本当にすごいよね、王子」
この村は森の中にあったせいか、道が一つしかなく、魔王を倒すまでずっと孤立していた。そこで生活する人数も数は多くなく、質素な生活を続けていれば何とかやっていける村だった。
なのに魔物に襲われた数はどの町よりも多く、私としては不思議であった。何か魔族にとって魅力的なものでもあったのだろうか。
考えても答えは出てこない。だって魅力的な何かが思いつかないから。ということは、そういうことはなく単純に襲いやすい村だったのかもしれない。
そう結論付けをしているが、本当は違う何かがあったのかもしれないと考えてもいる。そのうちの一つがエミールの母親の存在だ。
いまだ会うことが叶わず、エミールからの話の身を聞いているが、この世界の人間が飲み食いもせずにただ眠っている状態は生きていけるのか不思議で仕方ない。
何かきっとある。
けれどその何かは私では理解することができないだろう。何しろエミールではなく村長が合うことを禁じているから。
気を取り直して仕事の準備に取り掛かるものの、やっぱり否定しておきたい部分もある。
「エミール、忘れてはだめよ。あの街道を作ったのは村人たちだからね」
「大丈夫だよ、わかってるよ。でも、王子のおかげでもあるでしょう」
本当にそう思っているのだろうか心配になるものの、エミールの話し方は王子一人の手柄になっているようで解せぬ。
確かに王子の協力はあったものの、この村に道ができたのは彼だけの力ではない。大勢の村人たちのおかげで完成することができたのだ。
なのにエミールから見ると、街道自体が作ることができたのは王子の発言が大きいのかもしれないな。小さいからよくわからないよね、きっと。
「エミールは王子のことが本当に大好きだよね。何十回も聞いたよ、それ」
「えへへ。だって、もしもあのときお姉ちゃんや王子に会えなかったら、僕たちは死んでたかもしれないでしょ。だから嬉しくて」
笑顔で何度も話してくれるそれは、私にはかなりこそばゆい話だ。
あの時の私は死にたくないという気持ちでいっぱいで必死なだけで、まさか自分にあんなことができるとは思っていなかっただけに、結構黒歴史に入るかもしれない。
でも、こうしてエミールの隣に立っていられるのは、あの時があったからで、黒歴史だなんて言ってはダメだね。
「私もエミールに会えなかったら、この一年はどうなっていたかわからなかったから嬉しいよ」
「僕も僕も。お姉ちゃんがここに来てくれて、本当に幸せ」
ぎゅっと抱きついてくるエミールの暖かさに、癒される。
ちゃんとまだ生きているんだなって実感できるし、このぬくもりだけは大切にしまっておきたい。
「さてと、そろそろ畑仕事に入ろうか」
「うん。今日も頑張ろうね」
収穫の時期のために、今日は昨日の続きの種まきをしよう。
実りある秋を目指して……秋なんて季語はここにはないんだけどね、雰囲気的に。
畑へ入ってくエミールを見ながら、こうして一年を何事もなく過ぎることができて本当に良かったなと思う。
魔物の存在も消えたわけではなくて、実はまだこの村にも現れたりするのだけれど、私にしたら簡単にやっつけられるから心配することもないし。
だからこそ心配なのは、エミールの母親のことかな。
一年もこの村にいるのに、エミールの母親に会わせてもらえないこと。村長の話ではずっと眠っているらしく、エミールも母親のこととなると口が重くなり、結局何も話してくれないのだ。
眠ったままの病気なんて、この世界でそれは現実的に生きていけるのか本当に不思議だ。
私の世界であれば点滴やらなんやらと昏睡状態でも生きていけることはできるだろうけど、ここにはそんな看護どころか衛生によくない環境で体によくない気もするから、かなり謎だったりする。
深く問いかけると困った顔をするエミールと村長のせいで聞けずじまい。もし何か力になれるのであればすぐにでも助けてあげる努力をするんだけど、今のところそれもできていない。
だからエミールが重たい鍬を担いでいる姿を見ると、切なくなる。もっと頼ってきていいのにと思うのに、ちゃんと一線を引いてがんばっているエミールを、王子たちはもっと見習うといいんだ。
先ほどまでいた王子の姿を思い出しながら、一番甘えているのは自分かもしれないと気づく。
このままぬるま湯につかったような状態にいたいと思いながら、それは駄目なことわかっている。
「アリサは元気かな」
青空を見上げながら、ロディに言われたことを思い出し、最近会いに行っていなかったなと思い出す。
きっと近々会いに行くだろうと予感して。
「お姉ちゃ~ん」
動いていない私に気付いたのか、エミールが声をかけてくれる。
「ごめんごめん、今いくよ」
「うん」
とりあえず今は、働こう。
袖をまくりあげ、よしっと声を出した。




