幼馴染は年上イケメン
穂波家は父子家庭である。
母はわたしが小学生の頃に亡くなってしまった。
父は昔から単身赴任ばかりで家にいないことが多く、実質わたしを育ててくれたのは二人の兄だった。
兄たちはそりゃあもう妹をかわいがってくれた。
目に入れても痛くないと思うくらい、むしろコンタクトレンズみたいに入れられたらいつでも一緒にいられるね、とドン引きするような発言を本気でしながら。
やがて兄たちは立派な大人になり、立派にシスコンに成長していった。
「いいか、駒子、男はオオカミなんだから迂闊に近付いちゃだめだぞ」
「…たけ兄も良兄もオオカミなの?」
「兄ちゃんたちはちがうぞ!駒子の兄ちゃんだからな!」
「…じゃあ、さっちゃんもオオカミ?」
「そうだ!あいつもオオカミだ!見てみなさい!」
たけ兄の人差し指に視線を誘導された先には、オオカミのお面を頭に付けたさっちゃんが戸惑った顔で立っていた。
隣にりょう兄がドヤ顔をして親指を立てていたので、恐らくあれは次兄がかぶせたのだろう。
さっちゃん、ごめんね、変なことに巻き込んで…。
冗談ではなく本気でそんなことを仕出かすくらい、兄たちはわたしをかわいがってくれている。
父や母に代わり、愛情いっぱいに育ててくれたことは感謝している、けれど、わたしも高校生。
思春期まっさかりなわけで、幼いときと同じ熱いパッションでかわいがられても、うざいと感じてしまうのだ。
兄たちのことは大好きだけど、彼氏が出来たなんて報告した日にはどんな恐ろしいことが起きるか。
想像するのも嫌だ。
「さっちゃんも絶対にお兄たちには言わないでね!」
「…言えるわけないって」
「ばれちゃったら先輩にも迷惑掛っちゃうかもしれないし」
「先輩?年上?」
「うん、湯浅先輩!さっちゃんと同じ学年だから知ってるかな?」
「…知ってる」
「すっごく格好いいよね!わたしなんかと付き合ってくれるなんて本当に夢みたい!」
「なんかじゃないよ、こまちゃんはかわいいよ」
真摯な目で言われてどきりとする。
小さい頃から何度となく言われてる台詞だけど、イケメン君に言われると弱いものだ。
「ありがとう。さっちゃんは優しいね」
さっちゃんが十人並みなわたしの容姿を褒めてくれるのは、兄たちからそう仕込まれているからだろう。
条件反射で駒子=かわいいと言わなければならないという式が出来ているのかもしてない。
そうじゃなきゃ、地味でモブでもおかしいくらい目立たないわたしに、そんなこと言うはずがないもん。
本当に優しい幼馴染だ。
こんなに優しくて格好良くて、学校の人気者だっていうのに彼女がいないのだから謎だ。
もし一人に絞ってしまったら、その一人はやっかみの対象になってしまうかもしれないけど。
そんなことを考えていたら家に着いてしまった。
ドアの前では何故かたけ兄が腕を組んで立っている。
自室をアトリエにしている兄は基本在宅なのだ。
それにしてもさっちゃんを厳しい目をして見てくるの、やめてくれないかな。
「おかえり、駒子。皐月は隣だろ。早く帰れ」
「ちょっと!その言い方はなによ、さっちゃんにもおかえりでしょ!」
「こ、駒子が反抗期…!」
「いいよ、こまちゃん。いつものことだし。ただいま、たけ兄。こまちゃんも、おかえりって言われたんだから、ちゃんとただいま言ってあげなきゃだめだよ」
兄妹揃ってさっちゃんに諭されてしまった。
うう、情けない。
「ただいま、たけ兄」
「おかえり、皐月」
苦い顔をして挨拶を口にしたわたしたちに、さっちゃんはよくできましたと微笑んだ。