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井上に抓られた場所は未だに熱を持っている。そのじんわりと感じる鈍い痛みが、夢ではなく現実だということを恵に実感させた。
早く家に帰りたい。井上に言えば、帰してもらえるのだろうか。銀髪の人に話しかけている井上へ視線を向けながら、恵はどうやって話を切り出そうかと考えていた。
「オリス神官長殿。よろしければ、ここは私にお任せいただけないしょうか?」
やはり、あの集団の中で銀髪の人が一番偉かったようだ。オリスと呼ばれた銀髪の人は井上のそばで考え込むように俯いてしまった。
しばらくして考えがまとまったのか、オリスはゆっくり顔を上げた。こちらにちらりと視線をやるとすぐに、井上の方へ向いた。
「そうですね。ブロード殿にお任せいたします」
オリスの言葉に井上は笑顔で頷いた。
「では、オリス神官長殿の許可をいただいたところで、
詳しい説明をする前に別室へ移動しましょうか、恵さん?」
小梅を抱きかかえたままの恵をエスコートするためか、井上に背中をそっと押される。恵はそれに、黙って従った。オリスたちの前で帰ることを話すのは危険だと感じたからだ。それと、オリスたちの視線から早く逃れたかった。彼らから離れさえすれば、話す機会はいくらでもあるだろう。
(今から移動するんだし、大丈夫よね。それにしても)
この広大な草原のどこに建物があるのだろう。恵は、辺りを見渡した。
もしかしたら、かなりの距離を歩くのかもしれない。そう思うと一気に体が重たく感じた。
「ごめん小梅、もうダメだ。重いから歩いて」
コーギーにしては小さい方だが、それでも十五㎏はある。お米より重い小梅を、ずっと抱きかかえて歩くのは無理だった。
恵は小梅を散歩のときのように右横につき従え、歩き出す。止まることもなく先を歩いていた井上と、距離が大分開いてしまった。恵は、慌てて井上を追おうとしたが違和感を覚え、立ち止まった。