1-8
「ブロード殿、あなたはこちらの方をご存知なのですか?」
井上と恵が和み始めたときである。銀髪の人が二人の間に割り込むように話しかけてきた。
「えぇ。この方は地球でティヒア様のお世話をしていただいた方ですよ」
「なんと!」
井上の言葉に後方にいた人々からも驚きの声が聞こえてきた。
「あのー、井上さんは、この人たちを知っているんですか?」
恵の質問に井上は黙ったまま頷いて見せた。信じられないことに、井上と彼らは知り合いだったらしい。そして、また出てきたティヒアと言う言葉。
一体彼らは、そして井上は何者なのだろうか。恵の脳内では疑問ばかりが浮かび上がる。しかし、井上は恵の戸惑いを気にしたふうでもなく、あっさりと爆弾を落とした。
「信じられないかもしれませんが、小梅ちゃんは犬ではないのですよ」
「……はい?」
聞き間違いだろうか。今、理解不能なことを聞いた気がする。恵は目の前にいる井上を初めて胡散臭く思った。そんな恵の感情を敏感に察したのか、井上は少し慌てた様子で言葉を発する。
「いえ、ですから」
「井上さんまで何言ってるんですか? 冗談が過ぎますよ、それ」
現実味を帯びない井上の言葉を、恵は本気に取らなかった。
「あり得ない。本当にどうやったら夢から覚めるんだろ?」
独り言を呟きながら、どうすれば目が覚めるのかと考え始める。
「恵さん? 恵さーん。まぁ、信じられないのも仕方ありませんね。でも事実なんですよ」
「いっ、痛ーい!」
井上は何の躊躇いもなく、恵の頬を思いっきり抓り上げた。
否定の言葉を言おうとした口が悲鳴へと変わる。恵の姿が面白かったのか、井上は楽しそうな笑顔を浮かべ、頬を抓っていた指を離した。
「ね、痛いでしょう? 夢は痛くないといいますしね。これで夢ではないことがわかりましたよね?」
手加減なしで抓られた。
目尻に涙を浮かべ井上を睨むように見る。しかし、そんな顔をしても井上には通じてないようだった。むしろ、人を和ませるはずの笑顔が今は、いい加減にしろよ、と言われているような無言の圧力を感じてしまう。
「…は……ひ……」
この人に逆らうことはやめよう。恵は心の中で密かに誓った。