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ファッション雑誌に載っているような洒落た服を格好よく極めている青年。彼に寄り添うようにコーギーがつき従っていた。短めの黒い毛がほとんどを占め、額の中央から口元に茶色のラインがある仔だ。その一人と一匹を見て、恵は目を見開いた。
近所に住んでいる小梅の犬友達、井上武朗と愛犬のホークにそっくりだったのだ。ただ、恵が知っている井上武朗という人物はいつもダークグレイの髪をオールバックにしている。笑うと目尻に皺がよる優しい笑顔を浮かべる小父さんだ。今、目の前にいる人物は服装こそ恵の知っている武朗と似ているが、前髪が下ろされている顔はどうみても大学生にしか見えない。けれど両耳についている、彗星を球体の中に閉じ込めたようなピアスには見覚えがある。彼につき従っているトライカラーのコーギーも井上家の愛犬であるホークにしか見えなかった。
「井上さん? に、ホー君?」
「あー、やっぱり。恵さんも一緒に転送されてしまいましたか」
それは恵の呟きに対する答えではなかった。恵の存在を確認したその人は、現在の状況を想定していたような口調だ。
想定内ではあるが実現してほしくはない。そんな気持ちがありありと感じられる。明らかに消沈した表情をされ恵は逆に戸惑った。本当に自分の知っている井上なのだろうか。
「恵さん? 恵さーん? 聞こえてますか?」
「うわっ!」
物思いに更けっていると、いつの間にか目の前に井上似の人が立っていた。覗き込むように屈まれていたため顔が近い。その近さに驚いて声が裏返った。
「なっ、なんですか?」
「あ、気づいた。良かった」
目の前に、目尻に皺ができる優しい笑顔があった。恵は、見たことのある笑顔を向けられホッとする。その気安さに再度疑問を告げた。
「す、すみません。あのー、井上さん、ですよね?」
「そうですよ。小梅ちゃんの犬友達の井上です」
「やっぱり井上さんだったんですか。なんか、髪型が違うから違う人かと思いましたよ」
目の前にいる人が自分の知っている人だとわかって顔が綻んだ。
恵が釘づけになって見ている前髪を井上がかき上げる。しかし整髪料のついていない前髪はそのままオールバックにならないで元に戻ってしまった。
「よく言われるんですよ。前髪を下ろすとどうも若く見られるみたいで」
若く見られることを気にしているようだ。井上は苦笑いを浮かべていた。
「あ、でもピアスと笑顔が同じだったのでわかりましたよ」
「そうですか? ありがとうございます」
恵の言葉に井上はピアスを確認するように耳に手をかざした。